135 姦し三人娘、結成?(その1)

 初めての経験、初めての興行、初めての営業活動・・・・という、初めて尽くしの賭博場運営は、失敗に終わった。

 欲を掻いたのは、たしかに間違いだったと認めよう。賭けを成立させる為に、胴元として対応するついでに稼げるかもと、不必要な八百長に手を染めたのがそもそもの間違いだった。

 けれども、本来であれば、特に大きな問題は起きないと考えていたのに……結果は想定のはるか彼方へと上回ってしまった。

「被害想定額は!?」

「計算するまでもなく億を超えてます! 試合の打ち切りコールドゲームなんて大穴に・・・賭ける・・・人間が居るなんて、普通思いませんよっ!」

 草野球とはいえ、競技スポーツ賭博はどうにか成立させられた。しかし、結果は『試合の打ち切りコールドゲーム』という、散々なものだった。普通の勝敗であれば、配当は掛け金の二倍程度で済むので、まだ納得がいく。

 だが、たった一人とはいえ高額当選ジャックポットを引き当てられてしまえば、賭け金の数百倍を支払わなければならなくなってくる。しかもふざけたことに、その一個人は百万円分の札束・・で賭けてきていた。それも、一つや二つでは済まない数で。

「いいから金を持って逃げるぞ! ったく、これだと自己PR・・・・にならないじゃ、……っ!?」

 ドカン! ダン、ドンっ!

「な、な……」

 思わず腰を抜かしてしまうが、胴元は立ち上がることができないまま……非情なる蹂躙が始まってしまった。




 打ち上げは日程変更リスケされ、今日はもう解散となった。けれども、参加メンバーの中から数人が、一人の『情報屋』の鶴の一声で、別の場所へと静かに集まっていた。

「……おい、『運び屋』達はどうした?」

「送迎ついでに、車を取ってくるってさ」

 その言葉通り、睦月は姫香と共に、由希奈や愼治を送り届けに行っている。その為、この場に集まっているのは『情報屋和音』、『技術屋弥生』、『喧嘩屋郁哉』、『傭兵英治』、『殺し屋佳奈』と理沙だけだった。『医者有里』は晶の治療兼引率で病院に、『殺し屋美里』もまだ本調子じゃないからと、そちらの護衛についている。

「さて、と……そろそろ始めようかね」

 一服を終えた和音が席へと戻り、煙管キセルから灰を叩き落とす音を合図にして、その場に居た全員の注目を集めた。

「どうせ潰すつもりだったから、戯れに賭けてみたんだけどね。ざっと億単位の配当金が入ることになったんだよ」

「……絶対に揉める金額だろ、それ」

「しかも知ってたなら、その時点で止めとけよな……」

 裏格闘技の大会に出たことのある郁哉や、賭場で仕事をした経験のある英治が、揃って苦い感情を吐露しだす。

 当然だろう。中小企業の資本金でもそれ以下になることが多いのに、小さな賭博場が抱えている運営費だけでそんな金額、果たして、胴元に払いきれるのだろうか。

「そもそもそんなお金があるなら、少しはボクに生活費お小遣いくれても良かったんじゃないの?」

「成人してるくせに、甘ったれたこと言ってんじゃないよ。金が欲しけりゃ働きな」

 弥生にそう説教を吐き捨てた和音は、一枚の地図を全員が見えるよう、中心に設置した折り畳み式のテーブルの上に広げだした。

「大まかな戦力は喧嘩慣れしたチンピラ集団のみ。銃器チャカは幹部級しか持ってないから、精々数丁がいいとこだろうけど……火器や手製の爆弾を作ってる連中も居るのが厄介だね」

 地図の上に煙管キセルの先端が置かれ、大きく円を描きながら、それぞれの配置を伝えていく。

「初手で分断するよ。胴元と幹部級の手勢は、爆薬の処理も兼ねて『技術屋弥生』が。後のチンピラは『喧嘩屋郁哉』がやりな」

「は~い」

「俺が雑魚相手すんの? せめて、骨のある奴がいてくれればいいけど……」

 突然の指示にも関わらず、二人は気負うことなく各々の役割を理解した上で、返事を返していく。

「援護射撃と指揮する私の護衛も兼ねて、『傭兵英治』はここに残りな。ここから狙撃銃ライフル一丁で十分だろう」

「ねえねえ、私達は~」

 気持ちを切り替える為だろう。携帯用の手鏡を見ながら仕事用の部分ポイントウィッグを取り付けていた佳奈が、作業を終えた手で理沙を指差しつつ、和音に問い掛けてきた。

「予備戦力、と言いたいところだけど……状況が変わらない内は、『技術屋弥生』と一緒に胴元側を叩きな。屋内で爆薬の処理作業がある以上、そこの馬鹿孫の護衛は必要だからね」

「おっけ~」

「軽いな……」

 自分とは真逆な、あまりに軽い性格の二人と共に仕事をするのは、今回が初めてだ。しかも片方は、知り合って間もない上に『殺し屋』として働いている場面を見たことがない。仕事の跡・・・・を見たことはあっても、その場に他の戦力姫香が居た以上、正確な実力を把握することは難しかった。

「まあまあ、よろしくね。理沙ちん」

「……ちん付けは止めろ」

 回される佳奈の手を払う理沙の二人の横では、弥生が愛用のペストマスクを頭にかぶせていた。

「じゃあ理沙ちゃんね。そっちは弥生ちゃんでおっけ~?」

「おっけ~」

「良くないっ!」

 どこまでも浮かれている二人の後ろを、理沙は二丁一対型自動拳銃オートマティック銃身スライドを引きながら続いた。

 未だに姦しい話し声が聞こえてきたこともあり、郁哉も続いて目的地へと向かいだす。

「じゃあ、俺も行ってくるわ」

「おう、いってら~」

 下手をすれば、あの姦しさで気付かれてしまうかもしれない。その前に少しでも先手を打とうと、郁哉は崖下・・へと真っ逆さまに落ちていった。

「さて、俺も準備するか……」

 落下した郁哉には頓着せず、英治は和音の手により用意されたケースから狙撃銃ライフルを取り出し、すぐに狙撃できるよう組み立て始めた。

「というか婆さんが、ドイツ語できたのは意外だったよな……」

 家に居たカリーナには、すでに和音との顔合わせは済ませている。その時に知ったのだが、この『情報屋』はドイツ語が堪能だったのだ。

「年の功さね。大体、私が『傭兵そっち』の家と知り合ったのは、ドイツのコネ経由だよ」

「…………初めて知った」

 未だに把握していなかった家庭事情を聞かされ、英治はどう反応したものかと狙撃銃ライフルを組み立てながら、思わず悩むのだった。




「なんか、黒色火薬が多いな~……適当な花火でも分解したのかな?」

「水で湿らせたら?」

「あれって未使用だと、結構時間掛かるんだよ。確実に湿らせる位なら、むしろ全部吹っ飛ばした方が早いよ」

 弥生、『爆弾魔ペスト』が放った爆弾のせいで、敵陣は混乱状態に陥り、そのおかげであっさりと制圧できた。より具体的に言えば、相手側の兵隊を佳奈が叩き伏せ、唯一拳銃片手に反撃してきた胴元と理沙が、今でも銃撃戦を繰り広げている。

 その様子を音だけで把握しながら、護衛についている佳奈を背に、弥生は爆発物の処理に勤めていた。

「……あ、起爆用の爆弾見っけ」

「起爆装置じゃないの?」

軍用爆薬C4ならともかく、用意できたのがただの火薬だからじゃない? まあ、これも電気発火だから、似たようなものだけどね」

 そんなことを言っている間に、銃声が一時的に止んだ。膠着状態になったのかと思ったが、どうやら違うらしく、弥生の背中を佳奈が叩いてきた。

「どしたの?」

「なんか理沙ちゃんが、言いたい・・・・ことあるみたい」

 おそらくは『弥生を呼べ』とでも指先で指示してきたのだろう。物陰に隠れていた理沙は自身の方を向いたのを確認してから、左の掌を下に向けた状態で、その下で一度『銃』の形にした指を開くと、そのまま右手を振ってきた。

「『弾切れ』」

「あちゃ~……まあ、急な話だし、しょうがないか」

「何々、面白いこと?」

「ううん、ただの弾切れ~」

 唯一手話を理解していない佳奈に、弥生は理沙の手振りを訳すと、手持ちの装備を確認し始めた。

(今日は銃とか、持ってきてないんだよな~……爆薬も突入した時に、結構使っちゃったし)

 いっそのこと、目の前の火薬を転用した方が早いのだが……状況からみて、爆弾よりも別の武器の方が対処しやすいだろう。

 ――ダン、ダン!

 何せ、向こうはまだ弾切れを起こしていないのか、銃声が鳴り止む気配がない。

 撃たれること自体は特に問題のない面子が揃っているとしても、近くにあるのは大量の黒色火薬だ。流れ弾を考慮すれば、あまり長く続けていい状況ではない。

(こんな状況あの世・・・に逝っても、絶対に笑われちゃうしな~……あ、そうだ)

 あることを思いついた弥生は、自身のスマホを取り出すと、手早く電話を掛け出した。

「……あ、婆ちゃん? 睦月呼んでくれない? できれば武器持たせた状態で……え? 武器の方はほぼ・・無理って……ああっ、そうだった!」

「どうかしたの?」

 スマホの通話を切る弥生に、何があったのかと佳奈が問い掛けてくる。

「いや、すっかり忘れてたんだけど、さ……」

 若干言い淀みつつ、人差し指を突き合わせながら、弥生は二人に答えた。


「睦月の車の中…………仕込みの銃が、一丁もない」


「え、そうなの?」

「どういうことだ、」

 ――ダン!

「っ!?」

 どうやら読唇術も身に着けていたらしく、弥生の口の動きだけで、理沙は思わず立ち上がってしまい、慌てて飛んできた銃弾を再び伏せて回避していた。

「いや……今回の野球の助っ人、急に決まったじゃん」

「うん。私も仕事中に、いきなり連れ出された。おかげでここで稼いでおかないと、生活費収入がちょっと危なくなってる」

「その少し前に、睦月から銃の点検依頼が出てたんだけど……野球に参加する関係で婆ちゃんが交渉して、納期を今月末までに伸ばして貰ってたんだよね~」

 それを読み取り聞き、理沙は天を仰いでいた。

 何故なら……まだ、月末ではないからだ。

「やっぱり銃に頼るのって、良くないよね~」

「あ~、ちょっと分かるかも……」

 自分も違うと言いたいのか、自身を指差しながら手を振る理沙を見ても軽く流した弥生は、佳奈と視線を合わせた。




「さて、と……武器はどうするかな?」

 一方、和音から『状況開始』の連絡を受けた頃、由希奈達を届け終えた睦月は姫香と共に、整備工場へと赴いていた。多少・・時間が掛かったので、手持ちの武器を車の仕込み用に選定している暇はない。

 何故なら、元々の仕込みの銃器は現在整備中な上に、その依頼を受けた当人含む三名の送迎ピックアップが、今回の役割なのだ。このまま弥生達の下へと向かっても、車の運転に専念するのが精々である。

「とはいえ、俺も丸腰だときついか……」

 武器庫の隠し扉がある休憩室兼仮眠室ヤリ部屋に向かおうとする睦月だったが、その手を姫香に引かれ、歩みを止められてしまった。

「どうした?」

 振り返ると、姫香は話した右手の人差し指を鉤状にし、載せた左掌と共に引き寄せている。

「【節約】」

「いや、これはさすがに必要経費だろ? 婆さんに請求しろよっ!?」

 そう反論する睦月に突きつけられたのは、指を三本立てた、姫香の小さな手だった。要するに、面倒事戦闘拾い上げピックアップする三人に任せとけばいい、と言っているのだろう。

「……あんまり舐め過ぎるのも、良くないと思うんだけどな」

 とはいえ、姫香にまで自己肯定感の低さ不愉快な謙虚癖を指摘されてしまえば、睦月の立つ瀬がなくなる。せめて丸腰は勘弁して欲しいと言おうとしたが、その前に赤い銃床・・が差し出される方が早かった。

「使え、と?」

 頷く姫香に、睦月は彼女の自動拳銃ロータ・ガイストを受け取ると、銃床から弾倉マガジンを引き抜く。

「9mm口径ミリ自動拳銃オートマ使うの、何年振りだろうな……」

 残弾数を確認し、再度弾倉マガジンを銃床へと押し込んだ睦月は、次に渡されたホルスターへと仕舞い、そのまま身に着けた。

「姫香はどうする? 三人乗せるから、途中で降ろすことになるけど」

「…………」

 少し考えた後、姫香は由希奈達の送迎途中で拾ってきた側車付二輪車サイドカーを指差して、そちらに乗ると伝えてきた。和音からの連絡で、大まかな状況を知らされた上での判断だろう。特に反論することもないので、睦月はその提案に乗ろうとした。

「……ちょっと待て、姫香」

 が、側車付二輪車サイドカーに乗り込もうとする直前、どうしても見過ごせないものがあったので、睦月は思わず声を掛けてしまった。

「家から自動拳銃それ持ってきてたのなら、5.7mm口径そっちで良かったんじゃないかっ!?」

 睦月が指差す先には、5.7mm口径の自動拳銃オートマティック……自動拳銃ストライカーを使う前に愛用していたものが、姫香の腰に納められていた。しかも、自宅に隠していた非常用の分なので、動作に問題ないことは把握している。何せ、三日前位に自らの手で、定期メンテナンスをおこなっていたのだから。

 しかし、姫香は頑なに、両手で『節約』の二文字を提示してくることを欠かしてこない。

「まさか……婆さんの指示か?」

 残念ながら……9mm拳銃弾と5.7mm小口径高速弾では、一発ごとの市場価値が違う。その為か、和音から別途、姫香へと指示されていたらしい。


 要するに、『経費は落ちない』という話だった。


「お前、こういう時こそ会社の金自腹を使お切ろうぜ……使い慣れない銃で俺が死んでも、絶対に後悔するなよ?」

 最後に減らず口を叩く睦月だったが……小馬鹿にするように口を歪め、肩を竦めてくる姫香にあっさりと流されてしまった。

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