122 生命(いのち)の価値(その5)

「面倒事ばっかりだな、本当に……」

 郁哉から投げ渡されたワイヤーの留め金を弄びながら、睦月は姫香を彩未達の方へと突き飛ばした。佳奈は立ち上がると姦しい女性陣には目もくれず移動し、義足の男が椅子から立ち上がれるよう手を貸している。

「じゃあ悪いが、佳奈こいつは引き取らせて貰うぞ」

「お好きに……ああ、ただ」

 別れる前にと、睦月は懐から手帳と蓋を外したタクティカルペンを取り出し、目の前の男に差し出した。

「得物の斧槍ハルバートは後日配送するから、送り先だけ教えてくれ」

「……着払いか?」

「当然」

 無言で、呆れたように首を振られてしまう。どうやら、親子揃って同じことをしていたらしい。

 溜息を漏らした後、慣れた調子で送付先を記載していく。そして先に手帳とペンを返した男は財布を取り出すと、中から数枚の紙幣を取り出し、そのまま睦月に手渡してきた。

「釣りはやる。それだけあれば足りるだろ?」

「……じゃあ、手間賃ってことで」

 睦月が送料を受け取るとすぐ、男は佳奈の首根っ子を掴み、店を出る為に歩き出していた。


「またな、『運び屋』…………って、次が・・あれば・・・言わせてくれ」


 現役時代、おそらくは秀吉達と過ごしていた時の習慣なのだろう。

 途中で止めた手で頭の後ろを掻きながら、かつて『殺し屋』だった男は自らの養女弟子と共に、睦月達の前から姿を消した。




「それで、修業の成果はあったのか?」

「う~ん……実力は足りてたんだけどな~」

 駅へと向かう道すがら、佳奈は養父師匠へと、睦月達との戦いで得た反省点を話しだした。

「真正面からでも普通に不意打ち、騙し討ちしてきたんだよ。武器や体術どころか、過集中状態ゾーンの変わった使い方まで……他にどれだけ、手の内隠してるんだろ?」

「さあな……あいつの父親ですら、俺と競合してつるんでいた間も手の内を全部出し切れていなかったんだ。他に隠し玉があっても驚かねえよ」

 今回だけでも、事前情報以外に過集中状態ゾーンの段階解放に小太刀の隠し刀。おまけに、弾倉マガジンという不定形の・・・・物体を正確に蹴り飛ばす技量を見せてきたらしい。

 おまけの方は『運び屋睦月』の修業時代・・・・について聞いていたので予想はできたが、どうやら自分の父親にすら、手の内を全て晒していないようだ。家族間であれば秘密が多過ぎるとは思うが、攻撃手段社外秘を漏らさないという意味では、一人前と言っても差し支えないだろう。

「……それで、これからどうするんだ?」

「とりあえず……就職活動かな?」

 佳奈の手元には見慣れない、二枚の名刺大の紙が握られていた。歩きながら、その内の一枚を上に向けて、内容に目を通していたようだ。

「どうしたんだ、それは?」

さっき・・・押し付けられた。多分まだ、誰かが・・・私を利用したいんじゃない?」

 掏りの応用でいつの間にか、服の中に仕込んできたらしい。誰が何の目的でそうしたのかまでは分からないが、おそらくまだ、佳奈に利用価値があると思っているのだろう。

「……乗るのか?」

「まあ、丁度良いしね~……それよりさ、」

 次いで二枚目の内容を見た佳奈は、それを目で読み上げてから、男へと差し出してきた。

「これ、どういう意味か分かる?」

「見せてみろ……」

 佳奈から受け取った紙に目を通すと、そこには無地の上に手書きで、ある一文が刻まれていた。

「『『剣客』と戦いたければ、『夜桜』を探せ』? ……ああ、あいつの子供のことか」

「あいつ?」

「さっき、俺が倅の方に話した『剣客』のことだ。資料リストの中にも、そいつの娘のことが書いてあったろ?」

 それもまた、ある種の運命かと思った。

 たしかに、佳奈の成長を促すのであれば、『最期の世代』の誰かと戦わせるのが手っ取り早いのは分かる。最悪、命を落とすかもしれないが……それは今後、『運び屋睦月』を敵に回した場合にも起こり得ることだ。気にしていても仕方がない。

「そいつが使っているのがたしか、『夜桜夢幻流』って流派だ。子供の方も偶に、道場破りとかで出歩いているらしいから、『情報屋』を当たればすぐに見つかるだろう。まあ、すぐに挑むのはお勧めしないが……」

「あ~、やっぱり強いの?」

「……『運び屋』や『喧嘩屋』とは別の・・意味で・・・、な」

 話すべきかどうか、つい迷ってしまう。そして結局、男は養女弟子に対して、最低限のヒントを告げるだけで、話を濁してしまった。


得物より・・・・、自分の命を優先しろ。でないと……死ぬぞ」


 本当は今日、無理矢理にでも連れ帰ろうかと思っていた。けれども、男は自立しようとする養女佳奈の気持ちを優先させることにした。

「丁度良いし、そろそろ新しい得物も探しておけ。長持ちしているとはいえ、所詮は中古品のお下がりだ。それに……」

 せっかくここまで来たのだ。すぐに帰る前に何か食べていこうと、男は佳奈の手を引いて行き先を変えた。


「お前には……別の・・得物の方が似合いそうだ」


(さて、何を食べようか……)

 男は佳奈を連れ、久し振りの街並みを巡りながら、潰れてない贔屓の店を探し回ることにした。




「じゃあ、俺もそろそろ帰るかな。何だかんだ、お前等に付き合って徹夜だし……」

「……郁哉、ちょっと待て」

 佳奈とその養父師匠が店外に出た後、郁哉もまた帰宅しようとしていたのを、睦月は懐から抜いた自動拳銃ストライカーの銃口を向けて留まらせた。

「お前、俺達のことをどうやって追い駆けてた? 他に誰か居たんじゃないのか?」

「ああ……『偽造屋』に頼んだ。俺がお前達と合流した時には、もう帰ってったけど」

「……なるほど、『ブギーマン彩未』とは別に監視してた、ってことか?」

 ハッキングの技術に関しては『ブギーマン彩未』に引けを取らず、また運転技術も持ち合わせている。後は暇さえあれば、郁哉の依頼を請けるのも理解できた。

 だから睦月は銃口を外し、自動拳銃ストライカーをホルスターへと戻してしまう。

「あいつ暇だったのかよ。普段は公私共に忙殺されてるくせに……」

「だから『気晴らしに請けた』んだと。それで七割取られたのは腹立つけど」

「経費込みなら妥当だろ。お前今回、女担いでだだけじゃねえか」

 受け取った報酬を片手に、郁哉は店を出ようとする。


「……待てよ。俺も行く」


 その背中に再度、睦月は声を掛けた。

「どうせ報酬払いに、あいつの店に行くんだろ? 俺も付き合うよ」

「珍しいな? お前が俺に付き合うなんて……」

「……用事・・のついでだ。気にするな」

 そう言い、睦月は車の鍵を姫香に投げ渡した。

「ちょっと飲んでくる。最悪俺の方で自腹を切るが、気になるならコインパーキングに停めた車を回収しといてくれ」

 姫香にそう言い残した睦月は、郁哉を連れて歩き出した。そして、扉に手を掛ける直前、急に足を止めてしまう。

「……おい。急に立ち止まってどうし、」

「後、これは独り言なんだが……」

 郁哉が口を挟むよりも早く、睦月は比較的大きめの声を店内に吐き出した。


「確信も実害もないから、今は・・問い詰めたりしないが……場合によっては、無理矢理にでも聞き出すからな」


 あえて……誰かに・・・聞かせる意図をもって。




 ――カラン、カラン……

 店内に残されているのは、もう四人の女性しかいない。

「……今の、どういうこと?」

「さあ……」

 彩未と智春が一度顔を合わせ、もしかしたら和音への愚痴メッセージかとも思って振り向いたのだが……その『情報屋』は何故か、二人とは視線を合わせなかった。

「…………」

 何故なら、その老婆の目は、ある少女に向けられていたからだ。

「…………」

 煙管キセルから吸い出した紫煙を吐き出す中、視線の先にいる少女は店の入り口に向けて、儚げに微笑んでいた。




「……で、さっきのはどういう意味だよ?」

「どうもこうもねえよ……」

 商店街を後にし、創の経営しているバー『Alter』へと向かう最中、郁哉は睦月にそう問い掛けた。

 それに対して睦月は、少し感情的になっているのか、普段より若干声を荒げながら答えてきた。

「……全部が全部、都合が・・・良過ぎる・・・・んだよ」

 店に着く前に、多少はガス抜きさせた方が良いかと考えた郁哉は、睦月に話の続きを促した。

「俺が地方都市この街に引っ越して半年にも満たない内に、親父の過去だのやりたいことだのが、次々に分かってきたんだぞ? 『立案者プランナー』の件はさすがに偶然だと思いたいが……それ以外は必ず・・俺の・・耳に・・届く・・なんて、都合が良過ぎるだろうが」

 だからこそ、確信も実害もない渦中だろうと、嫌でもある可能性が浮かんでしまうらしい。そこまで説明されてようやく、郁哉にも理解できた。


「今でも俺の情報が、親父の耳に届いている。『実はただの親馬鹿でした』なら、まだ笑い話で済むけどな……親父の性格とやろうとしていることを考えるとどうしても、楽観的になれないんだよ」


 要するに、睦月は疑っているのだろう……『内通者』の存在を。

 睦月の父である秀吉が和音から情報を買っているだけであればまだいいが、他にも流している者が居るとすれば、それは……

「……睦月」

 ポン、と肩を叩き、郁哉は睦月の一歩前へと出た。

「今日は奢るよ。一杯だけな」

「ケチくさいな。あそこは何でも一つ千円だろうが……そもそも、まだ店も開いてないだろ?」

 ようやく、荒れた感情を吐き出せたのか、少し落ち着いた口調で、睦月は郁哉に並んでくる。


「……飯も付けろ」

「店長のおっさんが起きてたらな」


 徹夜明けには眩し過ぎる夏の日差しを浴びながら、青年達は目的地へと向けて歩き出した。




 そして数日後、姫香と彩未は通い付けの美容室の前に居た。

「ああ、イライラする……」

「どうしたの姫香ちゃん。睦月君に相手して貰えてないの?」

「されてるわよ。失礼ね」

 何が失礼に当たるのか、姫香を知らない者からすれば分からないだろうなぁ、と彩未は考えながら側車付二輪車サイドカーを降り、ヘルメットを外した。

 その間に二輪車バイク側から地面の上に移った姫香は、くせのある髪を一掻きして、彩未を置いて美容室に入ろうとしている。慌てて追いかけていき、一緒に店へと入っていく。

「最近どうも、恋愛要素が不足しているのよね。少しは髪を綺麗にして、デートにでも誘って貰わないとストレスが、」


「いらっしゃいませ~」


『…………は?』

 つい最近聞いた声に、二人は思わずその出元へと顔を向けた。そこには何故か、『殺し屋・・・廣田佳奈・・・・が居て、店内のフローリングを掃除していた。

「何で、ここに……?」

「え、美容室ここに就職したからだけど?」

 等とあっけらかんと、佳奈はショート・・・・ヘア・・を揺らしながら、フローリング用の箒片手に、そう返してきた。

「……あれ? サイドテールじゃなかったっけ?」

「ああ、あれ仕事用の部分ポイントウィッグ。仕事以外プライベートの時外しておくと、結構気付かれなくて、っ!?」

 咄嗟に伸びてくる姫香の手を持っていた箒で捌きつつ、佳奈は数歩距離を取ろうと後ろ歩きで下がっていく。

「よりにもよって、よりにもな時にっ!」

「ちょっと落ち着いてよ! 今の私はただの店員……危なっ!?」

 しかし、美容室内には繊細な器具も多い為、佳奈は仕方なく広いフロアに出て姫香を迎え撃ってきた。

「ストレスっ、ストレスっ! ストレスの塊が私の髪に触れるとかっ!?」

「大丈夫だって! 昨日採用されたばかりの見習いだから、まだ下働きしかできないって!?」

「関係あるかっ!?」

 二人が暴れている為、彩未は仕方なく一人、待機エリアにある椅子へと腰掛けた。

「そういえば……他の人は?」




「店長、店長~」

「…………何?」

 黒髪ツインテールの店員に店長と呼ばれた、若くして美容室を経営している女性は、操作していたノートPCから手を放して振り返った。

「一階で新入りと常連さんが暴れてますよ~何とかして下さ~い」

「まったく……」

 売り上げ記録を入力していたファイルを保存し、店長と呼ばれた女性はノートPCを片付けた。そして今は・・短くした髪を掻きほぐし、店員に促されるまま二階の事務室から外へと出ようとする。

 店員が開けた扉の隙間からでも、激しい衝突音が室内へと響いてきていた。

 一階の様子に、店員は怯えた眼差しで店長を見てくる。

「何か、激しくなってきてますけど大丈夫ですか? 續木・・店長……」

「……まあ、何とかするわよ」

 最初からできると思わなければ、紹介された・・・・・とはいえ、あんな・・・新入りを雇ったりはしない。

 そう考えながら、部屋の端に立て掛けておいた鉄パイプを手にした女性店長は、部屋を出てすぐの階段に足を乗せた。


「本当あいつ・・・の関係者って、ろくなが居ないわね……」


 そう愚痴りつつ、一歩一歩、段差を降りていった。

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