014 案件No.002_要人護送(その2)

 しかし……車内に銃声が響くことはなかった。

「ん? ……え、なっ!?」

「とりあえず、すぐに思いつくだけでも……」

 引き金を引けずに狼狽える政治家の息子を、睦月は顔を正面に向けたまま視線だけで、どこか冷ややかに見つめていた。

「ただ武器を持てばそれだけで強いと勘違いする程の知識や経験の不足。こんな近距離で銃使うとか馬鹿だろ?」

 銃の構造によっては、至近距離で銃口を向けること自体が悪手となりかねない。

 状況にもよるが、片手で銃身を握るだけで撃てなくさせることは可能だった。特に相手がただの素人であれば、『引き金を引けば弾が出る』という概念以外を理解しようとしないことが多い為、簡単に邪魔できる。もし睦月に対して銃口を向けるのであれば、一度降車して距離を置くべきであった。

 もっとも、たとえ武器がナイフ等の刃物だったり、先に降車されていたとしても、対処できる自信が睦月にはあった。実際、類似かつかなり酷い状況にも出くわしたことがあるので、対処法はすでに幾つも用意しているのだ。

「なっ、くっ……」

「次は、そうだな……自他の評価を自分の都合がいいように見過ぎているところか? 周りを見下し過ぎなんだよ、お前は・・・……」

 引き金が引けないことにイラついている間に、睦月の指は自動拳銃オートマティックの側面にある留め金を外し、銃身スライドの部品を外していた。

「……俺が銃見てビビる素人だとでも思ったか?」

 映画等とは違い一瞬とまではいかなくとも、言動で気を引いている間に拳銃を操作して解体するバラすこと自体、難しくはなかった。特に自動拳銃オートマティック製造元メーカーが違っていても、構造にそこまで大きな違いはない。

 だから睦月のように自動拳銃オートマティックを使い慣れた人間にとってはたとえ目を瞑っていようとも、指の感触だけで十分できる芸当だった。

「ついでに言っとくと、鎌掛けが下手過ぎる」

「くっ!?」

 睦月の話を最後まで聞かず、要人は助手席から逃げ出そうと扉を開けた。

「さっき聞いてきた『ブギーマン』だけどな。たしかに俺は、都市伝説・・・・の方は知らねえよ。ただ……」

 しかし、逃げ出そうとした男は未だに、そこから離れようとしていない。否が応でも、睦月の言葉を耳に入れさせられてしまう。

「……同じ裏社会の住人で、『ブギーマン』って通り名の奴は知っている。相手が嘘をついているかどうかを見抜く自信があったのかもしれないが、ちょっと練習すればこれ位の情報操作、誰にだってできるんだよ」

「あ、ああ……」

 もはや、睦月の話を聞いているのかどうかすらも分からない。それでも話は止まらず、ただ強引に耳へと割り入って行く。

「最後に……周囲に甘え過ぎだ」

 撃てなくなった自動拳銃オートマティックの残骸を拾い出す睦月。銃口を向けられていたにも関わらず、明らかに無防備な行動ではあるが……相手はそれどころではないと理解してた上での余裕だった。

「自分で依頼しとけば、とっくに気付いていたのにな……運転手が入れ替わって・・・・・・いることに」

 現在、睦月が連れてきた政治家の息子は記者からインタビューの為にマイクを向けられているように……複数の刑事から職務執行の為に手帳を突き付けられていた。

『警察だ! 動くなっ!』

「う、嘘だろ……」

現実・・が見えていないのは、お前の方だったな」

 呆然と呟く要人に、睦月は車の中から声を掛けた。


「俺の依頼人は、例の『ブギーマン』だ。じゃなきゃお前みたいなドラ息子、誰が乗せるか」


 ……真相はこうだった。

 事前に手配されていたはずの運転手は現在、別の場所で警察に拘束されている。『ブギーマン』が睦月に依頼して代わりに運ばせたのは、確実に相手を警察送りにする為だった。

 だから睦月は相手が銃を持っていたことも事前に知らされていたし、ここに待ち伏せていた顔馴染み・・・・の刑事に引き渡すのもまた、依頼内容に記載された予定通りだった。

「相変わらず手際がいいね……睦月君含めて」

「そっちも相変わらずですね……京子きょうこさん」

 他の警察関係者達が政治家の息子を拘束する中、女性の刑事が一人、睦月の車の運転席側へと回ってきていた。

 その女性、千釜ちがま京子は睦月や『ブギーマン』ともよく仕事をする仲……


 ……と言えば聞こえはいいが、『ブギーマン』が犯罪者を引き渡す為に選んだ、警察組織内で不正を嫌う人間が、たまたま睦月の知り合いだっただけなのだ。


「そういえば……高校進学を機に、新居に引っ越したんだっけ? おめでとう」

「それってどっちに対してですか? ……後、そっちもこの前結婚しましたよね?」

「と、言われてもね……」

 睦月の指摘に対し、京子はどこか苦い顔を浮かべながら茶髪のロングヘアを掻き分けつつ、運転手側のドアにもたれていた上半身を起こした。

「親戚とかがうるさいから籍を入れたけど、ほとんど偽装結婚みたいなものだからなぁ……旦那とは意外と相性が良かったけど」

「あれ? その旦那さん、男性同性愛者ゲイとか言ってませんでしたっけ?」

 回収し終えた自動拳銃オートマティックの残骸を手渡しつつ、睦月は京子にそう問い掛ける。しかし彼女は高長身な背筋を伸ばし、(姫香より少し小さい位の)胸を張って、こう返してきた。

「受け、というのもあるのか結構女子力高いんだよ。だからよく、家事を教わっているからか相性抜群。旦那の相方バディとも元々顔馴染みなこともあって、ほとんどルームシェアしている感覚なんだよ」

「俺が言うのもなんですけど……色々歪んでません? それ」

「まあ、たしかに……睦月君みたいな好色漢女たらしには言われたくないな」

 しかし京子もまた、その好色漢女たらしに股を開いているのだから、世の中は不条理で埋め尽くされているとも言えるのだが。

「というわけで、もう行くよ。ご苦労様」

「どうも……あ、そうだ京子さん。ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん? 何だい?」

 バラバラに分解された自動拳銃オートマティック片手に仲間の刑事達の方へと向かおうとする京子を引き留め、睦月は別のことを問い掛けた。

「うちの親父が公安警察に目を付けられたらしいんですけど……噂でもいいので、何か聞いていませんか?」

「いやぁ、私の耳には届いていないかな……だったら今回の仕事でも、顔を合わさなかったと思うし」

「です、よね……」

 指揮系統は違えど、大元は同じ組織である以上、もしかしたらと新居へと引っ越したあの日……秀吉から縁を切られたあの日から一度も、睦月は京子と接触を図ることはなかった。

 互いに用事がなかったというのもあるが、もし公安警察の手が京子にも及んでいれば、そこから睦月に接触、最悪の場合は逮捕という可能性も十分に有り得た。けれども今回、『ブギーマン』が仕事をする上で二人を接触させたということは、その考え自体が間違っていることになる。

 そもそも、『ブギーマン』が標的ターゲットにするのは犯罪者であることが確定した時だけであり、SNSやWWW上の情報を可能な限り精査した上で、仕事の依頼を受けるかどうかが判断される。その為、警察のデータベースにすら探りを入れ、無断で・・・捜査情報を閲覧することも茶飯事だった。

 ある意味で言えば、睦月達以上に依頼人を選別しているとも取れる。だからこそ、今回依頼を受けたのだ。安全が確保されていてかつ、ついででもいいから警察の状況を知る為に。


 何せ『ブギーマン』には……睦月を害することができない・・・・理由があるのだから。


「しかし何かあったのかい? そのお父さんに」

「公安警察に目を付けられたからって、縁を切られたんですよ。何かやらかしたらしくて」

「それだけじゃ、何とも言えないなぁ……まあ今のところ、君の敵になるつもりはないよ」

 元々さばさばした性格だということもあり、京子はあっさりとそう宣言した。他に理由もなければ信じていいだろうと、睦月にも思える程はっきりと。

「とりあえず、何かあったらまた連絡するよ。それとも今度、デートするかい?」

「しばらくは新婚生活を楽しんでて下さいよ……じゃあまた」

 搭載した遮断装置キルスイッチが作動する前にエンジンを点火させた睦月は京子に見送られながら、警察関係者や政治家の息子達をその場に置いて車を発進させた。




「わりと本気だったんだけどな……旦那も相手してくれないし」

 しかしこの後同僚に手を出そうものなら面倒事にしかならないと、京子は頭を振って、煩悩を払おうともがいた。

「ああ、駄目だ……仕事終わったらバーに行こう」

 そんな彼女の通い付けは……会員制の乱交バーだったりする。




「…………ん?」

 車を走らせていると、街灯の下に誰かがいるのが睦月の目に映った。

 こんな田舎道にいるのもそうだが、いつもとは違う格好とはいえその女性・・に見覚えがあった睦月は、近くに車を停めてからクラクションを鳴らして注意を引いた。

「……あれ、睦月君?」

「彩未……」

 そこにいたのはプリン状の金髪頭にリクルートスーツを着た顔馴染みの女子大生、彩未だった。いつもなら女子高生の制服を着ている彼女だが、今はキャリーケースに腰掛けたまま、街灯を頼りにスクールバッグ(に近い鞄)に手を入れていた。

「お前も仕事帰り・・・・か?」

「そんなところ。ごめん……ちょっと座席借りていい?」

 睦月は返事代わりにと、ハザードランプを点灯させた。それを確認した彩未は街灯から歩み寄って来てドアを開け、助手席に腰掛けてくる。

「しかし妙な所で会ったな……普段は現場・・じゃないだろ、お前」

「今日は代理。他の人が来るはずだったんだけど、急に都合が付かなくなったんだって」

 鞄に手を突っ込んだまま作業をしている彩未の横で、睦月もまたスマホを取り出して、姫香に完了報告を済ませることにした。もう夜中だから寝ているのかとも思っていたが、『振込確認OK』の返信がすぐに来た。

「にしても……さすがに制服じゃないよな」

「そりゃ目立つからね~深夜だと特に」

 すると終わったのか、プラスティックが割れる音と共に、彩未が鞄から手を抜いた。

「ほら、私の仕事って、目立ったら負けじゃん」

「まあ……たしかにな」

 彩未の仕事内容・・・・を知っているだけに、睦月はスマホを仕舞いつつ、そう返すだけに留めた。

「適当に仮眠してから帰るつもりなんだが……午前帰りでいいなら送って行こうか?」

「ホテル行きたいの?」

 ……日頃の行い、というものだろうか。

 午前帰りを提案した時点で彩未からそう返されるのは分かっていたはずなのに、睦月はその対応に内心うんざりしてしまった。

「その辺りは好きにしてくれ……さすがに強姦レイプとかは虚構フィクションで十分だしな」

「言えてる……」

 キャリーケースを後部座席に載せ、閉じたドアのパワーウインドウを下げながら、彩未は何とも言えない表情を浮かべた。

「ホント、男が皆睦月君みたいだったらいいのに……」

「止めとけって。さすがに好色漢女たらしよりましな男位、他にいるだろう」

「そっか、な~……」

 手に持っていたものをドア越しに、外に捨てる彩未。ものがものだけに指摘しない睦月だったが、さすがにポイ捨てを平気な顔でできる程歪んではいないので、少し苦い表情を浮かべている。

「……で、どうするんだ?」

「う~ん……ホテル代は睦月君持ちね」

「はいはい……」

 下心がないと言えば嘘になるものの、さすがにこんな暗闇の田舎道を一人で帰らせるのも後味が悪い。

 睦月は彩未がパワーウインドウを戻し、シートベルトを締めたのを確認してから、ハザードランプを切った。




 走り去る車が停まっていた場所には割れたSIMカードが数枚転がっていたが、吹き荒れる排気ガスによってどこかへと飛ばされて行く……

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