第3話 暗殺者のお仕事

   ~~ 暗殺者 ~~


 日が落ちると、この世界は漆黒に包まれた。

 庶民が暮らすのは、葦の束をつんだ小さな竪穴式住居。町にはそれが所狭しと並んでいる。

 その一方で、貴族が暮らすのは岩やレンガで築かれた、堅牢なお城――。

 戦争が日常であり、そこは砦とするために頑丈で、戦いのときは町民が立て籠って戦う必要もあり、規模も大きい。

 しかも、城は夜になると煌々とライトアップされ、それがさらに庶民の暮らす街を暗く感じさせた。

 ボクは顔を隠すマスクをつけ、街はずれの待ち合わせ場所にいる。

「お待たせしました」

 くぐもった声で、そう声をかけてきたのは全身が黒の、修道服のようなもので包む人物。顔もマスクで隠し、手袋も黒で、そこに手の平に乗るサイズの容器をもつ。これは魔力を籠めると中に封入された煙が発光するもので、その僅かな光で互いを認識する。

「今回は緊急……。城内への侵入をサポートします」

 そういうと、相手はボクの了解を得ることもなく歩きだす。

 ボクもその後ろを歩きながら「リクィデーターが案内までするなんて、随分とサービスがいいな?」

 リクィデーターとは、ギルドの〝採算人〟のこと。冒険者とのトラブルや、不測の事態に備えて、ギルドが雇っている。実力者……と噂されるけれど、中身が何者かは不明だ。

「城主のデモネス卿――。先の戦いで父親が討ち死にし、王都からその子息がこの町に赴任しました。暴虐の限りを尽くし、領民の娘をさらって……」

「急ごう」

 ボクもその足を速めた。


 リクィデーターの案内で、領主の居室にやってくる。入る前から、肉を焼いた香ばしい匂いがする。ボクも険しい顔で錠前を外すと、ドアを開けた。

 広い部屋にいたのは二十歳前後の若い男で、一人でパーティーでもしていたのか、調理もできる暖炉の、その上には鍋が乗せられ、火には直接串に刺した肉も焼かれている。

 これがデモネス卿――。入ってきた不審者に驚き、剣をとって「誰だ⁉」と、身構える。

 キングサイズのベッドは乱れ、傍らにはびりびにり破り捨てられた服と、剣についた血と、傍らにある大きな袋と……。

「遅かったか……」

 ボクもそう呟く。この世界では、往々にして起こること。領民をさらって、散々に弄んだ上で……。「喰ったのか?」


「ひと様が、他の生物をどうしようと自由だッ! どうせ愚かな領民は、すぐに子を生して数を増やす。我らひと様が、その数を調整してやる必要があるのだッ!」

 キンキン声に、耳を覆いたくなるけれど、目の前に起きている惨状から、目を背けるわけにはいかない。

「これだから、トランプル教の奴らは……」

 トランプル教――。かつては罵声、悪口だったが、今では彼らも好んで自称する。それは『踏みにじる』という意味で、宗教というより思想に近い。「ひと様」とは、常識を弁え、人品にすぐれる他者のことであり、その前で自らが卑小な行いをするのを諫めるため、対比の言葉だ。でも、ここでは人族が自らの優位さを主張するとき、自らをこう呼ぶ。

「なぁにが悪いッ! 高貴な私が、こんな辺鄙な町に来てやったのだ。領民がその身をさしだし、もてなすのが当然だろう?」

 この世界では、こうした考えが多数派だった。人族が、すべての種族の頂点にいるため、カン違いは国のトップから末端まで染みわたっていた。

 話をするのもうんざりだ……。「ボクが何者か? 教えてやるよ。地獄からお前を迎えにきた、暗殺者だ」

 そう語った瞬間、デモネス卿はにぎっていた剣をとり落とし、悶絶していた。


 歯がはじけ飛び、爪が剥がれ、鼻からは血が滴り落ちている。目は充血して真っ赤となり、体も少しずつねじれていく。

 これが、ボクの能力。 ドミネート――。

 相手の体を完全に支配する。だから、五感すら蝕まれ、精神もこわれ始めているのに、悲鳴を上げることも、意識を失うこともできない。恐らく鬼畜の所業をするために、兵士をこの部屋から遠ざけたことが災いし、誰も助けにこない。自業自得で、自壊していく。

「どうだ? 生きながら業火に焼かれる、地獄を味わう感想は?」

 意地悪く、そう尋ねるけれど、答えられるはずもない。死ぬこともできないまま、無間地獄のループに入っているからだ。

「人非人にかける情けはない。死んで終わりと思うなよ。オマエが手にかけた、無辜の民の復讐だと思え」

 ボクはそこに置かれた袋に一礼をすると、その部屋をでた。




   ~~ アデショナル ~~


 リクィデーターにつれられ、砦の地下へと降りる。

「ボクの仕事は終わったはずだろ?」そう話しかけても、無視してどんどん先へすすんでしまう。

 城には兵士が常駐するはずだけれど、リクィデーターは抜け道を熟知するのか、誰にも出会うことがない。ボクも要らぬ争いを生まないため、勝手に一人で帰ることもできず、渋々ついていく。

 そこは、地下の監獄――。見張りの兵がいないのは、しばらく戦いもなく捕虜がいないため。

 でも、意外なことに先客がいた。

 ぴんと立った三角のケモノ耳……。お尻にはふさふさの尻尾……。

 獣人族――。この世界では多数を占める種族で、この町の領民。魔法をつかう人族に支配される存在……。

 人族の中には、獣人族を奴隷か、家畜と同じと考える者もおり、デモネス卿のように、違う種なのだからどれだけ辱めても、無残に殺しても、それこそ『喰う』者までいる。

 獣人族は、常に搾取される立場で、小汚い、粗末な服であるものの、少女はとても美しく、暗闇の中でも光り輝いてみえた。


「さっきも言ったけれど、ボクの仕事は終わり。彼女を保護するならギルドでやってくれ」

 リクィデーターにそう声をかけた。少女をみたときから、嫌な予感がしていた。少女は突然あらわれたボクらのことを、警戒しつつも真っ直ぐに見つめてくる。それはまだ、少女が尊厳を踏みにじられる前……と思わせ、ならばギルドで、依頼主に引き取ってもらうのがスジのはずだ。

「経緯次第で、追加依頼……とあったはず。今、それが発生しました。この子をしばらく匿って下さい」

 リクィデーターはそう言い放つ。少女も戸惑ったようにボクと、リクィデーターとを見比べるけれど、ボクもそうしていた。それは少女をまっすぐに見つめることもできない、女性に免疫のないヘタレの為せる業だけれど、暗殺よりも危険な仕事が始まる予感しかしていなかった。





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