第2話 マッシュルーム通信

   ~~ 転生後、すぐ捨て児 ~~


 転生した……。ただ、ボクは生まれてすぐに捨てられた。

 誰かに事情を尋ねることもできないが、ボクは母体にいるときから意識があり、大体の事情をつかめていた。転生者だから? よく分からないけれど、前世で植物人間のときからそうだったように、聴覚が機能しており、それで周りの会話を聞いていたからだ。

 だから侍従長らしき人物が、河原にボクを放置したときも、絶望というより納得しかなかった。

 この世界がどれだけ腐り、最悪な状態にあるか? 元の世界でもそうだったように、人に絶望するには十分だった……。


 納得はしたけれど、おかれた状況は絶望的だ。

 せせらぎとは言えない流れのある河原……。直接殺すのは、さすがに忍びなかったようだけれど、水際に置かれた。大水がでたら一瞬で流されそうだし、ワニがいたら格好の餌だ。この世界の生物について、何も知識がないので、それもまた不安を募らせる。

 何より、ボクの方が空腹で死にそうである。

 産み落とされた後、丁寧に洗ってはくれたけれど、それは母親が特定されないためだろう。初乳を与えてくれるような状況ではなかった。

 襁褓にくるまれ、寂しい夜半に独りぼっち……。ただ、こういう状況には慣れていた。恐らく一般的な赤ちゃんより、よほど五感も働く。どうやら、固有スキルというより、前世で植物人間だったことにより、その分感覚が研ぎ澄まされ、機能をはたしているようだ。

 ただ声はだせず、泣くことしかできない。そうやって泣くうち、野犬を呼び寄せてしまった。

 転生してすぐ、野犬の空腹を満たす糧にされる……。

 でも、そのとき思いだす。ボクに与えられた〝テイム〟――。

 その後、ボクは野犬のねぐらに運ばれた。野犬は自分の子供のように慈しみ、ボクに乳まで与えてくれた。味なんて分からないし、栄養的にどうか? そんなことはどうでもよかった。

 ボクは動物たちを〝テイム〟し、その動物たちに育てられ、大きくなっていった。




   ~~ 異世界の事情 ~~


 この世界はどういう理屈か分からないのだけれど、共通言語が日本語だ。ゲームをはじめるとき、言語選択で『日本語』にしたときのよう……という知識は、このときのボクにはない。

 ただ、日本語がつかえて便利……と安直に考えただけ。しかも、それを使う機会はほとんどない。何しろボクは山奥で一人、むしろ人里から離れ、動物たちに囲まれて暮らすからだ。

 文化レベルは低く、やっと鉄器を一般的な道具として使いはじめたころ……と思うと分かり易い。

 むしろ、アーサー王が活躍していたころの、剣と魔術がまだ強い影響をもっていた時代――。そんなイメージをすると、かなり近いだろう。

 魔法が一般的な道具としても、便利につかえる。例えば〝マッシュルーム〟。

 そのままだと〝キノコ〟。まさにキノコの真菌が地下に張り巡らせたネットワークを魔法と組み合わせることで、遠方と通信ができるのだ。

 生憎と、ボクはインターネットや携帯電話というものを直接は知らないが、それに近いかもしれない。

 ただ、同じ系統の真菌でないと通信がつながらなかったり、その土地に真菌が繁殖していないと通信できなかったり、色々と不便さはある。でも、例えばダンジョン内でのみ生えるキノコで通信すると、他に内容を漏らさず通信できる、といった秘匿性もあった。


 そんなマッシュルームに、通信がある。魔法によって相手を指定し、データを送ったり、メールを送ったり、それこそビデオ通話なるものまでできた。もっとも、それは送ってくる相手の魔力量による。

 通信があると、キノコの傘が光るので、そこに手をかざすと、映像が浮かび上がってくる。

 こんな山奥の小屋で、こうしてキノコを生やしておくだけでギルドと通信ができるのだから、便利なものである。

『仕事依頼 ~至急~

  トールブの町の領主、デモネス卿の暗殺

  戌の刻にて、トールブの町の北、楢の木で待つ。

  詳細はそこにて

  経緯次第では、追加依頼あり。

  時間厳守のこと』

 簡単な文面のメールを読んで、ボクもため息をつく。言いたいことを一方的に、かつ仕事依頼なのに、金銭的な面が何も書かれていない。これをブラック企業……というらしい。


「あら、お仕事?」

 可愛らしい声で話しかけてきたのは、薄い水色で、半透明の、猫が丸まったぐらいの大きさの、スライムだ。

 ちなみに、本人曰く「女の子」だそうだけれど、どうやって性別を? のっぺりしたその体をみても、ナゾである……。

 ここで動物たちと暮らすけれど、会話ができるのは彼女だけ。動物とは意思疎通ができても、会話はムリなので、こうして話ができるのは貴重でもあった。

「貴族の暗殺依頼……、どうせ安い仕事だよ」

 この世界で、ギルドは冒険者をサポートしたり、ダンジョンや魔獣の討伐依頼をしたり……は表向き。裏では暗殺、盗み、犯罪にかかわる仕事も請け負う。そしてボクは、裏専門だった。

「またそんなこと言って……。安い仕事ばっかり引き受けているくせに」

「そんなことないさ。高い仕事は、どうせ希望者が殺到して、受注のとり合いになるだろ? とり合いをして、面倒ごとに巻きこまれたくない。それにギルドも、ボクなら安い仕事も受けるだろう……と回してくる。需要と供給がかみ合っているからそうなっているだけさ」

「森の中で暮らす分には、お金も必要ないしね」

「そういうこと」

 ボクは暗殺者らしく、殊更に醜悪にみえるように顔を歪めてみせた。

 ただこの仕事を引き受けたことで、ボクの人生が急転することになるとは、このときはまだ気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る