129 嫌いではないが苦手な分野(その4)
「……ん?」
最初に、異変に気付いたのは英治だった。
ベンチから打席にいる佳奈の様子を眺めていた際に、赤い光線が視界に急に映り込んだのだ。本来であれば陽光に紛れて気付かないところだが、
そして、『傭兵』としての職業病だろうか。英治は真っ先に狙撃を疑い、レーザーの発光元を探ろうと視線を巡らせたが……
「――タイム!」
球審からの発声に驚き、つい反射的に振り返って、打席を窺ってしまう。
「おい、大丈夫かっ!?」
膝立ちになった相手
「何かあったのか……?」
ほぼ一般人である愼治が立ち上がって遠目に様子を見ようとする後ろを通り、自前の鞄を手に取った英治は蓋を開け、中から小型の望遠鏡を取り出した。
(ホームランが出そうになったら、覗いて見ようかと思ってたんだけどな……)
大まかにだが、先程のレーザーの発光元は把握してある。その辺りを見回してみたが、すでに人影は存在していない。英治の推測が外れている可能性もあるが、相手がすでに逃げ出した、もしくは物陰に身を潜めてしまっている為、見つけることは叶わなかった。
(素人の悪戯じゃない……慣れた奴の犯行か?)
だとしたら、一体誰が犯行に及んだのか。
「一体何があったっ!?」
「分からないが、赤い光が少し見えた……
洋一の問い掛けに、相手
現時点では少なくとも、相手チームの総意だけはないことしか、分からなかった。
ストライクは取られたものの、佳奈が咄嗟に瞼を閉じた為、レーザー光の視力への影響はあまりないかもしれない。とはいえ、過信は禁物だからと和音が病院に連れていくことで話が付き、試合は一旦保留となっている。試合の続行について話し合う洋一達から離れ、睦月は呼び出してきた英治と共に、ベンチの裏に移動した。
ただし、居るのは二人だけではない。様子がおかしいと思われた為か、姫香や理沙、弥生に由希奈と、果ては拓雄に至るまで、ついてこられてしまった。さすがに全員が姿を消すわけにはいかないので、晶と愼治にはベンチに残って貰っている。
「レーザーポインターを使ってきた相手は?」
「見つからなかった。どうも、かなり手馴れているみたいだな」
「だとしたら、逆におかしくないか? まだ試合も序盤なのに、わざわざそんなことをする意味はない。この公園での悪戯の噂も聞かない以上、手練れならなおさらだ」
中心となって話しているのは三人、睦月と英治、理沙だった。他の面々は囲うようにして、耳を傾けている。
「おまけに相手チームは、むしろ廣田の心配をしていたしな。誰か、おかしな挙動をしているのを見た者は居るか?」
理沙が周囲に向けて問い掛けるものの、全員が首を横に振っている。やはり睦月達が思っている通り、相手チームの方に非はないと考えるべきだろう。
「それだと、ますます理由が分からないな。他の心当たりというと……」
「……一つ、気になっていることがある」
睦月が呟いた後、ベンチ越しにはなるが、理沙はある場所を指差してきた。
その方向には今回の大会の運営側が待機所にしているエリアがある。そこの周囲や天井には
「あれが、どうかしたのか?」
「大会が始まる前に、廣田があそこを見て首を傾げていたんだ。それが少し引っかかって、出塁中に横目で見ていたんだが……」
「
ここまで来たらあまり隠す気はないのか、拓雄が理沙の立てようとしていた推測を予想し、肯定してきた。
「実際、今回の大会から出資し始めたらしい。俺も参加した後に気付いて気にしていたんだが……悪い予想が当たったようだな」
「だとしたら、ちょっとおかしくないですか?」
実際、睦月は洋一から、
『今回辞退してしまうと、しばらくの間大会に出場できなくなるんだよ』
『そんな
『そりゃ運営側からしたら、出場予定のチームが来なかったら嫌だろ? 大会を開く意味がなくなるからな』
チームメンバーが集まらないのであれば、無理して出場する必要はないのではないか?
ふとそう思った睦月は、洋一に一度、そう聞いてみたことがある。無論、何か事情があるのかとも思い、雑談に乗せた軽い調子で、だが。
『だから、当日にドタキャンしたら出場停止処分を下されることが多いんだよ。まあ、今回はちょっと事情が異なるけどな……』
『
『……出場停止の条件が、今回から厳しくなったんだよ』
チーム全員が居るわけではないが、それでも時間が取れる者だけでも集まって練習しようと、何日か設けた練習日の内の一日のこと。
ただ野球をしたいだけならば、人数を集めるだけで事足りる。わざわざ大会に出場する必要はない。そんな考えが脳裏をよぎったので聞いてみた睦月に対し、洋一は珍しく落ち込んだ様子で答えてきた。
『いつもなら、欠場を何回か繰り返した後に下されるから、一、二回位なら気にしなくていいんだが……今回からは何故か、一度登録した後だと欠場するだけで、長期間の出場停止処分を下されてしまうようになったんだ。一応事情を説明してみたけど、『それが
『何か……『納得してない』って雰囲気ですね?』
『そりゃそうだよ……』
しゃがむ為に曲げていた膝を伸ばし、バットを肩に乗せて立ち上がった洋一は睦月に向けて、困ったような眼差しを向けてきた。
『顔馴染みになっている運営側の人間ですら、今回の
「こっちのチームが負けるのを望んでるなら、わざわざ運営側が
「向こうの面子もあるんだろうが……一つ、気になる投資話を思い出した」
「投資話?」
洋一との過去の会話内容も含めて、どうして強引に試合を進めさせようとしたのかが引っ掛かっている睦月に、拓雄はある投資話について話し出した。
「あるスポーツくじに大金を投じた話なんだが、投資者は試合の勝敗については一切気にしていなかったんだ」
「……引き分けに、賭けたんじゃないんですか?」
「それが……実は、違うんだ」
試合結果が前提のくじだと、
「台風が近付いていることを知って……
それを聞き、睦月はようやく事態を理解した。
「そっか。普通なら払い戻しでも、
「……そうだ。投資者が選んだスポーツくじだと、指定された試合が中止となった場合は、何を賭けても『的中した』扱いになる。そして台風が近付いてきた時に『天災による試合中止』に賭けて、大金を稼いだという話だ。今回の件に、少し似ていないか?」
物事が丁半賭博のように、サイコロの出目が奇数か偶数かだけで決まればまだ、話は簡単だったかもしれない。ルーレットに『0』みたいな例外枠が含まれている等、単純な正誤以外の選択肢を含めて的中確率を下げることで利益を出しているのが、賭博場の運営の基本的な仕組みだ。
より難しい選択肢を選び、的中させればその分の配当金を得られるが、できなければ胴元が全てを奪っていく。その期待値をわずかにでも下げた状態にすることで、胴元は利益を得ているのだ。
しかし、賭けの対象となる試合が行われなければ、その利益すら得ることはできない。
「話は分かりましたけど……それ、ただの草野球でも適用されますか?」
「スポーツ賭博自体は珍しくないし、裏賭博ならなおさら何でもありだ。ただ……規模も小さい上に、胴元側はあまりやり慣れてない可能性もあるな」
睦月が洋一とした話を聞いた上で、拓雄はある推測を立ててきた。
「今回は分かりやすさも兼ねて、
「なるほど……その辺りはどうなんだよ? 鵜飼」
視線を拓雄から理沙に移した睦月は、資金繰りや広告の関係でよく
「
「となると……新興団体の胴元が慣れないことをやって無茶した、ってところか」
この場にいる全員が事情を把握したものの、一つだけ問題が出てくる。
「ただ……どうします? 試合続けますか?」
拓雄に向けてなので、敬語にはなっているものの……睦月が問い掛けたのは全員に、だ。
試合を続ければ、勝とうとする度に邪魔が入るのは佳奈の件ではっきりした。問題は途中退場が認められるかどうかだが……強引に
つまり、平穏無事に終わらせるには……試合の手を抜き、わざと負けなければならなくなる。
「何か……嫌ですね。それ」
静かに話を聞いていた由希奈がポツリと、そう漏らしてきた。それが潔癖だと切り捨てるのは簡単だが、八百長に対していい気がしない人間が居るのもまた事実だ。
「勝てるかどうかは分かりませんけど……それでも、真剣に取り組んでいることに対して手を抜くのは……何か、違う気がします」
「でもさ~……そうするとまた、
「それは……そう。です、けど……」
弥生に対して、声を窄めてしまう由希奈の後は……誰も、言葉を続けられなかった。
事情を知っている者であれば、十中八九『
ただ、試合については何も言ってこなかったことを考えると……裏賭博の運営らしき
(『
「とりあえず……洋一さんを待ちましょうか。試合の他にも、聞きたいことが
「……睦月?」
英治が声を掛けてくるが、睦月は気にせずベンチに戻るよう全員に促していく。その行動に対して、弥生が言葉を割り込ませてきた。
「睦月~、もしかしてさ……怒ってる?」
「さあな。ただ……」
振り返ってくる由希奈の肩に手を乗せ、間髪入れずに距離を詰めてきた姫香の頭をもう片方の腕で押さえ寄せる睦月。やがて戻ってきた洋一を見かけたからと、二人から離れて先に、ベンチへと戻っていった。
「ちょっと……癇に障ったのはたしかだな」
そう、言葉を残してから。
「あ~あ……
「……え?」
振り返る由希奈に、弥生は膝に手を当てて立ち上がってから、頭の後ろで
「あいつ、昔っから変なところでキレやすいんだよな。
仕方がないとばかりに、昔馴染みの後を付いていく二人。その後で、理沙もベンチへと戻ろうとしている。
「馬込、お前が荻野を……あの『運び屋』のことを、どれだけ知っているのかは知らない。だが、これだけは覚えておけ」
そして由希奈の横を通る際に、忌々し気に吐き捨ててきた。
「あの蝙蝠男はな……『自分が偉い、凄い、正しい』と思い込んでいる奴程、その足元を掬い倒すのが得意なんだ。それも、右どころか左に出る者もいないレベルで、だ」
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