第4話

 その後昼過ぎごろだろうか、中央付近で敵側の傭兵達との戦闘になり、狼の様な見た目のエルデバ族の敵傭兵の大剣使いと、同じく大剣使いのフリゲリーとが一対一でやり合っていた。それを周りで傭兵達がはやし立てて、異様な盛り上がりを見せていた。

「ぐ、ぬぬ!」

「はああ!!!」

 それをロクホートは少し離れた瓦礫の上から見守る様に立っている。右手には銃を握り、何時でも撃てるようにしている。

 鍔迫り合いをしつつもフリゲリーの方が優勢だった。けれど鍔迫り合いでにじり合いながらその場を何回か回転していると、フリゲリーのその背中に向かってナイフを突き刺す輩が居た。

 その相手の右肩をロクホートは撃った。

 急所ではない右肩を撃ったのは、これ以上邪魔はするなという警告の意味を込めていた。それを知ってか知らずか、その相手はその場を離れていく。敵の傭兵達の中へ消えていくのを見送った後、ロクホートはフリゲリーの方へと目線を戻した。

 鍔迫り合いは終わり、互いに大剣を振るいお互いの力量を見極めている様だった。

 その様を見て傭兵達の盛り上がりは更に過激になっていく。

 ガキンガキンと金属のぶつかり合う音が聞こえる。それはいよいよ勢いを増して、最後の一太刀になった時、お互い一歩踏み込み振りかぶり切りかかると、暫くじっとしたままだったがエルデバ族の大剣使いがぐらりとよろめいてその場に倒れ伏した。

 それと同時に一斉に歓声が上がる。

 良いものが見れたと嬉し気に声を上げる連中も居れば、エルデバ族は思ったほどじゃないなと言ったり、ミデル族を見れるとは思わなかった等という輩も居た。

 大剣を背中に仕舞うと背を向けて傷ついた部分を抑えてその場を離れる。黒い衣服で解らないが相当な数の傷がある筈だ。

 瓦礫の山から下りて来たロクホートと合流すると、

「……思ったよりやられてるね」

「言ってくれるな」

「はぁー…治療するから一旦街に戻ろう。それで今日はこれで終わりにしよう」

「…ああ………そうだな」

 そう弱々し気に声を上げるフリゲリーに、ため息を漏らすしかないロクホート。

 戦場を離れガゼリアの街へと戻っていくのだった。



 そうして夕方近く、街へと戻ってくると真っ先に戦場病院へと向かった。

 街の中心にある戦場病院は、主に傷ついた旅人や傭兵等を相手に低料金で施術してくれる、傭兵達にとってとても有難い場所だった。経営してるのは とある慈善事業団体らしいが、派遣されている医師たちを見ると、その労力は計り知れないと理解する。

 そんな戦場病院へと駆けこむと、黒い服を脱いでフリゲリーの傷の具合を診て貰う。

 ギリギリで避けたお陰か「そう深い傷では無く暫く養生すれば良い」と医師の診断結果に安堵するフリゲリーとロクホート。傷の治療をして貰い傷の箇所に包帯を巻いて貰いながら「暫くは余り動かさない様に、包帯は毎日変える事」と言われて、施術を受けると驚く程低料金な治療代を払い、戦場病院を後にした。

 そのまま宿へと戻ると、受付で鍵を受け取り部屋へと入る二人。フリゲリーはベッドにゆっくりと横たわる。

「何か飲み物貰って来るよ」

「悪いな……」

「お互い様だよ」

 そう言って部屋を出て行くと、速足で階下へ向かうのが足音で解った。

 戻って来たロクホートは片手に二つのグラスを、もう片方の手には水が並々入った水差しを持って入って来た。

 水差しからグラスに水を注ぐと、起き上がったフリゲリーに渡しもう片方のグラスにも水を注ぐとロクホートがゴクリと飲んだ。

「……暫く養生だね」

「…………ああ」

 諦めた様に呟くフリゲリーにロクホートは、

「今夜、一杯やらないかい?」

「何のために?」

「今日勝った記念に」

 そう言わてしまうとロクホートからの誘いに乗らない訳がないフリゲリーだった。暫くベッドに横たわり傷を癒すために眠るフリゲリーに、ロクホートは棚から本を取り出すとパラパラと捲ってじっくりと読み始めた。


 そうして夜を迎えると、ロクホートはゆさゆさと傷に障らない様にフリゲリーの肩を揺らすと、フリゲリーは寝ぼけながらぼんやりと目を覚ました。しっかりと覚醒するまで待つとロクホートが、

「そろそろ夕飯時だよ、どうするここで食べる?」

 そう尋ねてくるロクホートに、目を擦りながら漸く目を覚ましたフリゲリーはややぼんやりとしながら、

「………一度ギルドに寄ってからにするか」

 と呟いた。

 それに頷いてロクホートはフリゲリーの着替えを手伝う。本人は自分ですると言うのだが、残念ながら一人で脱ぎ着が出来る事は出来ず、仕方なくロクホートの手を借りて新しい黒い服に着替える。着替え終えると、

「それじゃ行こうか」

「そうだな」

 そう言って先程持ってきたグラスと水差しを持って階段を下りて、宿の者へと返却して、二人は鍵を預けて宿を出た。そうしてアルハドギルドへむかうと今朝の軍本部での出来事が伝わったのか、何時もより多い量の金貨銀貨を受け取る。

「やったね、今日は贅沢出来る」

 等とロクホートは呟きながら何時もの行きつけの店『ルーナ』へやって来ると、

「今日は贅沢しよー特別盛り合わせとかにしようかな?」

「俺はいつも通りだな」

「ミデル族は食べ物に興味が無いんだな、ホントにもー」

「五月蠅い、大きなお世話だ」

「へいへーい」

 そうして注文を言うと先にやって来た酒を「乾杯」と軽く掲げると、フリゲリーはウイスキーを、ロクホートはビールを煽る。

「はぁー!旨い!今日も頑張った!」

「そうだな、色々あった」

 ウイスキーを傾けながら、しみじみと言うのだった。

 今日あった事を振り返りながら話し合っていると、食事が運ばれてきた。フリゲリーは何時ものパックに入った液状の栄養食を傷が痛むのかゆっくりと持ち上げて口へと運ぶ。

 ロクホートが分厚いステーキをナイフで切って口へ運ぶと、とても幸せそうな顔をするのだった。

「………美味いのか?」

「美味しいよー!人間は肉を食べると幸せな気持ちになるんだよ、だから今幸せだね~」

「面白いな、人間とやらは」

「でしょー?」

 そう言いながらまた肉を頬張るとまた幸せそうに笑む。それを不思議そうに見ながらパックに入った食事を進める。

「それで好い相手はみつかったのかい?」

 そう言うロクホートに思わずむせて咳をするフリゲリー。

「何を言い出すんだ、急に」

「いやーそういえば言ってたなーと思ってさ」

「言ったか?」

「あの時結構飲んでたからね、色々質問攻めしたらベラベラ答えてくれたよ」

「うーん、個人的には黙っておきたかったんだが…知っているなら仕方ない…他の奴には言うなよ。というかどこまで聞いた?」

 ロクホートは思い出す様に天井を仰ぎ見ながら、

「えーと村の住人とは結婚したくなくて、傭兵になって、ミデル族の女の人探してるけど中々見つからないし、ここに居るのは自分以外には男一人だけ だってトコまでは聞いたかな?」

「お前……それは……」

 ずうぅぅんと頭を抱えたフリゲリーがやけになって酒に手を伸ばす。

「もしかして全部聞いちゃったって事かな?いやーあの時は楽しかったなー」

「お前なぁ…」

「もしかしたらこの先この戦場にミデル族の女の人が来てくれるかもしれないじゃない、未来のお嫁さんだよ、元気出しなよ」

「そう言うおまえはどうなんだ?結婚とやらは……」

「僕?そんなの面倒くさくてどうでもいいよ」

 そんな態度のロクホートを見てフリゲリーは、

「そんなのでいいのか?自分の遺伝子を、子孫を残さねばならないとは思わないのか?

「かけらも思わないねー人間なんて腐るほど居るし。フリゲリーがそう思うのは自分がミデル族だからじゃないかい?珍しい種族だからそういう風に育 てられたのかもね」

 そう言うとロクホートはジョッキを煽った。

「それでもう一人の彼とはどうなのさ?喧嘩とかしちゃってる?」

「そこまで聞くのか?お前は……」

「良いじゃないか、酒の肴だよ」

「まぁ、アイツも悪い奴じゃないしな、俺より年下だが戦場を知っている良い傭兵だ」

 そういえば、前にミデル族の二人が一緒に呑んでいるのを他の酒場で見かけたのを思い出したロクホート。

「悪くは無いけど良くもないって感じ?」

「そうだな、互いに嫁探しで傭兵になったようなものだからな、女性が現れれば即恋敵という奴だ」

 それに「ふーん」と呟くと、つまみのとして出された胡桃を口に放り込んだ。ポリポリと音を立てながら噛むとジョッキを煽った。フリゲリーはウイスキーを飲みながら、液状のパックになった食事を続けるのだった。

「そのもう一人のミデル族ってどんなヒトなのさ?」

「知ってどうする」

「気になるんだよ、フリゲリーとどう違うのかが気になって仕方ないんだよ」

「気になった処で何も面白い事は無いぞ」

「良いからさー教えてよ」

 フリゲリーは面倒くさそうにため息を吐くと、

「今度そいつも連れて飲むからそれでいいだろう?」

「わお!いいのかい!わー楽しみだなそれは」

「お前がやらせているのだろうが」

「あはは、バレたか」

 そう言いながらクスクスと笑うロクホートに、呆れた様な表情をするのだった。ロクホートは見ても解らなかったが。

 のんびりとした少々豪勢な食事を取った後、宿へ帰る道すがら人混みが出来ていた。

 何かと思い人混みを掻き分けて前の方へとやって来ると、どうやらこの戦場に新しくパーティがやって来た様だった。人数は六人と比較的多めだ。

 新入りはどんなのだと、まるで見世物の様に傭兵達が遠目から様子を見ている。どうやら人間の男女と、虎に近いアルバ族の男二人、美しい見た目を持つシナレイシア族の女、それと珍しい事にミデル族も居た。

 殆どの者がシナレイシア族女性に目を奪われていたが、遠巻きに見ていたフリゲリーとロクホートの視線はミデル族へと注がれている。フリゲリーはそのミデル族を見るや否や顔を覆って背を向けた。

「……どうしたの?」

「いや、彼女は美し過ぎる、美し過ぎて、見ていられない…」

「……女の人なんだ、あのミデル族のヒト。僕には性別すら解らないんだけど」

「ああ、どうやって声を掛けたらいいのか……!」

 鼻の無い顔を両手で隠してもじもじとする様は、まるで恋する乙女に近いなとロクホートは思った。

 何処のギルドに所属するのか皆が気にしていたが、アルバ族とシナレイシア族が居る事から、この街で一番大きいキナクリドギルドに所属することになった。アルバ族もシナレイシア族も戦闘力も高い事から重宝され人気のある種族なのだ。ミデル族の女性が入れたのはアルバ族とシナレイシア族が居るから入れたのだろうと、殆どの者がそう思ったのだ。

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