100 Homecoming(その1)
あの『
――キィ……バタン!
「待たせたか?」
「いや……時間通りだ」
仕事用の車は未だ、銃撃された跡を応急修理と塗装で誤魔化し、破損したタイヤを予備に交換したままの状態だ。本来であれば
「で、朔はもう来てるのか?」
「少し前にな……あそこで一服してる」
その言葉通り、朔夜は少し離れた風下で携帯灰皿片手に、紫煙を燻らせている。その様子を確認してから、睦月は改めて車を背に腰掛けている勇太と、その隣で護衛のように立つ理沙へと向き合った。
「お互い、面倒臭いことに巻き込まれたもんだな……」
「……いや、俺はちょっと気になってたし、丁度良かったよ」
(本当、見かけによらず心配症だな……この筋肉達磨)
本来であれば、すでに人が出払っている地元に戻ってくる理由は、睦月達にはない。それどころか、半ば演技かもしれないとはいえ、公安警察が乗り込んできた場所でもある。
理由は何であれ、元が犯罪者達の
呼び寄せた秀吉本人が、すでに情報を売っている可能性も否定できないが、それを鵜呑みにする程、公安警察も甘くないだろう。むしろ『売り損ねた』情報を探る為に、捜査官を送り込んでいてもおかしくはなかった。
(……ま、それは俺も同じか)
実家に荷物を残すへまはしていないとは思うものの、少しでも取りこぼしがあるならば、この機会に回収した方が良い。
それに……来ざるを得ない理由があった。
「しかし
携帯灰皿に吸殻を押し付けながら、朔夜が二人の話に割り込んできた。
「にしても……何でこの面子だよ?」
「ま、必要最
睦月の疑問に、朔夜は携帯灰皿の蓋を閉じてから答えてくる。
「痕跡を探れる『
「資料を見たことがあるのは、お前もだろうが……」
理解はできても納得ができない。
そもそも連絡自体、前回のマガリから一日も経たない内に送られてきた。それどころか、睦月の仕事用のメールボックスに
勇太と朔夜の連絡先にも、一言一句同じ物が残されていたらしい。
ご丁寧に日時と集合場所まで指定され、しかも
だからこそ……睦月は理解していても、納得ができなかった。
「というか、俺達がわざわざ集まる必要あるか?
「
軽く睦月の肩を押し、朔夜は隠れ里の方を指差した。
「ほら、早く
「……あい、よ」
先へと進む朔夜に、ようやく腰を持ち上げる勇太。その間に立ち、
「姫香、お前はどうする?」
睦月からの問い掛けに、姫香は右手の指を鉤の字に揃え、その背に自らの顎を乗せてきた。
「【待つ】」
「そうか……じゃあ、ちょっと行ってくる」
姫香と、車の近くから動かない理沙の視線を背に……睦月達三人は、故郷へと足を進めた。
「覚えてるか? 俺達が初めて会った日のことを」
「正確には、俺達と
物心ついた頃から、睦月の隣には弥生と朔夜の二人が居た。
姉だの妹だの、兄だの弟だのといった感情よりも早く、
「お前がいきなり上級生に喧嘩売って、面白がった
「あれは
少し先行していた朔夜だったが、話に混ざる為にか、足を少し緩めて来た。
「やったらやり返される。そこに年齢も能力も関係ない……それが未だに分かってなかったから、あんな簡単に追い出されたんだろうが」
そもそも、上級生の数は言う程多かったわけではない。それどころか、『最期の世代』十二人よりも少なかった。本来であれば、年齢による実力差で取り押さえられてもおかしくなかったのだが……相手が悪過ぎたのだ。
「まさか……その時の連中を疑ってんのか?」
「可能性の一つとして、考えてみた。中には家族ごと、
「少し、微妙だな……」
勇太の推理に、直接『
「……あいつ、恨みで動いているような印象はなかったぞ。むしろ、他人を玩具にして楽しんでやがった。例の……
出会った本人が、そう言っているのだ。少なくとも、『
「今回はただの実験、だろうな……本気で恨んでたならさっさと、人海戦術で
「指差すな、こら」
親指で自らを指してくる朔夜を軽く睨み付けた睦月は、数歩先を苛立たし気に歩いた。
「何にせよ、奴がこの
「そん時の上級生連中だったら、話は楽なんだけどな……」
廃屋と化した戸建て、打ち捨てられて雑草だらけの農耕区域。
そして拓けた……かつては缶蹴りや
「…………着いたな」
睦月の言葉を合図に三人とも、同時に銃を抜いた。
今、誰かが隠れているとは限らない。それでも、警戒するに越したことはなかった。
警戒し過ぎるということは、周囲に気を配り
……だからこそ、気付けることもある。
「精々数ヶ月……半年以内なら確実に、誰かが入ってるな」
「お前か? 睦月」
「いや……姫香が家に来た頃から、
肩に掛けたショットガンではなく、
睦月と朔夜もまた、周囲を警戒しつつも、何か変化がないかと視線を巡らせていく。
「その少し後に、廃村話が上がって諸々忙しかったからな。そもそも来る時間すらなかった」
「おまけに公安警察、ってわけでもなさそうだ」
空いた手を床に当てていた勇太は静かに立ち上がり、睦月達に先へ行こうと促してくる。
「鑑識が来たにしては積もり方が雑だし、複数人が周囲を探った形跡はない……単独犯、例の『
「つまり……一人が無造作に、
ただでさえ、最後まで通っていたのは睦月だけだったのだ。
だから、通っている内は自主的に掃除もしていたが……逆に言えば、通わなくなってからは、睦月が手を入れたことはない。その結果が、勇太の目利きに信憑性を与えていた。
「実際、図書室に向かってるっぽいな。いや……足跡が
「それでピンポイントで、あの資料を見つけたと?」
「そりゃ、書籍じゃなくて紙束だからな……誰かの仕事に関係していたら儲けもの、とでも思ったんじゃないか?」
警戒心を無くさないにしても多少の緊張感を緩める為、三人が少し気さくに話している内に、目的の場所へといつの間にか着いていた。
「戸は、開けっ放し……本棚も、いくつか倒れてる」
「適当にはしゃいでた、ってところか? ふざけやがって……」
そのまま図書室に入っても良かったが、
「ちょっと、どいてろ……」
だから、勇太と朔夜は位置を交替した。
「ん~…………」
指で眼鏡のツルを押し、図書室内を見渡していく朔夜。
元来、『鍵師』の領分は解錠と錠前の修理だが、その上で必要なのは観察力と推理力。
観察して仕組みを理解し、その上で推理して原因を究明する。『掃除屋』の勇太が業務中に培ってきた経験とは違い、朔夜が『鍵師』になる過程で身に付けた能力が、その二つだった。ゆえに、能力の厚みが違う。
「…………『全部暴いてやる』」
だから、
「まず一つ、本の山で隠れているが対人地雷……多分、
「厄介だな……」
跳躍地雷とは、
「二つ、三つ……
「……ただの嫌がらせ、ってことか?」
「証拠を消すなら、焼夷弾一発で済むだろ。こんなボロ校舎」
「それもそうか……」
かつての学び舎も、今では人気のない廃墟と化している。一度見回した睦月は、特に何かを想うこともなく、勇太に視線を向けた。
「地雷から、痕跡を辿れそうか?」
「……難しい、と思うぞ」
『掃除屋』の仕事として、地雷の撤去も
「地雷が『悪魔の兵器』って呼ばれてる理由の一つは、半永久的に設置できる残存性だ。用途が限られる
「となると……やっぱり、入るしかないか」
煙草に火を点けないまま、まず朔夜が図書室へと入って行く。
「私が歩いた道以外は、絶対に入るなよ」
「地雷の解除は?」
「朔夜の言う通り
真っ先に解除、地雷の無効化を提案する睦月に、勇太はかえって危険だと警告した。
「本の山に埋もれてる、って言うならもう、すでにスイッチが入ってる状態のはずだ。下手に動かす方が、かえって
「無駄口叩くな……着いたぞ」
目的の本棚へと到着した朔夜は、続いてきた
「睦月……いいかげん、許してやれよ」
「女が
いまさら気にしても仕方がない、とでも思っているのか、頭一つ分以上飛びぬけている勇太は何も言わずゆっくりと、視線を目的の場所へと向けていた。
「……あの
本棚自体は無事だが……一番下の段の、その隅には
「この辺りに
「分かった。ちょっと待ってろ……」
朔夜と入れ替わりに、勇太が目的の本棚へと近付いていく。傍に立った姉は背を向けているが、睦月は視界から外すことはしなかった。
「お前の意固地も、いいかげん何とかしないとな……」
「……無茶言うなって」
「そういう
話し声は勇太の耳にも入っているはずだが、特に気にせず……
「…………嘘だろ」
……いや、気にする余裕はなさそうだった。
「どうした? 勇太」
「積もり方が
本棚の空いた場所に指を這わせ、さらに深く調べようとする勇太に、睦月
「一、二ヶ月……長くとも三ヶ月以内に回収されている。細工された様子もないから、まず間違いないだろう」
「ということは、この前の
だが……そこで睦月は、別の考えが頭に浮かんだ。
「いや、もしかして……公安の中に居るのか? 『
「もしくは……情報を引き出せる立場に居るか手段を持ってるか、だな」
「どこの新世界の神様だよ……」
現場百遍、と言う言葉がある。
たとえ百回繰り返そうとも現場を訪れ、事件解決の糸口を探る言葉だ。そして、何かを見直すという行為は、単純な
――この世に、完璧な人間は存在しない。
だから少しでも、どんな状況でも
だからこそ、
少なくとも……『
「下手したら……
おそらくは無意識だろう。誰かが……もしかしたら、睦月自身が、不穏な雰囲気を醸し出すこの場に言葉を落としてしまったのは。
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