第6話
食事を終えると宿へと戻った。受付で鍵を受け取ると三階へ向かう。鍵を開けて部屋の中に入ると、フリゲリーは帰り道で買った小さな手帖とペンを手に、例の彼女に対することで気を付ける事や作戦会議で出た事案、彼女のプライベートに関する事も含めて色々と書き込んでいる様だった。
それから二日後フリゲリーは薬品店へとやって来た。そろそろこの間負った怪我用の薬品や包帯が無くなってしまったからだ。店に入ると薬品の棚を調べ消毒液や軟膏、ガーゼに包帯を手に取ると会計へと向かった。
そこには先客が居て、それはアルデバだった。
一瞬どうしたらいいか解らなくなったフリゲリーだが、ロクホートから『何事も落ち着いて行動する事』という言葉を思い出し、深呼吸をすると、
「や、やぁ……アルデバ、買い物かい?」
そう震える声で彼女に尋ねると、
「あら、フリゲリーも買い物?」
「そうなんだ、この間の怪我がまだ良くなくてな、包帯やら必要な物を買いに来た」
怪我の話は余計だったかと思いながらも行ってしまったものは仕方がない。それにアルデバは、
「聞いたわよ、敵の大剣使いに勝ったんですって?同族として誇らしい気持ちになるわ。傷の具合はどう?」
「大分良いんだがな、なかなか完治してくれなくて困っているんだ、薬品代も馬鹿にならないし」
「ふふっ、凄腕が弱気な事を言うのね」
「す、凄腕!?」
いきなり出た言葉に持っていた薬品を落としそうになりながら、アルデバの言葉を繰り返す。
「貴方結構有名なのよ、凄腕の大剣使いと拳銃使いのコンビって。もしかして知らなかったの?」
「は、初耳だ」
「次の戦場でも武勲を上げるんでしょうね、凄いわ……私と違って」
「違うって……?」
「いいえ、何でも無いの、気にしないで」
そう言ってアルデバは会計を済ませると店を少々急ぎ足で出て行くのだった。それを見送りながらフリゲリーは会計をするのだった。
宿の部屋へ戻るとかなり迷ったが、先程の出来事をロクホートに話した。
「…………私と違って、っての気になるね。というかいいの?僕なんかに気軽に話しちゃってさ」
「俺自身迷ったが、お前のアドバイスが無いと正直困るんだ、だから頼む」
「良いけどさ~……凄腕に私と違ってか………彼女そんなに強くないって事じゃないの?もしかしたら成人したてなのかもしれないよ?だから力量の差を気にする」
「そういえば、年齢は聞いていなかったな……」
「まずは自分から言いなよ?先に『何歳?』なんて聞いたら駄目だからね」
「わ、解った」
それを聞くと手帖に書き留めていくフリゲリー。
「…………その前にさ、彼女で良いの?」
「何がだ?」
「お嫁さん、彼女以外にも同族は居るでしょ?探せばだけどさ。だから彼女で良いのかなって思ったんだけど」
ロクホートの言葉にフリゲリーは少し考えると、
「……ミデル族はそもそも出会いが少ない、人間と違ってな。だからその時に出会った相手が将来のパートナーになる事が多い。だから俺は彼女が良いんだ」
「…………………そっか、なら応援するよ」
「ああ、済まないな」
「そう思ってるなら自分から行動しなよ!僕にばっかり聞かないでよね!」
「す、済まん」
そう呟きながら困った様な表情を浮かべて頬を掻くフリゲリー。ロクホートにはそんな表情は解らなかった。
それから三日後、何時も相談相手になって貰っているロクホートからの頼みで、戦場で食べる携帯食料の調達を頼まれたフリゲリー。人間の好むものはてんでで分からないのでどうしたものかと考えながら保存食を売っている店へと入って行った。
棚に置かれた商品を見ずに会計に居る店員に、
「人間が食べる様の美味い携帯食料が欲しいんだが、どれを買えばいいか解らないんだ。済まないが選んでもらえないか?」
と店員に全てを任せる事にしたフリゲリー。店員と一緒に店内を歩き、人間から評判の良い物を選んでもらってはその手にどんどんと積み重なっていく。
そうして会計に向かうと、アルデバが保存用食料を手にやって来た。
「あら、フリゲリー人間用の食糧なんて必要だったかしら?」
「や、やあ、アルデバ。相棒に頼まれてな、所謂お使いという奴だ」
「あらあら、凄腕をお使いに出すなんて、相棒さんったら神経図太いのね」
「ああ、あれはかなり図太いな」
「アハハ、言ってみただけなのに本当なんてなんだか笑えてきちゃうわ」
「アルデバも人間に頼まれたのか?」
「私の場合は人間以外にもね、獣人も居るから必要な物が多いのよ」
「大変だな、大所帯ともなると」
「本当、大変よ」
「………そ、そういえば、アルデバは好きな物とかあるのか?」
唐突な質問にキョトンとしながらも、アルデバは、
「いきなりね………うーん、本、かしら?」
「どういうのを読むんだ?」
「色々よ、ただ気に入ってる本が傷んできちゃって困ってるの」
「作品名は?」
「………え?」
「相棒は本に詳しくてな、もしかしたら探せるかもしれない」
「でも、悪いわ」
「いや、俺がやりがいだけなんだ……お節介かもしれないが」
「…………なら、お願いするわ。著者は『アルバート・ハウラー』で『夜明けの朝に住むもの』よ」
「ちょっと待ってくれ、メモする」
と手帖とペンを取り出して、
「もう一度言って貰えるか?」
「『アルバート・ハウラー』の『夜明けの朝に住むもの』よ」
「えー『アルバート・ハウラー』『夜明けの朝に住むもの」……だな。宿に戻ったら相棒に聞いてみるよ」
「無かったら無かったで構わないわよ」
「それは探してみないと解らないだろう?」
「ふふっ、そうね」
会計を済ませ荷物を持つと、フリゲリーは後にした。勿論出て行くときにアルデバに、
「それじゃ、また」
「またねー」
と声を掛け合った。
フリゲリーは宿の部屋へと戻ると、へなへなと座り込みながら、例の彼女に出会った事をロクホートに告げた。ついでに本を探すのを請け負ったのも伝えた。
「ちょっとー!勝手にそういう事しないでくれる!?無かったらどうするのさ!」
「無かったら無かったで構わないと言われている。けれど個人的には渡したい。それに積極的に行けと言ったのはお前だろう?」
「あー面倒くさい事になったよ、僕まで巻き込んで何かするつもりだよ、あー面倒くさい」
そう声を上げるロクホートを見ながら、
「そんなに面倒な事なのか?」
とベッドで転げまわりながら不満を漏らすロクホート。けれど一分程うつ伏せになっていたかと思うと、ガバリと起き上がった。
「それじゃ行くよ!」
「行くって、本屋にか?」
「そうだよ、早くいかないと入今日の荷分が無くなっちゃうかもしれないでしょ」
「わ、解った…行く」
その言葉を良しとすると、ロクホートはベッドから降りて部屋の入口へと向かった。フリゲリーもそれを追って行く。何時もは二人並んで歩いているのだが、今回はロクホートを先頭にフリゲリーが付いて行ってる様な感じだ。
そうして二人宿に鍵を預けて外に出ると、書店へと向かった。
この街の書店は基本的に中古本のみの扱いだけの本屋が、三軒程ある。そこの一軒に入って行くと本棚を調べていく。フリゲリーがメモした通りの『アルバート・ハウラー』の本を探すが無かった。
そこを出て先程と同じ様にロクホートが先を歩きフリゲリーが後を付いて行く状態で次の店へと向かった。
到着して先程と同じく本を探すが、目当ての本はあったものの状態が非常に悪かった。これを渡すわけにはいかないと、候補に入れておきつつも次の店へと向かう。
三軒目の本屋でロクホートは仲を確認しながら比較的新品というのを選ぶと、
「これ、買いなよ。彼女喜ぶはずだから」
とフリゲリーに押し付けた。その本を受け取ると、義手の爪で傷つけない様に注意しながらパラリと捲った。普段本を読まないフリゲリーにはどういう内容か解らなかったが、分厚い本であるという事は解った。
「…………次、いつ会えるだろうか?」
「宿に押しかけちゃえば?」
「それをしていいのか!?お前やるなと言ったじゃないか」
「今回だけ特別だよ、渡したい物があるんだから。あ、でも、くれぐれも部屋に入ったりしない様に、宿の受付でやり取りする事ね。何かお誘いを受け ても忙しいからで今回は引くんだよ」
「引くという必要があるのか疑問なのだがな…」
「恋愛は押して引いての繰り返しだよ」
「と、言われてもだな……」
「まぁ、本の事はそういう風にしなよ」
「解った、そうする」
「わぁ、正直すぎ」
ロクホートの言葉に眉を顰めつつ、本を持って意気揚々としたフリゲリーだった。
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