第5話 ギルドのある町

   ~~ 体を育む ~~


「どうするの、あの子?」

 ネルからそう問われ、ボクも鍋を煮ながら「何でギルドが、獣人族を保護しようとするのか……。その答えをさぐるまでは、預かろうと思っているよ」

「ギルドが何で……ってところはあるけれど、危なくない?」

「ギルドだって、運営は人族だ。それが獣人族に配慮する……とは考えにくい。あくまで金銭的な面でペイすると思うから、ギルドもそうしているはずなんだ。貴族から少女を救った上で匿ってくれ……なんて依頼を、獣人族がだせるだろうか……?」

 今回はイレギュラーなことが多い。だから、あまり文句をいわずに少女を受け入れたけれど……。

「なら、ギルドのある街に行って調査しないとね」

「街か……。あまり行きたくないんだよなぁ」

「人見知り全開……」

「人見知り……じゃなく、人嫌いなんだよ。じゃなきゃ、暗殺者になってない」

 ちなみに、この世界では人族が少数派だ。人族は、獣人族と比べると10%未満、それが獣人族を支配する。獣人族は肉体こそ丈夫であるものの、知恵や魔法といった点で見劣りした。そのため搾取される立場となり、貧しい暮らしと虐待に遭うことも多くある。ボクはそんな獣人族のため、晴らせぬ恨みを晴らすため、暗殺依頼を安価で請け負っているのだ。


 フィアが起きてきて、食事となった。ちなみに、ボクはショートスリーパーなのであまり眠らなくてよい。

「おはよう。朝食……もうお昼だけど、食事にしよう」

 そういって、ボクとネル、それにフィアが車座に席につく。山小屋にはテーブルも椅子もない。家具をつくるのが面倒になったからだ。

 でも……。床に直接すわったフィアは、その粗末な服と、下着をつけていないために、足のすきまから……。

 ボクの視線に気づいたネルの目が怖くて、慌てて目を逸らす。

「フィアの服もそのままじゃダメだし……。やっぱり、街に行くか」渋々と、街に行くことに納得した。

「フィアは、どこの町の出身?」

「出身……?」

「え~っと……。分からないならいいや。ボクはギルドに用事があるから、ギルドのあるキュウラの町に行こう。フィアも一緒に行くんだよ」

 彼女はいいとも、悪いとも言わず、何だかきょとんとしている。世間知らずなのかな……? やはりその出自が、気になるところだった。


「早く食べましょう」とネルが急かす。彼女はスライムだけれど、食べるものはほぼ人と同じ。

 ちなみに、この世界では人族とて肉食は一般的でない。それは畜産の技術が発達していないことも影響し、だからデモネス卿のような、獣人族を食う者が現れる。国は人口減少につながるので、獣人族を虐げることを禁じるが、地方に赴任するとタガが外れ、トランプル教に後押しされる。

 ボクのつくった鍋は、野菜や木の実でできていた。

 でも、フィアも「おいしい」と感嘆した様子で呟く。

「クルミをしっかりすり潰して、そこに干しておいた大豆を水にもどし、軽く形を崩したものを入れ、枯節の木の皮と一緒に煮込む。すると具材の旨味も合わさり、複雑でおいしいんだよ」

 勢いこんで喋るのも、山小屋で一人暮らし、料理男子になった結果だ。ちなみに枯節の木とはボクが名付けた。鰹節のようにいい出汁がでるが、食べることはできないので、直前でとりだす。

 ネルが同居するのも、この食事を気に入っているから? とも勘繰っていた。




   ~~ キュウラの町 ~~


 転移魔法ならすぐだけれど、キュウラの町はボクが暮らす山小屋からかなりの距離がある。

 町にくるとき、ボクは必ず顔を覆うマスクをつける。人族ではマスクの装着が珍しくない。獣人族の恨みを自覚するからだ。

「とりあえず、服を買おう」とフィアを連れ、ブティックに入る。ここは中堅ぐらいの町で、人族も多い。人族の暮らすエリアは木造の家が建ちならぶ、高級住宅街でもあって、そこにあるお店も人族しか入れない高級店だ。

「奴隷に着せる服、ですか?」

 ボクの後ろにいるフィアをみて、店員も愛想よく声をかけてくる。恐らく獣人族が単独で入ったらつまみだされる。ただ、奴隷とした獣人の身なりを整えるのも主人の務め、という文化もあり、またそう思わせておいた方が話もスムーズだ。

「仕立てもできるかい?」

「メイド、お姫様、恋人風……、セクシーなものから日常まで、何でもできますよ」

 苦笑しつつ、当たり障りのないものを選んで「しばらくここで待っていて」と、フィアを残して店をでた。


 人族の暮らすエリアに、ギルドもある。ギルドは酒場と一体で、二階より上は宿も完備だ。

 登録のとき以外、来たこともないのでその前をスルーし、少し離れた小さな酒場に入った。まだ夕刻には早いものの、お酒の匂いが強くただよう。

 壁際のテーブル席で、一人酒を飲む女性をみかけ、その前に腰を下ろした。

「やあ、サリュー」

 赤ら顔で、シャツは襟元もびりびりに破れているため、露出も多く、脇につるしたホルダーには二連装の銃がささる。いつも背中に負った盾は下ろすけれど、それと重さでつり合いをとっている? と噂される巨大な胸は、破れたシャツの隙間から谷間をのぞかせるほど、圧巻だ。

 彼女は表も、裏も請け負う冒険者。かつて一緒に仕事をした顔見知りだ。

「人間嫌いのアクドと、町で会うとは珍しい……」

「ギルドから特殊な仕事をうけてね。その調整に顔をだしたんだ。獣人族からの依頼なのに、羽振りがよくて……」

 彼女の方が年上だけれど、冒険者は経験と、それに見合う実力だけが優劣を決めるポイントで、対等に話ができる。

「獣人族が羽振り……。すぐ人族から難癖つけて奪われるだろうに……」

「サリューは何か知らないかな?」

 そういうと、筋肉質な右腕をボクの首にまわし、ぐっと抱えこむようにしてきた。そのふくよかな胸に、顔をおしつけられ、マスクがなかったらその柔らかさと、淡い香りとで危ないところだ。

「私も詳しく知らないし、眉唾な話だから、あまり大きな声では言えないが……」

 ひそひそ声になって、サリューはボクの耳に口をよせて、その酒臭い息を吐きかけながら呟いた。

「獣人族の中に、〝奇跡の子〟が生まれたらしい」





 




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