125 睦月の営業活動(その3)

 商店街から少し離れた場所には、市役所等の公共機関が構えられている。裏では犯罪行為に平然と手を染めつつも、自営業での給付金申請や障害者手帳等の個人的な事情プライベートまで、睦月には意外と多く、訪れる機会があった。

 しかし、今日用事があるのは、その近くにある公園の方である。待ち合わせの相手はすでに到着していたらしく、睦月が近寄って来たのを見てすぐにベンチから立ち上がり、駆け寄ってきた。

「お久し振りです。睦月さん」

「ああ……悪い、理来りく。待たせたか?」

 目の前に居る年下の青年は常友つねとも理来。就職活動中の大学生だが、以前までは学生と兼業し、裏社会で『代行業』を営んでいた経歴がある。現在いまは夜の店で、経理や税理士関係の仕事に就こうと尽力しているらしい。

「それにしても……急に連絡来た時は驚きましたよ。一般人素人にはあまり関わらない主義じゃなかったでしたっけ?」

「お前はどっちかといえばグレーだろ? 現在いまでも『偽造屋』から教わった情報収集の手法やり口で、やばそうな事態には事前に対処してるようだし」

 近くの木陰に覆われているベンチに、二人並んで腰掛けた。手短に済ませる予定だったので、互いに飲み物を手にすることなく、本題へと入っていく。

「ちょっと、『情報屋』として動いて欲しくてな。追加の指示がなければ、指定の情報が入らない限りは報告しなくていい」

「要するに『保険』ですか? いつも使っている『情報屋』から乗り換える、ってわけじゃないんですよね」

「……ああ、そうだ。話が早くて助かるよ」

 理来は『走り屋』時代のチームメイトで、元々舎弟に近い立ち位置だった為、おおよその事情はすぐに把握してくれた。どちらかといえば『偽造屋』の下に就いていたが、『ブギーマン彩未』が『情報屋和音』に押さえられている以上、睦月が頼れそうな伝手はあまり残されていない。今日だって、断られはしないかと心配していた程だった。

「普段は問題ないんだが……親父のある件に関してだけは、どうしても信用できなくてな。下手に情報操作される可能性がある以上、別口での情報源が必要だ。頼めるか?」

「それはいいんですけど……俺の情報収集能力、そこまで高くないですよ?」

「情報収集の際に、いくつかのキーワードが引っ掛かった時に教えてくれればいい。『最期の世代俺達』の内、何人かが地方都市この街に住んでいる限り……お前が持っている情報網でも、何かしら引っ掛かるはずだ」

 現に『犯罪組織クリフォト』や『立案者プランナー』、果ては秀吉が仕組んだ『殺し屋』もこの地方都市を訪れ、住居を構えている睦月達に関わってきたのだ。この土地から離れるのであればまだしも、引っ越さない以上、今後も同じようなことが起きる可能性は十分にある。

「他にも、例の・・伝手を考えたりはしたが……はっきり言って、あれは奥の手・・・だ。どうせ使うなら、事態が動いてからの方が良い」

「まあ……たしかにあれは、ある意味・・・・反則ですからね」

 その伝手を得たのが『走り屋』時代だった為、理来もまたその正体を知っている。だから睦月が、生半可な理由で使おうとしないことも理解できたらしい。

「連絡の手段は?」

「緊急以外は、二人サシ飲みに誘う態で頼む。この辺の伝手は、大半が『情報屋』の婆さんに握られてるから、可能な限り避けてくれ。念の為……他のチームメイトにも、伏せておいてくれると助かる」

「……ちょっと、徹底し過ぎじゃないですか?」

 いくら贔屓にしている『情報屋』に信用できない面があったとしても、昔馴染み達との付き合いまで否定するような徹底振りに、理来はあまりいい顔をしてこない。けれども、睦月は和音相手老獪さ実力を知っているだけに、どうしても気を抜くことができなかった。

「相手が悪過ぎるんだよ。しかもこの地方都市ホームグラウンドでやり合う以上、徹底しなけりゃすぐに足元掬われる」

「……もう、引っ越した方が早いと思うんですけどね」

「それができたら、苦労しねえよ……」

 たとえ拠点を移しても、おそらくは逃げきれない。

 もし以前、推測した通りであれば……引越し関連も含めて、すでに対策されているとみていいだろう。だから睦月は、本職でない上に実績に乏しい分、実力をあまり知られて・・・・いない・・・可能性の・・・・ある・・理来に、頼るしかなかったのだ。

「他人に人生握られる位なら、わずかでも状況を揺さぶれる可能性に賭けるしかない。俺の知り合い手持ちの中で条件に合うのが、今のところお前しかいないんだよ。だから……頼む」

 そう言い、睦月は理来に紙袋を差し出す。

 理来はその紙袋を受け取ると、袋詰めされた酒瓶と素麺の詰め合わせが入った箱、そして厚みのある封筒が入っているのを確認してから、すぐにその口を閉じてしまった。

「結構、張ってくれてますね……」

「保険も賭け事ギャンブルも一緒だ。何もなければ持っていかれて、あれば逆に返ってくる。ただ、保険が博打と違うのは……当たらない・・・・・方が・・幸せかもしれない、ってことだな」

 睦月は理来の肩を一度叩くと、すぐに立ち上がった。


「何もなければ、どう使おうが気にしない。お前のことは信用してるし、俺を裏切ったらどうなるかは、昔散々見せつけただろ? だから……いざという時は任せたぞ」


 未だに腰掛けている理来を残し、睦月は彼に背を向けた。




(相変わらず、人付き合いが下手だな……あの人)

 炎天下の中、睦月が立ち去った後もベンチに腰掛けていた理来は、改めて紙袋の中身を確認し始めた。

(裏社会で生きる上では必要なんだろうけど、あれじゃ恋人どころか友達なんて……ん?)

 封筒の中にある札束の中に、不自然に一枚だけ、旧紙幣が混じっている。そこまで古いものではないので、相手が知らない限りは問題なく使えるだろうが、機械によっては拒絶されるかもしれない。

 いや……どんな機械だろうとも、識別機能・・・・の段階で拒絶してくるかもしれない代物だと、理来はすぐに理解した。

(……偽札・・のメモ用紙、か)

 貨幣の偽造は、通貨偽造罪や偽造通貨行使罪等の重い罪に処される。流通量を調整することで制御している経済を破壊し、最悪本物ですら何の価値もない代物へと変貌させかねないからだ。

 その為、国が定期的に貨幣を刷新する理由の一つに、偽造対策が含まれている。理来自身も『走り屋』時代に『偽造屋』から、『偽札は割に合わない』と愚痴のように聞かされていた。

 ホログラム等の偽造対策に対抗しなければならない上に、完璧な設備を用意した頃に新札が発行されてしまえば、下手をすればタダ働きである。そんな手間暇を掛ける位なら強盗でもした方が手っ取り早い。

 実際、理来の手元に残されている偽札も、一目見ればすぐに偽物それだと分かる仕上がりだった。

 けれども、もし……ただ財布に入れておくだけなのであれば、数ある紙幣の一枚だと思われて終わりだろう。『走り屋』時代は第三者に見られない連絡手段として、偽札型の特殊なメモ用紙としてチーム内で利用していた。

(さて、どんな無理難題が書かれているのやら……)

 この場では、偽札メモを読むことはできない。内容を確認するには、特別な手順が必要となる。

 封筒を再び紙袋に戻した理来は、努めて平静を装いながら、帰路に就いた。




 そして理来が家に着く頃、睦月は自宅から離れた県境の隠れ家セーフハウスに来ていた。

 目的地の隠れ家セーフハウスには使える駐車スペースが無いので、電気自動車EVは一度、近くのコインパーキングに停めなければならない。けれども、さほど距離が離れているわけではないので、数分も掛からずに歩ききれた。

(しばらく空いちまったな……埃が積もってないといいけど)

 元々は一人暮らしの練習も兼ねて適当に借りた、車がないと不便な場所にある安アパートだった。近くには使われていない大きめの貸し倉庫もある為、地元以外で修行するには丁度良いからと選んだようなものだ。

(せめて、倉庫に駐車できれば良かったけど……まあ、白だとかえって目立つか)

 社用車として白を選んだが、昼夜問わずに目立つ色の為、たとえ人気がなくても視線に気を付けなければならない。それ以前に、あの倉庫は射撃練習にも用いていた為、下手に車両を置いて、流れ弾をぶつけるわけにはいかなかった。だからあえて、駐車スペースは設けられていない。

(と、言っても……倉庫も部屋も、師匠に乗っ取られてたんだけどな)

 アパートのワンルームの中は、軽くだが埃が積もっていた。事前に置いてある着替えはすべてケースやカバー等で保管していた為、影響がないものの……かつて師匠が残していった私物については、改めて掃除しなければならないだろう。

(武器の類は片付けてってくれたけど……さすがに、洗濯前の下着まで放置していくのは、止めて欲しかったな)

 衣類はすべて(使用済みにしてから)処分した為、残された痕跡は国内で適当に購入された小物類しかない。しかも普段は使わないので、寝具の類もまたカバーを掛けられたまま、放置されている。

 先に立て掛けたままの掃除機を手に取り、軽く埃を吸い取ってから着替え始める睦月。電気自動車EVから持って来たスーツ用のハンガーとカバーに、今まで着ていたジャケット類を仕舞い、代わりに部屋へ放置したままのTシャツやジャージ等の運動着へと着替えた。

(さて……)

 寝具が畳まれたまま置かれているベッドに荷物を置き、机の二重底に隠した鍵を手に取った睦月は再び部屋を施錠し、地下の駐車場へと降りていく。

(早いとこ、用事を片付けに行かないと陽が暮れちまう……)

 自宅近くの整備工場では今でも、女性陣が水着姿で作業しているのだ。もし遅くなれば、せっかくの機会を見逃してしまうかもしれない。

 睦月にとって、裸体を見慣れている者もいるが……それはそれ、これはこれである。見たいものは見たい。

 アパートの駐車場にある軽自動車の車用カバーを外して紺色の車体ボディーを晒し、一度扉を開けてから荷物を置くと、そのままボンネットを開けた。

 ボンネットの中や車体の下等を覗き込んだ限りだが、若干の劣化はあるものの、運転する分には問題ないと判断する。

(用事が片付くまでの間に、ガソリンスタンドで点検を頼んでおかないとな……人居なさ過ぎて、潰れてなきゃいいけど)

 ボンネットを閉じた睦月は、身体に着いた土埃を軽く払ってから、かつて師匠が乗り回していた軽自動車に乗り込んだ。




 入学試験時の偏差値が近いことや、共通の目標を持ちやすい為か、中学卒業後の進路で培った人脈が、人生の最後まで続くことはよくあるらしい。

 それと同じかまでは分からないが、少なくとも修業時代に知り合った人間の中には、未だに付き合いのある者もいる。今日会いに来たのも、その内の一人だった。

 けれども、相手は同年代の友人とかではない。

 ――カラ、カラ……

「あら……来たわね」

「どうも、お久し振りです」

 軽自動車を近所のガソリンスタンドに預けた後、睦月はすでに閉院している整骨院へと、気にすることなく入った。しかし、中に居る中年手前の女性は気にすることなく、診察室へと入室を勧めてくる。

「ここ最近はご無沙汰だったじゃない? 忙しかったの?」

「主に親父のせいで、面倒事が重なってしまって……」

 短い髪を金髪に染めた、どこかくたびれた印象のある整体師、指宿いぶすき真衣まいに診察室へと案内された。そして施術スペースに入った睦月は、慣れた調子で上半身の服を脱いでいく。

「相変わらず、しっかり鍛えてあるわね……いつも思うけど、『最期の世代昔馴染み』のお『医者』さんには頼まないの?」

「『知られない方が、下手に口止めするよりも楽』だって、師匠にも言われているんでね……」

 俯せになる睦月の背中に、伸ばされる二本の手。次いでおこなわれる指圧により、小さく骨が鳴り始めた。

「『最期の世代あいつ等』は生きて・・・いる・・限り・・敵でも・・・味方でも・・・・ない・・。それに、人が誰かを裏切る理由なんて、いくらでも思い付く……だったら、最初から黙っている方が楽でしょう?」

「そんなこと言って……いつまで知られないままでいられるかしらね。私達の関係」

「できれば、最期まで知られない方がいいんですけどね……いろんな意味で」

 上半身から下半身へ、降りていく手がいつまでも骨を鳴らしていく。整体により、睦月の身体が少しずつ矯正されていくのを感じているうちに、施術はあっという間に終わってしまっていた。


「……はい、前半・・はおしまい」


 軽く身体をほぐしてから、真衣はベッドの上、睦月の横へと腰掛けてきた。

「今日もやるんでしょう? ……過集中状態ゾーンの制御訓練」

「ええ……今日は念入りに」

 交代で立ち上がり、ベッドから数歩離れた位置で直立に、不動の姿勢を取った睦月は、軽く深呼吸をした。

 そして実戦とは違い、ゆっくりと……心の奥底ゾーンへと沈んで入っていく。


「…………『全部振り切ってやる』」


 普段使っている過集中状態ゾーンの『部分解放』とは違い、睦月の『全体解放』のやり方は、他の者達と一線を画している。

「できれば……過集中状態ゾーンに入る時の言葉も、揃えたかったんですけどね」

「それに慣れちゃってるんでしょう? それとも……いまさら慣れ親しんだ印象イメージを変えられる?」

「まあ……できませんね」

 先に誰が言い出したのかは分からないが、誰もが似通った文言から過集中状態ゾーンへと入るようになっていた。おそらくは残された資料から、その印象イメージが脳裏にこびり付いてしまっているのかもしれない。

 けれども、一度に可能な範囲の『全体解放』を行う者達とは違い……睦月は段階的に・・・・過集中状態ゾーンへと入るようにしていた。


「『動力伝達clutch』、『変速操作shift up』……――『二速second』」


 区切りとしては約二割ずつ。他の者より深く入る時間が掛かるものの、その分加減が効き、負担や反動を抑えられた。

 もっとも……睦月や戦闘職の者に限らず、過集中状態ゾーンを制御できる大半が、一度の負担で物事を片付けられる『部分解放』で済ませていたが。

「それにしても……過集中状態ゾーンの制御なんて、いつ見ても不思議よね」

「まあ、普通は使わないですからね。余計な負担も掛かりますし……」

 睦月の修業時代を知っている分、真衣にとってはどこか、懐かしさもあるのかもしれない。

 睦月が修行の中で過集中状態ゾーンに入り、その反動で歪んだ身体を真衣が矯正して治す。

 もっとも……睦月の師匠が居なければ、この関係は生まれていなかっただろうが。

「何日か前に、『二速四割』まで使ったのよね? 今日はどこまで試していく?」

「今日は……」

 一瞬だけ、言い澱む睦月。やがて結論を出し、真衣に伝えた。


「…………いけるところまでで、止めます。後半・・もお願いしますね」


 睦月が知る限り、『全体解放』をおこなった場合は大きくとも、六、七割で済ませてくる場合が多い。記録として九割近く出せた者もいたが、その後すぐ、身体中の骨にひびを入れて倒れてしまっていた。

 筋肉の膨張により、自身の骨を折ってしまう話はよく聞く。おそらくは制御しきれない身体機能が原因とみて、間違いないだろう。それは睦月も例外ではないので、自らの限界手前・・に、目標を設定せざるを得なかった。

 だからこそ……実践で使える、限界の範囲を把握しなければならなかった。

「できれば最初から、ベッドの上でやってて欲しいんだけど……」

「最悪、床の上に転がしたままでもいいですから……いつも通り・・・・・、後はお願いしますね」

 睦月はそう言い、次の段階ギアへと移る文言を口にした。




「『動力伝達clutch』、『変速操作shift up』……――『三速third』っ!」

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