125 睦月の営業活動(その3)
商店街から少し離れた場所には、市役所等の公共機関が構えられている。裏では犯罪行為に平然と手を染めつつも、自営業での給付金申請や障害者手帳等の
しかし、今日用事があるのは、その近くにある公園の方である。待ち合わせの相手はすでに到着していたらしく、睦月が近寄って来たのを見てすぐにベンチから立ち上がり、駆け寄ってきた。
「お久し振りです。睦月さん」
「ああ……悪い、
目の前に居る年下の青年は
「それにしても……急に連絡来た時は驚きましたよ。
「お前はどっちかといえばグレーだろ?
近くの木陰に覆われているベンチに、二人並んで腰掛けた。手短に済ませる予定だったので、互いに飲み物を手にすることなく、本題へと入っていく。
「ちょっと、『情報屋』として動いて欲しくてな。追加の指示がなければ、指定の情報が入らない限りは報告しなくていい」
「要するに『保険』ですか? いつも使っている『情報屋』から乗り換える、ってわけじゃないんですよね」
「……ああ、そうだ。話が早くて助かるよ」
理来は『走り屋』時代のチームメイトで、元々舎弟に近い立ち位置だった為、おおよその事情はすぐに把握してくれた。どちらかといえば『
「普段は問題ないんだが……
「それはいいんですけど……俺の情報収集能力、そこまで高くないですよ?」
「情報収集の際に、いくつかのキーワードが引っ掛かった時に教えてくれればいい。『
現に『
「他にも、
「まあ……たしかにあれは、
その伝手を得たのが『走り屋』時代だった為、理来もまたその正体を知っている。だから睦月が、生半可な理由で使おうとしないことも理解できたらしい。
「連絡の手段は?」
「緊急以外は、
「……ちょっと、徹底し過ぎじゃないですか?」
いくら贔屓にしている『情報屋』に信用できない面があったとしても、昔馴染み達との付き合いまで否定するような徹底振りに、理来はあまりいい顔をしてこない。けれども、睦月は
「相手が悪過ぎるんだよ。しかも
「……もう、引っ越した方が早いと思うんですけどね」
「それができたら、苦労しねえよ……」
たとえ拠点を移しても、おそらくは逃げきれない。
もし以前、推測した通りであれば……引越し関連も含めて、すでに対策されているとみていいだろう。だから睦月は、本職でない上に実績に乏しい分、実力をあまり
「他人に人生握られる位なら、わずかでも状況を揺さぶれる可能性に賭けるしかない。俺の
そう言い、睦月は理来に紙袋を差し出す。
理来はその紙袋を受け取ると、袋詰めされた酒瓶と素麺の詰め合わせが入った箱、そして厚みのある封筒が入っているのを確認してから、すぐにその口を閉じてしまった。
「結構、張ってくれてますね……」
「保険も
睦月は理来の肩を一度叩くと、すぐに立ち上がった。
「何もなければ、どう使おうが気にしない。お前のことは信用してるし、俺を裏切ったらどうなるかは、昔散々見せつけただろ? だから……いざという時は任せたぞ」
未だに腰掛けている理来を残し、睦月は彼に背を向けた。
(相変わらず、人付き合いが下手だな……あの人)
炎天下の中、睦月が立ち去った後もベンチに腰掛けていた理来は、改めて紙袋の中身を確認し始めた。
(裏社会で生きる上では必要なんだろうけど、あれじゃ恋人どころか友達なんて……ん?)
封筒の中にある札束の中に、不自然に一枚だけ、旧紙幣が混じっている。そこまで古いものではないので、相手が知らない限りは問題なく使えるだろうが、機械によっては拒絶されるかもしれない。
いや……どんな機械だろうとも、
(……
貨幣の偽造は、通貨偽造罪や偽造通貨行使罪等の重い罪に処される。流通量を調整することで制御している経済を破壊し、最悪本物ですら何の価値もない代物へと変貌させかねないからだ。
その為、国が定期的に貨幣を刷新する理由の一つに、偽造対策が含まれている。理来自身も『走り屋』時代に『
ホログラム等の偽造対策に対抗しなければならない上に、完璧な設備を用意した頃に新札が発行されてしまえば、下手をすればタダ働きである。そんな手間暇を掛ける位なら強盗でもした方が手っ取り早い。
実際、理来の手元に残されている偽札も、一目見ればすぐに
けれども、もし……ただ財布に入れておくだけなのであれば、数ある紙幣の一枚だと思われて終わりだろう。『走り屋』時代は第三者に見られない連絡手段として、
(さて、どんな無理難題が書かれているのやら……)
この場では、
封筒を再び紙袋に戻した理来は、努めて平静を装いながら、帰路に就いた。
そして理来が家に着く頃、睦月は自宅から離れた県境の
目的地の
(しばらく空いちまったな……埃が積もってないといいけど)
元々は一人暮らしの練習も兼ねて適当に借りた、車がないと不便な場所にある安アパートだった。近くには使われていない大きめの貸し倉庫もある為、地元以外で修行するには丁度良いからと選んだようなものだ。
(せめて、倉庫に駐車できれば良かったけど……まあ、白だとかえって目立つか)
社用車として白を選んだが、昼夜問わずに目立つ色の為、たとえ人気がなくても視線に気を付けなければならない。それ以前に、あの倉庫は射撃練習にも用いていた為、下手に車両を置いて、流れ弾をぶつけるわけにはいかなかった。だからあえて、駐車スペースは設けられていない。
(と、言っても……倉庫も部屋も、師匠に乗っ取られてたんだけどな)
アパートのワンルームの中は、軽くだが埃が積もっていた。事前に置いてある着替えはすべてケースやカバー等で保管していた為、影響がないものの……かつて師匠が残していった私物については、改めて掃除しなければならないだろう。
(武器の類は片付けてってくれたけど……さすがに、洗濯前の下着まで放置していくのは、止めて欲しかったな)
衣類はすべて(使用済みにしてから)処分した為、残された痕跡は国内で適当に購入された小物類しかない。しかも普段は使わないので、寝具の類もまたカバーを掛けられたまま、放置されている。
先に立て掛けたままの掃除機を手に取り、軽く埃を吸い取ってから着替え始める睦月。
(さて……)
寝具が畳まれたまま置かれているベッドに荷物を置き、机の二重底に隠した鍵を手に取った睦月は再び部屋を施錠し、地下の駐車場へと降りていく。
(早いとこ、用事を片付けに行かないと陽が暮れちまう……)
自宅近くの整備工場では今でも、女性陣が水着姿で作業しているのだ。もし遅くなれば、せっかくの機会を見逃してしまうかもしれない。
睦月にとって、裸体を見慣れている者もいるが……それはそれ、これはこれである。見たいものは見たい。
アパートの駐車場にある軽自動車の車用カバーを外して紺色の
ボンネットの中や車体の下等を覗き込んだ限りだが、若干の劣化はあるものの、運転する分には問題ないと判断する。
(用事が片付くまでの間に、ガソリンスタンドで点検を頼んでおかないとな……人居なさ過ぎて、潰れてなきゃいいけど)
ボンネットを閉じた睦月は、身体に着いた土埃を軽く払ってから、かつて師匠が乗り回していた軽自動車に乗り込んだ。
入学試験時の偏差値が近いことや、共通の目標を持ちやすい為か、中学卒業後の進路で培った人脈が、人生の最後まで続くことはよくあるらしい。
それと同じかまでは分からないが、少なくとも修業時代に知り合った人間の中には、未だに付き合いのある者もいる。今日会いに来たのも、その内の一人だった。
けれども、相手は同年代の友人とかではない。
――カラ、カラ……
「あら……来たわね」
「どうも、お久し振りです」
軽自動車を近所のガソリンスタンドに預けた後、睦月はすでに閉院している整骨院へと、気にすることなく入った。しかし、中に居る中年手前の女性は気にすることなく、診察室へと入室を勧めてくる。
「ここ最近はご無沙汰だったじゃない? 忙しかったの?」
「主に親父のせいで、面倒事が重なってしまって……」
短い髪を金髪に染めた、どこかくたびれた印象のある整体師、
「相変わらず、しっかり鍛えてあるわね……いつも思うけど、『
「『知られない方が、下手に口止めするよりも楽』だって、師匠にも言われているんでね……」
俯せになる睦月の背中に、伸ばされる二本の手。次いで
「『
「そんなこと言って……いつまで知られないままでいられるかしらね。私達の関係」
「できれば、最期まで知られない方がいいんですけどね……いろんな意味で」
上半身から下半身へ、降りていく手がいつまでも骨を鳴らしていく。整体により、睦月の身体が少しずつ矯正されていくのを感じているうちに、施術はあっという間に終わってしまっていた。
「……はい、
軽く身体を
「今日もやるんでしょう? ……
「ええ……今日は念入りに」
交代で立ち上がり、ベッドから数歩離れた位置で直立に、不動の姿勢を取った睦月は、軽く深呼吸をした。
そして実戦とは違い、ゆっくりと……
「…………『全部振り切ってやる』」
普段使っている
「できれば……
「それに慣れちゃってるんでしょう? それとも……いまさら慣れ親しんだ
「まあ……できませんね」
先に誰が言い出したのかは分からないが、誰もが似通った文言から
けれども、一度に可能な範囲の『全体解放』を行う者達とは違い……睦月は
「『
区切りとしては約二割ずつ。他の者より深く入る時間が掛かるものの、その分加減が効き、負担や反動を抑えられた。
もっとも……睦月や戦闘職の者に限らず、
「それにしても……
「まあ、普通は使わないですからね。余計な負担も掛かりますし……」
睦月の修業時代を知っている分、真衣にとってはどこか、懐かしさもあるのかもしれない。
睦月が修行の中で
もっとも……睦月の師匠が居なければ、この関係は生まれていなかっただろうが。
「何日か前に、『
「今日は……」
一瞬だけ、言い澱む睦月。やがて結論を出し、真衣に伝えた。
「…………いけるところまでで、止めます。
睦月が知る限り、『全体解放』を
筋肉の膨張により、自身の骨を折ってしまう話はよく聞く。おそらくは制御しきれない身体機能が原因とみて、間違いないだろう。それは睦月も例外ではないので、自らの限界
だからこそ……実践で使える、限界の範囲を把握しなければならなかった。
「できれば最初から、ベッドの上でやってて欲しいんだけど……」
「最悪、床の上に転がしたままでもいいですから……
睦月はそう言い、次の
「『
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