136 姦し三人娘、結成?(その2)

 ――ブーッ、ブーッ……

「……あ、もしもし睦月? うん、そう。人数は予定通り三人で。武器もあれば一緒に持ってきて……ああ、そう。タクティカルペンペン自動拳銃一丁だけ、ね。まあ、ないよりましか。うん、了解」

 スマホを操作して通話を切った後、弥生はポーチの中身と持ち替えながら話を続けていく。

「荻野君、来るって?」

「うん。『今向かってる』、って」

 残り少ない手持ちの爆薬を組み合わせて、小型の爆弾をでっちあげてから、弥生は理沙へと投げ渡した。

「と、言っても……もう、結構近くまで来てるみたいだし。ちょっと時間稼げば、何とかなるかな?」

 手ぶらになった左手の掌に右手の指を二本立て、素早く上げてから、弥生は最後の一人になっている胴元側を指差す。

「とりあえず、【びっくり】させれば十分じゃない?」

「それはいいんだけどさ~……時間を稼いだ後、どうするの? 全員車に乗り込むまでの間、大人しく乗せてくれるとは思えないんだけど?」

 佳奈の言い分も、もっともである。現に、偶々弾薬箱が近くにあったとでも言わんばかりに、一方的な銃撃は今もなお、鳴り止む気配がない。理沙も弥生がでっち上げた爆弾をさっそく使って牽制するものの、それが長く続く保証はなかった。

「おまけにここに来るまで、結構入り組んだ道を通ってきたよね? 車じゃ通れないんじゃない?」

「その辺は大丈夫、大丈夫」

 佳奈と話しながらも、弥生の手が止まる気配はない。

 弥生は相手方の起爆装置に細工をし、時間差で全ての黒色火薬を燃焼させるように魔改造を施していく。『技術屋』の看板は伊達ではなく、ものの数分で希望用途に応じた代物が完成した。

「今まで通った道でも、睦月なら普通に通れるし……何より」

「何より?」

 とうとう手持ちがなくなる中、銃声に紛れて車のエンジン音が響いてくる。


「あの『運び屋睦月』が…………まともな・・・・道を進んでくると思う?」


 ただし、それは何故か上方……作りの荒い天井からだった。

「あ~……そういえばそうだった」

 そして黒の国産スポーツカーが、文字通りトタン屋根の天井を突き破り、落下同然に降り立つのだった。


 ――ドガラガシャーン!




「ぎゃはっ!?」

 おそらくは生き残っていた胴元だろう、落下の衝撃で弾け飛んだ瓦礫にでも当たったのか、苦痛をこらえるような呻き声が聞こえてくる。しかし今、そんなことに構っている余裕はない。

「おい、撤収するぞ! 金は持ったかっ!?」

『とっく(に・にだ)っ!』

 起爆装置擬きに点火したのを合図に、弥生達は一斉に睦月の運転する車へと駆け込んでいく。彼女等は荷室ラゲッジルームバックドアトランクを開け、現金の詰まった鞄を詰められるだけ詰め終えると、今度は早い者勝ちとばかりに乗り込みだした。

 配置として、爆薬の尽きた弥生は後部座席に、理沙は二丁一対型の自動拳銃オートマティック(弾切れ)を握ったまま助手席に……そして何故か、佳奈は車の天井部分ルーフの上へと乗り上がっていた。

「おい、廣田。お前何やってんだよ?」

「いやだって……私の斧槍ハルバート、車の中に持ち込めないじゃん」

「……落っこちても知らないからな。後、屋根に刃を立てるなよ」

 運転席から身を乗り出し、天井部分ルーフの上に腰掛けだした佳奈にそう言った睦月は、このまま発進させようと運転席に戻ろうとする。

 その瞬間だった。


「一体何が……ってお前っ! 睦月徹・・・じゃないかっ!?」


『ん?』

 四つの視線が動くものの、二つは車内から見て運転手側にある通路から現れた闖入者に……残りの二人の眼は睦月に向けられていた。

『知り合い(か)?』

「さあ……覚えがないな」

 大方、この場に居なかった幹部級が残りの兵隊を連れて、ようやく到着したといったところだろう。どちらかと言えば、適当に雇った準暴力団半グレかもしれないが、睦月達にとってはどうでもいいことである。

「ふざけんなてめえ!? 俺の・・人生・・潰しといて・・・・・忘れると、」


 ――パンパンッ!


「――がっ!?」

 懐から抜いた姫香の自動拳銃ロータ・ガイストで、相手の腹部に9mm口径弾を二発撃ち込む。先程の飛礫つぶてで気を失ってしまったのか、静かになった胴元を介抱していた兵隊達が動き出す前に、睦月は銃把グリップを握ったままハンドルを操作した。

「時間の無駄だな……さっさと行くぞ」

「ちょっと待て『運び屋』っ!」

 しかし、睦月は理沙の発言の続きを待たなかった。

 相手の死角まで離れたのを確認してから、睦月は自動拳銃ロータ・ガイストを懐に戻そうとするが、理沙もまたこちらの対応を待つことなく、強引に詰め寄ってきた。

「銃があるなら貸せっ!」

「いや、これ姫香のだし……」

「だからそれを貸せ、って言ってるだろっ!?」

 屋根をじ開ける目的で大雑把に撃ち込んだ時とは違い、扱い慣れない銃器で正確に狙える保証はない。しかも撤退を優先した為、いちいちとどめを刺しに行く必要はなかったので、胴体の真ん中に二発程当てて終わらせていた。だから、残弾自体はまだある。

 けれども……睦月にもまた、譲れない理由があった。


「悪いが……又貸しはしない主義なんだ。借りたきゃ姫香に許可取ってくれ」


 これ以上は無駄だと判断したのか、運転中の睦月に詰め寄っていた理沙は離れるとすぐにスマホを取り出し、手早く連絡を入れ出した。

「久芳ーっ!?」

 とはいえ、相手は緘黙症かつ自身も対象に含まれる為、叫んではいるが連絡手段は電話ではない。内容には気を付けているとはいえ、一般的なメッセージアプリである。

「で、どうだったんだ?」

「……腹立たしい顔のスタンプが返ってきた」

 チラリ、と横目で見た姫香からの返事のスタンプは理沙の言う通り、形容しがたいいびつな、完全に相手を煽っている嘲った笑顔のイラストだった。

「どこでそんなスタンプ買ったんだ、あいつ……そもそもお前等、連絡先交換する程仲良かったっけ?」

「ストリートレースの時にやむなくだっ!」

 相手が銃器を使うような相手であれば、まだ奪う選択肢もあったのだろうが、逃走中に出くわす残敵はチンピラのみ。ほとんどが鉄パイプや金属バット等、簡単に手に入る鈍器しか持たず、中には素手で挑もうとしてくる猛者までいた。

 もっとも、車に乗っている睦月達にとっては、『どうでもいい』の一言に尽きるが。

「もういいだろ? どうせチンピラしかいないんだし……っと!?」

 現在、睦月達が乗り込んでいるのは倒産した工業会社の敷地内。

 長期間廃棄されて錆び付いた設備や、今は使われていない重機が格納されたトタン材の倉庫が並んでいるとはいえ、車両用の道が整備されているのであれば、睦月にはそれで十分だった。むしろ、視界の悪さを利用して、適当な廃材を投げつけられる方が怖い。

 おまけに……まだ、弥生の置き土産が残っている。

「早く逃げないと、面倒なことに……」

「……あ、睦月。ちょっと待って」

「どうした?」

 すると今度は、弥生が後部座席から声を上げてきた。車内の上部中央ルームミラー越しに見てみると、いつの間にか取り出していたスマホで、誰かと電話していたらしい。大方、相手は司令塔でもある『情報屋和音』だろうが。

「次の角で右に曲がって。『左手に郁哉が居るから、ついでに回収しとけ』って婆ちゃんから」

「了解」

 やはり和音だったようだ。アクセルを緩めることもなく、睦月は指示された角でハンドルを切る。

「わっ、とと……っ!」

 振り落とされかけている佳奈に向けて、睦月は下げたままだったパワーウィンドウから顔だけを出し、声を張り上げた。

「廣田っ! 助手席側の横手に斧槍ハルバートを伸ばせるか!?」

「こんな感じでいいの~?」

 そして降ろされたのは、斧槍ハルバート刃先・・だった。握りやすさを考えれば致し方ないが……差し出された・・・・・・側からすれば、たまったものではない。

「わきゃっ!?」

「危ねえな、おいっ!?」

「…………あ、『喧嘩屋橘君』釣れた」

 佳奈の言葉通り、郁哉が斧槍ハルバートの斧部を避けながら掴み、助手席側のドアに足を着けてしがみついている。

「ねえ、理沙ちゃん。今『わきゃっ!?』って、可愛い声出さなかった?」

「出してないっ!」

「それより俺も車に入れろよっ!? 席余ってんじゃねえか!」

 たしかに予定とは違い、佳奈が天井部分ルーフの上に乗っている為に席は空いている。だが、弥生が理沙の揚げ足を取った時点で、車内は無駄に騒がしくなってしまう。

 そう……宙ぶらりんになっている郁哉を放置してしまえる程に。

「郁哉、お前ももう上に登っとけ。どうせそろそろ敷地外だ」

「……そうするわ」

 そして佳奈と共に、郁哉は天井部分ルーフの上によじ登って腰を下ろしてきた。

「ねえ言ったよね? 睦月も聞いてなかった?」

「『運び屋』っ! やっぱり銃を貸せっ! こんな誹謗中傷を受けたまま黙ってられるかっ!?」

「お~い、自分から肯定しゲロってるぞ。それでいいのかよ?」

 今度は自動拳銃ロータ・ガイストを握った右手を車外に伸ばし、適当な瓦礫に発砲して即席の段差を生み出す。そこへタイヤを乗り上げて、軽く浮かせた車体を器用に操り、狭い路地裏へと入り込んだ。

「いいから銃をぉぉ……っ!?」

『うわわっ!?』

 車内で荒ぶっている理沙や、慌てて車体の上へと移動する郁哉と佳奈の絶叫を聞き流していると、ふと睦月の脳裏に、過去の記憶が蘇って……


「…………ああ、あの時の弁当乞食か」


 ……きたが、あまりにもどうでも良すぎて、思い出すのを早々に放棄した。

「弁当乞食?」

「さっき俺が撃った奴。昔、サッカー辞める直前に、股間に無回転ジャイロシュート叩き込んだ奴だったわ」

 右手を戻し、再びハンドルを駆りながらも、睦月はアクセルを緩めることなく敷地外を目指した。

「何でそんな面白いことしたの?」

「面白いか? 自分勝手に我儘放題で、適当な口車でチームメイトから弁当たかってた馬鹿をぶちのめした話なんて」

 むしろ、座席越しに手を伸ばしている理沙を、後部座席内で器用に逃げて回る弥生の方が、睦月にとっては面白い話だと思えているのだが。

「調子いて俺の弁当までたかってきたくせに、相手の親も監督も見て見ぬ振りだったからな。大した実力もないくせに『事なかれ主義』に守られてるだけの馬鹿見てると、普通にムカつくだろ?」

「……結局は食べ物の恨みじゃん」

「人の弁当に汚い指伸ばしたり、唾を飛ばしたりしてくるんだぞ? 普通に食欲失せるわ」

 ちなみにその弁当は、普通にゴミ箱へと捨てた。非常にもったいない話である。

「まあ、それももう終わる・・・・・か……ところで、」

「ん?」

 今でも伸ばしてくる左手とは別に、理沙の空いた手が弥生を掴もうと躍起になっている。仕方がないので、睦月は自動拳銃ロータ・ガイスト銃身のスライドロックを解除して、懐にしまった。

弾切れカンバンだから諦めろ。それより弥生……いつ爆発するんだ?」

「えっと……」

 アウトドアブーツに包まれた足を持ち上げて防御しつつ、スマホの時計を確認する弥生。




「く、ぅ……」

 胴体に銃弾を撃ち込まれた準暴力団半グレのリーダーにして、睦月から弁当乞食と呼ばれていた男、菅茂すがも尚輝なおきは腹部を押さえながら立ち上がった。

 銃弾自体は防弾ベストで防げたものの、撃たれたのは今回が初めてだった為、初体験の衝撃で今までずっと呻いていた。この時点でもう、睦月達は脱出する直前であり、彼の部下は全員、すでに胴元を連れて撤収したり、車の方を追い駆けたりしていたので傍に居ない。

「……の、ゃろぉ~」

 成人前とはいえ、威圧的な態度と手前勝手な詭弁で自分に都合良く生きてきたツケが回った結果が、今の生活かもしれない。けれども、それで撃たれるのはおかしい、と菅茂は今でも・・・思い込んでいる。

「ようやく、見つけたぞ……」

 親も似たような性格で、監督も喧嘩両成敗でさっさと片付けようとする事なかれ主義者だった。それなのに、あの男が出てきた途端に人生は転落し、今では準暴力団半グレに身をやつしている。その元凶である睦月に報復しようと、菅茂もまた部下と共に追い駆けようと、


 ――ピッ!


「…………は?」




 ――…………チュドーン!!


「……ついさっき」

「もっと早く言えよな、お前も……まあ、もう・・いいけど・・・・

 無事に敷地外へと脱出し、睦月が運転する車は和音達が待つ崖の端へと、遠回りになりながら向かっていく。爆発音でようやく冷静になれたのか、理沙は憮然とした表情を浮かべながら、助手席に深く腰掛けだした。

「ところで……そろそろ言っていいか? お前等」

「何?」

「何だ?」

 天井部分ルーフに人が二人も乗っている状態で言うのもおかしな話だが、それでも職業病からか、睦月は口を開かずにはいられなかった。


「…………いいかげん、シートベルト締めろよな」


 一人だけ締めている為か、どうにも浮いた感が否めていない睦月であった。




「そういえば弥生……お前何で、ペストマスク側頭部お面付けたままなんだ?」

「さっきまで、細かい作業してたから。やってたことは『技術屋』の範疇な上に見づらかったし……今度改良しよ」

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