124 睦月の営業活動(その2)

(にしても……電気自動車EVも意外と、悪くないな)

 睦月の眼前に鎮座しているのは車体を白く染めた、『表』稼業用の社用車だった。弥生の工房に直接乗り付けているところを見られるわけにはいかなかった為、少し離れたコインパーキングに駐車しておいたのだ。

 以前、MT車マニュアル仕様の電気自動車EVを偶々見つけ、従来との比較も兼ねてレンタカーで一度利用したのだが……現在いまでは営業時の評判も相まって、社用車として同種を一台、購入しておいたのだ。

 むろん……『freeフリー courierキャリア』の経費として、だが。

(さて、行くか……)

 普段は近くのビルにある立体駐車場に保管している電気自動車EVの電源を入れ、睦月は次の目的地へと向かうことにした。

「まずは、あいつの所か……」

 仕事用のスポーツカーや普段乗りのワゴン車とは勝手が違うものの、特段気にすることなく、睦月は電気自動車EVを静かに発進させた。




 時期が時期の為、訪問営業は夏の挨拶も兼ねていた。客先によっては贈答そのものを断られる可能性もあるが、アポイントメントを取る際に確認してあるので、その手の問題トラブルは事前に回避できているはずだ。

(と、いっても……大半の会社は贈答品拒否してくれてるから、けっこう楽だけどな)

 実際、睦月が用意した物も訪問先用ではなく、そこに在籍する個人の為の贈答品、というより差し入れだった。会社の社長にも挨拶する予定だが、本命はそこで働く社員の方である。

 掻いた汗を付けないように脱いでいたジャケットを羽織り、ネクタイを締め直してから、睦月は『金子CF株式会社』の中へと入った。

「さて……」

 名前の通り消費者コンシューマー金融ファイナンスの会社なので、受付前には債務者利用客と接客中の社員しかいない。

 審査結果や返済計画で揉めている群衆を尻目に、睦月は別窓口の受付に待機している女性社員へと話し掛けた。

「お世話になっております。株式会社『freeフリー courierキャリア』の荻野です。本日は夏のご挨拶に伺わせていただきました」

「お暑い中恐れ入ります。確認いたしますので、あちらで少々お待ちください」

 受付から少し離れた席を示され、睦月はそこへ静かに腰掛けた。

 約束の時間まで後数分の為、目的の人物が居ればすぐに来てくれるだろう。

「……荻野様。大変申し訳ございません」

 声を掛けられ、反射的に立ち上がるとすぐ、受付の女性社員の下へと近付いた。

「社長の金子は今、突発的な・・・・案件・・で外出しておりまして……」

「……ああ、大丈夫です。事情・・は理解しましたので」

 睦月がこの会社との繋がりを得たのも、和音からの仲介依頼で多重債務者マルチを追い掛ける羽目になったからだ。法的にはかなりグレーだが、収入源には代えられない。何より、逃げられてしまえば他の債務者利用客に示しがつかなくなる。

 だから『逃げ出した債務者の下へと届ける』という依頼を(秀吉が断ったせいで)睦月が請けたことで、金子CF株式会社の社長こと金子かねこ穂積ほづみ氏との交流が生まれたのだ。

 大方、今回の訪問予定で急遽不在となったのも、また債務者が逃げ出したことで対処せざるを得なかったのかもしれない。まだ小さな会社なだけに、社長自らが動かなければならないのだから、その苦労は推して知るべしだ。(従業員数的に)おこがましくも近い立場なだけに、睦月は相手を責める気にはなれなかった。

「それでは、金子社長によろしくお伝え下さい。それで、御社の日吉ひよしさん、は……」

 視界の端に見覚えのある人物が映り、睦月は受付に居る女性社員から視線を横に移した。そこには宣伝用のパンフレットの束を抱えた、童顔で小柄な社員が、呆然とこちらを見つめてきている。

「……あ、お世話になっております。では私はこれで」

「待てやコラ」

 もし漫画であれば腕が伸びそうな勢いで、睦月はその女性の肩を掴んだ。

「今日はお前・・に会う為に、わざわざ約束アポ入れたんだろうが。逃げるな琴音ことね

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ! お願いですから見逃してくださ~い!」

 いつの間にか、受付に居た女性社員が出て来て、同僚の日吉琴音からパンフレットの束を奪うように取り上げてしまう。そして睦月へと向き直り、応接室の一つへと案内してきた。

「というか私、今日は社長との面談じゃなかったんですかっ!? なんでこの人がここにっ!?」

「それが三者・・面談だからだよ。ほら、他の人達に迷惑だから入るぞっ!」

「い~や~……っ!?」

 手ぶらになった琴音を引き連れ、睦月は案内された応接室へと入室した。

「ではすみません。応接室をお借りします」

「どうぞ、ごゆっくり」

 受付に居た女性社員に見送られる中、応接室の扉は、約一名にとっては無慈悲に閉められるのであった。




「え~、と……」

「……とりあえず、進捗を聞こうか?」

 密室に二人きりとなった途端、睦月はあえて下座に腰掛け、琴音を出入り口から一番遠い上座に座らせた。

「じゃあ、説明しますのでパソコンを持ってきても、」

「口頭で十分だ。さっさと話せ」

 ある意味ではここの社長よりも付き合いが長い分、睦月は態度だけで遠慮容赦無しに詰め寄っていく。それに琴音はたじたじとしながらも、どうにか報告すべき内容を頭の中で纏め上げ、口にし始めた。

「……はい。こちらの社長には大変良くしていただき、職務に励みつつも社内研修を真面目に受講しております。次のファイナンシャル・プランナーの試験もすでに申し込み、現在受験勉強にも取り組んでおります」

「ならいい……この前・・・使った分の補填には、どれくらい掛かりそうだ?」

「いや、あれ結構使いましたよねっ!? こっちもそんなすぐには用意できませんって!」

 琴音には金融業で働かせに勤める傍ら、真っ当な・・・・金融知識を身に付けさせた上で、睦月個人の資産を管理させていた。今回の訪問も、どちらかといえば彼女の近況と、資産運用の現状を確認しに来たのが主な目的である。

「そもそも資産運用って、基本的には年利5~10%を目標にするのが理想なんですよ! ピーォーピーン・バピーェットやピーム・ピージャーズじゃあるまいし、ド素人が元金分、すぐに取り返せるわけないでしょう!」

「それを一度は・・・やろうとしたのがお前だろうがっ! 人のカードで勝手に借金キャッシングしようとした恨み、今でも忘れてないからな!」

「女々しい男は嫌われ……すみません、調子乗りました」

 睦月の手がジャケットの内側、懐に仕舞われているタクティカルペンに伸びたのを見て、琴音は慌てて口を噤んだ。

「本当なら海か泡に沈めるところを、わざわざ金子さんに頼んで働かせてやってるんだぞ? 少しでも成果を欠いたら、今度こそ叩き落すからな」

「はい、承知しております。その節は、誠に申し訳ございませんでした……」

 懐から抜いたタクティカルペンを弄びつつ、席から飛び降りて土下座をかます琴音を見下ろしながら、睦月は『何故こんな女と一時でも付き合っていたのか?』と、脳裏に疑問符を大量に詰め込んでいく。

 やがて気持ちも落ち着いたところで、睦月は琴音を立ち上がらせてから、再び椅子に座らせた。

「とにかく……これ以上俺の神経を逆撫でせずに、このまま頑張れよな。あの時できた借金キャッシング分返した上で順調に利益を上げていれば、後は好きに生きていいからさ」

「そうしたくても、恋人ができないんですよ~……」

 そして軽く握った手を目元に当て、泣き真似してくる琴音に対して、睦月はふと首を傾げた。

「……俺達、ちゃんと別れたよな? 借金キャッシングの件以外で、男寄り付かない理由あったっけ?」

「毎回こうやって騒いでたら、出会いの方が裸足で逃げ出しちゃうんですよっ!」

 それもそうか、と睦月は顔を上げた琴音に対して、持参した彼女宛ての紙袋を差し出す。

「まあ、俺達の男女関係はもう清算してるんだ。その調子で借金も返済して、勝手に婚活なりすればいいだろ? 面倒臭い」

「うう~……」

 受け取ったお中元(素麺セット)を抱え、琴音は睦月に無言で会釈した。




 金子FC株式会社を後にした睦月は、再び電気自動車EVを稼働させてアクセルを踏み込んだ。

 次の目的地の近くにあるコインパーキングに電気自動車EVを駐車した睦月は新たな紙袋を持ち、この場を後にする。

(思ったより、時間が余ったな……)

 幸い、手持ちの荷物は熱で溶ける類の物ではないので、ジャケットを車に置いてきた睦月は、シャツにネクタイ姿で歩き出した。

 仕事の為、ある程度は余裕をもって予定を組んでいたものの、予想以上に空き時間ができてしまった。腕時計を確認し、改めて時刻を把握した睦月は、先に別の用事を片付ける算段を脳内で立て始める。

(先に別件を片付けるか? 今、都合が付けばいいけど……)

 どうせ通り道だからと、睦月は足を止めてスマホを取り出し、画面をタップして電話を掛けた。

『……睦月か? どうかしたか?』

「少し時間ができてな。今から行っても大丈夫か?」

 相手はすぐ電話に出た。そのまま都合を聞いたのだが、返事はある意味予想外のものだった。

『あ~、その必要はない……すぐ後ろに居るからな」

「後ろ?」

 スマホに当てた方とは別に、かつ同時に両耳・・へと声が飛び込んでくる。

 睦月が振り返ると、そこにはスマホの通話を切り、懐に戻す『傭兵英治』が傍まで歩み寄ってきていた。

「何だ、後ろに居たのかよ?」

「丁度買い出しから帰る途中だったんだ。それでせっかく見かけたのに、電話掛けだしたからそのまま通り過ぎようとしたら……まさかの俺だったんだよ」

 そして掲げられる、エコバッグと食料品の山から飛び出した長物の野菜達。この光景を見て、目の前の青年が『傭兵』だと連想できる人間は果たして何人居るのか。

「『近い内に行く』、って……事前に連絡入れただろ? フラッシュメモリSDカードの件で」

「いや、さすがに日を跨ぐと思ってたんだが……」

 弥生から受け取った直後、姫香からメッセージアプリで『そのまま『銃器職人相手』に届けろ』と指示されていたので、英治には移動前に連絡を入れておいたのだ。もっとも、睦月からすればここまで都合良く、物事が運ぶとは思っていなかったが。

「……それで、『技術屋弥生』からの設計図を基に改良して、製造しろと?」

「ああ、そうだ。と、言っても……最初は回転式拳銃小さいのからでいい」

 元々耐久性に難が有り、使い捨て前提で活用するしかなかった。その為、予算の上でも、できれば早い段階で再利用可能にしたい。だから自動拳銃ストライカーよりも優先して欲しかった。それに……まだ睦月自身は、例の『銃器職人ガンスミス』の実力を測れていないので、試すには丁度良いという側面もあったが。

「見積もりが出来たら、製造に入る前に一度連絡くれ。内容を確認する」

「分かった。ただ……睦月、これだけは言わせてくれ」

「何だ?」

 神妙な面持ちをする英治(買い物袋持参)に対して、睦月は若干訝しみながら、続きを待った。


「俺達……パソコン持ってないんだけど?」

「……いや、ネカフェ行くか、コンビニで印刷すりゃいいだろ? 電子文書PDFだからどこでも見れるだろうが」


 未だに貧乏暮らしをしているのかと、昔馴染みに対して妙な心配が湧く睦月であった。

「というか……スマホの機種によっては、フラッシュメモリSDカード読み込めなかったっけ?」

「さすがに画面が小さくて不便だよ。仕方ない……今度中古で買ってくるか」

「ちゃんと詳しい奴に聞けよな。お前、なんかぼったくられそうで怖いんだけど……」

「ほっとけっ!」

 手渡されるフラッシュメモリSDカードのケースを受け取ると、英治はさっさと家路に就こうとしている。

「ちなみに……予算はあるのか?」

「……ない。急ぐのなら経費を出すか仕事くれ」

「ああ……考えとくよ」

 どうせ現在いま、姫香が依頼の精査中なのだ。内容次第では、『傭兵英治』に声を掛けてもいいかもしれない。

 そんなことを考えつつ、立ち去る英治の背中を見送った後に時間を確認した睦月は、次の訪問先、というよりも待ち合わせ場所へと向かうことにした。

(何だかんだ駄弁ってたら、結構時間潰せたな……)

 ある意味悪運が強いなと思いつつ、睦月は再び目的地まで歩き出した。




 ちなみに後日、カリーナから見た弥生の設計図への感想は――

「技術力は認めるけど……何これ? ただ銃の構造に合わせて、部品組み合わせてるだけじゃない」

「その割には、自作オリジナルの部品が混ざってるみたいだけど?」

「既製品削ったりとかして、無理矢理作ったんでしょう? だから耐久力が落ちて、すぐに壊れるのよ」

 そうぼろくそに非難してから、カリーナはまず、設計図・・・通りの・・・部品を作る為の手段について、構想を練り始めていった。

「ある程度……自前で型や装置を用意すれば、どうにかなるわね。自動拳銃オートマ再構成案ストライカー式については、回転式拳銃リボルバー作りながら考えればいいとして……」

「ところでカリーナ……予算は?」

――ピー万はいくんじゃない?」

 それが円ではなくユーロだと理解している英治は、果たして経費で落ちるのかと悩ましくなる程の金額に、思わず頭を抱えてしまうのだった。

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