064 駅までの道中

 結論として、姫香とカリーナは夕方到着予定の電車に乗り込むことになった。

 すでに用事は片付けている為、英治としては別に観光していても、問題ないと思っていたのだろう。けれども、連れの方から拒否された以上、迎えに行かなければならない。

「お前、便乗し過ぎだっての……」

「堅いこと言うなよ。どうせ駅まで・・・行く・・のは、お前も一緒だろ?」

 別に急ぐ必要もないが、その道中でついでに昼でも食べて行こうという話になったので、睦月は仕方なく英治を乗せて、姫香達を迎えに行くことに決めた。

「……たく、昼飯はお前持ちだからな」

「睦月、お前……まだ俺から集るのかよ?」

「全部正当報酬だ。駅まで行く分のガソリンガス代請求しないだけ、ありがたく思え」

 ちなみに睦月の仕事用の国産スポーツカーは性能重視の為、オクタン価の高いハイオクを入れている。一般的に使われるレギュラーガソリンよりも高い代物だ。今英治が請求を請ければ、果たしてどれだけの残金が削られるのだろうか?

「飯はどうするかな……いっそ高級フレンチにでも行くか?」

「金額含めて、野郎二人で行く場所じゃねえよ……」

 とりあえず、道中で手頃な店を見つけることにした二人は、有里(とついでに郁哉)に別れを告げてから、診療所を出た。

 そしてその背中を追い掛けるようにして、同じく診療所から出てくる小柄な影が一つ。

「……あれ、弥生も帰りか?」

「もう用事もないしね~」

 睦月達が車に乗り込む中、運転席側に停めていた小型二輪に弥生は跨った。

「いつ買ったんだよ? 新しい小型二輪それ

「この前沈めた工作船の成功報酬で。結構いい金額だったよ」

「やっぱ国相手の依頼だと、報酬が桁違いなんだな……」

 それぞれエンジンを掛け、ゆっくりと発進させた。




 有里の診療所から近くの市街地までの、他に車両や人気がない道を走っている間、睦月の車と弥生のバイクは並走して走っていた。

 雨が降らない曇天の下、二人の間には風と話し声が流れていく。

「弥生はどうする? (英治の金で)飯食ってくか?」

「……おい。心の声が漏れてるぞ」

 英治からの荒いツッコミが飛んでくるものの、弥生は我関せずと首を横に振った。

「ううん、ボク仕事あるから。このまま廃品ジャンク屋寄って帰るよ」

「珍しいな、『技術屋そっち』の方で仕事なんて」

 なまじ『爆弾魔ペスト』の異名が轟いてしまっている分、弥生を『技術屋』として雇う人間自体少なかった。それこそ睦月をはじめとした、昔馴染み位だろう。

「まあ、半分趣味で引き受けたようなものだしね。もうちょっと寄り道して(英治に集って)も良かったけど、欲しかった部品パーツが『見つかった』って連絡来たから、急いで買いに行かないと……」

「だから、心の声漏れてるんだよお前等っ!」

 英治が叫ぶものの、二人の意識はどちらも信号(赤)に向いていた為、停車中の車から飛び出した悲痛な声は虚しく霧散していった。

「じゃ、ボク帰るから。二人共またね~」

 仕事のトレードマークであるペストマスクではなく、完全に個人プライベート用のオフロードヘルメット越しに弥生はそう言い残してから、青信号と共に去って行く。

 丁度睦月達とは反対の道へ行くのが分かってて、そう言い残していったのだろう。

「……俺も仕事、探さないとな」

 同世代の中で一番幼い弥生ですら仕事に勤しんでいる状況に、さすがの英治も真面目に働く気持ちが芽生えたらしい。麻薬組織狩りマガリでの取り分が、今回の仕事・・でかなり削られてしまったことも含めて、だろうが。

「当てはあるのか?」

「今のところ……『運び屋』の護衛位?」

 徐々に他の車が合流してきたこともあり、睦月は下げていたパワーウインドウを操作して戻した。

「俺の方は今、大きな仕事抱えてないからな……他の『運び屋とこ』当たってくれ」

「お前以外に、『運び屋』の知り合いはいねえよ……」

 背もたれを軽く倒した英治は、組んだ腕に頭を乗せてから、睦月にそう言った。

「いいかげん物事をはっきりさせたがる癖、直せよな……そういや、親父さんの方は?」

「……さあな」

 勘当されてからというものの、睦月は秀吉と会うどころか、連絡を取り合ってすらいない。

 元々、勘当された理由が『一人の人間としてやりたいことがある』なのだ。今頃もおそらくは、その『やりたいこと』とやらに躍起になっているのだろう。

「一応保険は掛けているが、婆さんからも連絡がないし。どこで何やってんだか……」

「となると……やっぱりあれ・・、マジかな?」

「……何がだ?」

 睦月の何気ない問い掛けに対して、英治は少し考えるように遠くを見てから……


「銃弾が値上げしていた件な……お前の親父さんも関わってたらしいんだよ」


 ……決定的な一言を漏らした。




 英治の言葉を聞き、睦月は仕方なく、財布の紐を緩めることにした。

 昼食こそ通りすがりに見つけた適当なファミレスだが、時間潰しにドリンクバーで寛げるのであれば一石二鳥である。人気のない隅の席に腰掛けた二人は向かい合い、それぞれ注文したランチに口を付け始めた。

「……で、どういうことだよ?」

「どうもこうも……」

 注文したハンバーグプレートの肉の薄さを追加注文した単品のお代わりで誤魔化しながら、英治はナイフを動かしつつ話し始めた。

「最初に銃弾マメ買いに行ったのは、俺の通い付けだったんだよ。で、顔馴染みの店主に原因聞いたら……『買い占めた連中が居る』ってさ」

「で、その買い占めやってた連中の中に親父が?」

「より正確に言うと……親父さんらしき・・・人間も居た、ってところだな」

 実際に、現場に立ち会ったわけではないのだろう。英治は確信のない口調のまま、話を続けた。

「別に詳しく調べたわけじゃねえよ。ただ……いくつか店をはしごしているとな、雑談ついでに色々聞いてさ。で、その話を統合すると……」

「……親父に辿り着いた、ってわけか」

 目的が銃弾の調達である以上、英治がはしごしたのは全て、日本国外の店舗のはずだ。つまりその話が本当であれば、秀吉は今、外国に居ることになる。

公安警察ハムから逃げる為に国外逃亡している、ってことなら分かるんだが……」

 ズズズ……、とグラスに差したストローでアイスコーヒーを啜りながら、睦月は頭上を見上げて考え込んだ。

「……いまさらだけどさ、銃弾マメ買い占めた連中の目的が気になるな」

「弥生の婆さんにでも、聞いてみるか?」

「それもある意味、問題だよな……」

 弥生の祖母でもある情報屋、常坂和音であれば、銃弾を買い占めた者達の情報はすぐ手に入るだろう。ただでさえ腕が立つ上に、相手は派手に行動しているのだ。痕跡を調べること等、造作もないはずだ。

 そう……情報料料金さえ気にしなければ。

「わざわざ金払ってまで調べたいか、って言われると微妙なところなんだよな……英治はともかく、俺の方にはそこまで影響なかったし」

「こういう時、銃器道具の使用頻度がものを言うな……」

 隅の席で人気がないとはいえ、店内は完全な無人というわけではない。なので多少の隠語を織り交ぜて話しているのだが……二人の間に流れているのは隠しきれない、不穏な空気だけだった。

「睦月……お前さ、親父さんのことを調べたいとは思わないのか?」

「一応婆さん使って、保険は掛けてる。ついでに言えば、俺は親父から勘当喰らってる身だしな。さすがにこれ以上は、手間暇掛けても仕方ないだろうが」

 手間が増えるので、家ではめったに作らないエビフライをプレートから持ち上げた睦月は、それを齧りつつ呻いた。

「英治の話が本当なら、買い占めた連中そっちから調べてみれば親父の名前が出てくるかもしれないけどさ……だからと言って、俺ができることはもうねえよ」

「まあ……そりゃそうか」

 ドリンクバーのリンゴジュースを飲みながら、英治もまた、睦月の話に賛同した。

「にしても……これからどうなるんだろうな?」

「……俺が知りてえよ」

 銃弾を買い占めて、一体何をするつもりなのか?

 睦月も英治も、それ以上何かを考えることはできなかった。だが裏社会の、世界の裏側では何かが起きている。それだけは間違いない。

「あ~、面倒臭ぇ……」

 今出ているだけでも、『暁連邦共和国拉致国家』に『犯罪組織クリフォト』、『銃弾の買い占め』ときて、最後には『やりたいことがあるからと勘当してきた秀吉父親』の話である。一つだけでも面倒なのに、それらは同時に起きてしまった。

 あまりにも……時期が、重なり過ぎている。

「これからどうしたものか……」

 空になったグラスを持ち、ドリンクバーへと向かう英治の背中を何となく見ていたものの、睦月の思考は遠くへと向いていた。

「どこもかしこも問題だらけ。親父が勘当したがるのも、何となく……ん?」

 しかしふと、睦月は視線を自分のグラスへと下げた。一つだけ、どうしても納得のいかない点があるからだ。

「もし関わっていたとして…………親父は何で、この件に絡んでるんだ?」

 動機が、理由が分からない。

 父親の未知の部分に触れた睦月には、その点だけがどうしても気になってしまっていた。




 しかし睦月の葛藤も、英治にはまったく関係なかった。

「カリーナには今回の件、必要なら・・・・俺が話すから、黙っててくれ」

「それはいいんだけどさ、どうするつもりだ?」

「さっきも言ったけどな……丁度良い物件が、一つあったんだよ」

 食べ終えた食器をテーブルの隅に追いやり、時間まではドリンクバーで粘ろうとしていた時だった。

 さすがに黙ったままでいるのに我慢ならなかったのか、英治はいきなり話題を変えてくる。睦月もまた、現状で考えるのは時間の無駄だと思い、その話題に乗ることにした。

診療所有里のとこで話していた物件のことか?」

「そう。輸入雑貨婆さんの店に近いのは、ちょっと気になるけどな……」

 少し言い澱んだ英治は睦月に続ける前、新しいリンゴジュースに口を付けて軽く潤していた。

「そこな……潰れたミリタリーショップなんだよ」

「ああ、そういうことか……」

 似たような話はすでにある。だから睦月にはもう、英治が何を言いたいのかが分かってしまった。


「表向きはミリタリーショップそれで誤魔化して、裏で『銃器職人家業』を続けられるようにする。実際にそうするかは……本人の気持ち次第だ」


(ま、さすがにそこは、当人次第だよな……)

 ミリタリーショップの裏で、武器商人の取引窓口を行っている店がすでにあることを、睦月は知っていた。

 たとえ反銃社会日本だったとしても求める者が居れば、需要があるならば商売に繋げようとするのが商人だ。特に武器商人の中には、目先の利益に囚われて戦争をも辞さない者が多すぎた。大なり小なり、供給の芽は今もどこかに芽生えているだろう。

「他の候補には飲食店もあったし、最悪パンでも焼けばどうとでもなる。だが、それでもあいつが『銃器職人家業』を続けたいって言うなら……」

「……まあ、いいんじゃねえか」

 睦月にとって無関係な内は、相手の夢や理想なんてものは心の底からどうでも良かった。

 というより……興味を、持てなかった。

 たとえ成功しようとも失敗しようとも、その結果を享受するのは当事者とその関係者達だけだ。ならば睦月にとっては、それを肯定も否定もしないし、する資格もない。

 口先だけの人間に成り下がるのか、それとも実際に行動して、さらには夢を叶えてしまうのかは、本人達の自由だ。自分・・もまた縛られたくないからと、睦月はそれに対して何も言うことはない。

 それに睦月は、英治の判断はある意味間違ってないとも考えていた。

反銃社会日本なら銃社会ドイツよりかは競合相手も少なそうだし、それで一点物ならなおさらだろう……売れるかどうかは知らないけどな」

「そこは『商売』よりも、『投資』になるかな? ……俺達がいつか、ドイツに帰った時の」

 飲み干したグラスの代わりに、睦月は伝票を手に取った。

 話の区切りもいい上に、そろそろ時間となっていたので、英治も睦月に続いて席を立った。

「にしても英治……」

「ん?」

 会計を済ませてから店を出て、車の鍵を開けながら、睦月は横を歩いている英治に話し掛けた。

「『投資・・』って言ってる時点で、もう結果が見えているんじゃないのか?」

「……だから、困ってるんだよ」

 運転席でエンジンを掛けようとする睦月に、英治は助手席に腰掛けながら返した。


「時間を掛けてカリーナあいつの気持ちをほぐそうとしてたってのに、どっかの殺し屋が余計なことをしたせいで……」


 その恨み節を聞きながら、睦月はゆっくりとクラッチを上げていく。

「……お前等置いて帰っていいか? 多分姫香も同じこと言い・・そうな気がするんだが」

「手短に済ませるから、それだけは勘弁」

(……長くなりそうなら、絶対に置いて行こう)

 果たして説得にどれだけの時間が掛かるのか、と睦月が内心考える中、二人の乗る車は駅へと向かって進んでいく。

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