082 案件No.005_レースドライバー(Versus_Shakah)(その5)
――俺さ、
山間部の溜まり場からは離れた所にある、事前に人払いを済ませておいた道の駅。
夏鈴達キャバ嬢軍団は、すでに帰路についていた。ただ、
いつもの愛車を運転する睦月に追随する形で勇太の運転するトラックが続き、予定した通りに、人気のない道の駅に到着したのだった。
「なあ……万引き婆さんの駄菓子屋って、覚えてるか?」
「万引き婆さん? ……ああ、
停車したトラックの荷台の横、道路に腰掛けて
「あったな、そういや……『儂の眼を盗んで万引きできたら、タダでくれてやるよ!』ってほざいてた、あの婆さんだろ?」
軽い声真似をする睦月を見て、勇太は冷めた眼で告げてきた。
「睦月……お前、声真似下手だな」
「ほっとけ」
そもそも何で、そんな話題を振ってきたんだと思った睦月は、確認し終えた
「……で、あの婆さんがどうしたよ?」
すでに装填を終えたのか、ショットガンをトラックの荷台に立て掛けていた勇太は腕を組み、視線だけ睦月を見下ろしてくる。
「昔俺ん
「ああ……あったな、そんなこと」
懐かしい話だ、と睦月は少しだけ、過去に思いを馳せた。
「その後はさすがに
「とか言いつつ、しれっと
そんなどうでもいい話が一体何だというのか?
そう眼で訴える睦月に対して、勇太はどうでも良くないとばかりに、軽く首を鳴らしながら否定してきた。
「あの出来事があったから、俺は……
地元の人間達は将来、『最期の世代』が一人でも暴走し、自分達に牙を剥く可能性も考慮して対策を立てていた。それが、勇太の言う『
それぞれに、事前に弱点を仕込んでおき、いざとなれば
『
『
『
『最期の世代』
最強の犯罪者を生み出すということは、同時に『自分達をも超える敵』を生み出すということだ。万が一に備え、成熟した後で敵対してくる可能性も視野に入れなければならない。
それは睦月や勇太とて、例外ではない……はずだった。
「お前、
「金持ちの典型第一種、
「当たっちゃいるが……ちなみに第二種は?」
「
それだけ話していると、ふと睦月の脳裏に、過去の憧憬が流れ込んできた。
「そういえば、その頃からだったな……急に痩せようとして、お前が夢中で走りまくってたのは」
「そうそう、さすがに途中から
さすがに小学生の内は痩せられなかったが、中学時代の成長期に合わせて、脂肪が筋肉へと変わり始めていた。その為、中学を卒業するまでには勇太の四肢の筋肉も発達し、腹回りも改善されたのだった。
「まさか……あの
「これでも結構、誤魔化すの大変だったんだぜ……完全に金漬けにして、いざとなれば
「まあ、たしかに……あのまま何もしなかったら、確実に
「本当にやばかった……だから、
養子縁組自体、通常でも面倒な手続きが必要となるのに、さらには戸籍のない少女を引き取ったのだ。勇太は理沙を選んで
このままではまずいとでも思ったのか、勇太の実家は戸籍のない少女に『鵜飼理沙』という
……勇太の、
「まさか……あそこまで、俺の人生に喰い込むことになるとは、思わなかったけどな」
「ああ、そうだ。それで一つ、聞きたいんだけどさ……」
その時、睦月の脳裏には癖のあるミディアムヘアの少女の顔が浮かんでいた。
「……何で、
少なくともあの施設で、一番の好成績は姫香だったはずだ。しかも勇太の実家は金持ちで予算に制限があるとは思えず、おまけに睦月が秀吉に連れられて向かった際には、すでに上の世代は売られているか処分されていた。死体にも含まれていたかは、定かではないが。
いまさらな疑問を口にする睦月に対して、勇太はどこか照れ臭げに視線を泳がせ、後頭部を掻くとすごく
「……『妹』的な好みに、ドンピシャだったから」
「お前の好みかよ」
理由があまりにもしょうもなかったので、睦月はこのまま話を切ろうと思ったが、勇太が言葉を続けて妨害してくる。
仕方なく、睦月も耳を傾けるしかなかった。
「けど、結局は正解だったろ……
「…………」
ただし、耳を傾けるだけで、答えることはなかったが。
「たしかに、俺にとっちゃあもう
勇太の腕が持ち上がり、拳が強く握られていく。
「お互いに越えたい相手が別々にいて、その二人が一緒に居る。そういう意味では、最高の
「……
「いや……
異性であれ、完全に利害が一致しているからと組む者達も、少なからず居るものだが……ここまで好みがはっきりしている人間も珍しいなと、睦月は珍獣を見るような眼を勇太に向けた。
「そんなもんかね……」
「お前が節操なさ過ぎるんだよ……ま、それだけモテてる、ってことだろうけどな」
羨ましい限りだ、と勇太は肩を竦め、そう呟いてきた。
「しかし、絵美の時といい……お前、どうしてそんなにモテんだよ?」
「
ふと顎に手を当て、睦月はこれまでの女性遍歴を思い出す。
「よくよく考えたら……関わった
「……偶にお前が、ただ運が良いだけの野郎じゃないかって、錯覚しそうになるわ」
「実際、そんなもんだろ」
――パン!
「まぁた絵美に、『
「そんなものかね。というか……結局、何の話してたんだっけ?」
軽く叩かれた頭を撫でながら、睦月は
そして……立ち上がると、遠方に視線を向けた。
「俺が『
人払いをした道の駅に、近付いてくるエンジン音が複数。そこでようやく、勇太もまた、睦月の視界に入り込んだ
「……思ったより早かったな。創は、もう間に合わないか」
「このまま合流しない方がいいだろうな。『こっちに来るな』って、連絡を入れとくぞ」
勇太が視線を切ってショットガンのガンベルトを掴み、肩に背負おうとする中、睦月はスマホを取り出して創に連絡を入れる。
だが……まだ、銃口は向けない。
到着する車両群を出迎えながら、睦月達は背後のトラックから離れた。
目的の
「待ち伏せか……浅慮だな」
思わず、鼻で笑ってしまいそうになる。歪む口元ごと手で覆ったツァーカブは、感情を押し殺してから車を降りた。
「予想ではもう少し、手間が掛かるかと思っていたんだがな」
無言で迎えてくる『
「まあいい……
「……ああ、そうだ」
ショットガンに引っ掛けてあるガンベルトを肩に掛けた『
けれども、目の前の二人がどう足掻こうとも、こちらが一枚上手なのはたしかだ。
「両手を挙げたまま、そこでじっとしていろ」
「武器は捨てなくていいのか?」
そう『
「……その手には乗らん」
少しでも、武器に触れさせてはいけない。
この状態からでも逆転できる技能を彼等、『最期の世代』は全員習得している。それを
「お前達に
ここから半径1㎞圏内の
そして、圧倒的な戦力差。正直、
「安心しろ。私はお前達に恨み等ない。ただ……」
残りを見張らせたまま部下数名を引き連れ、ツァーカブはトラックの鍵部分に触れる。施錠されたままだが、いちいち開けさせるのも手間だと、適当に9mm口径の
――パンパンッ!
「……これは貰っていくがな」
「即鍵壊すとか、堪え性がないのかよ……」
おそらくは『
「これで……これでようやく、
それだけを胸に、ツァーカブは荷台に足を掛けた。
――パリンッ!
「……良い腕をしているな」
店の入口。その隙間から伸ばした小型の鏡を即座に狙撃された理沙は、特段驚くことはないとばかりに持ち手を回収し、閉鎖された扉に背を向けた。そのまま階段の段差に腰掛け、膝に乗せた腕で頬杖を突きながら、どうしたものかと考え込む。
「おまけに、無駄撃ちしない時点で目立たないように、隠密を優先して……かなりできるな」
「あのさ~」
咥えた煙草にオイルライターで火を点けながら、田村は下から理沙を見上げてきた。
「あたし、明日仕事が早いから、もう帰りたいんだけど……」
「まあ待て……」
巻き込んだ責任は取る、と理沙は愛用の二丁一対型
「
そして視線を、田村から連れの少女に移してみれば……姫香は絶賛、副流煙を応援団扇で仰ぎ流すのに夢中になっていた。しかも両手共に。
「……貴様はさっさと武器を構えろっ!」
副流煙の方が危険だとばかりに風を送り続ける姫香に怒鳴る理沙。きりがないと見てか、田村はカウンターに戻ると、置かれたままの灰皿に煙草を押し付けて火を消していた。
「何でもいいけど、早くしてよね~」
「……あっちの部屋で仮眠取る?」
そう抽冬が親指で個室の扉を差しているが、田村は嫌そうな顔をして首を横に振っている。
「
「掃除はしてるんだけどな……」
そういうことじゃない、と抽冬以外の全員が心の中で思った時だった。
――Prrr…………
店の電話が、呼び鈴を鳴らし出したのは。
「……あ、肝心なこと忘れてた」
「俺もちょっと……もしかしたら同じこと考えてる」
トラックに乗り込み、ツァーカブか搭載された
『
その答えは、次の叫び声で判明した。
「……何で
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