第6話 町を歩けば暴漢に当たる

   ~~ 恋人気分? ~~


「奇跡の……子?」

 酔っぱらいの冗談かと思ったけれど、彼女の顔は真剣だ。

「噂の類さ。でも、裏専門のアンタが妙な依頼をうけたのと、軌を一にするのがどうにも気になるねぇ」

 人間嫌いのボクも、サリューとはよく話をする。明け透けな性格だが、その直言居士的な物言いから、人と衝突することも多くて損をしている。でもそれは、嘘をつくのが苦手で、信念を曲げることがない、ということでもあって、そういう相手は信用がおけた。

「アンタが何に関わり、巻きこまれているのか知らないけど、注意しな。今はギルドもきな臭い。この町の冒険者ではない者が続々と集まっているようなんだ。変な仕事を押し付けられたのなら、もしかしたらもうトラブルに巻き込まれているのかもしれないよ」

 どうやらそれを伝えるため、ボクの頭を抱えるよう、胸に押し付けたようだ。その柔らかさは魅力的だけど、パッと腕を離すと「これだから童貞は困るよ。私の誘いもうけられないなんて!」とサリューは大きな声をだす。

「ど、童貞って……」

 店内にいた客や、マスターも慌てるボクをみて、下卑た笑いを浮かべる。

「ヤリたくなったら、いつでもおいで。ショタのサリュー姉さんがいつでも相手をしてあげるよ」

 周りに勘繰られないよう、そう言ったと思われるが、ボクは「哀しき童貞」という目でみられつつ、そこを後にした。


 ブティックにもどると、すでにフィアが着替えを終えて待っていた。

 髪もととのえ、薄い紅をひき、華美ではなく、落ち着いた感じの服を着る彼女をみて、改めて思った。

 美という点で彼女が〝奇跡の子〟といわれても、ボクは疑いももたず信じてしまうだろう、と……。

「お客様はいい奴隷を買いましたね。今夜はお愉しみ下さいませ」

 ニヤニヤと笑う店員から、逃げるように店をでた。

 フィアと一緒に町を歩くと、まるで恋人のよう……というか、彼女はボクの腕にしがみつく。でも、それは恋人気分ではなく、同じ獣人族が虐げられている場面を、嫌というほど見せつけられているからだ。

 人族が乗った人力車を曳くのは、獣人族だ。ちゃんと仕事をしても、揺れた、運転が荒い、などと難癖をつけられ、ムチで叩かれる。それはもう虐げるのが目的であって、理由などどうでもよい。獣人族が苦しみ、悲鳴を上げることに愉悦を感じている姿であった。

 獣人族は体力があり、耐性があって、少々痛めつけられても死なない。だから無体な暴力が加速する。

 これだから、町にいるのが嫌なんだ……。ボクはうんざりするだけだけれど、フィアにとっては仲間のそんな仕打ちに、何もできないことがツライはずだった。


「よう、アクド」

 そう声をかけてきたのは、筋骨隆々で二本の斧を背負った、デュラクという男だ。彼も、表も裏もうける冒険者だ。かつて一緒に仕事をしたとき、その勇敢で、力づくの戦い方に驚いたものだが、性格もそれと同じ豪快で、兄貴肌という感じである。

「獣人族の奴隷を買ったのか? かなりレベルも高そうだが……、そんな金、もっていたのか?」

 ボクが裏専門、と知っているからこその疑問だ。ボクも軽く手をふっただけで、答えは控えた。

「オレは巨乳の獣人族を無理やり……っていうのが好きだから、奴隷ではなく娼婦を買うが、オマエにはお似合いそうだ」

 そういって豪快に笑う。童貞いじりも、ボクは肩をすくめるだけ。こういうところは悪い兄貴肌で、相手をしても仕方ない。

「奴隷を囲っておくのも金がいる。オマエ、腕はいいんだから、もっと仕事を受けた方がいいぞ」

 デュラクはボクのことを、アサシンとカン違いしている。この世界では、例えパーティーを組んだ相手でも職業を知らない……というのが一般的だ。経験、実力で判断するものであって、教えたりもしない。カン違いされ、一目置かれているなら放っておくだけだ。

「獣人族をばりばり奴隷にしたければ、表の仕事もして稼ぐことさ。そうすれば『ぼっちのアクド』……なんて呼ばれずに済むだろう」

 ボクを心配して、そう言ってくれているのは分かるけれど、奴隷をもちたいわけでも、冒険者とオトモダチになりたいわけでもない。兄貴肌のデュラクであっても、特に親しくなりたいわけでもなかった。




   ~~ 襲撃 ~~


 町で見かけた獣人族のひどい扱いに、フィアもショックを受けたようで元気がなくなっている。

 フィアを連れて、ギルドに乗りこむといった奇策も選択肢にはあったけれど、それは止めておいた。

「早めにもどろうか?」

 恋人気分で、町を練り歩きたいのは山々だけれど、それは相手の事情がゆるさないようだ。気分が悪くて倒れそうな女の子を、引きずりまわして自分だけ喜ぶような趣味はない。

 町の外れにきて、転移魔法をつかうための大樹をさがしていると、ボクの耳が危険をキャッチした。慌ててフィアを抱えて藪へと飛びこむと、ボクたちが立っていた場所を矢が空過していった。

 つけられている……とは感じていたけれど、まさか殺しにくるとは……。

 ちょっとした探りを入れたので、何らかの動きがあるとは思っていたけれど、そうなると主犯は……?

 嫌な予感しかしなかった。


 周りにいるのは三人。ボクの能力について知識があるのか? 弓矢、魔法といった遠距離攻撃を得意とするようで、遠くからこちらの様子をうかがうばかりで、近づいてこない。

 対人最強のドミネートとはいえ、近づかないと発動できない。でも、ここから飛びだせば狙い撃ちされるだろう。

 火球が飛んできて、藪に火がつく。どうやら燻しだす作戦のようだ。

「誰かが命を狙ってきたようだ」

「何で? どうして命を狙われるの?」

「分からない……。でも、ボクは君を守るよ。そのために、ちょっと戦わないといけない。しっかりと捕まっていて」

 転移魔法は、短距離でもつかえる。ボクは耳でしっかりと相手の位置を把握し、その後ろに転移した。

「ぎゃぁ~ッ‼」

 次々と、後ろに回りこんでドミネートする。一度、支配できれば多少は距離が離れても大丈夫だ。そうして三人を、生きながら捕らえることに成功してい。

「誰に指示された?」

 拷問されているのと同じであって、三人はすぐ口を割る。ただ、そこで出た名前はちょっと意外でもあった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る