137 姦し三人娘、結成?(その3)
周囲にエンジン音が木霊した為、その場に居た全員の注目を受ける中、睦月は車を停車させた。
「よっ、と」
「あ~……面白かった」
「結局、いくらになったんだ?」
「管理が雑でなければ、目算でギリギリ数億……最初に話してた、配当金に足りるかどうかといったところか」
「少なくとも、馬鹿正直に払えば二度と裏賭博ができなくなる額
「その割には、経費ばっかり掛かっちゃったしね~……ボクももう、爆弾残ってないよ」
そう話に加わってくる弥生を一瞥し、和音は
「まあ、どうせあぶく銭さ。経費はちゃんと払うから安心しな」
その分、報酬は減ると考えた方がいい。特に条件がなければ、経費を除いた等分がそれぞれの儲けになる。
「ああ、そのことだけど……」
地図を広げていたテーブルの上に鞄の中身を出し、和音と理沙が一度、正確な金額を割り出そうとしている中、睦月だけは一歩離れた状態で告げた。
「…………俺は経費
先に和音達と合流していた姫香が、睦月の足を蹴ろうとしてくるが、代わりに
「どうしたの睦月?」
「何かあったのか?」
弥生と郁哉が不思議そうに問い掛けるが、睦月は二人の声を無視し、和音にある書類を掲げて見せた。
「今回の件……
その
「おかしいと思ってたんだよ。普通に野球楽しみたいなら胴元をさっさと潰せばいいし、どうでもいいなら『
勘定が終わり、懐からタクティカルペンを抜く睦月と向かい合うようにして、愛用の
「この書類の内容と情報の背景、俺の取り分はそれだけでいい」
「……いつ、気付いたんだい?」
「
実際、理沙が弥生や佳奈といった『頭のネジが外れた』二人と組まされていた時点で、睦月なりに『面倒事を押し付けられてるな……』と内心、若干哀れに思っていた。しかし、和音の思惑もあって、彼女を胴元側に近付けたかったと考えれば……現金の強奪以外の目的がある可能性にも、すぐに気付けた。
「大方、弥生達が暴れている隙に奪わせたんだろうが……これ何なんだよ?」
「まあ……もう、ばれたからいいけどね」
他の者達にも聞かせようと考えてか、睦月にもまた報酬の取り分を投げ渡してくる。それを受け取った後すぐに、和音は書類について話し始めた。
「早い話が……それは『
その名前を聞き、この場に居る人間のほとんどに緊張が走った。
「……『
唯一、未だに関わっていない佳奈を除いて。
「もしかしたら、
説明を適当な誰かに押し付けようとも、睦月は追及を止めることはない。それを分かっている為か、和音は話を続けてきた。
「その情報が
「……で、それが裏賭博の元締めだったから、アホみたいな金額と賭け方して、油断を誘ったと?」
「『
英治や郁哉が野次を飛ばしてくるものの、睦月や和音は意に介さず、話が途切れることはない。
「なるほど。で、もしかしてこれ……
「……ま、そういうことだよ」
転職した際、過去の経歴や実績、もしくは会社の意向により、役職付きの待遇で迎え入れられることがある。それには様々な事情が絡んでくるのだろうが、睦月はそのことに対して、『人手不足』という理由が大きいのではと考えていた。
人にはそれぞれ適性があり、
誰が何に向いているかはそれこそ、簡単には見分けられないが……
当然だろう。
しかも、会社内ですでに出来上がっている風土との兼ね合いもある。迎合するか一新してしまうかに関わらず、適応できなければ実力を発揮することもできない。
ゆえに、睦月の手元にある『
――残る……
「
「……普通に二
アクゼリュスとツァーカブの件にどちらも関わっていた英治はそう答えてきたが、睦月は肩を竦めて否定した。
「だとしたら、求人票の掲載が……見限る判断が早過ぎる。むしろ、人手不足を疑った方がいい」
求人していると宣告しても、それが世間に伝わらなければ意味がない。何らかの理由で注目が集まっていたり、誰もが知る程人気がある企業ならばまだしも、一般に知られていない、しかも非合法な犯罪組織に都合良く、人が集まってくるとは限らないのだ。
「この前だって
『あ~……』
『え、そんな面白いことがあったのっ!?』
反応が二極化しているが、前者がまともにニュース等を見ている者であり、後者が世間を知ろうとしなかった者である。それ以外は静かに、沈黙を貫いていた。
「まあ、とにかく……幹部級を任せられる人材が不足しているから、
韓国語特有の
「…………『
力任せに書類を奪われ、そう吐き捨てられた睦月は思わず、頭を抱えてしまった。
「一昔前の中小企業かよ……」
現在では職業安定法により、労働条件の明示が義務付けられている為、『若干名』という曖昧な表現を用いた求人票を掲載することは難しい。けれども、規定前の時期や裏社会が使いたがる程のメリットが、その単語にはあった。
「若干名って、一人や二人のことじゃねえの?」
「言葉としては一応、一から十人未満って意味だよ」
「要は……人手不足なくせに、あえて枠が少ないように見せかけて決断を迫らせる典型だろ、これ」
英治の疑問に弥生が答える中、睦月は腰に手を当てて溜息を吐いた。
「昔聞いた話なんだけどな……英治の言った通りの雰囲気で求人活動しておきながら、弥生が言う人数位に枠を用意していた企業もあったらしい。特に人手不足の企業は、そうでもしないと人が集まらなかったんだと」
いくら大企業であろうとも、その業界について詳しくなければ、知られることのない会社も存在する。それが中小企業であれば、規模の小ささと数の多さも相まって、なおさらだ。実際、睦月の会社である株式会社『
だからこそ、営業や広告、業務実績等で少しでも知名度を上げようと、それぞれの企業は日々努力しているのだ。
「てことはそれ、意味がなかったのか?」
「まあ……掲載時期次第、だろうな」
理沙に追撃しようとする姫香の肩を引き寄せながら、睦月は郁哉にそう告げた。
「日付がアクゼリュスと
「……なら、最低一人は確定だな」
姫香から数歩離れ、改めて求人票の
「それは六月の話だろ? これが掲載されたのは五月の頭、
そう理沙が読み上げた途端、睦月と郁哉、ついでに弥生が視線を交わらせた。
(まさか、亡命かまそうとしてたおっさんを受け入れた理由って……)
暁連邦共和国の神経を疑う睦月達だったが、この場で他にあの亡命騒ぎを知っている者は少ない。一先ずなかったことにした三人は、それぞれ視線を散らした。
「とりあえず……知りたいことは、それで十分かい?」
理沙から書類を受け取った和音はそれをテーブルの上に置くと、
「内容の精査はこれから
「まあ……たしかに、これ以上は時間の無駄か」
この場で韓国語を話せる者は少なく、
「なら俺達は、もう帰るわ。何か分かったらまた教えてくれ。有料なら価格も込みで」
「……はいよ」
和音との会話を最後に、睦月は車に乗り込んだ。その横では、姫香もまた
「じゃあな~」
その言葉を残して、睦月達は帰路に就いた。
英治や理沙の持つ銃器、ついでに言えば佳奈の
もう警戒する必要はないからと、(絶賛残業中の)勇太に迎えの手配を頼もうと、電話を掛け出した理沙を眺めていた郁哉はふと、あることに気付いた。
(まさか、な……考え過ぎか?)
佳奈の下へと寄っていく弥生を見送っていると、入れ替わりに英治が話し掛けてきた。
「どうかしたのか?」
「……いや、ちょっと気になっただけだ」
英治にはそう答えたものの、郁哉は佳奈が初めて、和音の店を訪れた日のことを思い出していた。
『確信も実害もないから、今は問い詰めたりしないが……場合によっては、無理矢理にでも聞き出すからな』
睦月が理沙の身体から書類を奪ったのは、
付き合いの長い昔馴染みである郁哉からすれば、睦月が『又貸ししたがらない』性格なのはよく知っている。他の昔馴染み達にもまた、それは周知の事実だ。
そしてもし、付き合いが深いあの少女がそれを知った上で、あの目立つ
いや、もしかしたら……その目的を睦月よりも前に、知っていたのだとすれば?
(一体、何が目的なんだ……)
最初はグルなのかとも考えたが、結果として今回は、真逆の方向に進んでしまっている。けれどももし、
(……ちょっと、調べてみるか)
どうせ喧嘩する相手の仕事について、調べる予定だったのだ。少女一人を洗うくらい、大した手間ではない。
(最初は、睦月より強そうだと思っていただけなんだけどな……あの女、何を企んでる?)
理沙とも付き合いがあるらしいので、まずは
後日、勇太の下を訪れ、そこから理沙にも話を聞こうとした郁哉だったが、また別の機会に改めることにした。
『広~い!』
『何もな~い!』
『勝手に入るな走り回るな馬鹿共っ!』
弥生と佳奈が、先に理沙の部屋に上がり込んでいたので、これ以上はますます面倒なことになりかねない。
「意外と壁、薄いんだな……」
「……ベランダに近いからだろう。身内だから非常時に備えて、
適当なスポーツドリンクのペットボトルを投げ渡してきた勇太は、タワーマンションの背景を背に、そう語った。
『止めろこらっ! ここは
「それくらい、出してもいいんだけどな……せっかく部屋で遊べる友達ができたんだし」
「本当、金だけはあるよな。お前……」
タワーマンションの高層階を二部屋、しかも二つ並びで購入できる昔馴染みの財力に呆れながら、郁哉は部屋には不釣り合いな値段のペットボトルを呷った。
「というか、その友達って……
「……ノーコメントで」
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