015 案件No.002_要人護送(その3)

「……随分美味しそうに食べるね、睦月君」

「普段は姫香に合わせてるからな。ジャンクフードの類はご無沙汰なんだよ」

 仮眠明けの睦月は、彩未を伴って朝食兼昼食ブランチを摂っていた。

 場所は仮眠(とそれ以外)に利用したホテルから彩未の家に向かう際に、通り道にあるコンビニ前の駐車場。

 同じく通り道にあったファーストフード店のドライブスルーでテイクアウトを購入してから、コンビニで買い物をした後に車の中で二人、食事をしているところだった。

「でも姫香ちゃんなら、同じ物自作できるんじゃないの?」

「できなくはないだろうけど……保存の利く物じゃないと、当分同じ飯が続く羽目になるから、あんまりリクエストできないんだよ」

 別々に食事を摂る、ということもできなくはないが、あまりやり過ぎると姫香の機嫌を損ないかねない。それに味自体も、下手な飲食店なんて軽く上回る程の腕前を持っているのだ。それこそ一流の腕前か、化学調味料をふんだんに使って強引に『美味い』と思わせないと対抗できない程に。

「おまけに外食して、とんでもない外れを引いたら……あの馬鹿、問答無用で『道場破り』かましてくるし……」

 姫香の進路はまだ未定だ。高校に通い、将来は専門学校に通うところまでは絞っているものの、服飾か調理師かは決めかねていた。

 しかし……

「俺としては、できれば調理関係の方に進学して欲しいんだよなぁ……資格無しでプロに挑むとか、好戦的になってるブピーックピーャックかっての」

 何度も後始末・・・をする羽目になって苦労した分、アイスコーヒー(コンビニにて購入)を口に含みつつ、睦月は溜息を吐いてしまう。

「おまけにあっさり勝つんだから、余計にたち悪いし……」

「まあ……姫香ちゃんが喧嘩を売る時点で、その相手は大体二流以下か、食材偽装の犯罪者だしね。普通に考えて、負けるわけないじゃん」

「だからたちが悪いんだよ……」

 二流以下ならまだいい。その手の人間は発展途上の未熟者が多いから、それをきっかけにかえって奮起することもあるので、逆に喜ばれることもあった。

 だが……数少ない例外や犯罪者の場合は違う。勝負を挑む時点で揉め事にしかならないのは自明の理だ。その度に姫香を抑えてから、別の手段で制裁・・を与えなければならないので、余計な手間ばかり掛かってしまう。しかも仕事の外プライベートで、だ。

 情報操作や隠蔽工作に長けた者達の当てがあるので、仕事に支障をきたすことはないものの……その度に大金を支払わなければならないのは結構な痛手だった。

(本当、情報社会の発展も良し悪しだよな……)

 運び屋として、いや裏社会の住人として、表社会に迷惑を掛けないようにする、というより目立って捕まらないようにするのは、絶対に守らなければならない暗黙の了解ルールの一つだ。でなければ、命がいくつあっても足りはしない。

「そういえばさ……その姫香ちゃんの体質、ってアレルギーじゃないの?」

「どっちかと言うと……『そういう身体』としか言えないな。アレルギーみたいな危険性はなくても、拒否反応の仕方が近いから、結構間違われやすいんだ。まあ、でも……」

 少し言い澱んでから、睦月は言葉を続けた。

「……ある意味アレルギーだよな。『化学調味料』アレルギー」

「そうなると……どうしようかな?」

「どうかしたのか?」

 睦月と共に食べ終えたゴミを纏めながら、彩未は大学でのことを話し始めた。

「大学のゼミで研修旅行に行くことになってさ……お土産どうしようかと思って」

「気持ちだけで十分じゃないか? 実際、俺はそれでも構わないんだし」

「いやいや、お土産を買うのも楽しみの一つじゃん」

 ある意味では、正しいのかもしれない。旅先であれこれ買い物をすること自体楽しいものがあるし、お土産を買って『非日常』をプレゼントすることも、自己満足とはいえ旅行の醍醐味とも言える。

 しかし……それを言っているのは、貢ぎ癖のある・・・・・・彩未である。

「そうだな……それであれこれ買い過ぎなければな」

「……気を付けます」

 おまけに仕事をした後であれば、資金面に多少の余裕ができてしまう。彩未が使い過ぎないことを、睦月は内心祈るばかりだった。

「じゃあ、使い過ぎ防止も兼ねて……」

 すると彩未は、スクールバッグ(に近い鞄)から封筒を一つ取り出すと、それをそのまま睦月に手渡してきた。

「忘れない内に……はい、これ。積立金・・・

「はいはい……」

 睦月は封筒の中身を確認してから、服の内側へとしっかり仕舞い込んだ。

 このお金は、彩未が睦月に貢いでいるとか、その手の話とは別にある。

 女が男に金銭を注ぎ込んでいるのではない。依頼人が運び屋に仕事を依頼する為の報酬を積み立てているのだ。

 ある依頼の為に、ただ……

「……もういいんじゃないか? とっくに相場の五倍位貯まっているぞ」

「じゃあ……」

 特に気にすることなく、彩未は睦月に対して、背もたれに体重を預けながらこう言ってのけた。

「依頼が成功したら……お釣り返してよ。それで十分」

「ならいいけど……」

 遮断装置キルスイッチを解除し、エンジンを掛けた睦月は彩未の住む賃貸へと車を発進させた。




 そして彩未を送り届け、帰宅前に給油しようとガソリンスタンドに寄った時だった。

「あれ? もしかして……荻野さん、ですか?」

「ん?」

 セルフ式の為に降車した睦月が、声のした方に顔を向けると、そこには杖と発育の良い胸が目立つ少女が立っていた。

「馬込さん? どうしてここに……」

 すると少女、由希奈の後方から近付いてくる人物が居た。

 こちらも同じく発育の良い身体を持つ女性で、綺麗な黒髪を靡かせながら由希奈の傍に立った。

「由希奈……この人は?」

「あ、えっと、この人は……」

「……初めまして」

 助け舟という意味でも、早く帰りたいという意味でも、こちらから言った方が早い。そう考えた睦月は、考えを纏めようとして少し返答の遅れた由希奈に代わり、自己紹介することにした。

「馬込さんと同じ高校の成人クラスに入学します、荻野睦月と申します。彼女とは教科書を受け取りに行った際に顔を合わせまして、その時にご挨拶をさせていただきました」

「……あ、そうでしたか? それは失礼しましたっ!」

 余程由希奈が大事なのだろう、その女性は睦月に向けていた懐疑的な・・・・眼差しを緩め、自分もまた自己紹介を始めた。

「私は由希奈の姉で、馬込菜水なみと申します。妹共々、どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 姉妹共にかなりの美形なので、その手の問題トラブルには事欠かないのかもしれない。少なくとも、妹が可愛くて心配なのだということは伝わってきた。

「今日はお二人でお出掛けですか?」

「ええ、ちょっとお買い物に……」

 後ろの方に、女性に人気の高そうな軽自動車が見える。

 杖を突いていることから考えても、おそらくは由希奈の姉、菜水の物だろう。

「もうガソリンは入れ終わりましたので、私達はこれで失礼します。妹がご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」

「はい、よろしくお願いいたします。馬込さんも、また学校で……」

「はい荻野さん。また学校で……」

 睦月に背を向けて、二人の姉妹は軽自動車の方へと歩いて行った。

(もしかして……ちょっと気になってたりする?)

(そんなんじゃないってば! もう……)

 姦しい会話に聞こえない振りをしつつ、睦月は前払いの清算を済ませてから、国産のスポーツカーへと給油を始めた。

「しかし姉妹きょうだいか……」

 一人っ子である睦月にとって、兄妹や姉妹というものは架空の関係だった。

 もしそれに近い関係を求めるのであれば、それこそ古い馴染みを当たるしかないのだが……育児環境の問題か、同郷にまともな人間が一人もいないことに、睦月は内心愕然としてしまう。

「やばい……マジでへこむ」

『最後の世代』、と呼ばれる子供達が居た。

 ただ、格好付けて言ったところで……結局は地元に産まれる子供が打ち止めになってしまったのが、そう呼ばれていた理由に過ぎない。

 睦月もまた……その『最後の世代』の一人だった。

 中学卒業を機に何人かが地元を去り、事情ができたものから徐々に巣立っていき……そして睦月を最後に、『最後の世代』は姿を消した。弥生を含めて、仕事の都合で何人かとは今でも連絡を取り合っているものの、中には中学卒業以降、一度も会っていない者達もいる。

(会いたくない奴もいるしな……)

 あまりに個性が・・・強すぎる・・・・ので、全員が曲者だったりする。だから睦月も他の者達も、卒業式に別れを・・・済ませて・・・・いる・・こともあってか、『同窓会をしよう』なんてことを考える殊勝な者が一人もいない。

 だから彼等がどうしているかを知る術は睦月にはないし、彼自身も他の者達の情報を求めてすらいなかった。

「となるとそれ以外だと……はぁ」

 こうなるのであれば、もっと早く姫香に会いたかったと、睦月はいつも考えてしまう。

 ただそうなると……姫香と今の関係を構築できるのかが分からない。だから睦月は意識を振り払い、諦観の態を成すしかないのだった。

同じ地元・・・・でも、会って・・・いなければ・・・・・……だな」

 給油が終わり、ノズルを片付けた睦月は、燃料キャップを閉めたことを指差し確認してから、給油口を閉じた。




「…………っ」

 昼食を済ませ、(弥生ごと)片付けも終えた姫香はテーブルの席に着き、一人スマホを弄っていた。しかしマンションの築年数が古いこともあってか、エレベーターの発着音が部屋にまで響いてくる時がある。

 それを聞くと姫香は思わず、意識をスマホから玄関へと向けてしまう。依頼の完了報告や、ガソリンスタンドで給油してから帰る旨はすでに連絡を受けているものの、その顔を見るまでは落ち着くことができなかったからだ。

「…………」

 周囲からはよく『スマホ中毒』と呼ばれるものの、そのきっかけはただの連絡待ちだった。からの連絡を待つ為にスマホを弄り続け、時間潰しに色々としているうちに、中毒になる程触る癖が生まれてしまったに過ぎない。

 だからこそ彼が、睦月が傍にいる時は、スマホにあまり触ることはない。スマホそれよりも大事な人の為に、時間を使いたいからだ。

 ただ……その暇潰し・・・に夢中になり過ぎて、スマホを優先してしまうことがあるので、『スマホ中毒』と呼ばれるのはあながち間違っていないのだが。

「…………」

 ……足音が、近づいてくる。

 それでも万が一があるからと、姫香はまだ玄関には向かわない。

 意識は玄関に固定しつつも、スマホを置いた身体は椅子から少し浮かせて、部屋に用意した銃の隠し場所にいつでも向かえるよう準備している。

 そして、鍵が開き……

「あ~、疲れた……」

 警戒心のない睦月の声を聴いてはじめて、扉のチェーンを外しに向かうのだった。


 ――ガチャッ


「ただいま……姫香」

 見慣れているが見飽きることのない顔を見つめながら、姫香は両手を持ち上げようとして……そのまま睦月の胸元を掴んで、強引に引き寄せた。

「って、おいっ!?」

 自分以外の・・・・・女の・・匂いを嗅ぎ取った姫香は、睦月から手を放してから一歩下がり、右手の小指を胸の前で立てた。

「【女】」

 そして姫香は、睦月に向けて立てていた指を親指以外だけ立て替え、数字の三を示した。

「【三人】」

「三人、って……身体を洗ったからか? それとも姉妹で匂いが似ていたとか?」

 こうして姫香が詰め寄った時、睦月は絶対に嘘を吐かない。

 嘘だと簡単にばれると思っているのか、それとも好色漢女たらしと自覚しているからこそ、それ以外は誠実に生きようとしているのか。

 何にせよ睦月は、思い当たる節を姫香に話し始めた。

「一人は京子さんだろ? ドラ息子引き渡す時に近くで話していたし……」

 荷物を置きつつ、睦月は思い出しながら話を続けていく。

「二人目は彩未だな。帰り掛けに偶々会ったんだよ」

 そのついでに家まで送っていき、いつもの積立金を受け取ったと告げた睦月は、その封筒を懐から取り出し、姫香に手渡した。依頼達成前なので、すぐに使わない分の金銭として管理する為に。

「それで三人目……というか三、四人目だな」

 そして上着を脱いでいく睦月に合わせて、姫香も手を伸ばしてその手伝いを始めた。

「ガソリンスタンドで偶々会ったんだよ。教科書を受け取りに行った時に会ったクラスメイトと、そのお姉さんに」

 玄関横の洗面台で手を洗っている睦月の背後で、姫香は彼の下着ビキニパンツすら脱がして全裸・・に剥くと、

「……と、それ位だがお前は――っ!?」

 そのままで浴室へと放り込んだ。

 そして振り返る睦月に対して、姫香は右手を拳にして持ち上げると、頬をゴシゴシと洗うような仕草をしてみせた。

「【入浴】……」

 しかし、姫香の右手はすぐに広がり、親指以外の四指を付け根から直角に曲げて、その背に顎を載せるように動かした。

「……【待っている】」

 最後に自らのスカートの裾を掴み、少し持ち上げて見せた。それだけで、姫香の言いたいことが睦月に伝わってくる。

『【身体を綺麗にしてきて】…………【待っているから】』

 その蠱惑的な仕草を見て身体を洗い出す睦月を尻目に、姫香はスカートから手を放すと、浴室のガラス扉を静かに閉めた。

 睦月が身体を洗っている間に封筒の金銭を片付け、着替えと避妊具コンドームを用意する。脱衣かごに脱ぎ散らした衣服を投げ入れた姫香はそれらを準備しようと、ワードローブやハンガーラックが並んで設置されているベランダ側へと歩いて行った。

(本当、面倒な・・・相手・・を選んじゃったわね……まあ、いつものことか)

 時折恨めしくなる緘黙症持病を煩わしく思いながらも、姫香はこれから睦月をどう相手してやろうかと、思い悩むのであった。




 ――Case No.002 has completed.

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