113 案件No.007_美術品運送(競合相手有)(その3)
剣よりも槍の方が、武器として強力な印象が強いものの、あまり使われる印象がないのにはわけがある。
槍
つまり……槍は、剣よりも汎用性が低いことになる。
個人の武器として、ただ長物を振り回すのであれば、近くにある棒を振り回せば十分だ。けれども、槍が槍たる所以は、先端に取り付けた
ただ棒を突くよりも鋭く、剣よりも
それなのに何故、槍ではなく剣が普及したのか……それは、素人では一定の実力
刀剣類の柄が楕円形になっているのは、握った際に構えやすく、刃を真っ直ぐに振りやすくする為だ。しかし、槍は円柱の棒を用いることが多く、その握りがない。
柄の持ち手を変える、どの位置でも握りやすくする、いざとなれば持ち手自体を回転させて振り払える。その分、槍の穂先への扱いが難しくなってしまうのだ。
ただの刺突であれば問題ないだろうが、直刃を立てて放つ斬撃となれば、話は違ってくる。楕円形の握りを持つ刀剣類でも、真っ直ぐ振り下ろせるようになるには相応の鍛錬が必要だ。それを実戦、しかも円形で滑りやすい槍で
薙刀ですら、刃の形状等を振り下ろしやすいように考慮し、相手に斬撃を与えやすくすることで、その有用性を高めていた。だが、槍の矛先は遠方からの刺突を主な目的にしている為、円錐型や鋭い直刃を用いられることが多い。おまけに、重心が安定しない為に大振りとなってしまうので、素人が使うには待ち構える方が合理的なのだ。
一個人が操る槍の穂先を直撃させる難易度を考えれば、臨機応変に武器を換装する方が手っ取り早い。
ましてや……穂先の一部が斧になっている
――キィン! カキ、キン!
(槍とはいえ、付いてるのは斧刃だぞ? 何でここまで綺麗に刃を立てて振れるんだよ……っ!)
左手で握った小太刀で
剣道三倍段のように、徒手空拳で太刀に挑むには三倍の段差が必要と言われているが、太刀が薙刀に勝つには二倍の段差が必要となる。つまり、槍使い相手に
飛び道具等を用いた遠距離攻撃による制圧か……懐に入り込んで、槍を振り回させないようにした上での近接戦闘しかない。
「随分熱烈じゃん! そんなに押し倒したいの?」
「なわけあるかっ!」
しかし相手も、伊達に
睦月から見て、少なくとも杖術に通ずる範囲に関しては、姫香並の実力者だった。
「ほらっ!」
「チッ!」
おまけに、見かけによらず腕力も備えているのか、
「そらそらっ!」
「このっ!」
発砲する間もなく、
「思ったよりやるね~……何で最初に鉢合わせた時、真正面から戦ってくれなかったの?」
「……生憎、喧嘩売ってくる馬鹿に戦い方合わせてやる趣味は、持ち合わせてないんだよ」
お世辞に皮肉で返すやり取りを経た後、睦月は
(残る武器は
一応、車の中には構えている物と同じ小太刀が二本置いてあるが、あまり武装し過ぎると動きが鈍くなる為、対
(遠距離からの射撃に切り替えるか……問題は、)
睦月の手にある
(思ったより足も速いみたいだし。さて……どうしたものか?)
目的はあくまで、依頼の達成だ。別に、目の前の『殺し屋』を殺す必要はない。
けれども……このまま仕事を邪魔してくるのであれば、話が変わってくる。
そもそも、並の相手であれば
「まったく……俺が何したってんだよ? 仕事の邪魔してきたから爆破解体かましただけだぞ?」
「いやいや、普通に駄目だって。半年位動けなかったんだよ、私」
片手に引っ提げていた
「『運び屋』君さぁ……もうちょっと騎士道精神とか持ち合わせないと、友達できないよ」
「元々コミュ障で数は求めてねえんだよ。ほっとけ」
若干負け惜しみに聞こえなくはないが、事実人付き合いに疲れやすい睦月にとっては、最小限の方が良かった。本人にとっては、百人単位の友達付き合いができる人間に尊敬の念を抱くと同時に、『本当に
――ブーッ、ブーッ……
そんなことを考えつつ、適当な雑談で時間を稼ごうと画策していた睦月だったが……
「そういえば、まだ名乗ってなかったね……『殺し屋』の廣田佳奈。よろしくね~」
ゆっくりと
「それで……君の名前は?」
答えた瞬間、また戦闘が再開される。
そう悟った睦月は……両手を
「荻野睦月、ただの『運び屋』だ。数少ない自慢の一つは……」
遠くから聞こえてくるバイクの
「…………依頼達成の為なら、
そして、姫香が駆る
「相手は見ての通り
睦月からの
「仕込みの有無は不明だが、
姫香は
「他には……『殺し屋』の廣田佳奈って、名前位だな」
垂れ目気味でサイドテールを携えた発育の良い少女。歳は睦月に近い方かと思いながら、姫香は報告した当人から小太刀を奪い取る。
けれども睦月は気にせず、姫香にされるがまま手放してきた。
「後、ついでに
睦月が指差す方に一瞬だけ視線を向ける。
「というわけで……『時間稼ぎの』小細工は済んだ」
ポン、と姫香の肩を叩いた睦月は佳奈に捨て台詞を残し、そのまま背を向けた。
「後は『人任せにする』悪辣さを持って……仕事を片付けるだけだ」
「…………え? あっさり逃げるの? 二人掛かりとかじゃなくて?」
佳奈からの非難に対しても、睦月は気にしてない
「言っただろ?
気配だけとはいえ警戒しているとは思うものの、そこは姫香が睨みを利かせていると信頼してくれているのか。睦月は足を止めることなく、佳奈の前から消えて行った。
「何より……仕事を優先させるのは、
(まさか、人を雇うとは思ってなかったな……どうしよう?)
そこまで単価の高い仕事ではないと高を括っていた為に、佳奈は伏兵の可能性について、完全に失念していた。依頼人にしても相場そのものを知らず、ちょっとした小遣い稼ぎに呼ばれた仲間の一人でしかない上に、こちらへの依頼料も誤魔化そうとしていた。なので『運び屋』、荻野睦月も
(あの
「で? 結局君は誰なの?」
その言葉に、立ちはだかってくるくせ毛ミディアムの少女は、ジュラルミンのケースを開けてから名乗ってきた。
「……久芳姫香」
端的な名乗りと共に赤く染められた、懐古的なデザインの
「『運び屋』……荻野睦月の女よ」
そう名乗る割には、頼られてこの場を任されたというのにどこか、苛立たし気な印象を与えてくる。
「本当……
その言葉を合図に銃口を向けられ、佳奈もまた、
「……よし、時間通り」
その言葉通り、睦月は合流地点である美術館に到着し、
(まあ、それで
贔屓にして貰っている為、すでに顔馴染みになっている伊藤の同僚に依頼品を渡し、予定通りに依頼料を振り込んで貰う。後は今回も仲介人となった和音から報酬を受け取れば、仕事は完了だ。
(それにしても……やっぱり偽物だったか)
あの秀樹という男が疑り深く入れ替え、もしくは調子に乗って二つ共運ぼうとする可能性も有ったので、必然的に睦月の担当した依頼品が偽物なのは、まず間違いないと考えていた。実際に無事を確認して貰う際にチラと見ても、まったく驚かなかった程だ。
「さて、姫香と合流して…………ん?」
スマホに連絡がないか確認しようとした時だった。視界の端に以前、仕事で組んだことのある警備会社の人間が居たので、先に挨拶しようと軽く手を上げた。
「名児耶さん、だったっけ? お久し振り」
「本当ね。お久し振り」
登山バックを持ち、明らかに山登りの帰りといった風体の女性、名児耶
「
「意外と気付かれないものよ。夜行バスだったから、起きたらもうこの近くだったし」
どうやら名児耶は、夜行バスや電車といった公共交通機関を利用して、ここまで美術品(真贋不明)を運んできたらしい。たしかに、登山帰りだと錯覚させられるのならば、ここまで上手い手段はないだろうが……
「キャンプ帰りは装ったことがあるけど……そうか、物が小さいから個人の登山帰りも有りか」
「元々、趣味の一つなのよ。今度一緒に行く?」
「当分は遠慮しときます……」
もう
「…………昔、散々登らされたんで」
子供の頃に『学校行事』として無理矢理登らされた為に、未だに楽しさを理解できずにいる睦月。登山の話はまた今度にしようと、美術館に向かう名児耶に別れを告げてから……
――Case No.007 has completed.
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