第5話
それからフリゲリーのアプローチが始まった。
と言うよりも、恋に恋する乙女の様に、どうしたらいいのかという事ばかりを繰り返しロクホートに告げるフリゲリーに、痺れを切らしたロクホートは無理矢理宿からフリゲリーを連れ出した。
今日は雨で傭兵達の多くは戦場へは向かわず、宿や飲食店で各々のんびりと過ごしている様だった。
貸し出しされている傘を差しながらロクホートはフリゲリーを連れて、例のミデル族の女性の達が泊まる宿を探し色々と聞きまわって、付き止めた宿へとやって来た。宿の例の彼女が食堂に居るかと思ったが居なかったので引き返した。流石に部屋まで行くのには接点が無さすぎるので諦めざるを得なかった。
他の飲食店に例の彼女が居ないかと街の中をぶらぶらと歩き回り探すのだが、見当たらない。
仕方がないと自分たちの宿へ戻ろうとした時、薬品店から出て来たのをロクホートは見つけた。
「ほら!行きなよ!」
「ど、どう話せばいいんだ!?」
「取り合えず自己紹介とかしとけばいいんだって!」
そう言われながら強く背を押され、例の彼女の前に現れるとロクホートはささっと居なくなった。
「あ、あの!」
「………あら、こんな所で同族と会うなんて珍しいわね」
「ネイズ・フリゲリーと言うんだ、その、同族のよしみで宜しく頼む」
「フリゲリーね、私はティーニ・アデルバよ、宜しく」
そう言って右手を差し出す彼女に、フリゲリーも右手を差し出し握手をする。
「その左手は義手?凄いわね」
「いや、腕を切り落とされた情けない奴だよ、これを付けているのは案外恥ずかしくてね」
「そうなの?結構いけてるよ思うわよ」
「そ、そうかい!?」
「ええ、それじゃ私行くわね、またねフリゲリー」
そうして会話を終えアルデバは傘を差しながら、街の往来を行く。
フリゲリーは話をして名前を憶えて貰った嬉しさから呆然と立ち尽くしていた。
そこへロクホートがやって来ると、
「見てたよー、やるじゃない、彼女に名前覚えて貰ってさ。ついでに彼女の名前も解ったし、これからは次の作戦に移行しなきゃね」
「お、おい、まだ何かやるのか?」
「勿論やるよ、嫁探しは手伝いたいって思ってたからね」
「お前なぁ………」
そうして宿へ戻ると、ロクホートによる恋愛講座なるものが開かれた。
お互い自分のベッドに腰掛け、向かい合う様になると、ロクホートは、
「女心ってのは天気みたいに変わりやすいものだからこっちが合わせる気持ちでいかなきゃ駄目だよ」
「それは聞いたことがある、それで?」
「逢引き……デートの機会があるなら自分が楽しむんじゃなく、相手を楽しませる気持ちでいかなきゃ駄目だよ」
「ああ、解った」
そんな風に真剣に頷くフリゲリー。そこでロクホートは少し疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。
「……ところでさ、ミデル族だけの求愛方法とかあるの?」
「有るには有るが、あれは本当に愛し合ってる者同士がする事なんだが」
「……何するの?」
「剣と剣で戦い合うんだ、本気で」
「…………え?」
「お前は私に殺される程弱いのか?この程度の強さでお互いを守れると思っているのか、という意味を持っていてだな……」
「………か、過激……だね」
そうなのか?と困った様に首を傾げるフリゲリーだが、ロクホートには困った表情は解らなかったが首を傾げて何かが疑問なのかは解った。
「それじゃ、そこまでじゃなくても良いから頻繁に会って話したりする仲になろう!これ目標ね」
「ううーむ……出来るだろうか……」
「それくらい出来ないと嫁探ししてるなんて言えないよ」
それにはフリゲリーも小さく頷いた。
「それじゃまずはよく話す仲になれる様に、彼女の宿の近くを通る様にして出来るだけ顔を合わせれる様にしよう」
「あ、ああ……不審者に思われないだろうか?」
「不審者なんて沢山いるじゃない、今更一人増えても誰も気にしないよ」
「そっちじゃない、不審者じゃ無い方に見られたいんだが」
「どう見ても不審者だよ」
「お前なぁぁ!」
等と言い合いながら時刻は夕食の時間になった。ロクホートの腹からぐぅぅ~という音が鳴る。
「ご飯食べに行こうか」
「お前の体は正直だな」
「でしょ?」
そんな風におどけて見せるロクホートに、フリゲリーははぁーとため息を吐いて立ち上がった。
「行くぞ、何時もの所で良いか?」
「いいよーあそこのご飯美味しいからね」
「美味い不味いがあるのか?」
「人間はすべからく食いしん坊で美食家なんだよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだよ」
と言いながら出かける用意をすると、部屋を出て鍵を掛けた。宿に鍵を預けると、外へと出た。まだ降り続いている雨に傘を差して行きつけの店『ルーナ』へ向かう。
店に辿り着くと、丁度ミデル族の女性を含むパーティの女性達だけが同じ店に来ていた。
「これは絶好のチャンスだよ、声かけなって」
「何を言えば良いんだ!?」
「取り合えず挨拶しとけば良いんだってば」
とひそひそとやり取りをした後、フリゲリーは意を決して、
「や、やぁ……アルデバ、こ、こんばんわ」
そうフリゲリーが声を掛けると、ミデル族の女性アルデバは気が付いた様に振り返って、
「あら、こんばんわフリゲリー。一緒のお店なのね」
「ああ、何時もここで食べているんだ」
「そちらのヒトは?人間かしら?」
「人間でな、相棒を組んでいるんだ、ほら挨拶しろ」
「僕はカイゼ・ロクホート、宜しくね」
「こちらこそよろしく、真っ赤な髪が素敵ね」
「よく言われるんだ、それより今日は女のヒトだけみたいだけど女子会かな?」
「そんなところよ」
そう話していると案内係がやって来てお互い別々の席に案内された。
席に着くやいなやフリゲリーはガバリと机に頭を乗せて、
「……名前、憶えててくれてた………嬉しい」
「ニヤケてるとこ悪いけど、食べるのは何時もので良いのかな?」
その状態のままコクリと頷くので、ロクホートは今日はC定食を頼み、フリゲリー用にデミル族用の食事も頼んだ。
「で、それだけで嬉しいのは構わないけど、これから先の事も考えないと駄目だよ」
「……これから先、か……」
「そう、これから先。名前覚えて貰えたけど仲良くなれた訳じゃない、同族だから覚えてるだけかもよ」
「……その可能性は高いな…」
「でしょ?だからこれからが大事だよ」
ロクホートの言葉にフリゲリーは、
「大事と言うが何をどうすればいいんだ?」
「何って何度も会ってお互い好きなものとか共通の話題を探して距離を縮めていくんだよ」
「………なぁ、お前はそういう経験があると思っていいんだな?」
「………好きにとらえればいいさ」
「はぁ…彼女の好きなものか…」
「僕は人間だからミデル族の好みは解らないからね」
「……次、聞いてみる」
「うん、そうしなよ」
そう話していると料理が運ばれてきた。そしてそれを食べながら次の作戦会議をするのだった。
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