第4話 山小屋暮らし

   ~~ おうち時間 ~~


 この世界では、移動する魔法があるけれど、それもかなり特殊だ。

 大樹をみつけて魔力を通すと、その直系の子孫の近くに転移できた。移動する先の子や孫の木は選べるけれど、子から親の側へと移動することはできない。また、目的地まで直接いけるわけではない。針葉樹ではダメで、広葉樹でないと魔力がうまく通らない……、など制約も多い。

 ただ、わずかな魔力で長い距離を、乗り換えながらでも移動できるのはメリットでもあった。ボクもこれでトールブの町まで来ている。

「行くよ。しっかり捕まって」

 ボクがそういうと、獣人族の少女は、従順にもボクの背中にぎゅっとしがみついてくる。

 おぉ……。その背中に押し付けられた柔らかさは、粗末な服と、下着すら身に着けていないのかもしれないダイレクトさで、思わず顔がニヤけた。

「ゴホン……」

 リクィデーターに咳払いされた……。マスクをつけているから直接、顔をみられているわけではないものの、恥ずかしさに赤面してしまう。慌ててボクは転移魔法をつかって、トールブの町を後にしていた。


「は~? ギルドから押し付けられたぁ⁈」

 山小屋で待っていたスライムから、そう詰め寄られる。当然だ。暗殺の仕事をしに行って、獣人族の少女を連れ帰ってきたのだから。

「とにかくその身を守って、という新たな依頼だよ。新たな……というか、付け足し作業というか……」

 スライムもため息をつく。すでに文句を言ったところで、少女がここにいる以上、言っても詮無いこと、と諦観に至ったのかもしれない。

「とにかく自己紹介しておくよ。ボクはアクド。こっちのスライムは……」

「ネル。あなたは?」

「フィアウェル……」

 少女がやっと開いた重い口に、ネルは「長いわね。フィアにしましょう」と、勝手に愛称を決めてしまう。

 ちなみに、この世界ではあだ名で通すのが一般的だ。家族でさえ、本名で呼び合うことはない。少女がそれを知らず、本名を名乗りそうになったのでネルが途中で止めた……のかもしれない。

 獣人族は仲間意識が強く、守ってもらう代償として本名を……と考えたのかもしれない。でもそれは危険に過ぎることでもあった。


 空が白々と明けてくる。

「しばらくここで暮らしてもらうために、色々と説明しておくよ」

 山小屋はログハウス風の造りで、ボクが設計した。動物たちにも協力してもらい、十畳以上の広さと、ロフトもある家だ。ただし、水回りはすべて別棟。

 竈のキッチン、お風呂、トイレもすべて別棟だ。火がでると危ないし、湧水をひいてくるので調整が難しい、などの諸事情があって別けている。

 別棟には、たくさんの食材が置かれていた。果樹、野菜など、動物たちが運んできてくれたものだ。毒のあるものも多いので、ちゃんと選んで持ち寄ってくれている。

「朝ごはんには困らなそうだけれど、ひと眠りするかい? それとも、先にお風呂にするかい?」

 夜通し起きていたので、そう声をかけると、フィアはお風呂を指さす。

 そこは女の子……。朝食の準備を後回しに、お風呂の準備をすることにした。竈で炊いたお湯を、木製のお風呂に注ぐ。追い炊きはできないけれど、この世界でも珍しい湯船のある形で、ちょっとした贅沢だ。

「じゃあ、ちょっと待っていてね。今からお湯を……って、何をしているのッ⁈」

 ボクが慌てたのも無理はない。フィアはもう服をしばっている紐を解き始めていたからだ。

 粗末な服は、かぶって腰の辺りをヒモで縛るだけのものだから、そこを解いたらすぐに……。

 毒は毒でも、目に入ってきた毒は、中々に精神を高揚させるに十分だった。




   ~~ リフレッシュ ~~


 動物たちが、食材をはこんでくれるのも、ボクが彼らのお世話を買ってでているからである。

 テイムして、仲良くなった動物たちのために動物病院的なことをしている。毛並みを整えるブラッシングや、ノミやダニを駆除したり、体を洗ってあげたり。それこそ怪我の治療をしたり、病気になったら薬もだす。それらの代償として、食材を運んでくれるのだ。

 朝から列をなして、動物たちが待っている。別棟の前で、竈でお湯を沸かしながらの作業。ボクとしても、動物たちと触れ合えるのは決して嫌なことではない。動物は元の世界とかなり近いので、小さいころに教えてもらった知識がつかえるのも嬉しい点だ。

 それに、こうして動物たちの相手をしていれば、今お風呂に入っている、獣人族の少女のことを考えずに済む。ちらっと見てしまった裸が目に焼きついて、思いだすと心がザワつくので、こうして動物の相手をしていた方がいい。

 ちなみに、哺乳類には肉食が少ない。果樹の中には、タンパク質を多く含むものがあり、それを食べていれば栄養は補給できる。むしろ、肉食動物は魔獣化する傾向もあって、こうしたところには来ない。動物たちも、魔獣化するのを避けるため、食性を変えたのかもしれない。


 お湯をとりに、別棟に入ったとき、ちょうどお風呂からでてきたフィアと出くわしてしまう。

 あまり背は高くなく、胸もほどよい膨らみがあって、形もよい。

 白い肌には小さな突起が、お湯で上気しているのか赤く、よく目立つ。ケモノ耳と尻尾も水に濡れ、しなっとしているのが見えた。ボクも慌てて、竈にかけておいた鍋をもって外に出る。

「青春しちゃって……」

「わ、びっくりした⁈」急にネルから声をかけられ、ボクも驚いて鍋を取り落としそうになった。

「仕方ないだろ。女の子の裸なんて、見慣れていないんだから」

「獣人族を女の子と思っているからでしょ。他の動物だと、メスでも気にならないくせに……」

「獣人族はちがうだろ。外見はほぼ人なんだし……」

 やっぱり獣人族の少女をあずかったのは、トラブルの元だった。前世から考えても恋のトラブルなんて初めてのことで、戸惑いながらも、何だか嬉しい気持ちもある。ただ、美少女であるフィアのことを何でボクにあずけたのか? それが分からないと不安にもなる。このドキドキが、前者のみのイベントで終わることを、今は祈るばかりだった。



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