114 案件No.007の裏側
和音から再び美術品の運送依頼を請け、睦月が詳細を確認しに輸入雑貨店へと向かった中、姫香は同じ商店街内にある元ミリタリーショップの奥に居た。
『注文通りにはできているはずよ。握ってみて』
『…………』
姫香から依頼を請けたカリーナは、完成した一点物の銃器が納められたケースを開けた。
外見こそかつて、ドイツの銃器メーカーが開発したままの代物ではあるが、その銃身は全体が色濃い赤に染め上げられている。
ケースから注文した
『プロップアップ式ショートリコイルの9mm口径、
『…………』
そして、片手で右、左と次々に持ち替え、最後に両手で構えてから、
そう判断した姫香は
『この前の武器屋でいい
『……試射した距離と弾数は?』
『10mで2ダース、25mはその半分。どの距離でも変な癖なく、
『話が本当なら、十分過ぎるわね……』
だとしても、実際に撃ってみないことには話にならない。
予定通りであれば、睦月の次の仕事までには数日の猶予がある。その間に試し撃ちをしに行こうと決めた姫香は、静かにケースを閉じた。
『……ところで』
『何?』
報酬の入った封筒から中身を出して広げた状態にしている姫香に、カリーナはケースを指差しながら問い掛けてきた。
『銃の名前……どうする?』
『……必要なの? それ』
『今のままじゃただの『人』、『個』として確立するには必要でしょう』
その言葉に……姫香は自身が
『名前、ね……
『作動方式で名付けてどうするのよ?』
『睦月だって、
そして思い浮かべるのは、睦月の持つ
『『整備が楽だから』とか言って最初、メンテナンスしやすいストライカー式の
『それって……ただの知識か技術力不足じゃないの? 実際、ストライカー式で
『それは……有り得そうね。私が出会った頃に
知識を下地として、経験を積み上げていかなければ、成果を上げることはできない。
少なくとも当時、製作者である弥生に拳銃の製造や改造の
『それを未だに放置してるって……ちょっと、私にやらせなさいよ。
『ドイツ製じゃないけどいいの? まあ、何にせよ……』
そう言って、姫香はケースの持ち手を掴んで引き寄せた。
『……
『それはよろしく……それで? 名前は?』
『あんたもしつこいわね……』
名前を付ける際、特徴を上げるのが一番手っ取り早い。人間相手に
『じゃあ…………『
銃身と自らの特徴とも言うべき赤。そして、かつて『
『悪くはないけど……安直ね』
『変に拘ってキラキラネームつけるよりはましでしょう。『実は外国では侮蔑用語でした』なんて後で聞かされたら、堪ったもんじゃないわよ』
そして、姫香は新しい
『ところで……そのキラキラネームの話って、どこで聞いてきたの?』
『動画共有サイトの漫画動画』
最後に、気の抜けた会話を残して。
(本当、良い腕してるわね……)
銃弾の補充も兼ねて事前に武器屋に立ち寄り、(泣き言ばかり喚く)春巻に見守られながら試射してみた結果、仕上がりは完璧だった。少なくとも、止まっている的相手であれば『
そしてその性能は、実戦でも遺憾無く発揮されていた。
――ギィン!
「っと!?」
正面から防ごうとしたのだろうが、
(……けど、)
やはり相手も、一筋縄ではいかないらしい。いくら来ると分かっているとはいえ、音速で放たれた銃弾を回避できる人間は限られてくる。しかも、動作を見た上での先読みではなく、反射神経で強引に避けているとしか思えなかった。
(睦月が殺しかけたってのに、ここまで回復できるものなの? リハビリ以外にも、何かしているんじゃ……頭のネジは最初から外れてるっぽいけど)
内心失礼なことを考えつつも、佳奈の実力は本物なことに違いはない。
睦月と同様に小太刀で
唯一の救いは、購入したばかりの
「……ねえ、聞いてもいい?」
「何をよ?」
仕方なく、
「君さ、あの『運び屋』…………荻野君よりも
それは自他共に、認めていることだった。
いくら睦月が『最期の世代』の一人として育てられていたとしても、あくまで基礎能力や、『運び屋』としての能力に特化しているだけである。元から『暗殺者』として育てられていた姫香とは、戦闘力での地力が違い過ぎた。
「なのに何で、平然と言うこと聞いてるの?」
「……別に、平然とじゃないわよ」
むしろ、苛立つことの方が多い。思い通りにいかないこともざらだし、何だかんだ甘えられているかと思えば、逆に突き放されることもある。そもそも
けれども……結局、姫香は彼の傍から離れないと、もうすでに決めていた。
『人が、誰か何かを信仰するのは、その存在に縋っているからでも、その威光を恐れているからでもない……その生き様に憧れたからだ』
だから姫香は、睦月から離れることはない。
「ただ……睦月の傍が一番
そう吐き捨てた姫香は蹴り足も加えることで、佳奈を強引に弾き飛ばした。同時に反動で距離を取り……二人の間に割り込んできた空き瓶を躱す為に。
「……心当たりは?」
「あ~……多分、依頼人のお仲間」
姫香が一度、佳奈を弾き飛ばして距離を置いたのも、それが理由だった。
周囲を取り囲んでくる複数の男達。得物こそ簡単に手に入るような鉄パイプや釘バットばかりだが、凶器を手にしていることに変わりはない。
「さっき、荻野君が
「それで……場所だけ聞いて、ここに集まって来たと?」
大方、実弾を受けた臆病者と受けなかった愚か者で、仲間割れが起きたと言ったところだろう。逃げた二人については『
「なんでこう、男って馬鹿しかいないのよ……」
「
「……うるさい」
一応、警戒はしているものの……完全に水を差されたと思っているらしく、佳奈は
「……どういうつもり?」
「ちょっと取引しない?」
小太刀を腰のベルトに差した姫香は、佳奈を警戒しながらも空いた左手でゆっくりと、
「賞金の残りもあるし、後始末はこっちで手配するからさ」
「随分勝手な物言いね……相手している時に、私があんたに手を出さない保証があると思ってるの?」
「思ってるよ」
「ハア……」
呆れたように、姫香は息を吐いた。
「あんたね……私が
「
二人の得物の、その銃口と切っ先が向けられているのは……秀樹が呼んだ仲間達の方だった。
「そもそもさ……私を殺そうと思えば、
「…………どうだか」
すっとぼけているように見せたものの、どうやら見抜かれていたらしい。
たとえ、佳奈が
「……で、また
「あれ? 前にもあったの?」
「まあな……」
先程とはまた別の、人気のない拓けた場所に駆け付けた睦月を待っていたのは、
「こいつ……適当な『殺し屋』とか、喧嘩売ってきた奴を俺に宛がって、無理矢理戦わせるんだよ。『訓練』とかほざいて」
その証拠に、姫香は握り拳を二回、両胸へと同時に打ち付けていた。
「【訓練】」
「ほらな?」
「……え? 下手なゴリラの物真似ギャグじゃないの?」
手話を知らなかった佳奈に、姫香が放った銃弾が容赦なく飛んでくる。軽く身体を逸らすことで回避しつつ、睦月との会話を続けてきた。
「なるほど……
「こっちはいい迷惑だよ……しかもこいつ、ギリギリまで助けてくれないし」
そう漏らしつつ、睦月は到着して早々に渡された
「そうぼやく割には、さっきよりやる気じゃない?」
「もう仕事は終わったしな……あとは
今度は最初から、小太刀を三本並べて差せる専用のホルスターを左腰からぶら下げ、いつものウエストホルスターには
最初から武器を抜いてしまえば、それに応じて手を変えられてしまう。だから睦月はあえて何も持たず、初手を悟らせないようにした。
「それに……」
準備が整い、いつでも始められると思ったのだろう。
姫香は自らの新しい得物、
「女に愛想尽かされない為にも……偶には格好付けないとな」
姫香の発砲と共に…………『訓練』という名の殺し合いが始まった。
――ダンッ!
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