091 案件No.006_旅行バスの運転代行(その5)
(一番楽観的な可能性は、タイヤには偶々当たっただけ……それでも、車に当ててきた時点で最悪ね)
対人用の
しかし、弱点もある。
なので、
それに……問題は姫香達だけではない。
(あまり時間を掛け過ぎると、それだけ睦月が危なくなる……)
残された手段で一番手っ取り早いのは、
(銃声と着弾の音から逆算した限り、そこまで離れてるとは思えない。初弾から位置を変えてなければ、すぐに見つけられる距離に居るはずだけど……問題は、
スコープの中には、銃身に取り付けられるマウントレールに差し込めば、すぐに狙撃できるものもある。だが、事前に銃器の癖を把握していても、発射時の環境を考慮しなければ、初弾で当てることは難しい。
(適当に撃って把握して、済んだ後すぐに
手の甲で車体を軽く叩いた後、姫香は唇に指を当てて考えた。
目視できるぎりぎりの物体に銃弾を撃ち込んで
だからこそ、この状況を打開するのに一番手っ取り早いのは……
「……姫香さん」
姫香が振り向くと、声を発した由希奈は何故か、足を伸ばしていた。
「睦月さんの居る場所を、教えて下さい」
その動きはさながら……陸上競技の
(急いで来たから、スニーカーだったのは逆に良かったかも……)
向こうに
いや……自分にもできることを考えた結果、身体は自然と動いていた。
(できれば立って
どうしても、すぐに動き出したくて仕方がなかった。
これは現実だと理解しているし、睦月達が撃ち合っていた現場近くに居たこともある。
「……姫香さん」
恐怖の感情は、たしかに芽生えていた。
「睦月さんの居る場所を、教えて下さい」
しかし、由希奈はそれ以上に、今すぐにでも睦月の傍へと駆け出したかった。
「私が睦月さんに…………銃を、届けます」
それが最良だと
(本当、厄介なんだから……)
発達障害者の思考は、一つのことに集中しやすくなる分、どうしても視野が狭くなりがちになる。その正誤を断ずることは難しいが、少なくとも、この状況では十分に
「一瞬でも立ち止まったら……死ぬわよ。それは分かってる?」
「それは、つまり……立ち止まらなければ大丈夫、なんですよね?」
「……あくまで
下手にジッとするよりも、動き回っていた方が当たり難いのは
しかし、だからといって……当たらない保証は、どこにもない。
「あんたにそんな度胸……あるの?」
死ぬかもしれない恐怖。それは誰であろうと、簡単に抗えるものではない。
「ありません、ただ……」
だが逆に、視野の狭さが功を奏しているのか……姫香の眼には、由希奈が走る
「……今はただ、
姫香から見て、由希奈の眼に迷いがあるようには見られなかった。本当に、ただ走ることしか考えていない……その覚悟が窺える。
……だから姫香も、覚悟を決めた。
「最後に、睦月を確認した位置は……この山道を真っ直ぐ進んだ先よ」
構えていた
「面倒な作戦はなし。あんたはただ走れば良い……
「ありがとうございます……」
(むしろ、怨み言の方がありがたいわよ……
もう集中状態に入りかけている由希奈に、姫香は簡単に流れを説明した。
「私が次に撃った時が、
「はい……」
交通事故の影響は、
むしろ……今、走り出さなければ、
だから、今の由希奈に……迷いは一切なかった。
「……走れます」
「分かった……」
軽く息を吐くと、姫香もまた由希奈と同様に、
「……じゃあ、任せたわよ」
わざと音を立てるようにして、姫香が
――ジャガッ!
「分かり、ました……」
軽く息を吐き、由希奈は呼吸を整えていく。
……陸上を始めた理由は、ただ
会話も、思考も、感情も合わない人達と関わらなくて済む。やるべきことさえやれば誰も文句は言わず、団体競技さえ選ばなければ一人だけの世界に居られる。
別に、
それだけで人は寄ってこない。『その他大勢』に埋もれて、一人になれる……誰とも拗れることなく、生きることができる。
それも結局は……両親と共に、全て台無しになってしまったが。
家族を失い、走れなくなり、自身の障害特性を知ることになり、散々だと思っていた人生の渦中だった。
……彼に、荻野睦月に出会ったのは。
(思い出せ……昔の、陸上をしていた時の感覚を)
第一印象として、人付き合いが苦手そうだと、何となく思っていた。
周囲がどう見るかは分からないが……少なくとも、ただ声を上げる
『私にとっての『いい人』の定義は、『
最初は疑問に思い、他の人とは変わっていると感じていた。
『自分がまともだと
その言葉を聞いて、由希奈は睦月の考えが、何となくだが理解できた。
(この人の世界には、『自分』と『他人』しかいないんだ……)
自分以外の別の人間、その全ては他人でしかない。ただ付き合いやすいかそうでないか、かつての青年の言葉を聞き……
それが理由で生まれたにも関わらず、『多様性を受け入れる』なんて
己が未熟さで、社会を知らないだけならまだいい。だが、それを知っているはずの人間達が、何故か先頭に立っているのがこの世界だ。
いくら『発達障害は個性』だと言おうとも、受け入れられる者は
けれども、たとえ受け入れられなくとも……由希奈はただ、睦月の下へと駆け付けたかった。
(睦月さんが居た方が、都合がいいから? 私自身、生きることがどうでもいいと思えるから? きっと、どっちも違う……)
睦月の、あの『運び屋』の青年の言葉を借りるのであれば……おそらくは、
同じ
(だから、私はきっと…………知りたいんだ)
その生き様を知ることができれば、きっと……
睦月の鞄は普段、邪魔にならないように収納式のベルトがいくつも仕込まれていた。肩掛けから腰巻。それこそ、たすき掛けにもできる程の長さを出すこともできる。
由希奈は睦月の鞄をたすき掛けにし、絶対に落とさないようにしてから地面と水平に、ゆっくりと全身を倒していく。
(
これは
(大丈夫……いつも通り、ただまっすぐ走ればいい)
脳裏に思い描くのは、陸上での短距離走。
(
ゆっくりと、腰が上がる。後は
ただ、走ることに集中して駆ける
後は、頭が
――ダァン!
そして、
(よし……しびれを切らしたなっ!)
ようやく準備ができたのだろう。一発の
犯罪に手を染めようと決意した時、偶々出会った『
(……なら、とことんやってやる)
口径は迫撃砲に劣ろうとも、その威力は本物だ。当たりさえすれば、たとえ急所でなくとも致命傷足り得る。だからとにかく、
(また、狙えばいい。動きが愚直で単純な分……射線とタイミングだけで、簡単に当てられる)
そう考えて
(タイミングを合わせて……
「見た感じ良い女なのに、もったいねぇな……っと!」
……撃ち込む!
――ドガァ、ン!
先程の
――ダァン!
そこから放たれた
しかし、その銃弾は当たることなく……彼女の
「チッ! 外し、」
――ダァン!
「た、か……」
まだ、他にも敵がいる。たとえ熱くなろうとも、その意識だけは欠かしていない。
だから、遮蔽物から身を乗り出したのは、
けれども、その
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