101 Homecoming(その2)
「問題は、他の資料だな……」
いつまでも、その場に留まっているわけにはいかない。また朔夜の誘導で安全地帯を通り、三人は図書室を後にした。
下手に留まって痕跡を
「俺が知る限り、紙の資料もやばそうな内容のものも、持ち出された分だけだ。その辺りはどうなんだ? 朔」
「そうだな……」
ジュッ、という音と共に、先程まで咥えていた煙草に、朔夜は火を点けた。
「……実はもう、
愛用のソケット型ライターを仕舞った朔夜は、軽く吐いた紫煙と共に、言葉を出してきた。
「で、勇太に現場を調べさせて、睦月に気になる
「そんなこったろうと思ったよ……」
気にせず地面の上に腰を降ろした睦月。二人の視線を受けつつも、自身は校舎の方を向いた。
今日見た光景から何かを思い出そうと、睦月は考えを巡らせていく。
「……すでに使った
「『図書室』のカテゴリーで『紙束』、『資料』、『
「『
思わず口を挟む勇太に、朔夜は『
「もう話したかもしれないが、あいつは『
元々パンツスタイルだったこともあってか、朔夜もまた、睦月と同様に座り込んでしまう。そして、口から離した煙草片手に、返す言葉を続けてきた。
「本当なら、『
そこで一度、朔夜は盛大に溜息を吐いた。余程頭が痛くなることなのか、額に空いた拳を押し当てている。
「……そんな中で
しかし、今日
「だが結局、結果は『
「と、なると……」
朔夜がこの田舎町を出るまでの間に保管されたと仮定して、『
「月偉……」
「……は?」
「何であいつ?」
畳み掛けてくる二人に、睦月は突然出した『
「昔、あいつが
そして手に持っていた忘れ物を……
「その時にあいつ、自分の顔が
「だとしたら……『図書室』以外も考えられるな」
職員室に機密書類関係の保管庫、思い付く場所を挙げていくとキリがない。下手をすれば、この校舎以外から持ち出された可能性も検討しなければならなくなる。
「……朔。一回『図書室』というキーワードを外して、改めてリストを検索できないか?」
「無茶言うなよ……どんだけ
「……月偉が出て行った日の
無防備にも、自らの
「少なくとも、あいつが持ち出したんなら……その前までは有ったってことだろ? その間に
「それならまだ、何とか……睦月」
「詳しい日は覚えていない。だが……少なくとも、中学卒業からそこまで間はなかったと思う」
今年になって、ようやく再会した。だからこそ、その前に会った日のことをより詳細に思い出せたのだ。
「てことは……『走り屋』をやる前の話か?」
「それは間違いない。親父や師匠と一緒に居なかった時は、大体図書室に居たしな」
「行動パターン、少しは変えろよな……」
そして目を閉じ……
「
朔夜もまた、弥生並の明晰な頭脳を持ち合わせているが、それ以上に脅威的な能力がある。
『
「
しかし、目で見て記憶していたとしても、それだけだ。
記憶という
「後は……『書類』か『写真』、だな」
人が物事を記憶する為に、主に辿る工程は三つ。
情報を受け取る記銘と、それを保とうとする保持、そして……必要に応じて呼び出す想起の三つだ。
記銘自体は誰でもできる。保持も認知機能の差はあれど、人体の脳は理論上、生きている間のことは
問題は最後の工程……想起だった。
これは誰もが、できることではない。老化による機能低下だけでも、人は簡単に『物忘れ』してしまうのだ。記憶自体を自在に引き出せる者の方が珍しかった。
そして朔夜は、保持と想起が
だから幼少期は、
内容の全てに目を通しているわけではなく、ただ情報を保管している
使いこなしきれない記憶
……それを解決したのが、現在の情報社会だ。
朔夜は一時期、情報技術を積極的に学び、データベースの管理と操作を行う言語であるSQL文に注目していた。
普段は記憶自体を封印しておき、SQL文に見立てた検索を行うことで、必要な情報だけを抽出する。その手法を身に付けられたからこそ、朔夜は『
「――……駄目だ、新しい
それでも、朔夜の記憶から必要な手掛かりは出てこなかったらしい。つまり、今までこの町で生きてきた中で、その情報に触れる機会がなかったということだ。
「逆に言えば……月偉の持ち出した荷物が
「……少なくとも、私達の手元にある可能性はそれだけだな」
ゆっくりと目を開けた朔夜は勇太にそう答えてから、睦月へと振り返ってきた。
「睦月、お前たしか……月偉が
「……すぐに思いつく方法は、三つ」
指を三本立て、睦月は答えた。
「一つ、創かそれ以外の奴が、変装して面会しに行く」
「身分証だけでも金が掛かりそうだな……勇太、出せるか?」
「……それ、ついこの前
ついでに言うと、朔夜もまた、『
「他に手がなければ、前科ばれる覚悟で本名晒すか……
「二つ、
しかし、睦月はあまりいい顔をしなかった。
現時点での月偉の周囲には、刑務官を除けばそのほとんどが事件の被害者か、担当した警察関係のどちらかだ。『
「どっちにしろ、
「ある意味運がいいのか悪いのか、分からないけど……」
むしろ、それが本命だがあまり使いたくはないとばかりに、睦月は朔夜と勇太にそれぞれ目配せしてから、その提案を口にした。
「……
その提案に、真っ先に口を開いたのは……朔夜ではなかった。
「もし、最後の案を選ぶなら……俺は
勇太は
「その件は
「助かる……一先ず、
一度、朔夜の方に指を振ってから、睦月は静かに立ち上がった。
「用事も兼ねて、俺の家で話してくる。何かあれば連絡して、姫香達の方へ合流するが……お前はどうするんだ?」
「……もう少し、ここに残っていく」
睦月の言葉と共に立ち上がる朔夜とは違い、勇太は地面に腰掛けたまま、校舎に視線を向けている。
「手掛かりはもう残ってない、とは思うが……ちょっと気になることがあってな」
「そうか。じゃあ……何もなければ、家で待ってるよ」
勇太に見送られながら、睦月は朔夜と共に……かつて住んでいた家へと歩き出した。
……サンタクロースはいない。その正体は親だ。
誰かが幻想を抱かせても、また別の誰かがそれを否定する。もっとも、この町ではクリスマス自体、ただはしゃいで
「昔はさ、そもそも
「なんとなく……そんな気はしてたよ」
校舎から家まで、通学路自体は長くない。しかも、
「だから小学校に入学した時なんて、驚いたもんだよ……いきなり
「だろうな……」
朔夜と弥生は、一時的に店を閉めてきた和音と
睦月の認識としては、精々、寝床が別の家に変わった位だろうか。
「数年で慣れたのは、意外だったけどな……」
「どうせ、思春期特有の照れとかだろ? 何せお前、おじさんが
思わず振り返る睦月に、朔夜は咥え煙草のまま煙に巻こうとしてか、そっぽを向いた。
「……昔、おじさんが楽しそうにばらしてくれたぞ?」
「あの親父、本当余計なことしか言わねえな!」
適当に声高で叫んで誤魔化すものの、当の朔夜は気にせず、吸殻を携帯灰皿に仕舞っていた。
「でも丁度良かっただろ。私はともかく、弥生は結構早かったんだよ……初潮が」
「そういう生々しい話はあまりしないでくれ……」
女性の生理の話なんて、男の視点からすればあまり聞きたいものではない。体調を気遣う以外の理由で聞きたがるのは精々、妊娠を気にする女性蔑視の色欲魔か、月経時の排出物に反応する変態様だけだ。
少なくとも、睦月は積極的に聞きたいとは思っていないし、姫香が設置したサニタリーボックスを片付ける時も、中身だけゴミ袋に放り込んでいた。
ちなみに……サニタリーボックス内の処分を初めて言いつけられた時の睦月は、中身が見えない紙袋とかに入れずにそのまま燃えるゴミ袋の中に入れようとして、姫香にぶん殴られたことがあった。
「
「だから仕方なく、婆さんと暮らしてたんだよ。私がさっさと料理覚えたから、早い段階で二人暮らしできたけどな」
「とか言いつつ、ほぼ毎日
「
家を出て数ヶ月、何度も降った雨によって、かつて睦月が刻んだタイヤ痕は跡形もなく、消え去っている。
そのまっさらな敷地に、自ら足跡を付けながら……睦月は朔夜を伴って、家の鍵を
――ガチャ
「誤魔化す気ないのかよ、あのクソ親父……」
あの時は睦月も秀吉も、二人してバラバラに逃げ出していた。鍵どころか、戸を閉める暇すらなかっただろう。それがきっちり施錠してあるのだから、明らかに『一度戻って来て、しっかり戸締まりしました』と言ってるようなものだ。
「……とは言っても、やっぱり誰も居ないみたいだな」
「そもそも、中に入る必要あるのか?」
さすがに埃が酷く、朔夜も顔を顰めているので睦月は中に入るのを断念し、再び玄関の戸を閉めた。
――ガチャ
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