132 嫌いではないが苦手な分野(その7)
試合は2回表、睦月達の攻撃となった。現時点では五点稼いでいるので、最低でももう半分稼げば、その時点で
残る問題は二つ、本当にその点差で試合は終了するのか。そして……レーザーポインターを照射してきた人物が、再び行動を起こしてこないか、である。
「打順は一番の睦月から。後は最低でも五人、
再び睦月と理沙が打席に並ぼうとする前、洋一はこの場にいる全員にそう声を掛けた。
「こんな形になって申し訳ないが……皆、後は頼むぞ」
自然と、本来であれば周囲に合わせるのが難しかったはずの
「さて……鬼門だな」
2回表に入る前、睦月は全員に告げていたことがある。
『守備の間に邪魔が入らなかった、ということは……相手は打席にしか、妨害行為ができない可能性が高いです』
事情は分からないが、少なくとも打席しか狙えないと分かれば照射場所、つまり実行犯の居所が掴める。だが逆に言えば、見つける為にわざとレーザーポインターを照射させなければならない。
可能性が高いのは
『こればかりは相手次第ですが、打席に立つ時は十分に注意して下さい』
とはいえ、黙ってやられるのは主義に反するとばかりに、睦月は弥生にある指示を出していた。
「上手くいくのか?」
「こればかりは、相手次第だな。一応弥生に電話させて、婆さんに『これ以上は邪魔させるな』とは伝えたけど、上手くいくかどうか……」
あの『
「廣田をやった実行犯位は、もう見つけてるだろう。問題は……
光の進む速度は、音速の約百万倍と破格の差がある。銃弾ですら、光速を超えることはできない。
ゆえに……いくら睦月達に対銃器戦闘の技術があろうとも、光の前では意味を成さなかった。
「とにかく、今は来ないことを祈って打席に立つしかない。だから……」
一度立ち止まった睦月は、
「頼むから……次はぶつけようとするなよ?」
「分かってる。これがフリというやつだな?」
「……よし、次やったら戦争だ」
結論から言うと、レーザーポインターの持ち主が次に狙った相手は、睦月だった。
「思ったより早かったな……これ、他にも伏兵がいるんじゃないか?」
あまりにも早過ぎる展開に呆れつつも、郁哉は実行犯から取り上げたスマホを片手に持ち、もう片方の自前で和音へと報告を入れた。
『その可能性は高いね。問題は、どこに居るか、だが……』
「こいつの他に見つけた、観戦に熱中している方は?」
『……そっちは白だよ。さっき確認したけど、睦月が昔入ってたサッカークラブの同期みたいだね』
そのことに対し、郁哉は眉を顰めた。
睦月がサッカーをしていた過去は、郁哉も人伝に知っていた。だが、後々のことを考え、偽の身分証を『
「おかしくないか、それ。睦月の奴、たしか『
実行犯の頭をゴリゴリと踏みつけながら、郁哉は自身のスマホ越しに和音へと問い掛けた。
「そいつが今の睦月と当時の『
『……それ以前の問題だよ』
電話越しでも分かる程に、和音の声音には呆れの感情が含まれていた。
『偽名どころか、綽名や通り名とかは馴染みがないと、反応し辛いだろ?』
「そりゃ、たしかに……」
それこそ、いくつもの身分を使い分け慣れている『
その為、偽名を指定できる場合は、自身の名前に近いものを選ぶ人間は意外と多い。
『大方、誰かがそいつの前で『
「どういうことだよ?」
当時、睦月が使っていた偽名を和音から聞き……郁哉は思わず吹き出してしまった。
「……馬鹿じゃないか、あいつ」
『それに関しては同意するよ。どうせ『長続きさせないから』と言っても、もう少しマシな
今度は紫煙が燻られる音が耳に入る中、郁哉は実行犯に気絶程度の
「さっさと回収して戻ろ……」
和音の傍にいる『殺し屋』は
「もう
何より……球場の
(まあ、
回数が限られるのであれば、それこそ慎重に、タイミングを吟味するべきだった。
なのにこの実行犯は、自己判断か誰かの指示かは不明だが、最初の打者である睦月を狙ってきた。つまり……
けれども、現状はこの二名しか見つかっていない。一人を押さえ、もう片方が
(他に考えられそうなのは……)
実行犯を担ぎ、睦月のかつてのクラブメイトからも見つからない動線を辿り、和音達の居る場所へと向かう郁哉はチラリと、球場の方を見た。
(…………まさか、な)
出足は決して、悪くない。
得点こそないがアウトもなく、睦月、理沙、拓雄と続けて出塁して満塁。この場面で四番の
勝負に出るか……申告敬遠により押し出すか、だ。
いずれにせよ、相手チームが失点を免れる為には、洋一相手に三振を取る以外の選択肢がない。敬遠は言わずもがな、勝負に出て万が一、安打以上を叩き出されてしまえば、さらに点差が広がってしまう。
相手
「とりあえず、六点目だな……」
「後は
当然だろう。元々の作戦通りとはいえ、高打力を持つ人間は限られている。一点一点を確実に取れなければ、十点差どころか
「最悪、七瀬や弥生が
「……怖いのは、失点覚悟での申告敬遠だな」
洋一と同様、英治もまた
「今思うと、少し勝負を焦り過ぎたんじゃないか? 俺が
「……いや、どっちにしろ、やることは変わらない」
英治からの指摘にも一理あるが、取れるべき状況で取れなければ机上の空論。今言ったところで、試験中の休憩時間で受けたばかりの科目を見返すようなものだ。それならば、結果が変わらない以上、固執せずに次の科目へと備えた方が有益である。
過去に引きずられてしまえば、目的とする未来への道も閉ざされてしまう。ならば今は、前を向くしかない。
「逆に言えば、
「そううまく、いけばいいけどな……」
いずれにせよ、満塁弾で目標圏内に達する程には、点差を広げられていた。あと四点、どうにか得られれば
次の打順である七瀬が打席に立つ中、睦月は周囲を見渡していく。その様子を、英治は腕を組みながら眺めていた。
「で、この状況……
「……
そう、睦月は結論付けた。
『人からされて嫌なことはやるな』
逆に言えば、相手の立場になって考えることで……次の手を予測できる、ということだ。
さすがに読心術や未来予知といった超能力は持ち合わせていないものの、『もし自分ならどうするか?』を考えられれば、相手の仕掛けてくるタイミングは手に取るように分かる。
「問題は
少なくとも、『試合として成立させる』ことを条件に置いているのであれば、直接的な手段は限られてくる。実行犯がレーザーポインターを使用したのも、
だからまず、銃器をはじめとした凶器は用いられない可能性が高い。その為、狙撃に関しては警戒していないが……そう考えると、確実なのは近距離で直接危害を加えることだ。
「唯一の救いは、相手チームが洋一さんの知り合いだってことだな。少なくとも、向こうに野球を汚すような人間はいないらしいし……」
「……ちょっと待て」
睦月が挙げ、排除しようとした可能性に対して、英治は咄嗟に待ったを掛けてきた。
「どうした?」
睦月が振り向いた途端、英治は
「それ…………
英治の問い掛けに対し、睦月は相手チームの方へと慌てて振り返った。
「目ぼしいのは!?」
「グラウンドに出てる選手は目立つからまずない。監督も顔馴染みなら薄い。だったら後は……
共通の目標の下、全員が一丸となって競技に取り組む……なんてことは幻想だ。それは実際、相手チームの選手を神聖な
睦月が師匠に言われ、自分を鍛える為
いずれにせよ、『洋一の率いるチームを負けさせる』為に対戦相手へテコ入れするのは、一番合理的な手段だ。洋一の顔馴染みが率いて、かつ紳士的な振る舞い
「一人いない。伏せているだけか? もしくは…………英治っ!?」
英治の肩を叩き、ベンチの端で不審な行動をしている選手を見つけ、即座に指差す睦月だったが……全ては遅過ぎた。
「――……がっ!?」
レーザーポインターによる二人目の犠牲者は、皮肉にも睦月の予想通り……晶だった。
今度は運営内で揉めだした中、一度ベンチに戻ってきた面々は、試合が再開されるのを待った。
別の意味で中断に足る理由は揃っているにも関わらず、方針は未だに『現状維持』の一点張り。相手チームの新人らしき実行犯は取り押さえられたものの、何故か運営側の人間が『
そのことで今、運営内では古参と新参同士が揉めていて、いつ収拾がつくのか予想がつかない。
「七瀬には悪いが……さすがにこれで中止にならなかったら、そっちの方が無理があるだろ? そうまでして試合を続けたいか?」
その晶も今、佳奈を病院に届けてきた(態で)戻ってきた和音の手により、再び連れ出されている。洋一と拓雄、そして相手チームの監督が古参の運営側に加わって話し合っている中、睦月達はそれぞれ水分補給等の休憩に
「でも……もう、残っているのは姫香だけですよね?」
そう不安を抱えているらしき由希奈だが、理由は明白。当人が練習にまったく参加せず、未だに試合に加わろうとしてこなかったからだ。けれども、睦月は特に気にせず、スマホのメッセージアプリ内で姫香と出場交渉を交わしている。
「その辺は大丈夫だ。問題は……どうやったら本人にやる気を出させられるか、だな」
少し難航し、姫香にぐずられるままに翻弄される睦月。その様子を見てか、由希奈はスマホの画面に表示されている交渉内容に、目を通していく。
「……単純にからかわれてませんか? 姫香に」
「やっぱりそう思うか? でも命令とかはあんまりしたくないしな……」
その会話が聞こえてきたのだろう。『承諾』の返事が返ってきた途端、姫香は由希奈をベンチの裏へと、強引に引っ張っていった。
「弥生、姫香用の道具を準備しておいてくれ。俺はあいつを
「ほいほ~い」
半ばじゃれ合いのような交渉にしゃしゃり出てきた女。
それが由希奈の立ち位置であり……姫香が手を上げようと思えるには十分過ぎた。
「姫香、ステイ! また夜に続きを……何でっ!?」
姫香を止めようとしたのに、由希奈にも蹴られてしまう悪循環の中、睦月はどうにか二人を宥めようと足掻くのだった。
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