063 診療所での一幕再び

 麻薬組織狩りマガリ明けの朝。睦月達は途中コンビニに立ち寄ってから、再び有里のいる診療所へと戻ってきていた。

 到着と同時に報酬の分配を行い、各々適当な場所で仮眠を取る。その後、朝食の時間になると……ある病室に一人、また一人と自然に足が運ばれていった。

『速報です。麻薬組織の疑いがあるとして、近日中に捜査が行われる予定の半グレグループ、通称『一夜オーバーナイト団体グループ』が突如、壊滅する事件が起きました。当局は他グループとの抗争の可能性もあるとして、警察組織との連携も視野に入れて――』

「あ、やってるやってる~」

 もう冷めてしまっているにも関わらず、テレビを見ていた弥生が、コンビニのフライドチキンに齧り付きつつそう言った。

『また、抗争の可能性がある根拠でもある、壁に残されたメッセージらしき文章について――』

「……これ、下手したらテレビに映らないんじゃねえの?」

「最悪ネットに流すさ。婆さんにも、壁の写真メッセージ送っといたしな」

「…………ぉぃ」

 ベッドを挟んで、弥生とは反対側の椅子に腰掛けた英治がそう漏らすものの、その隣に座っていた睦月が、それを否定した。

「俺達が殺さなかった連中の証言も、ついでに握り潰しといてくれると思うしな……後何が残ってる?」

「……おぃ、」

「えぇと……ツナマヨ二個とおかか、後炒飯だな」

 この病室にはすでに、先客である入院患者が居た。睦月達の入室に反応して眼が冴え、今は徐々に怒気を増しているところだろう。その変換されない部分が口から出てしまっているが、誰にも取り合って貰えずに霧散してしまっている。

「……あ、炒飯ボクのだからね!」

「お前さっきも炒飯それ食ったろ。英治、俺にはおかかくれ」

「え~、俺にくれよ。ドイツ向こうだと簡単に手に入らないのに、」


「おいっ! お前等っ……」


 そこでようやく、ベッドの住人こと郁哉が、苛立たし気に叫び、

「ぐぅ、ぅ……」

 術後間もない身体で叫んだ為に、完全には塞ぎ切れていなかった傷にまで響き、呻きながらベッドに突っ伏してしまう。

「手術したばっかで無茶するからだよ……大丈夫か?」

「英治、てめえも同罪だからな……」

 数日明けとはいえ、盲腸の手術後にまさかの来訪者。しかも病室内を騒がしくする連中の為に、郁哉の気分はダダ下がりだった。しかし睦月達は気にせず、コンビニで購入したおにぎりのシェアを続けていた。

「というか、お前といい月偉といい……ちょっと間抜け過ぎないか?」

 睦月がそう思うのも仕方がない。

 春先に刑務所送りとなった月偉は元より、今回郁哉が病室にいるのも、入院の強制延長を受けたからに他ならない。

 本来であれば経過観察込みとはいえ、すでに退院できていたはずだった。だが治りきらない内に医者有里の指示を無視してドカ食いや筋トレをしようとした結果、(足首の拘束具付きで)閉じ込められることになったのだ。

月偉あいつと一緒にするな。だから有里の診療所とこで療養してたのに……タイミング良く集まってきやがって」

「そもそも俺達が来る可能性位、考えとけよ……チッ」

「悪いな~、睦月」

 英治にじゃんけんで負け、仕方なく受け取ったツナマヨの包装を剥がす睦月。敗北の味を噛み締めている敗者とはいえ、その発言に間違いはない為か、郁哉は憮然とした表情で受け入れているようだった。

「他に医者の当て、作っときゃ良かった……」

「……本当にそうよね」

 突如、女性の声が病室へと飛び込んでくる。

 病室にいた全員が声のした入り口の方に視線を向けると、そこにはトレイを持った有里が居た。

「ほんと、あなた達は何かあれば、いっつもいっつも私の診療所とこに転がり込んできて……」

「いいじゃん、その分儲かってんだし」

余計な・・・手間の方が掛かってんのよっ!」

 珍しく激昂しながら、有里は郁哉のベッド横にあるサイドテーブルの上に、朝食の載ったトレイを置く。載っていたのは少量の粥が入った、小さな土鍋と取り皿諸々だった。ただし他の食材はない。

「また、こんだけかよ……」

「術後すぐに鰯の丸干しなんて食べようとするからよ。固形物は駄目だって何度言わせるつもり?」

 昔馴染みな分、気安い関係だということもあるだろう。有里に詰め寄られて渋々、郁哉は土鍋の粥を少しずつ、口に含み始めていた。

「……なんで鰯の丸干し?」

「お肉よりもタンパク質、多く含んでるからじゃない?」

「え、そうなの?」

 ちょっとした豆知識込みの雑談を続ける三人に、食されるコンビニのおにぎりを恨めし気に見つめてくる郁哉。そんな四人を、有里は腰に手を当てて眺めていた。

「まったく……本当に私達って、集まるとろくなことにならないわね」

「分かりきってることじゃねえかよ」

 最後の一個であるツナマヨを有里に投げ渡した英治は、食べ終えたおかかの包装を空になったビニール袋に突っ込みながら答えた。

「実際、俺がドイツに行った後、誰か一人でも連絡くれたか? 人付き合いが面倒臭い以前に、面倒事呼び込むって分かってたからだろ?」

「じゃあ……何で私には未だに連絡が来るわけ?」

 おそらくは、この中で一番昔馴染み達と連絡を取っているのは有里だろう。しかし、こればかりは仕方がない。

「医者なんだから、諦めろよ。俺等の中で一番需要高いじゃねえか」

「たしかに……身分偽ったり、死体片付けたりするよりかはな」

「診察代引き上げるわよ。もう……」

 これ以上は押し問答だと諦め、有里は受け取ったツナマヨを口に含み始めた。

「……それで、英治君はこれからどこに住むのか決めたの?」

「あ~、そこまでは考えてなかったな……」

 日本に住む、とは決めていたとしても、仕事も住居も決まっていないのが英治の現状だった。しかし資金は手に入ったので、少なくともすぐ路頭に迷うことはないだろう。

「何なら婆ちゃんに聞いてみる? 商店街の潰れた店舗や抗争系の訳あり物件なら、すぐ紹介してくれると思うし」

「もっとましな物件が……ちょっと待て、もしかして家賃安い?」

 弥生と英治が和音に連絡を取る為に一度、病室から出て行く。二人を見送った睦月は、食べ終えたツナマヨの包装をゴミ袋と化したビニールに放り入れた後、軽く手を叩いてから座り直した。

「にしても……お前、人望・・ないな」

「ほっとけ。本命あいつは今、山奥で修行中だ」

 少量の為にすぐ空になった土鍋の中に取り皿を投げ入れた郁哉は、不貞腐れたように寝転がってしまう。英治が座っていた椅子に腰掛ける有里をそのままに、睦月は話を続けた。

「散々人の仕事の邪魔してんだ。偶にはいいだろ? こういうのも」

「治ったら覚えとけよお前……」

 腕枕をして寝転がる郁哉を眺め、ふと睦月の脳裏にある疑問が浮かんだ。

「そういえば……お前、今どこに住んでんだ?」

「ん? 知り合いのジムの空き部屋に転がり込んでるよ。家賃代わりにバイトしながら」

「あら、意外と現実的ね」

 郁哉の住居や収入源までは知らなかったのか、有里もまた興味深げに、話に加わってくる。

「休みの日は鍛えられるし、他に金使う理由もないからな」

「それで身体ばっかり鍛えてないで、少しは女口説く練習でもしたらどうだよ。この脳筋」

「そんな簡単な女じゃないから、必死扱いて鍛えてるんだよ。好色漢女たらしが口説いた女共と一緒にするな」


 チン、と金属音が鳴る。


 有里が愛用のポーチからメスを本、片手で抜いたからだ。

「暴れるなら刺すわよ?」

『…………』

 互いに視線を交わしてから、男二人はゆっくりと、腰を元の位置に戻した。それを確認し、有里はメスを腰の収納ポーチへと再び仕舞い込んでいる。

「本当、あなた達って顔を合わせる度に喧嘩して……」

「野郎なんて、そんなもんだろう?」

「そうでもないぞ。実際俺、仕事外プライベート勇太ゆうたとよくつるんでるし」

 その名前に、睦月はわずかに眉を顰めた。しかし二人は気付かず、話を続けていく。

「そうそう、驚いたわよね。昔の面影全然なくなってたから」

「月偉とは別の意味で、びっくりだよな。月偉あいつの今の顔知らないけど……って、あれ? 睦月?」

 二人が話し込む中、睦月は黙って席を立った。しかし郁哉に手を上げることもなければ、有里に変なちょっかいを掛けることもなく、ただ静かに病室を出て行く。




「……あいつ等、喧嘩してたっけ?」

 そう聞いてくる郁哉に、有里は肩を竦めてから答えた。

「昔揉めたことでも、思い出したんじゃない?」




「……あれ? 睦月どうしたの?」

「何でもない……英治は?」

「あそこで婆ちゃんと電話中」

 病室の外、診療所内にある自動販売機の前にいた弥生に声を掛けてから、睦月は自分の財布を取り出した。指で示された方を見てみると、入り口近くで英治がたしかに、スマホ片手に電話中だった。

「良い物件、見つかりそうか?」

「聞いてる限り、商店街に住みそうだけどね~」

「喜んでいいのか警戒した方がいいのか……今回の件含めると、全然分からんな」

 患者の少ない診療所に唯一ある自動販売機である。おそらく商品の在庫は、どれも残り少ないだろう。

「ボクスポドリね」

「いちいち集るな」

 しかし睦月は弥生の言う通りにスポーツドリンクを買い、そのまま投げ渡した。そしてそれが最後の一本だったらしく、すぐに表示が売切れに切り替わっていた。

「ところで、病室で何かあったの?」

「……別に」

 ペットボトルを弄びながら、目敏く聞いてくる弥生に対して、睦月は我関せずを装いながら、缶コーヒーを選択して購入する。こちらも同じく、そのまま品切れとなっていた。

「嫌なこと思い出しただけだ……その後は桃色だったけどな」

「……ああ、勇太とのこと?」

 その時丁度、睦月の自動拳銃ストライカーを製作していた弥生は、当時のことをよく覚えていた。元々、記憶力が高いということもあるが、わずかな記号だけで回答を得られているのは、真に頭脳が明晰である証左だろう。

「でももう依頼しないことで、手打ちにしたんじゃなかったっけ?」

「まあ……勇太自体は実のところ、どうでもいいんだよ」

 しゃがみ込んだ弥生の横で壁にもたれながら、睦月は缶コーヒーを傾けて飲み始めた。

「ただあいつと関わると、面倒事・・・もセットで来るからな……正直思い出したくない」

「ふぅん……ご愁傷様」

 その時のことを思い出してから、弥生は興味なさげにペットボトルに口を付けだした。睦月にとっては嫌な思い出でも、それがなければ今の・・姫香との・・・・関係はないことを、偶然とはいえ知っていたからだろう。

「なのに、あいつときたら未だに仕事の依頼寄越してくるし……何考えてんだか」

「別に、普通のことじゃない?」

 そう言われ、睦月は再び飲もうとした缶コーヒーと一緒に視線も下げ、弥生を見下ろした。

 睦月とは視線を合わせないまま、弥生は話を続けてくる。

「勇太だって、別に睦月が嫌いだから敵に回ったわけじゃないでしょう? ただ、敵対関係を誘発させられる状況に陥ってしまっただけで」

「まあ、たしかに……」

 口に含まれている苦みは、流し入れたコーヒーの名残だけではないことは、睦月自身も理解できていた。

「だから睦月だって……勇太からの・・・・・依頼、請けてるんでしょう?」

「……条件の良いのだけ、な」

 負け惜しみとばかりに漏らす睦月の言葉に、弥生はどうでもよさげにツッコんだ。

「いつものことじゃん」

「ほっとけ」

 弥生が立ち上がるのを合図に、それぞれ空になった容器を回収ボックスに入れた。その時、丁度電話を終えた英治が、睦月達の前まで歩み寄ってくる。

「良い物件あったか?」

「ああ、丁度良い・・・・選択肢込みでな。あいつ等は?」

「今は病室……あれ?」

 そこでようやく、麻薬組織狩りマガリに加わっていた最後の一人が顔を見せていないことに気付き、睦月は弥生と英治を交互に見て問い掛けた。

「そういえば、あいつは?」

「あいつ、って美里ちゃん?」

「そういや、今日はまだ見てないな……」

 報酬の分配(と英治に発生した請求と清算)を終えた後、美里は姿を消していた。

 案件が片付いたので解散の流れにはなったものの、美里は現在、有里の診療所で生活している。未だに寝ているとかでもない限り、見かけない方がおかしいのだ。

「まだ寝てるだけならいいが……」

 感情・・も冷え、睦月は二人と共に病室へと戻ることにした。

「これで襲撃を受けてて応戦中だったら、笑えねえな……」

「睦月~、それってフラグじゃない?」

 しかし襲撃音は聞こえてこないので、一先ずは平和だろうと気にしないことにした。




『ところで首都に行っている二人姫香達、もう呼び戻していいか?』

『そうだな……確認も兼ねて、後で電話してみるよ。まだ観光したいとか、あるかもしれないし――』

「ようやく、静かになりそうね……」

 睦月達が話しながら歩いている廊下に面した扉の一つ、その奥が美里の居住区画だった。

 いざという時は騒々しくなるものの、この診療所は普段、静寂に包まれている。その中で美里は、自らの趣味に没頭するのが唯一の楽しみだった。

「さて……次はこれがいいかしら?」

 そう呟いて、本棚から取り出したのは……キャリアコンサルタント資格のテキストだった。

 過去や職業はともかく、今の美里はただの資格マニアである。だから今日もまた、待機中の暇な時間を勉強に費やしていくのだった。

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