134 嫌いではないが苦手な分野(その9)

「正直に言って、運営への不信があったので話には乗りましたが……今回の助っ人チーム、結構滅茶苦茶でしたね」

「……返す言葉もありません」

 球審より試合の終了が告げられ、挨拶を終えた後、洋一は相手チームの監督と話をしていた。

過集中状態ゾーンのことといい、場内乱闘が自チーム内で完結してることといい……あまりに代わった面子でしたね」

「こればかりは何とも……この度はご協力いただき、ありがとうございました」

 そして両チームの挨拶後、何故か姫香と理沙の乱闘が勃発していたものの、もうやってられないとばかりに睦月達残りの面々は道具を片付け始めている。改めて監督に頭を下げた洋一は、その輪へと加わりつつ……拓雄の傍へと寄った。

「なあ……聞いても、いいか?」

「……答えられる範囲なら」

 職場の人間と野球をしていたのは事実らしく、数少ない私物持ちの拓雄はマイバッグに道具を仕舞いながら、洋一に返事を返した。

「今回の野球賭博の件、これで終わると思うか?」

終わらせる・・・・・だろう。あの人・・・も動いていることだしな」

 元々、試合後は遅めの昼食として焼肉食べ放題か近場の有機栽培オーガニックレストランに分かれての打ち上げを企画していたが、負傷者と監督の計三名が欠席の為、日程を改めた方がいいかもしれない。

 何より……本当に実施していいのかという疑問が、洋一の脳裏にこびりついていた。

「そうか。なら、後は……」

 チラリと、睦月がこちらの会話に耳を傾けていないことを確認してから、洋一は拓雄へと向き直った。

「知ってたらでいい……教えてくれ。睦月は、いったい何者なんだ?」

「……表向きは、本人が話していた通りの人物だ」

 かつて、実家の生業を聞いた際は拓雄を極道の家の者かと考えていたが……付き合いの長さと、性的少数者セクシュアルマイノリティとして生きてきた経験から、もう『そういうものだ』と割り切れてしまっている。

 それを、拓雄も何となく察しているのだろう。洋一の質問に対して、鞄のファスナーを閉めてから答えてきた。

「直接関わったことはない。ただ……『敵対した後は全てを失う』、という噂を聞いたことがある」

 拓雄の視線が、手元の鞄から睦月の方へと向けられている。それが、下手に話していいのかと警戒・・している・・・・ように、洋一には思えてならなかった。

「以前、雑談か何かで、荻野君が発達障害ASDだと話してくれたことがあっただろ。それを聞いて、まずはどう思った?」

「……生き辛そうだなって、素直にそう思った」

 洋一の答えに対して、拓雄は終始無表情を貫こうとしていたが、徐々に、夏の日差しや運動後ではない原因の汗が、顔に浮かび上がってきている。

「少なくとも、彼もそう考えていると思う。だが……荻野君はそれ以上に開き直り、発達障害それすらも利用・・しだしたんだ」

 乗り越える、という表現であれば洋一にもまだ分かる。だが、拓雄が言った『利用』という言葉は……どうしても、発達障害・・との向き合い方とはかけ離れていた。

「元々、発達障害ASDは集団行動が苦手な分個人活動、主に創作的クリエイティブな場面で活躍しやすい傾向にあるが……それを『仕事中に発生した障害を取り除く』目的に使うことで、荻野君は数多の障害や難敵を乗り越えてきた」

 そして、拓雄は決定的な一言を漏らした。


「『何ものにも縛られない蝙蝠ノーボーダー』、その通り名あざなの通りに……彼は目的の為に手段を選ばなさ過ぎた。他人どころか、自分にも・・・・忖度せず、その全てを・・・振り切って・・・・・きたんだ」


 その話を聞き、洋一もまた、拓雄と同じ汗を流してしまう。しかし、やがて……ある感想を抱いた途端、思わず口元を緩めてしまった。

「…………カップラーメンのCM?」

「実際にそうらしい。たしか、昔馴染みの一人が提案したとかなんとか……」

 鞄を背負って立ち上がった拓雄は、洋一へと振り返ってくる。

「まあ……全部、ただの噂だ。彼個人は悪い人間じゃない。それは分かるだろ?」

「……当たり前だろ」

 なら大丈夫だ、とばかりに拓雄は洋一の肩を叩いてきた。

「結局は何も変わらない。誰かを傷付けなければ、誰もやり返したり傷付けたりしない……荻野君の場合は、その反撃が数倍程度で留まらないだけだ」

「そうか……」

 自分も片付けようと、拓雄に礼を言ってからその横を通り、洋一は私物に手を伸ばした。

「……普通に付き合う分には、問題ないんだな」

 無暗に誰かを傷付ける人間は、社会から排斥される。だが、何をもって相手を害してしまうかは、人によって違う。

 ただ、少なくとも……睦月が進んで誰かを傷付ける人間でないことは、これまでの高校生活で十分分かっていた。




 けれども……少数者マイノリティが異物として拒絶されてしまうことが多いのもまた、この世界だった。

「ああ、疲れた……」

 いくら昔馴染みや多少は打ち解けた人間しか居なかったとはいえ、誰かに合わせて行動するのはどうしても、心身に負荷が掛かってしまう。

 少しだけ一人になりたかった睦月は『飲み物を買いに行く』と、一度皆から離れた。

 打ち上げをどうするかは分からないが、どちらにせよ休息は欲しい。自販機でペットボトルのスポーツドリンクを購入し、近くのベンチに腰掛けた睦月は蓋を開けると一息に半分位飲み干し、昼前だというのに黄昏れ出した。

(誰かと過ごすのも悪くないんだが……本当、団体行動チームプレイが苦手だよな。俺って)

 何かをしていないと落ち着かない衝動に駆られるが、肉体的にも精神的にも、何もしない時間というのは重要だ。少しでも心身を休ませようと、適当な施設に視線を向け、見るともなくボーっとし始める。


「やっぱり……徹だよな、お前」


 そんな時だった。身分を偽っていた時の、チームメイトに話し掛けられたのは。




(間違いない。やっぱり……こいつは徹だ)

 昔から、あまりチームに馴染めていない印象があった。

 ミーティングは普通に参加していたし、コーチの指示には従う。雑談も、こちらから降ればいつも返してくれた。けれども、人付き合いが苦手なのか……いつもどこか、距離を置かれていた。

 一人でボーっとしていたかと思えば、適当な本を読んだり、個人練習をしていることが多かった。特に全体練習や試合の後は最低限の付き合いだけ済ませると、すぐに皆から離れていく。

 だから今日も、試合の後に一人になるのではないかと観戦しながら様子を窺っていたのだが……予想は的中した。

「お前、何で徹じゃないって、」

「……人違いですよ」

 しかし、徹と呼ばれた青年、睦月は不機嫌そうに顔を顰めてから、ペットボトルの中身を再び呷り出す。そして、空にしてから蓋とラベルを剥がし、立ち上がってゴミ箱へと入れていた。

「誰と勘違いしているのかは知りませんが、そろそろ不愉快になるので止めてくれませんか? 人の名前を間違える・・・・とか、価値観の押し付けもはなはだしいですよ。不名誉な綽名を付けられるようなものだ」

 若干の怒りが漏れ出ているらしく、口調が徐々に荒げていた。その状況を見て、ますます直人は、相手がその徹じゃないかと考えてしまう。

「……呼び方で・・・・感情的になるところも、一緒なんだな」

「誰だってそうでしょう」

「怒り方までまったく・・・・一緒・・だって言ってるんだよっ!?」

 さすがに、我慢ができなくなってきた。それで距離を詰めようとしたのだが……それ以上の速さで、一定の距離を開けられてしまっている。

「何で……何で否定するんだよっ!? お前は、」

 もう走ってしまおうか、そう考えた時だった。


「あれ、荻野・・? もう試合終わったのか?」


 突然の第三者が割り込んできて、睦月の肩を抱いてきたのは。




(……何のつもりだよ?)

(いいから合わせろ・・・・って。お前だって、揉めたくないだろ?)

 思わず、相手を蹴り飛ばそうかと考えていたその直後、いきなり現れた郁哉が肩に手を伸ばしてきて、動きを止められてしまった。なるべく唇を動かさないように、小声で問いただそうとする睦月だったが、何故か『合わせろ』と返されてしまう。

「……で、お兄さん誰? 荻野に何か用?」

「荻野、って……誰だよ・・・?」

 直人がそう発したのを待っていたとばかりに、郁哉は睦月の方を指差してくる。

「こいつだよ。荻野睦月・・・・、そっちもそう思って、声掛けたんじゃないの?」

「え……?」

 血の気が引いたような表情を、直人が浮かべてきたのを見てすぐに、郁哉は睦月の身体を押して翻した。

「人違いなら、もういいよな? じゃあ、俺達行くから。失礼~」

 そして直人から距離を取り、見えなくなったのを確認してから……睦月は郁哉の手を払った。

「何のつもりだ、郁哉……」

「……お前の尻拭いだよ、馬鹿」

 郁哉が呆れた様子で睦月に嘆息すると、空いた肩に担いでいたクーラーボックスを差し出してきた。

「婆さんからの差し入れだ。後、洋一とかいう人に『今日の打ち上げはなし。日程変更リスケ次第、また連絡する』って伝えてくれ、ってさ」

「いや、そっちじゃなくて……」

 未だに言い淀む睦月にクーラーボックスを押し付けた郁哉は、手を離さないまま答えてきた。


「睦月、お前……素人・・に手を上げるつもりだっただろ?」


「…………」

 思わず視線を逸らす睦月に、郁哉は距離の近い状態で詰め寄ってくる。

「そんなしょうもないことでいちいち捕まる気か、お前……あんまり失望させんなよ」

「……るっせえよ」

 受け取ったクーラーボックスを担いだ睦月は、郁哉から数歩距離を開けた。

「そもそも、最悪免許見せれば済んだ話だろうが。俺が蹴り入れるとでも、本気で思ってたのか?」

「感情的になってる奴の言葉なんて、誰が信じるんだよ?」

 返された言葉に、睦月は口を噤んでしまう。郁哉は呆れながら自らの頭を掻くと、その手を空いた手と共に組んできた。

「大体、さっきのは当時のお前の偽名・・が原因だろうが。もうちょっと捻れよ」

「……捻った結果だっつの」

 もう少し、おかしな名前を付ければ良かったかもしれないが、あまりに素っ頓狂だとそれこそいちいち揶揄からかわれるかもしれない。だから無難な『徹』にしたのだが……それがかえって、良くなかったのだろう。

「だから『名前が嫌いだから、名字で呼べ』なんて言い訳も通じると思えば……それでも自分の価値観押し付けてくる奴ばかりで、苛ついてたんだよ」

 だからあえて、距離を置いていたのだが……その人物が明るい性格だからと、必ずしも相手のことを考えてくれているわけではない。たとえ善行だとしても、結局は『自分の基準』でおこなってくるのだ。下手な悪事よりもたちが悪く、迷惑や不愉快等と伝えてしまえば、ますます孤立してしまう。

 だからこそ……睦月は、チームワーク等というものが苦手・・だった。

 別に人付き合いが嫌いというわけではない。誰かと何かをするのは楽しいと思える時もある。しかし、それはあくまで、『個人が尊重されている範疇』での話だ。

 いくら未成年だったとはいえ……押し付けの善意程、厄介な嫌がらせはなかった。あれが虐めに当たらない等、未だに納得がいかない。

「まあ、だからか……ムカつく奴の股間にボールぶつけられたのは、結構すっきりしたんだよな」

「ムカつくって……そいつが何したんだよ?」

「周囲を馬鹿にしつつも適当な口車で我儘放題、それを相手の監督も『見て見ぬ振りしてた』のを見かけたから、これ幸いとばかりに蹴り込んでやった」

 そのまま別れようとする郁哉を、今度は睦月が手を引いて、強引にベンチへと連れ出そうとした。

「丁度辞めようと考えてたしな。どうせなら、と置き土産かましてきたんだよ。身分捨てるから前科とか気にしなくていいし」

「……いや、それより何で、俺まで連れて行こうとしているんだ?」

「どうせまだ・・、時間あるんだろ? 伝言ついでに、向こうに顔見せとけ。良い機会だし、時短にもなるだろ」

「絶対に違うだろ、それ……」

 伝言が伝わったかどうかで、いちいち責任を感じる気はない。それすらも郁哉に押し付けてやろうと考えた睦月は、昔馴染みを引き連れてベンチへと戻っていった。


「ま、助かったよ……」

「おう……俺が倒すまでは居なくなったりすんなよ?」

「……努力はするさ」




(……何してんだよ、俺)

 私立に進んだ友人から昔、『体育の後で暑過ぎて、エアコンの温度を勝手に下げたら女子達から袋叩きに遭った』なんて愚痴られたことを今、何故か思い出してしまった。

 本人は善意でやったことだろうが……結局は男子本位の話だ。体を冷やしたくない女子側からすれば、迷惑この上ない話だろう。しかし、これはあくまで、人数が同等か向こうに多く居たから、その程度で済んだ話だ。

 もし、人数が少なくて……内向的な雰囲気の為に話せなかったとしたら、彼女達はただ、我慢するだけじゃないのか?

 今回もまた、そんな話だったのだろう。けれども、直人にとってもまた、納得できない部分がある。

「『睦月』が名前なら、最初からそう言えよ……」

 事情は分からないが、少なくとも直人は確信していた。


『荻野睦月』と呼ばれていた青年は、かつての直人のチームメイト……『睦月徹』で、間違いない。


 観戦中に見たシュートの癖や、先程のやり取りでそう確信した直人は、睦月が座って居たベンチに腰掛けて、深く項垂うなだれてしまった。

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