089 案件No.006_旅行バスの運転代行(その3)

 一度……状況を整理しよう。

掃除屋鵜飼勇太』の個人インストラクター兼配達役使いパシリの副業も勤めているジムインストラクター(契約社員)こと、秋濱敏行は人手不足を理由に深夜バイトに誘われ、それを請けた。

 夜明け前に帰宅する予定だったが、突如、運転していた勇太のスマホに緊急信号エマージェンシーが届いた。一度停車し、折り返し電話を掛けようとしたが、その時点ですでに通信妨害を受け、秋濱共々連絡が取れなくなってしまう。

 しかし、幸か不幸か、停車した場所が丁度『ブギーマン』の端末の一人として働く女性、夏堀恵の家の近くということもあり、一度移動して訪ね、予備のスマホを借りてどうにか連絡を付けられた勇太。その時、情報収集・・・・に勤めていた秋濱はようやく、『掃除屋』の幽霊会社ダミーで爆破事故が起きたことを知った。

 けれども、真実は違う。緊急信号エマージェンシーを受信した時点で、幽霊会社ダミーはすでに強盗タタキを受けていた。そこに居合わせた勇太の義妹いもうと、理沙が迎撃したものの、相手は闇バイトで金目当てに集まった馬鹿共チンピラだけではなかった。

 本来であれば強盗事件として処理するところだが、理沙の発砲と強盗の爆発物により、事故・・として隠蔽工作を図る羽目に陥ってしまう。仕方なく勇太は一度秋濱と別れ、偽造の手配をしに『偽造屋』の下へと向かっていった。向こうもまた、緊急速報ニュースを見てすでに動いていたらしく、この近くで会えるらしい。

 そして、話はまだ終わっていない。未だに攻撃的なハッキングクラッキングを受け続け、『ブギーマン・ネットワーク』でしか連絡が取れない状況になっている。現時点では秋濱と勇太のスマホだけだが、他にも通信手段が断たれる者は出てくるだろう。

 謎の襲撃者に、未だに続く情報封鎖。果たして犯人は一体――




「……人ん家で何、勝手にテレビ見てんのよ?」

「いや、他にやることなくて……」

 キッチンを借りてコーヒーを淹れた後、手持ち無沙汰となった秋濱は夏堀の家のテレビを(無断で)点け、情報収集ニュースながらこれまでの出来事を思い返していた。できることが少ない人間は、このように余計なことをして、周囲から疎まれていくのだろうか……

 ――ガチャッ

「また邪魔する、……どうした?」

「知らないわよ」

 どうにか『ブギーマン』の大元に連絡を付けた夏堀がマグカップのコーヒーを飲んでいる中、ソファの傍で膝を抱えて蹲っている秋濱を見て、帰ってきた勇太は疑問に首を傾げていた。




「……で、どういうことよ?」

「私も、お姉ちゃんから電話で・・・聞いたんですけれど……」

 急いで服を着た姫香はマンションを後にし、側車付二輪車サイドカーに跨って自宅へと駆け付けた。そのアパートの前でスマホ片手に待っていた由希奈に対して、エンジンを掛けたまま話に耳を傾ける。

「銃を持った男性に、バスジャックされたんです。でも睦月さんが犯人と交渉してくれて、乗客は添乗員お姉ちゃん含めて皆、無事に降ろされました」

「何だ、ただのバスジャックか……」

 下らない。姫香は最初、本気でそう思った。

 その程度の状況ならば、睦月は何度も経験していた。そして、あの発達障害ASD持ちは初体験めてでなければ混乱せず、冷静に対処できる。実際、自分と犯人以外の人員を降ろした時点で、勝負はもう見えていた。

「……ま、話は分かったわ。一応追い駆けてみるけど、多分無駄だと思うわよ」

 一度スマホを取り出し、睦月の位置情報を確認する姫香。

「心配な気持ちは分かるけど、睦月から・・・・助けを求められないなら、別に……」

 何気なく、呟いた言葉だったが……


「いえ……睦月さんから『電話する』よう、指示があったらしいんです」


 その返事が、姫香の意識を強引に切り替えさせた。

「……どういうこと?」

 そこでようやく、姫香はバスジャックの詳細を由希奈に尋ねた。




 ――ダァ……ン!

『全員動くなっ!』

 一発の炸裂音、銃声が車内を支配した。

 聞こえてくる悲鳴も怒号も、向けられる銃口の前に掻き消されてしまう。入り口近くの添乗員席から立ち上がろうとした菜水だったが、目の前の運転席に腰掛けていた睦月に視線で制止され、その場に留まった。

『悪いが行き先変更だ。運転手!』

『…………』

 今のところは行き先の指示もないので、睦月は予定通りの経路を辿っていた。下手に停車するのも事故に繋がり、かつ犯人が倒れた拍子に暴発する危険がある以上、そのまま動かし続けるしかないからだ。

『言うことを聞いて貰うぞ。いいな!?』

『……私以外の乗客と添乗員、全員を降ろしていただけるなら』

 銃口を向けられても、睦月は運転を止めることはなかった。

『人質だ。必よ、』

『このは明らかに要らねえだろ』

 あえて口調を普段使いに戻して遮った睦月は、ミラー越しに犯人を見ながらそう答えていた。

連発の回転式拳銃リボルバーで、お前は何発撃った? 言っておくが……犠牲前提なら、素人でも人海戦術で取り押さえられるぞ』

 それが分かっているからこそ、睦月は交渉しているのだと、落ち着きを取り戻してきた菜水はようやく状況を把握できた。

『俺が不意討ち狙いで車を急停車させないのも、それが理由だ。乗客全員・・の安全を優先させた。その条件さえなければ、不利なのはどっちか……分かるよな?』

『僕は身体中に、爆弾を巻き付けてある。他に武器があるとは、考えないんだ、』

『そんな暇は与えない』

 犯人に対して怯むことなく、睦月は相手の言葉を遮っていた。

『そうなった時点で、犠牲を・・・覚悟する・・・・

 車内ではもう、二人の会話だけ・・が成り立っている。


『それでも……やるか?』


 下手に時間を掛ければ、余計な諍いが生まれる。それなら、確実に・・・対処できる裏社会の住人自分だけが残れば……と、睦月が考えていることは、さすがの菜水にも理解できた。

『はあ……分かった』

 どうやら、交渉は成功したらしい。

『……ただし、降ろすのは次の非常駐車帯で。少しでももたついたら、威嚇も兼ねて撃ち殺す』

 話はついた。

『分かった……馬込さん。すみませんが、後はお願いできますか?』

 話が終わり、犯人が乗客の方を向いた隙に、睦月は菜水に話し掛けてきた。

『通信状況が悪くても、非常駐車帯なら電話も有るでしょうし……すみませんが会社・・に連絡を入れて、代車を手配してください』

『分か、りました……ごめんなさい』

『……大丈夫ですよ。これ位』

 その言葉通りなのだろう、睦月は名札代わりに貼り付けた自分の名刺・・・・・を指差しながら、丁度見えてきた非常駐車帯に視線を向けていた。

『だから……電話だけは・・・・・、お願いしますね』

 ハザードランプを点灯させ、睦月はハンドルを切った。




「その後、お姉ちゃん達は荷物ごと降ろされて、すぐ私に電話してきたんです。もしかしたら、睦月さんに助けが必要なんじゃないか、って……」

「…………」

 その話を聞き、姫香は一度側車付二輪車サイドカーから降りて、側車カー側に入れたままになっているヘルメットを由希奈に差し出しつつ、聞く。

「あんた……この後、暇?」

「暇です!」

 聞かれたことをそのまま返してしまいやすい、発達障害特有の反応を見せる由希奈。しかし、手が・・空いて・・・さえ・・いれば・・・、姫香にとってはどうでも良かった。

「乗って。私が運転している間に、彩未に電話でもメッセージアプリメッセでもいいから、とにかく連絡を付けて」

「あ、はいっ!」

 慌ててヘルメットを被り、側車カー側へと乗り込む由希奈を見ながら、姫香は再度二輪車バイク側に跨った。

連発の回転式拳銃リボルバー……か)

 睦月が姫香に助けを求めたであろう、その原因について考えながら。




 睦月が駆るバスの頭部は、日本列島の中央にある山間部を向いていた。

 相手の指示通り・・・・に運転し続けた睦月は、座席側で忙しなく通路をうろついている犯人、雅人に声を掛けた。

「そろそろ話せよ。お前は思想犯か? それとも……」

 向けられた銃口、それが答えだった。

「……やっぱり俺か」

 簡単に降ろされた荷物や乗客、念の為に睦月以外の運転手役を探そうともしない杜撰さ。いや……すでに・・・知って・・・いた・・とすれば、無駄な工程を省いていたとも考えられる。

「心当たりは……多すぎるな。誰に依頼された?」

「さあ? 『プランナー』と名乗ってはいたけど、依頼されたこと以外は何も……」

(『立案者プランナー』、ねえ……)

 睦月の乗るバスを襲ったことと、連発の回転式拳銃リボルバーを構えていた時点で、黒幕が別に居ることは容易に想像できる。だが、それ以上の情報を知らないということは……

(ただの鉄砲玉? 必要な情報しか求めない玄人プロ? それとも……)

 ……その答えが出る前に、指示された『人気のない場所』が、目の前まで迫っていた。




「予備の銃が回転式拳銃リボルバーだから、睦月もすぐ気付いたんでしょうね……」

 未だに繋がらない彩未に連絡を試みつつ、整備工場内で車の塗装を行っている由希奈(マスク着用)に対して、休憩室兼仮眠室から武器を出してきた姫香はそう話した。

「十九世紀の骨董品の中にもたしか、あったはずだけど……この時代現代連発の回転式拳銃リボルバーなんて、特注品カスタムメイドでもない限り、使っている弾薬は.327(約8.3mm)口径のものだけよ」

「それが、一体……」

 ただでさえ聞き慣れない銃弾の、その口径まで説明されても、由希奈にはピンとこないらしい。だから姫香は、7.62mm口径の狙撃銃のライフル弾を弾倉に込めながら、苛立ち交じりに答えた。

「.327口径の拳銃弾が市場に流れたのは二十一世紀に・・・・・・入ってから・・・・・で、ここは反銃社会日本よ。金持ちの道楽でもない限り、裏社会バスジャック人が使うには……汎用性が低過ぎるのよ」

 ただでさえ、銃の類が入手し難い国に、あまり流通していない口径の銃弾。睦月が姫香に連絡するように指示したのも、それが理由でまず間違いないだろう。

「そんな銃弾を手に入れられる誰かが裏で糸を引いていて、睦月はそれを警戒している。だから私に連絡してきたのよ……それより塗装スプレーの方、終わったの?」

「あ、えっと……すみませんまだですっ!」

 元々時間が掛かる作業な上に、彩未への連絡をしながらなので、まだ三分の一程残っている。よく使う・・・・色で予備のスプレー缶があるからと、姫香は仕方なく新しいのを開け、マスクを着けながら由希奈の手が伸びていない部分に塗り付け出した。

「にしても……彩未の馬鹿には、まだ繋がらないの?」

「電話してはいるんですけれど、ずっと話し中みたいで……」

話し中・・・? ……手が止まってる」

「あっ!?」

 慣れない中のながら作業なので、由希奈の集中が時折途切れてしまっている。それを指摘しつつ、姫香は手を動かしながら考えた。

(あの彩未が……?)

 たしかに、彩未は自他共に認める対人依存症構ってちゃんなので、誰かと行動したがるのは分かる。だが電話は所詮、声だけの繋がりだ。テレビ通話を用いていたとしても、あの少女がそれだけ・・で我慢できるとは、とても思えない。

(彩未の番号は、いざという時に捨てられるよう、個人用プライベートも『ブギーマン・ネットワーク』のやつを使っている。それが通話話し中で繋がらない、ってことは……)

 スプレー缶を床の上に置き、スマホを取り出した姫香はマスクを外しつつ、由希奈に声を掛けた。

「もう電話はいいから、スプレーだけお願い。足りなくなったら床の上ここにあるやつ使うか、私に声掛けて」

「分かりました……」

 指差された缶を見て頷く由希奈を確認した姫香は、自ら彩未の番号に電話を掛けた。

(本当に、通話中になってる。設備の点検作業メンテナンスの話は特に聞いてないし……何かの問題トラブル?)

 ……嫌な予感がした。

 突然のバスジャックにあまり出回っていない口径の銃弾、そして『ブギーマン彩未』の音信不通と続けば、何かを疑うには十分だ。


 ――シュポッ!


(ん? …………っ!?)

 メッセージアプリの通知を見た姫香は、内容を理解してすぐに警戒を高めた。

「姫香さん。終わりまし、」

「すぐマスキングフィルムカバー剥いでっ!」

 塗装の為に貼っていたガラスやミラー部分の遮蔽用のマスキングフィルムを剥がさせながら、スマホを仕舞った姫香は車の中に武器を載せ始めた。途中で警察等に見つかるのも面倒なので、後部座席側に載せなければならない分時間が掛かる。

(このタイミングで駄目押し、って……)

 その時間をもどかしく思いつつ、姫香は作業を急いだ。


『さっき創から電話があったけど、何か、勇太の会社が爆破されたらしいよ。それで『ボクじゃないし心当たりもない』、って睦月に電話しようとしたんだけど繋がらなくてさ……もしかして、仕事中だった?』


 暢気な口調でとんでもない話をぶっこんできた弥生に対して、姫香は内心舌打ちした。

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