083 案件No.005_レースドライバー(Versus_Shakah)(その6)

 手動マニュアルでギアチェンジを行わなくてはならないMT車とは違い、自動オートマティックで切り替えられるAT車にエンストはない。そう思われがちだが、実際は違う。

 AT車にもまた、エンストは起こり得る。大半の原因は車内の故障トラブルや環境要因にあるが、強引な運転もまた、その一つに挙げられる。

 そしてツァーカブの目的は、急激強引ギアチェンジ運転に対応できるAT・・車だった。


 たとえば、そう……どのような状況下でも加速装置ニトロの使用に耐えられるようなAT車を。


「……何でAT車オートマじゃないんだっ!?」




 その叫びを聞いていると、勇太から疑問の声が掛けられた。

「そういえば……普通の・・・AT車オートマって、加速装置ニトロ使えるのか?」

「車にもよるけど、最高速トップギア状態なら多分使える。それ以外はギアチェンジが追っ付かなくて、十中八九壊れると思うけどな」

 包丁と便利グッズで、用途の手広さを比べるようなものだ。

 汎用性の高い包丁だが、ある程度の訓練が要る上に、人によっては適正も問われる。逆に便利グッズは、比較的安全かつ容易に目的の作業を行えるが、目的それ以外はできないことの方が多い。

 どちらも、必ず使わなければならないものではないが、自らの目的に応じて使い分けなければ、望む結果は得られない。

 ゆえに、AT車が主流となる現代でも、MT車が求められることがある。中にはエンストしやすい為にかえって、認知症による交通事故の防止に繋がる、という考え方もある位だ。

 しかし……ツァーカブが求めていたのは、どの・・状態ギアでも加速装置ニトロが使えるAT車・・・だった。

「どういうことだっ!?」

 トラックから飛び降り、睦月達に詰め寄ろうとするツァーカブ。もし周囲の部下が止めなければ、迷わず眼前にまで突き進んでいただろう。

 その様子を眺めながら、睦月は視線だけ勇太に向けた状態で告げた。

「……そろそろ、ネタばらししたらどうだ?」

「そうだな。と、言っても……」

 これ以上は、均衡状態による時間稼ぎ・・・・は難しい。

 勇太も睦月と同じ結論に至ったのか、今回の全容を話し出した。


「……睦月が乗ってた車を『AT車オートマだ』って、偽情報デマ流した・・・だけ・・なんだけどな」


 初めて、睦月がツァーカブの運転を動画で見た際、疑問に思っていたことがある。

 それはレースの終盤、ツァーカブは何故か、相手と大きく差を広げない状態でゴールしていたことだ。最初は実力差もしくは機体マシン性能スペックの問題かと思っていたのだが、クラブ跡地で勇太から事情を聞いてようやく、その疑問が解かれた。

 ツァーカブはわざと、僅差でレースに決着を着けていたのだ。


 実力を見せつける為ではない……加速装置ニトロ必ず・・逆転できる車間距離を保つことを目的にして。


 土地柄もあってAT車が主流の中、スピード重視のストリートレーサーであれば、加速装置ニトロを搭載している車を見つけられる可能性は高かった。運転手レーサーが自前で用意した特注カスタム品かもしれないが、それなら丸ごと奪えば良い。つまり、ツァーカブの勧誘拉致行為は、そのついでに過ぎなかったのだ。

「というか、普通にMT車マニュアル乗れよ。そっちの方が手っ取り早いぞ」

「うるさいっ!」

 睦月の正論に、ツァーカブは噛み付くようにして否定してきた。もはや、レースの時の潔さは微塵も感じられない。

「いまさらクラッチなんて古臭くて・・・・面倒な・・・ものが使えるかっ!」

「いやいや……」

 少し呆れ交じりに、睦月は勇太に任せようとしていた説明ネタばらしを代わりに続けた。


「古かろうか新しかろうが、使えりゃ何でも一緒だろうが。目的に合わせて手段を選ぶ、そこに新旧なんて関係ないっての」


 さらなるド正論を突き付けられ、口籠るツァーカブ。

「そもそも……『走り屋』がマシン縋ってる・・・・時点で、普通に二流じゃねえかよ。ドリフトの腕前は良いのに、もったいない」

「俺としても……そうしてくれた方が、手間がなくて助かったな」

 実際、睦月が旅行代理店へ営業に訪れたり、改造カスタムカーの総点検やテスト走行をしていた間も、勇太はずっと仕事に励んでいたはずだ。

 本来の業務の他に、運転してもMT車だと気付かれにくいレース場のセッティング、機体マシン含めた諸々の手配、『偽造屋』や獄中の『詐欺師月偉』に依頼して偽情報デマを振り撒き、その後の揉め事に対しての保険・・も用意していたに違いない。睦月から何かを言うことはないが、勇太の仕事振りは思い浮かんだ分だけでも、理解しているつもりだった。

 少なくとも……相手が最初からMT車に乗っておけば、何も起きなかっただろうと考える位には。

「お陰で余計な仕事や揉め事が舞い込んできてさ……レースは面白かったからいいけど」

「……レースはいいのかよ?」

「レースは別腹だろうが」

 まあ、たしかに……と即答する勇太に睦月は、内心で同意した。

「で、目的のAT車ものじゃないけど……どうするよ?」

 聞くだけ無駄だろうが、それでも確認しないと落ち着かない睦月からの疑問に対して、向けられる銃口と共に、怨嗟の念が返ってくる。

「殺す……」

『だよな~』

 手に入れてみれば期待外れだった上に、今後目的のAT車ものを見つけられる可能性をも潰されたのだ。しかも、それが仕組まれたものだとしたら……むしろ怒らない方がどうかしている。

「楽に死ねると思うなよ、貴様等……」

「おいおい……地が出てるぞ」

 無論、戦闘職でなくとも、睦月と勇太だけでツァーカブをはじめとした、周囲を囲む者達を制圧することはわけない。問題はそれ以外の……相手側の伏兵だった。

「これで狙撃手スナイパーに狙われたら、本気マジでやばいな……勇太、お前は狙撃銃のライフル弾避けられたっけ?」

「昔の俺、知ってるだろ? 9mm拳銃弾ミリでもギリギリだったんだぞ?」

「そうだったな……」

 そういう睦月自身も、事前に弾道を予測できなければ不可能だ。近距離での拳銃弾ならまだしも、音速をはるかに上回る狙撃銃のライフル弾相手では反射神経の方が追い付かず、身体を動かして回避することは敵わない。

「……もう、あの世・・・行きかね」

 これで間に合わなければ、完全に詰んだな、と思う睦月。


 そして……狙撃銃のライフル弾は放たれた。




 ――……カチャ

「はい……ああ、『偽造屋オーナー』ですか?」

 突然、店に掛かってきた一本の電話。

 抽冬が受話器を取って電話に出ると、相手は自らの雇い主オーナーだった。

「はい、はい……分かりました。彼女達にそう伝えます」

 手短に電話を終え、受話器を置いた抽冬はカウンター越しに、臨戦態勢の少女二人に声を掛ける。

「もう片付いた・・・・みたいだよ?」

「そうか……」

 あまり驚くことなく、理沙は武器を仕舞い始めた。姫香も応援団扇の代わりに引っ張り出していた擲弾発射器グレネードランチャーから中身を抜き、手際良く片付け始めている。

「おじさ~ん……どゆこと?」

 田村の疑問に、抽冬は溜息交じりに答えた。

本命・・は別にいたってこと」

「そういえば……」

 カウンター席に居た秋濱は店内を見渡し、常連の一人が来ていないことにようやく気付いた。

「いつも通り影が薄いのかと思ってたけど……今日、内園うちぞのを見てないな」

『…………あ』

 その一言で、店内に居る常連達にも、大まかな事情が掴めたらしい。

 内園秀一しゅういち。この店の常連にして、副業で殺し屋・・・をやっている影の薄い地味眼鏡。本業との兼ね合いもあって、普段は依頼を請けない男だが……確実に依頼をこなす腕は本物だった。

「要するに……そこの二人は囮で、内園使って外の刺客を片付けた、ってこと?」

「そういうこと」

 夏堀が代表して告げた内容に肯定し、抽冬は準備していた自動拳銃オートマティックを片付けていく。

鏡を割ったさっきの銃弾で居場所を特定して、代わりに始末させた」

 いくら隠密に徹しようとも、一度攻撃してしまえば居場所の特定は容易だ。それでも見つからなければ最悪、理沙は姫香と共に、囮として店外へと繰り出していただろう。

 しかし、今回は相手が悪かった。

「そもそも……何故知らないんだ、『ブギーマンお前は』」

 社会的暗殺を得意とする殺し屋『ブギーマン』、その末端の一人である夏堀・・に視線が集中する。

 情報技術を巧みに操り、外部の監視カメラすらも掌中に納められる現代の悪鬼の一端が、目の前に居る夏堀めぐみだった。しかし彼女は悪びれることなく、肩を竦めてこう答えてきた。

「だって……今回私、関わってないし」

 人数が多い分、仕事を割り振られることがない時もある。

 そんな単純な事実と共に、一体何人が『ブギーマン』として関わっているのか。もしかしたら、その纏め役すらも把握しきれていないのかもしれない。

 ただ、はっきりしていることは一つ。

「向こうも……もう、片付く頃かな?」

 下手に始末すれば、相手に伏兵を勘付かれるおそれがある。けれども、殺し屋内園が動いたということは……終わりは近い、ということだ。




 最初、ツァーカブは何が起きたのか、分かっていなかった。

 鍵を壊した時と同様に、目の前の男達に銃弾を叩き込もうと構えた9mm口径の自動拳銃オートマティック

 しかし、彼女が引き金を引く前に……突如襲い掛かった狙撃銃のライフル弾が、その銃身を破壊してしまったのだ。

「なっ!?」

「ったく、ギリギリかよ……」

 それが『運び屋睦月』の声だったと認識する前に、ツァーカブの膝辺りを5.7mm小口径高速弾が、容赦なく襲い掛かって来た。




「どうにか間に合ったな!」

「これで間に合わなかったら、本気マジでどうしようかと思ったよっ!」

 一瞬の隙を突いて車体を乗り越えた睦月と勇太は、そのまま国産スポーツカーを盾にして武器を構え、片っ端から発砲を繰り返した。

「殺すなよっ! 生かして捕らえたら弥生の・・・婆さん・・・からたんまり金が入るんだからな!」

「分かってるよっ!」

 動きを制限させるのも兼ねて、最初に自動連射フルオートで薙ぎ払うのに使った自動拳銃ストライカーを手放した睦月は、タイヤの上に手を入れ、フロントフェンダーに仕込んでいた予備の拳銃を引き抜いた。

 常備している回転式拳銃リボルバーの内の一丁で、銃弾もバイオBB弾と同じ成分を持つ低威力の通常弾。手加減には丁度良かった。

「そういうお前はどうなんだよ!? 散弾銃ショットガンとか完全る気だろ!?」

「残念! 中身は暴徒鎮圧ゴムスタン弾だっ!」

 ただでさえ、不意の狙撃に小口径高速弾の銃斬撃を受けた後なのだ。大半はまともに抵抗できないまま、睦月達の攻撃の餌食となる。もはや、ただ倒れ伏すだけの的でしかなかった。

 しかし、それも大半であり……全員ではない。

「後ろっ!」

「防弾任せたっ!」

 銃撃から生き残った者達は二種類。危険を察知して咄嗟に離れた者と、防弾装備によって結果的に・・・・守られ、無事だった者だ。

 睦月達はそれぞれ換装し、自動拳銃ストライカー散弾ショットシェル用の回転式拳銃リボルバーの銃口が、前後に向けられる。

 貫通力の高い5.7mm小口径高速弾で防弾装備は脆い部分を撃ち抜かれ、迂回してきた足の速さも小粒のゴム製に替えられているとはいえ、散弾ショットシェルの面攻撃の前には意味をなさない。


 しかも……およそ2km・・・先に居る『傭兵・・』からの援護射撃は止まず、他の・・伏兵達・・・のように・・・・、次々と相手の武器を破壊していた。


「はあ……終わったな」

 銃撃が止み、睦月の声が夜闇に木霊した。

 念の為、自動拳銃ストライカー弾倉マガジンを差し替える睦月だが、あまり意味がないことは、この惨状が示している。

「他の所に居るこいつ等の仲間も、全員武器・・通信機器・・・・を破壊するように言っといたからな。後はうちの社員だけで、何とかなるだろう」

「人望があって羨ましいよ……」

 社員の人数差に羨ましげな眼を向ける睦月だったが、勇太に口だけで一蹴されてしまう。


「……お前に・・・だけは・・・、言われたくないわ」


 それだけ言うと、勇太は英治・・が居るだろう方角へと向いた。

 そして左手に散弾ショットシェル用の回転式拳銃リボルバーの銃把を握ったまま、上に向けた手の甲に右手の手刀を当て、同時に頭を下げだした。




「【ありがとう】……か」

 元々は言葉以外の合図ハンドサイン代わりに仕込まれていた手話で、狙撃銃ライフルに取り付けたスコープ越しに、英治は勇太からのメッセージを受け取った。

「はい、終わり……っと」

 そう呟くと英治は狙撃銃ライフルから身を離し、分解しながら片付け始めるのだった。

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