062 マガリ案件No.001_01,03,06+α

 その組織は、『一夜オーバーナイト団体グループ』という名前を冠していた。

 一晩中オーバーナイトで馬鹿をやる、という意味で名付けられた、元はただの半グレグループだった。だがある男が加入した途端、彼等は一つ、段階を超えてしまった。


 ただの半グレグループから……小規模ながらも、紛う方なき麻薬組織へと。


「しかし、ようやく稼げるようになってきたな……またあいつ等が来たりしないよな?」

「何がだよ? 兄貴」

 建物の地下。剥き出しのコンクリートに囲まれた部屋に、並べられたソファ。その一つに腰掛けた、兄貴と呼ばれた男は札束を数えながら、隣で酒を飲んでいる元リーダーの弟分に、昔のことを話し始めた。

「俺が別の麻薬組織で、まだチンピラだった頃の話だ。結構な規模で気前良く稼いでいたのに……全部横から掻っ攫われたことがあるんだよ」

 数え終えた札束を近くの座卓の上に叩き付けながら、男は弟分に声だけで吐き捨てる。

「それが麻薬取締官マトリとかなら、まだ納得できた。だがあいつ等は……」

 合わさった拳が、強く握られている。その様子を見て弟分も傾けていたグラスをサイドテーブルに置いた。

「あに、…………?」

 何かを言おうとするものの、その口は軽く開いたまま、顔はサイドテーブルに置いたばかりのグラスに向けられている。

「グラスが……揺れている?」

 最初は二人共、地震か何かだと思った。それ以外に、地下にある部屋が揺れる理由が思い浮かばなかったからだ。しかし、兄貴と呼ばれた男は、それが地震ではないことにすぐ気付いた。

「…………兄貴?」

 座卓の上に置いていた自動拳銃オートマティックを掴んで立ち上がり、その銃身スライドを引いて薬室チャンバーに銃弾を装填する。

「こんな断続的な地震があるかよ……お前も銃を出せ」

 元々半グレだったこともあり、兄貴と呼ばれた男がこのグループに来る前から、弟分も裏で手に入れた回転式拳銃リボルバーを愛用していた。とはいえ、海外ではサタデーナイトスペシャルと呼ばれている粗悪な銃器ジャンクガンの一種だが。

「一体何なんだよ、兄貴?」

「分かんねえのかよ? これは地震じゃねえ……」

 回転式弾倉シリンダーに銃弾を込めながら聞くものの、男は自動拳銃オートマティックを構えたまま、その頭上を見上げ続けている。

 やがて確信を得たのか、今度はゆっくりと、この部屋の入り口の方へと目を向けた。


「…………爆破だ。襲撃されている」




「珍しいな、睦月が回転式拳銃リボルバーなんて」

「昨日の今日だぞ。すぐに用意できる予備の拳銃オートがないんだよ。こんなところで自動拳銃ストライカー使っても足がつきやすい上に、無駄に経費が嵩むし……」

 英治の言葉通り、睦月は今、仕事用の国産スポーツカーに常備している回転式拳銃リボルバーを発砲していた。銃弾も証拠隠滅兼殺傷性の低い弥生製の物を用いている。

 自動拳銃ストライカーの納められたホルスターも身に着けているものの、それも保険として、だ。睦月自身、もう使う気は起きていない。

「むしろ、英治こそいいのかよ? 特注品カスタムメイドなんて、螺旋状の溝ライフリングですぐ、足が付くんじゃねえのか?」

 弾丸が発射された軌跡、弾道を安定させる為に、銃器の銃身内部には螺旋状の溝ライフリングが刻まれている。発射時に銃身内の溝を用いることで銃弾に旋回運動させ、直進性を高めているのだ。

 しかし、たとえ工場生産された、同じメーカーの同じ銃器であったとしても……その螺旋状の溝ライフリングが、全て同じとは限らない。

 製造した環境や設備部品等の摩耗、そして銃器の使用具合に応じて、差異が生まれてくる。その差異は指紋程ではないものの、銃器とその持ち主を特定する材料としては、十分活用できた。

 特に……前科等の記録があれば、高確率で特定されてしまえる位に。

「さすがに銃身バレルは毎回替えてるから、特定まではされねえよ……まあ、今回だけは『が『略奪者プレデター』をやった』、って情報は流しておきたいから、そのまま使ってるけどな」

「ならいいが……頼むから、こっちを巻き込むなよ」

 元は半グレグループの根城とはいえ、今は曲がりなりにも麻薬組織の様相を呈している。具体的には武装している武器の内容と、

「あががっ!?」

 ……常駐している人員メンバーの数が、そこらのチンピラでは説明できない程に充実していた。

 しかしそれも、この二人にはあまり効果を成していないようだが。

「いちいち三点撃ちスリーバーストって……それこそ弾の無駄じゃねえのか?」

「うまく狙いが付けられないんだよ。おまけに威力も弱いし……」

 そもそも射撃自体、睦月はあまり訓練をしていない。いや、できていなかった。

 昔の経験があるのでそれなりには当てられるのだが、基本的に自動拳銃オートマティックを愛用していたので、回転式拳銃リボルバーとは狙いの付け方にわずかな違いがある。しかも装填している銃弾も低威力の物の為、おそらく一発当てた程度では、相手によっては耐え切られてしまう恐れもあった。

「真面目に訓練してないから、そうなるんだよ」

銃社会ドイツで暮らしてたお前と一緒にすんな。そんなに言うなら……」

 再装填リロードのついでにと、睦月は取り出した新しい銃弾を一つだけ、英治に向けて投げ渡した。

「……次はお前がやれ。一発で・・・当ててみろよ」

「余裕」

 現状、英治の手元には.38口径のマグナム高威力の弾しかなかった。睦月から受け取った特製の通常弾を手早く回転式拳銃アンチノミーに装填し、すぐさま引き金を引いた。

「あがっ!」

「ほら、当たった」

「マジかよ……」

 照明もなく、微かに差し込む月明かりだけでも夜目が利く二人だが、少なくとも睦月には、英治と同様の芸当はできなかった。

 薄暗闇の中、まともに見えない相手の急所近くにギリギリ致命傷を避けるよう、的確に銃弾を当てるなんてことは。

「にしても、良い銃弾だな……俺も買おっかな?」

「ちなみに一発、市販品の二、三倍はするからな」

 英治から疑わし気な目を向けられる睦月。仕方なく、金を掛けられる理由タネを明かした。

「……だから機械ごと、弥生に作らせて買ったんだよ。材料費と定期メンテ代差し引いて、ようやく黒字になってきてな」

「それ……俺にも使わせてくれよ」

「材料費と使用料払うならな」

 ダッシュボードの隠し収納二重底の下以外にも、睦月の車には予備の武器の隠し場所が存在している。しかし、ここ最近は自動拳銃ストライカーか.38口径の回転式拳銃リボルバーしか使用していないので、9mm口径の自動拳銃オートマティックを用意していなかったのだ。

 もっとも、睦月が昔使っていた9mm口径の自動拳銃オートマティックは経年劣化で、すでに廃棄していたが。

「とはいえ……いいかげん、新しい予備の拳銃バックアップ買わないとな。ほとんど使わなさそうだけど」

「銃弾あっさり防がれた直後だったよな? 5.7mm口径の銃弾に変えたのって」

「実戦中に不発弾ミスファイア当てたからって、次から回転式拳銃リボルバーに切り替えたお前にだけは、言われたくない」

「せめて改善と言ってくれ」

 少し、昔の話をしよう。

 かつて、睦月が初めて行った仕事で、組んだ相手が英治だった。

 仕事自体は順調だったのだが、最終的には英治が不発弾ミスファイアを当ててしまったのが運の尽き始め。銃身スライドを引いて排莢し、薬室チャンバーに新しい銃弾を装填すれば再度発砲は可能なのだが……相手がそれを待つ道理はない。せめて、睦月から予備の拳銃バックアップを受け取ってさえいれば、結果は変わっていたかもしれない。

 しかし、結末はこうだ。

 仕事に成功しつつも、その成果に満足できずに引き籠った睦月。

 そして……黙って仕事をした上に、不発弾ミスファイア程度で乱れたからと、無理矢理戦場へと放り込まれた英治。

 丁度・・良かった・・・・、ということもあったのだろう。以来英治は植え付けられた心的外傷後ストレス障害の一種シェルショックの影響で、普通の・・・人間を殺すことができなくなってしまった。

「そんな調子で良く、『傭兵』の仕事なんてこなせるな……」

「叩き込まれた腕前だけは本物だからな。殺さずに相手を制圧するなんてわけねえよ」

 英治が銃弾を当て、床の上で呻いている男の横を通る。すると睦月達の目に、地下へと続く階段が映り込んできた。

「まあ、何にせよ……」

 陽動として動いている弥生達女性陣が起こしている振動を足の裏で感じ取りながら、睦月と英治は互いに目配せし、それぞれの銃の再装填リロードを済ませていく。

「……あ、まだあったらくれ。マグナム弾より手加減楽だし」

「だから、これも経費なんだっての……」

 睦月から受け取った弥生製の銃弾をマグナム高威力の弾の代わりに装填し終えた英治が、回転式弾倉シリンダー回転式拳銃アンチノミースイングインし振り入れた。

「後でまとめて、請求書送り付けるからな……」

「おっかねえ……」

 互いに戦闘準備を終えたのを確認した睦月は、首を振って英治に先を促した。


「……じゃ、真面目に稼ぎますか」


 二人はゆっくりと、周囲を警戒するようにして……地下への階段を一段ずつ、ゆっくりと降りていく。




「くそ……まさかまだ、マガリ・・・をやってたなんて」

「兄貴、マガリって何なんだ……?」

 不思議そうにする弟分を従え、兄貴と呼ばれた男は手に握っている自動拳銃オートマティックの銃口を、地下から地上へと繋がる階段の方へと向けた。

 視線と銃口だけを固定し、警戒を促しながら口だけを動かして、説明していく。

「マトリは知ってるだろ? 麻薬取締官の略だ。そっちはある意味警察みたいなもんだから、自首すれは最悪刑務所で済む。だが……あいつ等は違う」

「だから……あいつ等って、何なんだよ?」

 男はただ忌々し気に、その存在の名前を……吐き捨てるようにして告げた。


「マガリ、つまり…………麻薬組織狩りだっ!」


 そのたちの悪さが、かつてのチンピラだった男の人生を変えたのだ。

「相手が麻薬組織なのをいいことに売上を奪うわ麻薬を焼くわやりたい放題だ。しかも悪辣・・なことに、警察や麻薬取締部マトリに匿名で通報していくから、文字通り跡形もなくなるんだよっ!」

 やってることは犯罪なのだが、ある意味相手の努力の結晶を台無しにしていく点では、彼等マガリもまた悪なのかもしれない。しかし、ある名作ラノベにも述べられている通り、そんな戯言に意味はなかった。


 ……曰く、『悪人に人権はない』。




「ふんふ、ふんふ、ふんふふ~ん♪」

「何書いてるの?」

「皆へのメッセージ~」

 陽動として焼き払った栽培用のビニールハウス跡地を後にした女性陣二人は現在、建物の壁近くに居た。周囲を警戒していた麻薬組織の人員はすでに事切れており、弥生がバーナーで焼き文字を刻んでいるのを止められる者は一人しかいない。

 ただし、その一人である美里は近くに腰掛けて、愛用の鎖鎌を手入れしているのに夢中だったが。

「『何かあれば麻薬組織狩りマガリして、報道ニュースでメッセージを残す』って、皆と別れる前に決めてたんだよね……っと、できた」

「傍から聞いてると、迷惑な話よね……」

 鼻歌交じりに壁へと刻み入れた焼き文字のメッセージに、弥生は満足気に頷いた。

「ってっ!? あ、とと……」

 その拍子に、頭に引っ掛けていたペストマスクがずれて、掛けていた眼鏡とかち合って落としてしまうのもご愛嬌。

「でも大丈夫なの? 下手なこと残したら、それこそ足がつくんじゃあ……」

「っとと、と……うん、大丈夫大丈夫。最低限のことしか残さないし」

 拾い上げた眼鏡の土を払い、掛け直しながら、弥生はそう答えた。

 実際、二言三言程度の文章しか、刻まれていなかった。

「本当に偶然なんだけどさ……『最期の世代ボク達』って、生まれた月が全員バラバラなんだよね」

 名前の通り、三月・・に生まれた弥生をはじめ、生まれた月が重なる者はいなかった。日程として近い、遠いはあるかもしれないが、少なくとも重なることだけはなかった。

 そして……十二人の中で、一番遅い誕生日なのが弥生だった。

「だからそれぞれの数字を載せておけば、誰の仕業かってのはすぐに分かるって理屈」

 おそらくは、証拠隠滅用に用意していたのだろう。ビニールハウスの近くで見つけたガスバーナーを弥生は躊躇うことなく手放した。丁度ガス切れな上、もう用事がないからだ。

「にしても……今回初めてじゃないかな? 麻薬組織狩りマガリしてメッセージ残すなんて」

「まあ、私は聞いたことないわね……」

 経歴が浅いとはいえ、少なくとも数年単位で、殺し屋として生き残って・・・・・きたのだ。そんな美里の耳にも入っていないということは、本当に今回が初めてなのかもしれない。

「……じゃあ、帰ろっか。睦月達も出て来たみたいだし」

 いつの間にか、中身の詰まった鞄を持って、睦月と英治が弥生達の方へと歩み寄って来ている。

 二人の少女もまた、壁に刻まれた焼き文字を背に、その場から離れて行った。




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 06 came to Japan.


* 01,03,06

+ 02,05

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「そういえば……何で郁哉05の分も、書いてきたんだ?」

「別の病室にいたみたいだよ? 盲腸で手術してたんだって」

「どうりで今回、静かだと思った……」

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