089 案件No.006_旅行バスの運転代行(その3)
一度……状況を整理しよう。
『
夜明け前に帰宅する予定だったが、突如、運転していた勇太のスマホに
しかし、幸か不幸か、停車した場所が丁度『ブギーマン』の端末の一人として働く女性、夏堀恵の家の近くということもあり、一度移動して訪ね、予備のスマホを借りてどうにか連絡を付けられた勇太。その時、
けれども、真実は違う。
本来であれば強盗事件として処理するところだが、理沙の発砲と強盗の爆発物により、
そして、話はまだ終わっていない。未だに
謎の襲撃者に、未だに続く情報封鎖。果たして犯人は一体――
「……人ん家で何、勝手にテレビ見てんのよ?」
「いや、他にやることなくて……」
キッチンを借りてコーヒーを淹れた後、手持ち無沙汰となった秋濱は夏堀の家のテレビを(無断で)点け、
――ガチャッ
「また邪魔する、……どうした?」
「知らないわよ」
どうにか『ブギーマン』の大元に連絡を付けた夏堀がマグカップのコーヒーを飲んでいる中、ソファの傍で膝を抱えて蹲っている秋濱を見て、帰ってきた勇太は疑問に首を傾げていた。
「……で、どういうことよ?」
「私も、お姉ちゃんから
急いで服を着た姫香はマンションを後にし、
「銃を持った男性に、バスジャックされたんです。でも睦月さんが犯人と交渉してくれて、乗客は
「何だ、ただのバスジャックか……」
下らない。姫香は最初、本気でそう思った。
その程度の状況ならば、睦月は何度も経験していた。そして、あの
「……ま、話は分かったわ。一応追い駆けてみるけど、多分無駄だと思うわよ」
一度スマホを取り出し、睦月の位置情報を確認する姫香。
「心配な気持ちは分かるけど、
何気なく、呟いた言葉だったが……
「いえ……睦月さんから『電話する』よう、指示があったらしいんです」
その返事が、姫香の意識を強引に切り替えさせた。
「……どういうこと?」
そこでようやく、姫香はバスジャックの詳細を由希奈に尋ねた。
――ダァ……ン!
『全員動くなっ!』
一発の炸裂音、銃声が車内を支配した。
聞こえてくる悲鳴も怒号も、向けられる銃口の前に掻き消されてしまう。入り口近くの添乗員席から立ち上がろうとした菜水だったが、目の前の運転席に腰掛けていた睦月に視線で制止され、その場に留まった。
『悪いが行き先変更だ。運転手!』
『…………』
今のところは行き先の指示もないので、睦月は予定通りの経路を辿っていた。下手に停車するのも事故に繋がり、かつ犯人が倒れた拍子に暴発する危険がある以上、そのまま動かし続けるしかないからだ。
『言うことを聞いて貰うぞ。いいな!?』
『……私以外の乗客と添乗員、全員を降ろしていただけるなら』
銃口を向けられても、睦月は運転を止めることはなかった。
『人質だ。必よ、』
『この
あえて口調を普段使いに戻して遮った睦月は、ミラー越しに犯人を見ながらそう答えていた。
『
それが分かっているからこそ、睦月は交渉しているのだと、落ち着きを取り戻してきた菜水はようやく状況を把握できた。
『俺が不意討ち狙いで車を急停車させないのも、それが理由だ。乗客
『僕は身体中に、爆弾を巻き付けてある。他に武器があるとは、考えないんだ、』
『そんな暇は与えない』
犯人に対して怯むことなく、睦月は相手の言葉を遮っていた。
『そうなった時点で、
車内ではもう、二人の会話
『それでも……やるか?』
下手に時間を掛ければ、余計な諍いが生まれる。それなら、
『はあ……分かった』
どうやら、交渉は成功したらしい。
『……ただし、降ろすのは次の非常駐車帯で。少しでももたついたら、威嚇も兼ねて撃ち殺す』
話はついた。
『分かった……馬込さん。すみませんが、後はお願いできますか?』
話が終わり、犯人が乗客の方を向いた隙に、睦月は菜水に話し掛けてきた。
『通信状況が悪くても、非常駐車帯なら電話も有るでしょうし……すみませんが
『分か、りました……ごめんなさい』
『……大丈夫ですよ。これ位』
その言葉通りなのだろう、睦月は名札代わりに貼り付けた
『だから……
ハザードランプを点灯させ、睦月はハンドルを切った。
「その後、お姉ちゃん達は荷物ごと降ろされて、すぐ私に電話してきたんです。もしかしたら、睦月さんに助けが必要なんじゃないか、って……」
「…………」
その話を聞き、姫香は一度
「あんた……この後、暇?」
「暇です!」
聞かれたことをそのまま返してしまいやすい、発達障害特有の反応を見せる由希奈。しかし、
「乗って。私が運転している間に、彩未に電話でも
「あ、はいっ!」
慌ててヘルメットを被り、
(
睦月が姫香に助けを求めたであろう、その原因について考えながら。
睦月が駆るバスの頭部は、日本列島の中央にある山間部を向いていた。
相手の
「そろそろ話せよ。お前は思想犯か? それとも……」
向けられた銃口、それが答えだった。
「……やっぱり俺か」
簡単に降ろされた荷物や乗客、念の為に睦月以外の運転手役を探そうともしない杜撰さ。いや……
「心当たりは……多すぎるな。誰に依頼された?」
「さあ? 『プランナー』と名乗ってはいたけど、依頼されたこと以外は何も……」
(『
睦月の乗るバスを襲ったことと、
(ただの鉄砲玉? 必要な情報しか求めない
……その答えが出る前に、指示された『人気のない場所』が、目の前まで迫っていた。
「予備の銃が
未だに繋がらない彩未に連絡を試みつつ、整備工場内で車の塗装を行っている由希奈(マスク着用)に対して、休憩室兼仮眠室から武器を出してきた姫香はそう話した。
「十九世紀の骨董品の中にもたしか、あったはずだけど……
「それが、一体……」
ただでさえ聞き慣れない銃弾の、その口径まで説明されても、由希奈にはピンとこないらしい。だから姫香は、7.62mm口径の
「.327口径の拳銃弾が市場に流れたのは
ただでさえ、銃の類が入手し難い国に、あまり流通していない口径の銃弾。睦月が姫香に連絡するように指示したのも、それが理由でまず間違いないだろう。
「そんな銃弾を手に入れられる誰かが裏で糸を引いていて、睦月はそれを警戒している。だから私に連絡してきたのよ……それより
「あ、えっと……すみませんまだですっ!」
元々時間が掛かる作業な上に、彩未への連絡をしながらなので、まだ三分の一程残っている。
「にしても……彩未の馬鹿には、まだ繋がらないの?」
「電話してはいるんですけれど、ずっと話し中みたいで……」
「
「あっ!?」
慣れない中のながら作業なので、由希奈の集中が時折途切れてしまっている。それを指摘しつつ、姫香は手を動かしながら考えた。
(あの彩未が……?)
たしかに、彩未は自他共に認める
(彩未の番号は、いざという時に捨てられるよう、
スプレー缶を床の上に置き、スマホを取り出した姫香はマスクを外しつつ、由希奈に声を掛けた。
「もう電話はいいから、スプレーだけお願い。足りなくなったら
「分かりました……」
指差された缶を見て頷く由希奈を確認した姫香は、自ら彩未の番号に電話を掛けた。
(本当に、通話中になってる。
……嫌な予感がした。
突然のバスジャックにあまり出回っていない口径の銃弾、そして『
――シュポッ!
(ん? …………っ!?)
メッセージアプリの通知を見た姫香は、内容を理解してすぐに警戒を高めた。
「姫香さん。終わりまし、」
「すぐ
塗装の為に貼っていたガラスやミラー部分の
(このタイミングで駄目押し、って……)
その時間をもどかしく思いつつ、姫香は作業を急いだ。
『さっき創から電話があったけど、何か、勇太の会社が爆破されたらしいよ。それで『ボクじゃないし心当たりもない』、って睦月に電話しようとしたんだけど繋がらなくてさ……もしかして、仕事中だった?』
暢気な口調でとんでもない話をぶっこんできた弥生に対して、姫香は内心舌打ちした。
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