007 案件No.001_美術品運送(その3)

 深夜の一本道は空港から伸びていたこともあり、建築物はあっても、人家の類は少ない。二十四時間稼働の工場地帯さえ避けておけば、残っているのは郊外のラブホテルのみ。そこの利用客とかに目撃される可能性はあっても、人目を避けようとしている時点で不倫ないしは家族に内緒で風俗デリヘルのキャストとよろしくやっているだろうから、気にする必要はなかった。

「でもこれは、さすがにまずいよな……」

 シフトレバーを操作してギアを上げ、クラッチとアクセルを踏み替えると同時に加速させる。睦月が運転する車の背後から、近付いてくる追手が複数いたからだ。

「乗用車が三台、バイクが一台、ってところね……振り切れそう?」

「目立っても良ければ……なっ!」

 ハンドルを切った後、本来描くはずだった車道の上では、何かが大量に降り注いでいたようだった。睦月が確認しようと視線を走らせる前に、名児耶がその回答を伝えてくる。

「ロケット花火にエアガンのBB弾……完全に素人ね。さすがにこれで車が停まるなんて、考えているとは思えないけど…………」

「目的は威嚇だろうな。となるとお次は、っと!」

 ハンドル操作に加速の強弱を組み合わせて、接近してくる車を軽々と回避する睦月。

 元々、銃自体が概念に至るまで外国頼りのお国柄なのだ。最初から規制されている分、簡単に手に入るものじゃない。だからと言って、もう少しまともな手段を用意できないのかとも思う二人だが、しつこさだけは素人顔負けだった。

「さて、どうするか……名児耶護衛役さんの意見は?」

「ここまでされたら、暴走族の抗争か何かで誤魔化すしかないでしょう?」

 名児耶は懐からゴム紐を用いて弾を飛ばす道具スリングショットを取り出した。それもおもちゃのパチンコではなく、アタッチメントを手首に当てることで台座を固定できる、狩猟でも用いられるような代物だった。

「……それ、一応スポーツ用品だよな?」

「詳しいわね……やっぱり男はこういうのが好きなの?」

「いや、護身用品の通販サイトで見かけた。何故か用意されていたスポーツ用品のコーナーに載ってたから、何となく覚えてただけ」

 睦月が運転に集中する中、シートベルトを外した名児耶は車の外に上半身だけを乗り出している。その状態で弾を装填したゴム紐を強く引くと、追い掛けてくる車のフロントガラス目掛けて放った。

「弾はっ!?」

「手製の粘土製の陶土弾だから勝手に土に還る、但し強度は鉄並っ!」

 着弾したフロントガラスの場所は運転席側じゃなく、助手席の方だった。しかしそこに座っていた相手は丁度ロケット花火に火を点けたところだったので、タイミング良く、もしくは悪く驚かせることに成功したのか、車内に手放してしまったらしい。

 そのせいで車内に火花が蔓延している様子が後部リアガラス越しに見えた。パニックを起こしてハンドルを大きく切ってしまったらしく、そのまま一本道から外れてしまっている。どうなったかは分からないが、どうせそのうち、どこかにぶつかって停車するだろう。

 どちらにせよ、もう睦月達を追い掛けてくるのは難しいはずだ。

「まずは一台……」

「良い腕してるな、あんた」

「狙いはともかく……花火の方は、さすがにまぐれよ」

 実際、名児耶の腕前は口だけではなかった。最初の一台みたいにタイミング良く相手に花火を落とさせることこそできなかったものの、フロントガラスに全弾命中させて運転手にひびだらけの視界を与え、次々とリタイアさせることに成功している。

 睦月も回避行動を最低限にし、なるべく車体を揺らさないようにして名児耶が狙いやすくなるように協力する。その甲斐あって、三台の車は難なく無力化することに成功した。

 しかし……残り最後のバイクだけは違った。

「やっぱり的が小さいときつい……いっそこのまま振り切れない?」

「相手次第だな……とりあえず様子見で」

 車の最高速とまではいかないが、名児耶が車内に身体を戻すのを確認してから、睦月はまた一つギアを上げた。

 しかし相手のバイクもかなり改造してあるのか、そのスピードに引けを取らずに追い掛けてきている。

「にしたって、妙だな……」

「素人にしては良いバイクと腕前を持っている、ってところが?」

「いや……違う」

 睦月は妙な違和感を覚えていた。

 相手が睦月の運転について来れて・・・いるからじゃない。未だについて来て・・いるからだ。

「もう他の仲間は全滅しているのに……助けるどころか、何で俺達のことを諦めない・・・・んだ?」

「……っ!?」

 その睦月の疑問に、名児耶は再びシートベルトを閉めつつも、大きく身を捩って後方を見据えた。たしかに先程から、あのバイクは二人の乗る車をずっとつけて来ている。

 まるで……他のことが目に入っていないかという位に。

「例の個人依頼の話、あんたも伊藤さんから聞いてるだろ? もしかして……」

「……あいつだって言うの?」

 可能性は高かった。

 素人が徒党を組むのであれば、どんな繋がりでもいいから、自らが所属する共同体コミュニティに助けを求めるのが一番手っ取り早い。利益でも力づくでも純粋な交友関係でも、一番協力を求めやすいからだ。

 しかし、あのバイクは睦月達の乗る車を追走したまま、他の仲間が道路を外れていようとも、その一切を気にも留めていないようだった。

「仕事に忠実なのか、それとも単に、協調性がないだけなのか……いずれにせよ、裏社会の住人雇われだったらまずいな」

「裏社会の住人の人間だと判断する基準は?」

「装備と腕前。ただ、今回が初仕事の新人ルーキーだったら素人と大差ないし……とにかく、今は相手の情報が欲しい」

 ハンドルから一度片手を放した睦月は、カーナビの電源を入れて数回のボタン操作で車体後方に設置したカメラに繋げた。わざわざ振り返ることなく後ろを見る為に、事前に仕込んでいたものである。

「あれか…………げっ!」

「ん?」

 小柄な体躯を覆う大き目のパーカーが、どこか死神のマントを連想させた。全体的に黒い印象を与える装いよりも、バイク越しからでも確認できる大量のポーチ類が、先の読めない恐怖を与えてくる。

 しかし、一際目を引いたのは顔面を覆っている、鳥の嘴に見える部分が目立つペストマスクだった。元々は名前の通り、世界規模で恐れられていた病気の一つに対する防護装備の為、視界に映った者達には容赦なく、不吉な印象イメージを刻み込んでしまう代物だ。

 そして睦月は、相手のことを知っていた。


 マスクに隠された人間の正体も、そして……相手が黒死病ペストレベルで凶暴な存在であることも。


「もしかして……知り合い?」

「ああ……裏社会の住人。それもかなりやばい手合いだっ!」

 睦月はさらにアクセルを踏み込むが、追い掛けてくるバイクは運転手の身体に合わせた小型二輪に見えるのに、性能が市販品をはるかに上回っていた。明らかにエンジンを、異常なレベルで改造している。

 睦月の車と同様、『魔改造』とも表現できる度合で。

「通り名は『ペスト』、裏の技術屋だが……他に受けている仕事が悪目立ちして、そっちの方で有名になり過ぎた奴だ。その仕事っぷりといつも着けているマスクから、自他共にその名で仕事を請け負うようになったんだよっ!」

「その職業って、一体……」

 カーナビに後方の様子を映させたまま、睦月は運転に集中しようと、軽く息を吐いた。


「…………爆弾魔だ」


 睦月がそう言葉にすると同時に、バイクの運転手、『ペスト』が片手をハンドルから放して、腰の方のポーチから何かを取り出していた。こんな加速状態で片手運転をし始めるのだ。絶対まともな得物じゃない。

「顔馴染みなら、相手の手口位知っているでしょう!?」

「あいつ熱中しやすいナードの癖に飽き性だから、その辺りは在庫次第だっ!」

 しかし馴染みがある分多少の手口は理解しているのか、『ペスト』が動くと同時に、睦月はすぐさまハンドルを切った。その横をロケット花火が飛んでいくが、飛ばしただろう物は、先程の素人達が威嚇に使っていた市販品とは明らかに違う。


 ――ドォン!


 ……主に威力が。

「今……素手で擲弾グレネード撃たなかった?」

「どっちかと言えば、ロケット式の手榴弾だな……前に似たようなのを見たことがある」

 素人依頼で仕事をする割には、消耗品であるはずの手榴弾に余計な改造を施す時点で、明らかに予算越えしている。経費に計上されるのかも怪しかった。

 それなのにバンバン使ってきている時点で、予算なんて考えてるようにはとても思えない。

「あいつ等……相手を考えて依頼しろよな」

「顔馴染みでしょう? 説得はできないの!?」

「できたらとっくにやってるよ……」

 カーナビの画面とバックミラーに意識を向けてハンドルを切りつつ、睦月は嘆息した。その間、決してアクセルを緩めることはなかったが。

「裏社会はたとえ顔馴染みでも、仕事で競合して死んでも恨みっこなし、ってのが暗黙の了解ルールだ。あっても身内の仇討ちとかその程度。当事者間の問題トラブルは、お互いが納得できればそれで『はいおしまい』なんだよ」

 睦月が名児耶と話す間も、周囲は爆発に包まれていた。その度に自身の運転技術を最大限に活用し、危険から身を守っている。

「……ちなみにあいつとの競合やりあうのは、今回が初めてじゃない。あいつ手段の為に目的を選ばないところがあるから、予算度外視の素人仕事でも気紛れにホイホイ受けるんだよ」

「……今度から友達はちゃんと選んで」

「あいつとの関係って……友達でいいんだっけ?」

 若干言葉を濁す睦月だが、その間も『ペスト』の攻撃の手は止まず、未だに車を減速させることすら敵わなかった。

「この状況じゃあスリングショットは不利ね……他に何か武器はある!?」

「あんたの口の堅さ次第っ!」

「命の危険度に比例する。ちなみに今が最高に堅いっ!」

 そろそろ、『ペスト』が放ってくる爆弾の火力が洒落にならなくなってきている。

 睦月は仕方ないと、ハンドルに付いているスイッチの一つを押した。

「ダッシュボード、隠し収納二重底の下にある物を!」

 名児耶は黙って、睦月の指示通りに助手席のダッシュボードを開けた。普段は閉じていて気付かないであろう二重底が、少し浮いている。先程押されたスイッチが、隠し収納のロックを外す役割を持っていたのだ。

「……次は最初から、これを出してくれない?」

「次があればなっ!」

 仕舞われていたのは、二丁の回転式拳銃リボルバーだった。

 警察でも採用されている.38(約9mm)口径で、隠し持つことを優先してか、銃身の短いものが置かれている。銃弾も二丁並んでいる回転式拳銃リボルバーの間に用意されているが、数はそこまで多くない。

二十四発二ダースの通常弾と……こっちの六発はマグナム高威力の弾?」

「通常弾の方を使ってくれ。マグナム弾だと威力が強すぎて、銃の方がもたない、っ!」

 名児耶は銃を一丁持つと回転式弾倉シリンダーをずらし、少しもたつきながらも銃弾を込め始めた。

「弾頭はバイオBB弾と同じ成分だ。ほっとけばあんたの粘土製の陶土弾と同じく土に還るし、殺傷性は普通の銃弾より低い」

「銃弾は詳しくないんだけど……これって、普通に出回っている物なの?」

『ペスト』後ろの奴が作ったものだよ。いろんな意味で残念なことに……」

 銃弾を込め、撃てる状態にした回転式拳銃リボルバーを構えた名児耶に合わせて、睦月はハンドルを切った。

 スピードを出したままなので、下手にシートベルトを外すのは危険だと判断した睦月は、名児耶が狙いやすいように車の位置を、『ペスト』から見て平行から垂直へと変える。

 車の位置とドアウィンドウが下がるタイミングに合わせて、名児耶は引き金を引いた。

 放たれたのは二発。しかし銃弾は全て外れてしまう。

「銃は苦手かっ!?」

「いや、向こうの反応が良すぎるっ!」

 名児耶の狙いは良かったものの、それよりも『ペスト』が反応して、回避行動に移る方が早かったのだ。

 再び『ペスト』から距離を取ろうとする睦月の横で、名児耶は銃を握っている腕を引っ込めた。

「それに急所を外して狙うとなると、的が小さくなるから回避されやすくて……この速度だとバイクを狙って横転させると、確実に相手を殺してしまうし」

表社会一般人には辛いところだな……ある意味俺もだけど」

 そもそも裏社会の住人であっても、その全員が人殺しを率先して行うわけではない。

 たしかに違法な行いもするし、仕事の結果相手の人生を変えてしまうこともある。けれども、趣味嗜好や利潤含めて、その全員が人殺しを容認するわけではなかった。

 社会の表裏問わず平気な顔で、自分と同じ生物を殺せる人間自体、そうそういるわけではない。真っ当な精神ではまず、無意識下で自分の命と比較してしまい、殺人という行為そのものを嫌悪してしまうからだ。だから睦月も、殺人にはできるだけ加担しないようにしている。

 それ以前に、下手に当てて『ペスト』が身に付けている爆薬に引火させてしまえば、こちらにも被害が出かねない。

「となると後は……なあ、あんた」

「何?」

 これしか手はない、と睦月は名児耶に、とある提案をした。




「――――、狙えるか?」

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