123 睦月の営業活動(その1)

 本格的に夏の日照りが強まる日々を送っていた由希奈の下に、珍しく姫香の方から連絡があった。内容は簡単なアルバイトの誘いで、ちょっとした雑用な分日当はそこまで高くはないが、特に予定もないので受けることにした。

 そして今日、朝早くから睦月達が住むマンションの近くにある整備工場へと足を運んだ。通信制高校からはそこまで離れていない上に来たことがある為、問題なく訪ねられた。

 それに……今回の仕事には、ちょっとした楽しみがある。

「あの……姫香?」

「何よ? こっちは忙しいんだけど?」

 その言葉通り、姫香は忙しなく、近くに広げたアウトドア用のテーブルセットの机上でノートPCを操作しては、情報を同じく腰掛けている彩未と京子に展開していた。

「送迎依頼。場所が銀行前で『時間通りに迎えに来い』、って……完全に映画の見過ぎでしょ。これ」

「しかもその映画、たしか逃げ切れても降りた途端、全員吐いてなかったっけ?」

「おまけに『人数が多いから』と仲間を一人、見殺しにしていたはずだ。これも、そうあって欲しくはないな……」

 そう京子が漏らす中、彩未が同じくタブレットPCを操作して、姫香から転送された依頼内容に目を通して身辺調査に取り掛かっている。そして結果は予想通り、ただの銀行強盗の逃走手段だった。

「完全に素人の犯行。でも最近、別件で上手くいったのか調子に乗ってますね」

警察こちらで対処しよう。依頼内容と依頼人の背景を教えてくれ」

 姫香達がおこなっている作業は、依頼の精査だった。

 和音のように(ある程度以上に)信用できる者が仲介人になっているのならまだしも、個人的に送られてきた等で背景が怪しい依頼が来た場合は自分達で真偽や安全性、そして確実に・・・達成可能かを判断しなければならない。

 精査自体を『情報屋』等に外注する手もなくはないが、時間や経費が掛かり過ぎてしまうことの方が多い。それに、世間的に夏季休暇が近くなると休暇をバカンスに過ごし行きたくなるのか、出費が嵩むからと資金繰りに困る犯罪者が軒並み増えてくる。その分あちこちで、仕事も増えるのだが……社会の裏側で法律の規制フィルターがない以上、割に合わないどころか赤字案件が大半を占めていた。

 その為に時折、『ブギーマン彩未』に精査を依頼してから警察関係者京子に情報を売り、自分達の資金や貸しを増やしていた。その間、他にも雑用があるからと、都合良く事情を知っている由希奈がアルバイトとして引き受けることになったのだ、が……

「いや、私だけ何か……楽を・・している・・・・気がして、ちょっと落ち着かないんだけど、」

「そういうことは雑用以外・・で、何かできるようになってから言ってくれない?」

 実際、由希奈がおこなっているのは車の清掃という、頭脳や技術ではなく肉体労働の分野、しかも単純作業の一種である。おまけに車両整備や装備点検等はすでに睦月が済ませ、仕込み武器も取り外されている状態だ。

 だから由希奈ができるのは、車内清掃と車体の洗浄位しかない。それも含めて、このまま報酬を受け取ってもいいのかとつい考えてしまうのだが……姫香達は特に気にせず、作業を進めていた。

「その分単価も安いんだから、気にする方がどうかしているわよ」

「姫香君……あまり、そういう言い方はないんじゃないかな?」

 長年、それ以外の生き方を知らなかったとはいえ、義務だけで権利を得られなかった姫香とは違い、真っ当な学生生活も送って来た京子が宥めるように、口を挟んでくる。

「人によって、できることとできないことがあるんだ。職業に貴賤がないのも、誰かがやらなきゃならないことをそれぞれが受け持っているからに過ぎないしね。だからあまり、そういう言い方は良くないよ」

 そして貴賤を生まない為に、京子は姫香達の依頼を彩未と精査し、悪事を未然に防いでいるのだろう。そう考えると、社会はこうして誰かに支えられているのかもしれないのだろうが、由希奈にはどうしても、現状が正しいとは思えずにいた。

「それはまだ、分かるんですけれど……」

 一つは、善の為には時に悪事も成さなければならない矛盾を秘めていること。

 そしてもう一つは……現状が一般的な職場の印象イメージとは明らかに、かけ離れてしまっていることだ。


「…………全員・・水着で・・・働くのも、正直どうかと思ってしまって」


 由希奈の言葉通り、整備工場の中には、水着姿の女性しかいなかった。

 赤のタイサイドビキニを身に着けた姫香が依頼内容を確認し、水色のバンドゥビキニを纏った彩未がタブレットPCから依頼人やその背景を精査する。その結果、犯罪行為であることを黄緑色の大胆なモノキニを着た京子が確認次第、通報しているのが現状である。その様子を、由希奈はリハビリ用の競泳水着姿で少し離れた位置で静観しつつ、洗車作業に従事しているのだ。

 シャッターを降ろし、整備工場の内部は外から見られないようにしているとはいえ、作業中に涼を取る方法は水着着用による行水。たとえ給料が安くとも、本当に仕事と呼んでいいのかと別の意味で心配になってしまう。

「当然でしょう。水道代だって、馬鹿にならないんだし」

 生足を組み直しつつ、姫香は苛立たし気にキーボードを叩いていく。

「下手に経費ケチってたら死にやすくなる分、せめて行水でこうやって元取らないと、経営なんてやってられないわよ……配送依頼、中身は多分大麻ハッパ

「よし、麻薬取締部マトリに貸しができるっ!」

「その分、睦月君達は麻薬組織狩りマガリで稼げなくなるけどね~……」

 とはいえ、完全に副業としてしか見ていないのか、少なくとも姫香の方は気にした様子がなかった。

「まったく……『運び屋』だからって、麻薬くすりの運び役までやってるわけないってのに」

「姫香は、報酬お金が欲しくないの? あんまり言いたくないけど、『運び屋』の印象イメージに一番近い仕事な気もするし……」

 人は生活する上で、どうしてもお金が必要になってくる。

 ましてや、犯罪者であれば自らの身を守る為に、大量の金銭が動いてしまう。あくまで由希奈の印象イメージだが、あながち間違ってはいない。しかし、問い掛けられた姫香はただ肩を竦めるだけで、水を張ったバケツに挿れていた足を一度抜き、揃えてから軽く伸びをするだけだった。

「法を犯したり、誰かを蔑ろにしなくても……稼ぐ方法なんて、いくらでもあるでしょう?」

 本当にくだらないとばかりに、姫香は次の依頼内容の精査に取り掛かっていた。その間にも、愚痴に近い答えを由希奈に返してくる。


「お金以上に……自分のやり方で生きていきたいからこそ、私は『運び屋』なのよ。稼ぎたいだけ・・なら、とっくに転職してるわね」


 あえて、『達』と強調されたことに、由希奈の胸が少し、締め付けられてしまう。つまり、ここには居ない睦月もまた、姫香と同意見なのだろう。

 たとえ仕事がなくとも、やりたいことを優先させて生きていくのは過酷だが、同時に……どこか、自由を感じてしまう。だからこそ由希奈は、睦月と同じ生き方がしたいのかもしれない。

 そして、ここには居ない『運び屋睦月』につい、思いを馳せてしまう。

「ところで……今日、睦月さんは居ないの?」

「……言ってなかったっけ?」

 洗剤を水で流している由希奈に、姫香は再度水を溜めたバケツに足を浸けながら答えてくる。

「私が話せないと作業できないし、用事もあるみたいだから……仕事押し付けて追い出したわよ」

「仕事?」

 ホース片手に振り向いてくる由希奈に、姫香は視線を合わせることなく告げてきた。


「…………営業活動・・・・




「ばくしゅっ!?」

「……何、風邪?」

「いや……誰かが噂してるんだろ」

 用事の一つである、車に仕込んである武器の定期点検を依頼する為に弥生の下を訪れていた睦月は、妹分にそう返した。途中寄り道して購入したファーストフード店のモーニングセットを台座に広げるのを見ながら、自らのコーヒーに口を付けつつ答えていく。

「今、仕事場は女性陣しかいないみたいでな。しかも車の清掃ついでに行水するからって、水着でやってんだと。大方、姦しい雑談の中に、俺の話題も挙がったんじゃないか?」

「ふ~ん……ボクも行きたいな。傷跡のせいでプールとか行けないし」

「ラブホとかのプールで良ければ、またの機会に連れてってやるよ。姫香はあいつ今、事務作業してるしな……地元の人間お前が行ったら多分、ブチ切れるぞ」

「……つまり、睦月のせいじゃん」

 そう恨み節をかましつつ、大きめに切ったパンケーキを広げた口に運ぶ弥生。睦月はコーヒー片手に、近くにあった大型の部品箱に腰掛けながら、その様子を眺めることにした。

「簡単に許されるとは思ってないけど、さ……まだ怒ってんのかよ?」

「どっちかと言うと……機会がなくて、いまさら許せずにここまできちゃった、ってとこ」

 人生は、映画のようにはいかない。都合良く転機が訪れるとは限らないからだ。その為、弥生が睦月に対して『兄』と呼んだことは、腹部に刻まれた銃痕の件以来、一切無かった。

「正直、英治の時あの教師の件でチャラにしようかとも思ったんだけどさ~……ボクがけじめつけてた時、睦月居なかったじゃん。次に会った時にはもう、こっちは気持ち醒めてたし」

「言うな。仕事だったんだよ……」

「家庭不和でよく聞く理由だよね~……仕事・・って」

 その小柄な身体のどこに、モーニングのデラックスセットを平らげる許容量があるのかと呆れたくなる睦月だが、弥生に反論できない為、仕方なく口を噤むことにした。

「睦月って、昔から変にタイミングが良い時と悪い時があるよね。そのせいでモテてた節有るし……リアルラッキースケベ?」

「んな都合の良い特殊能力有るか。だったら全員・・別れずに、ハーレム築いてるよ」

「今の状況も、十分ハーレムだと思うけどね~……ご馳走様」

 食べ終えたモーニングのセットをゴミ箱に捨てた後、一度横に除けていた部品パーツ類を小型のノートPCごと手元に引き寄せていく。それを見て、睦月は弥生に問い掛けた。

「お前、プログラム関連ソフトウェアもいける口だっけ?」

「せっかくだし、この前ちゃんと・・・・覚えた。結構面白いよ?」

 弥生はそう言うと、電子基板が剥き出しになっているシングルSボードBコンピュータCにケーブルを接続し、その接続元のPCからプログラムの続きを書き込み始めた。

「元々、組み込み系ならちょっと齧ってたしね。いっそのこと、仕込みの仕掛けギミックも増やそうかと思ってさ~……と言っても、最初はワイヤーの射出と回収からだけど」

「……要するに?」

「アクション映画みたいにワイヤーを飛ばして、街中でターザンみたいなことをしようとしてる」

 ワイヤー自体はよく使うが、留め金がなければ固定することもままならない。結べなくもないが、回収や再利用が難しくなる上に、最悪ほどけずに拘束した人間が死ぬことも有り得る。

 工業用のワイヤーを個人用の仕掛けギミックに用いること自体、本来であれば強度や操作性の問題があるので、虚構フィクションの産物でしかない。

 が……現代であれば、もしかしたら再現できるかもしれない。

 弥生がやろうとしているのはそういうことだ。

「他にも何か着けようかと思うけど、こういうのって順番にやってかないとね~」

「ふ~ん……装置の形はどうするんだ?」

「今のところ、手袋グローブの掌から出す予定。仕込みナイフの応用で何とかできそうだし」

 そうは言うものの、装置の精度を含めると、ワイヤーの操作自体はかなり難しいはずだ。とはいえ、製作者の『技術屋ペスト』であれば、すぐに使いこなせそうではあるが。

「これでいつかの時みたいに……空中に追い込まれても、すぐに逃げられるしね~」

「……意外と根に持つよな。お前も」

「負けず嫌いだからね~、これでも。だから未だに許せてないんだし……ああ、そうそう」

 一度キーボード入力タイピングの手を止めた弥生は、引き出しからある物を取り出すと、そのまま睦月に投げ渡してきた。

「一応作ってみたけど……どう?」

「どれ……」

 懐から抜いた自動拳銃ストライカーに弥生から受け取った部品パーツ、外装型の銃身保護具プロテクターを取り付けてみた。どちらも製作者は弥生なので、採寸に間違いはない。

「今は骨組みだけだけど、完成品には装甲プレートも取り付ける予定だよ。造形に希望とかって、ある?」

「……いや、今は覆うだけでいい」

 銃身保護具プロテクターを外し、それを弥生に投げ返した睦月は、そのまま自動拳銃ストライカーを懐に戻した。

「とりあえず三つ程、作ってくれ。それから、来る前に頼んだ物は?」

フラッシュメモリSDカードに全部入れといたよ~」

 続いて保管ケースごと投げられたフラッシュメモリSDカードを上着のポケットに仕舞い、睦月は立ち上がった。飲み干したコーヒーのカップをゴミ箱に投げ入れてから弥生に背を向けて歩き出す。

「でもどうするの? 自動拳銃ストライカー小型の回転式拳銃ポケット・リボルバーの設計図なんて」

「ああ……姫香曰く、『腕の良い『銃器職人ガンスミス』を見つけた』んだと」

 製作者を弥生から『銃器職人本職』へと切り替える為に、用意させたフラッシュメモリSDカードだが……そういえば、弥生自身はどう思っているのか?

「ふ~ん……次は本物の・・・ストライカー式になるといいね」

 意外とあっさりとした返答に、睦月は思わず足を止めて、弥生の方へと振り返ってしまう。

「……お前はそれでいいのかよ?」

「正直、そんなに……ああ、でも、」

 そう言い、弥生は睦月の背中にこう言い放ってきた。


完成品・・・には興味あるからさ。今度、設計図と完成品持ってきてね~」

「……完成したら、な」


 そして睦月は、再び弥生から視線を外した。

「点検が終わり次第、連絡をくれ。遅くとも一週間、なんなら今日中でも構わないぞ?」

「その分、ちゃんとお金弾んでね~」

 ただでさえ、収入の少ない上に新装備を作る為の予算を欲している弥生ならば、すぐに用意してくれるだろう。

 帰りに立ち寄る予定を立てながら、睦月は弥生の工房を後にした。

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