092 案件No.006_旅行バスの運転代行(その6)
……
(まったく、面倒臭い……)
(二、三……五人か、結構集まってたみたいね)
由希奈を先に行かせたのは、結果的に正解だったらしい。もし残っていたら足手纏いは確実、良くて盾にしかならなかっただろう。
(むしろ囮も兼ねて、睦月に銃を届けさせたのは最善手だったか……
肩に
「馬鹿な女だ。
「おまけに撃った後すぐに移動せず
(こっちだって、
不運にも、先程由希奈に向けて放たれた
(それなのに、
自分が選んだ男を狙っている女を助けたことに、姫香の苛立ちは徐々に高まっていく。
「まあいい。お前、俺のおん、」
――ダァン!
「ぐだぐだぐだぐだ……いいからもう、黙っててくれない?」
次弾を撃つ為には、再度
「こっちはさっさと、先に行きたいのよ……」
なにせ、追手を食い止める意味も兼ねているとはいえ、
「……やる気がないなら、さっさと視界から消えてくれる? 本気で時間の無駄だから」
……手頃な
睦月達が登り入った山の麓を待ち合わせ場所にして、勇太は理沙と合流した。
居場所を把握してすぐ荒事になると考えたので、秋濱は夏堀の家に置いてきた。そして武器を調達する為に一度、
「いつものやつは持ってきてるなっ!?」
「ああ。これでいいか?」
数台の車と乗れるだけの部下を引き連れた理沙は、荷台からサバイバルゲーム用のガンケースを一つ取り出した。しかし、中身は全て本物の銃器である。
理沙からケースを受け取った勇太はすぐに開け、中に仕舞われていたショットガンを取り出し、手早く動作確認を始めた。
「しかし社長、派手にやるのはまずいんじゃあ……」
「
理沙が連れて来た部下の一人が、勇太にそう進言してくる。
実際、その男の言う通りだった。すでに爆弾騒ぎがあったとはいえ、その上銃撃戦まで始めてしまえば、いくら隠蔽しようとも誤魔化しが効かなくなる。せめて
だが勇太は、あえていつも通りの銃器を用意させた。すでに睦月が山奥に向かっていることを把握し、なおかつこれからの荒事に備える為に。
「この山は昔、地元の連中が
睦月の運転していたバスの痕跡を見つけて、すでに奥へと向かったことは分かっている。しかももう数台、乗用車のものだろう轍が地面に刻まれていた。いつ戦闘が始まってもおかしくはない状況だが未だ、山は静寂に満ちている。
「おまけに防風林だらけで銃声も遮られるから、奥に入っちまえばやりたい放題だ。完全にやる気だって、言ってるようなもんだろうが」
そう言いつつも、勇太は自らの言葉に疑問を持っていた。
(その、はずなんだけどな……)
しかし、妙な流れになったものだと、勇太は銃身の下部にあるローディングポートから
(この場所を知っているのは地元の連中か、その関係者だけだ。それを分かっててわざと……いや、もしかして睦月が、自分から?)
そうなるとますます、状況が読めなくなる。
睦月がこの場所を選んだと考えれば、相手が地元関係の人間でない限りは納得できるが……あの『運び屋』が理由もなく、ここまで移動してくるとは思えない。
(あの睦月が、何の目的もなくこの場所を選ぶとは思えない。『
少なくとも、できないことはできないと判断できる程度には、あの昔馴染みも経験を積んできている。つまり、相手の方から指定されたか……わざと選ばさせられたか、だ。
この人気のない……銃撃戦も可能となる山奥を。
(相手にあえて、有利な状況を与えるなんて……)
以前は……いや、今でも勇太は、睦月と
(まさか……睦月のやり口を知った上で、逆手に取ったのか?)
その時の為に、わざと睦月に有利な状況を作って、罠に嵌める戦術を考えたこともあった。だが、それには重大な欠点がある。
あえて自分が不利な状況から、戦わなくてはならないのだ。自らの首を絞めるような行為に手を染める等、通常の感性ではまず選ばない。
(相手の土俵で戦うなんて、そのまま返り討ちに遭うだけだ。それこそ絶対的な実力差か、
どこか、薄ら寒いものを感じた勇太は、急いで睦月達を追い駆けようと全員に、再度乗車を命じた。
「急いで追い駆けるぞ! 間に合うならいいが、下手したら全滅
「
常人よりも発達した聴力を持つ理沙は車に乗り込む前に、
「……すでに始まっている」
死中に活を求める、言葉としては単純だが、そう簡単な話ではない。
たとえ、死の瀬戸際であろうとも、苦境から諦めずに生き残る道を探ることは状況的に苦しく、精神的にも多大な負荷を掛けてくる。その僅かな可能性すら、肉体的な限界で潰えてしまうかもしれない。
そして時に、人は『逃げる』ことも『負ける』ことも、簡単に許されないことがある。負ければもちろん物理的に死に、逃げれば自己嫌悪によって精神的に死ぬか、信用を無くして社会的に死んでしまうこともある。次の状況へ繋げる為の『撤退』も、僅かに生き残れる可能性を求めて『逃亡』することも、簡単に許されない時がある。
だから人は、時に自らの命を賭けられるのだ。
逃げても負けても、等しく死しか待っていないのであれば、生き残る為にあえて前進し、勝利を目指して足掻く。その合理的判断を精神論と綺麗事で塗り固めて広められたのが、かつて『武士道』と呼ばれていた思想の正体だ。
目的の為に、死の瀬戸際だろうとあえて困難に立ち向かう。中には生命以外の、自らが望むものを得る為に命を賭けることがある。
かつて、姫香が理沙に追い詰められたのも、それが理由だった。
怒りの感情で昂らせられ、一番
『っ!?』
しかも、理性の箍が外れているかどうかでも、精神的な差が出てしまった。
感情的で武器もない状況、そして攻撃的な精神状態しか残っていないのであれば、残るは徒手空拳のみ。そして、同じ内容の訓練を受けていたのであれば技も、歩法も、体捌きや呼吸の仕方も、その全てが手に取るように分かる。
『これでっ!』
だからこそ、未だに『道具』の感覚が抜け切れていなかった頃の姫香と、すでに『
五分の状況で、最後に天秤が傾いたのは理沙。
『かて……っ!?』
それで、勝てるはずだった。
……止めを刺すその直前に、『
だからこそ、姫香は急いでいた。
「まっ、待て、」
――ダァン!
(これで三人、ようやく半分か……)
今の発砲で
いや、そんな必要はなかった。
「これ以上抵抗する、」
――ドゴッ!
「ながっ!?」
四人目も、
――ジャガッ! ダダダダッ!
「ごご、ごっ!?」
左手の袖に仕込んだ
叩き付けた勢いのまま手放したので、
「マジ、かよ……」
(ああ、疲れる……)
最後の相手を目の前にしても、姫香は左手で口元を覆い、余裕を見せつけた。その表情に、一切の疲労を浮かべることもなく。
残る一人も男だった。いや、女が一人もいなかったというのが正しいか。最初に狙撃した
(大方、食い扶持に困ってた男連中を雇った、ってところか……)
良くも悪くも、女は犯罪者に堕ちる前に、食い扶持を稼ぐ手段がある。しかし、男がそれを得るには、ほんの一握りの『恵まれた立場』に転がり込まなければならない。だからこそ、野垂れ死ぬか犯罪者になろうとする者が、後を絶たなかった。
そして今、姫香の目の前に居る男の手には、
(やっぱり、.327口径の
新し過ぎる上、そこまで大きなメリットのない口径を選んで配る理由が未だに分からない。それに、最初の
(大丈夫、もう
左手の
「――――」
「?」
そう……最初は思っていた。
だが最後の、昔は染めていた名残の残る長髪の男は何かを呟き出した途端、様子が変わった。
(素人じゃない……いや、違う!)
まるで
実際、姫香は最小限の体捌きだけで、簡単に躱すことができた。
「一体何なのよ……」
薬を打った様子はない。事前に歯に仕込んでおき、何かを飲み込んだ気配すらなかった。ただ一言、何かを呟いただけで……いや、違う。
(まさか、
身体の一部が不調をきたし……やがて、
(こんな時にっ!?)
別に、緘黙症が発症したからと言って、急に弱くなるわけではない。だが
発症して一部の器官に異変をきたす。その瞬間は、まともに動くことができなくなる。そこを狙われてしまえば、いくら姫香でも反応しきれる保証がない。
自らの
後は、相手が再び襲い掛かる前に動ければ回避もできるし、右手の
先手を打つ。それが姫香の勝利条件だが……
――ダァン!
……結局は、後手に回ってしまった。
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