112 案件No.007_美術品運送(競合相手有)(その2)
別に、裏付けがあるわけではないが……学歴で他者を差別するようになってしまった人間は、一種の
通常であれば仕事に打ち込んだ後の定年退職や、前人未踏の偉業を成し遂げた後に起きやすいはずだが……世間が植え付けた『高学歴=勝ち組』という価値観の為に、受験そのものが
しかも厄介なことに、学歴は職歴に次いで
けれども……その『傲慢な人間』全てが、有能であるとは限らない。
端的に言えば、『子供が危ないことに手を出すな』と叱るのと同じ理由だ。
子どもは生きていく上で、必要なことを学びながら大人になっていくが……その中には、決して欠かしてはいけない事柄がある。
――ダァ……ガンッ!
「ひっ!?」
「さっさとそいつ連れて失せろっ!」
本来であれば無縁であるはずの拳銃弾。耳元近くを通り過ぎ、背中を預けていた壁に着弾して怯む中、銃声の次に飛んできた怒号を浴びせられた男は、慌てて相棒の元へと駆け寄っていく。思考が停止した中で命じられ、思わず行動に移してしまったのだ。
短い刃渡りと車内で押し付けられただけだったのが幸いしてか、相棒の切り傷はあまり深くなかった。まだ意識があるようなので脱いだ上着を手渡し、相手に押さえつけるように指示する。そして、無事な方の半身側から肩を担ぎ、どうにか立ち上がることができた。
「おぃ、こんなの俺、聞いてなぃ……」
「……俺だって、そうだよ」
もはや、泣き言にしかなっていないのだが……彼等が気付くことはなかった。
「何なんだよ、これは……」
子供の内に何をどうすることで危険な事態になるのかを学び、対処法の習得を重ねていくことで大人になる。しかし、彼等に襲い掛かった脅威は、一般家庭どころか学校ですら教えて貰えないものだった。
だから、本来であれば
「余所見してないで相手してよっ!」
「うるせえ!」
……
少し前のこと、秀樹が声を掛けた面々は睦月が運転する黒のスポーツカーを見つけ、追い駆けようとしていた。
「う、嘘だろ……」
しかし、相手は加速した
高速道路での運転ができない人間も存在する通り、人体ではまず成し得ない速度の世界で、正常な判断ができない者も居る。法定速度が設けられた理由の一部には、『自身で速さを制御しきれない』という側面もあるだろう。
免許を取れたとしても、全員がプロのレーシングドライバーになれるわけではない。単に
だから制限
「おい、今何キロ出してる?」
「もう……100
一般道であるにも関わらず、睦月の車の速さは、時速100kmなんて簡単に超えていた。それこそ、日本の公道では『逃走車両と交通機動隊』が繰り広げるような……違法者とそれに立ち向かう者達の領域である。
「どっ、どうする……?」
「どうするって、このまま何もしない気かよ!? 早く追い駆けろって!」
「だったらお前が運転しろよっ! 免許もないくせにっ!」
実際、追い付けなくなったのか諦めたのか……他の仲間の車は、視界の端から徐々に消えている。
もう数台しか残っていない段階で、運転手はもう諦めることにした。
「もう駄目だ。せめて……警察に通報して、速度違反でとっ捕まえて貰うしか、」
――ザッ!
「ガッ!」
「駄目だよ~……
通報の為に取り出されたスマホが、手から零れ落ちていく。けれども、助手席に座っていた男は肩に刺さった、柄の短い斧のような刃物に視線を奪われてしまい、身体が竦んでしまっていた。
「おい、どうし、」
「いいから飛ばして」
「ぁ!? ぅ……っ」
助手席から聞こえてくる、痛みに悶える声の方をチラと見た運転手は、あまりの出来事に思わず、アクセルを踏み込んでしまう。
カーブには差し掛かっていないので、ハンドルを固定すれば事故には繋がらないものの……高速運転に慣れていない者からすれば、視界に広がっているのは未知なる恐怖だった。
「それとも
「ぁ、ぇ……」
依頼料の偽装は、本来であれば『殺し屋』にばれてはいけないはずだった。なのに、あっさりと見抜かれていたことに、さらなる恐怖を禁じ得ない運転手の男。
しかし、『
「ほら早く、追い駆けてってば」
「ひぃっ!?」
受験でも文面上でしか学ばない、
「ん…………?」
昔から
スマホが鳴動していたので、ハンズフリー用のイヤホンマイクを耳に取り付けた睦月は、余所見をせずに通話状態にする。
「はい」
『あ、睦月君?』
「……彩未か。お前、また姫香に駆り出されたのか?」
『そんなところだけどごめん。ちょっと緊急』
新居へ引っ越す少し前位の頃からか、彩未が姫香と組むことが増えてきていた。実際、(彼氏の有無を問わず、)『ブギーマン』として仕事を依頼することも有ったので、ある意味必然だったのだろう。
とはいえ、余程のことがない限り、彩未から睦月の
だからこそ、必要な事態だと判断した睦月は運転しつつ、彩未の話に耳を傾けた。
『姫香ちゃんから聞いたけど、
「……本当か?」
尾行に気付いてからずっと、睦月はカーナビを点けて後方の様子を窺っていた。
たしかに一台、未だに諦めず追い駆けて来ている車が居る。しかし、後方カメラからでは夜闇とライトの逆光の為、車内の様子を把握することはできなかった。
「状況は?」
『自動取締装置のカメラにハッキングして覗いているんだけど……睦月君追い駆ける為に助手席の人を刺して、運転手を脅しているみたい』
「また、面倒な……」
ただでさえ
(この前は依頼人の関係者が『
依頼人の正体が分からなければ、後処理の責任を背負わされる可能性もある。ならば、余計な火種は、事前に揉み消しておくに越したことはない。
「……姫香は居るか?」
『隣で弾込めながらスタンバってるけど?』
「じゃあ『出番だ』って伝えてくれ。後、この近くで人気のない場所はあるか?」
『もう見つけてあるよ。皆帰った後の総合運動公園』
大方、姫香が彩未に先駆けて指示していたのだろう。だが今回は、その手際の良さに助けられた。
『住所言うからカーナビに入力して。速度を落としながらでも十分以内に着くから』
「了解。姫香の方はいつ着く?」
『今
「……十分だ」
カーナビに指示された住所を入力し、一言礼を述べてから通話を切る睦月。そして、徐々に速度を落としながら、目的の場所へと車を向けた。
相手も迷うことなく、特に速度を落としてからはしっかりと、睦月の後を追い駆けて来ている。
(…………状況を整理しよう)
しかし、睦月の行動に迷いはなかった。
(
目標を明確にし、依頼達成に必要な条件を確認していく。
(
勝てる、勝てないは関係ない。依頼達成までの足止めだけでも十分にお釣りがくるのだ。それ以上の結果を求めても仕方がない。
(
いざとなれば、適当に脅迫して追っ払えばいい。下手をすれば逆恨みされるかもしれないが、
(
実際、仕事の前に新装備を持ち込んでいたのは確認している。中身までは見ていないが、あの姫香が半端な武器を用意するはずがない。それに、事前に
(
障害物があれば身を隠して行動しやすいが、事前に把握していなければ、かえって追い込まれる結果に繋がりかねない。ならば最初から、拓けた場所だと割り切ってしまった方が戦いやすかった。それに最悪、
何より……
(
わざわざ相手に戦い方を合わせる義務はないが、その辺りは臨機応変に対応すればいい。最悪、相手の車を破壊して逃げる手もある。依頼の達成条件に『『殺し屋』に勝利する』が含まれていない以上、睦月が直接手を下す必要はないのだ。
(以上を踏まえて、依頼を達成させる為の絶対条件――依頼品に被害が及ばないように、『殺し屋』を対処する。倒すか
思考が纏まる頃には、総合運動公園が見えてきていた。
いちいち駐車する暇もない為、敷地内に強引に割り込んでいく。向こうも同じく、速度は落としてきているものの、追跡が止む気配は未だにない。
(さて…………)
軽く首を動かして
(…………やるかっ!)
予想通り、視界に広がる陸上競技場へと出た睦月はエンストさせない範囲で急減速させ、端の方で停車させた。相手の車も乗り上げてきているが、座して待つのは性に合わない。
(まずはタイヤっ!)
最初から
――カチッ、ダラララ……!
現に、減速しつつも
「やっぱり……あの時のあいつかっ!」
助手席の上に置いていた手持ちの装備を全て身体に巻き付け、睦月は
「ようやく初めましてだね……『運び屋』君っ!」
「こっちは会いたくなかったよっ!」
手早く組み上げられた
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