第7話
その翌日、本を持ったフリゲリーがアルデバの居る宿へとやって来た。宿の扉を開き中へ入ると、
「アルデバ……例のミデル族の女性は居るか?少し用があるんだが」
と受付の者に言えば、係の者が部屋へと向かって行った。
そうしてその係の者と一緒にやって来た。アルデバは少々驚きながらフリゲリーを見る。
「えっと、フリゲリー……何の用かしら?」
「その……これを……」
と震える手で差し出したのは彼女が欲しがっていた本だ。それをそっと受け取ると、本を触りページを捲る。
「凄い、こんなに綺麗な本見た事無い……」
「あ、相棒が探してくれたんだ、アイツはそういうのに詳しいからな」
「ありがとうフリゲリー」
満面の笑みを浮かべる彼女にフリゲリーは照れたように頬を掻くと、
「それじゃぁ、また、アルデバ」
と言ってそそくさと宿から出てしまった。
宿を出た瞬間大きくため息を吐くのだった。
先程のアルデバの笑顔を見て、ドキドキと耳元で心音が聞こえるくらい落ち着かない様子のフリゲリーは顔を振って、自分に落ち着けと言い聞かせながら自分の宿へと戻るのだった。
宿へ戻ると「どうだった?」とロクホートが聞いてきたが無視をした。すると、
「ってことは、何かあったんだね。どうするのさ、これから」
「………そ、その事で少し相談がある」
「何?」
「本を好む彼女と、前に聞いた『私と違って』という言葉は繋がっているのか?」
「それは難しいな……本が好きなのは趣味だから構わないけど『わたしと違って』って言葉は気になるね」
「やっぱり何かあるんだろうか…」
「………それを聞く事が親しくなるきっかけになるかもしれないね」
「と、言うと?」
「そんな言葉をフリゲリーの前で呟いたって事は意味があるんだよ、きっと。だから次会った時は『私と違ってってどういう意味なんだ?』って聞いちゃっていいと思う。言いたくないと言われたらそれ以上は踏み込まない方が良いよ」
「成る程解った」
フリゲリーはそのやり取りを手帳に書き込んでいく。
「まぁ、それだけで上手くいくとは思えないけどねー」
とロクホートは付け足した。それはフリゲリーにも解っていた事なので、あえて追及はしなかった。
その後、薬品店や保存食店、それに本屋を見て回ったがアルデバの姿は見えなかった。
何かあったのだろうかとロクホートをさりげなく誘い一緒にアルデバの居る宿を尋ねないかと誘った。余りにもさりげなくなかったので苦笑いをしながら付き合う事にしたロクホートは、フリゲリーと一緒にアルデバの居る宿を尋ねた。受け付けでミデル族の女性を呼び出して欲しいと言うと、係りの者が代わりに同じパーティの人間の女性が連れてやって来た。
「色々良くしてくれるミデル族って貴方?…そう、だったら率直に言うわ、彼女怪我をしたの」
それに驚きを隠せず狼狽えるフリゲリーに、ロクホートは落ち着けと耳元で囁く。
「そ、それで彼女の容体は?」
「一ヵ月安静よ、暫くは宿の食堂にも出れない位にね」
「そう……なのか………」
ロクホートが気を利かせて買って来ていた黄色い花一輪の花束を差しだすと、
「あの、彼女に…元気出してってフリゲリーが言ってたって伝えて貰える?」
「……解ったわ」
花を受け取ると女性は頷き返して部屋へと戻っていく。
それを見送ると宿を後にした。これ以上この宿に居てもやる事は無いし、女性の横たわる怪我の姿を見れる程フリゲリーは女性慣れしていないと、ロクホートは最近学んだからだった。
そうして宿へと戻る道すがら、フリゲリーはロクホートに尋ねた。
「なぁ………俺は何ができる?」
「………何も出来ないよ」
「……辛いな」
「だろうね……」
そう話した後無言のまま自分達の宿へと戻るのだった。
そうして朝が来ると食事を取って戦場に向かい、夕日と共に街へと戻ってくる毎日が続くのだった。
そんな中でもフリゲリーは時折アルデバの宿へと向かい、彼女の代わりに来た女性にアルデバ当てに一輪の花を送っていた。
毎日がそんな風に過ぎていった。
フリゲリーとロクホートは傭兵としての日々を送っていたが、フリゲリーはアルデバの事が気になって仕方が無かった。怪我の具合はどうなのか、今は良くなっているのか、心配で堪らなかった。
宿へ行っても女性の部屋に入るのは憚られるので同じパーティの女性に花と言葉を託す位しか出来なかった。
それを情けないと思ってしまうフリゲリー。
ロクホートは「十分出来る事はしているよ」と言ってくれてはいるが、彼女の事が気になって仕方がない。容体を聞こうとしても聞けない自分にいら立ちを覚えてしまう。
それでフリゲリーは最終手段に出た。
買い物から戻って来たロクホートに、神妙な顔つきで頭を下げ、
「……済まないが、彼女の事……アルデバの事を調べて貰えないか?お前は俺と違って情報のやり取りにも詳しいだろう?」
「………知ってどうするのさ?」
「彼女の事を出来るだけ知っておきたい、彼女に何を思われようとも構わない、だから……」
意を決した様な申し出をするフリゲリーは真っ直ぐにロクホートを見つめていた。その真っ直ぐな視線に耐えられず目線を逸らすと、
「…………………解った、調べてみるよ。けどどんな情報が出ても騒がない事、いいね?」
「ああ、解った」
本当に解っているのかと心の中で疑いながら買い物袋をベッドに上に放り出すと、ロクホートは部屋を出て行く。
「それじゃ、調べに行ってくるよ。期待しないで待ってて」
そう言うと部屋の扉を閉めた。
フリゲリーは落ち着かない様子だったが、義手の手入れをし始めると何時もの様な落ち着きを取り戻した。
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