後編

「おかえり。星は良く見えたか?」


運転席でタバコを咥えていたロン毛が、僕たちに気付いて聞いてきた。


「はい、よく見えました」


「サヤちゃん、寝ちゃったんだね」


僕の背中でぐっすり寝ているサヤを見ながらグルグルが言った。


「はい。本当にありがとうございました」


「お兄ちゃんこそ、よく頑張ったな。でも、まだやらなきゃいけない事が沢山あるだろ」


そう言うと、ロン毛はタバコを消して、「とりあえず乗りなよ。寒いだろ」と後部座席を指さした。


僕はサヤを後部座席に乗せながら、

「やらなきゃいけない事ですか?」

とロン毛に尋ねた。


「ああ、いっぱいあるだろ。まずは、病院を抜け出した事を大人にちゃんと怒られるところからだな。今頃、病院じゃ大事になってるだろうな。こりゃ相当怒られるぞ」


「・・・そうですよね」


明らかにテンションが下がった僕を見て、

「しょうがねぇよ、それもお兄ちゃんの役目だからな。妹の分までみっちり怒られろよ。でもまぁ、そんな心配すんなって。しょうがねぇから、俺らも一緒に怒られてやるよ。一人で怒られるよりかは、少しはマシだろ?」

少しでも励まそうとしてくれているのか、ロン毛は笑いながら言った。




病院に戻ると、僕とロン毛とクルクルの三人は案の定こっぴどく怒られた。


一時間以上怒られ続けた僕たちは、病院の近くある二十四時間営業の中華屋で

三人で醤油ラーメンを食べた。


「それじゃあね、お兄ちゃん。気を付けてね」

中華屋を出ると、クルクルは僕の肩をポンポンと叩きながら言った。


「本当にありがとうございました」


「別にいいって。俺らも海なんか久しぶりだったから、楽しかったよ。これでこの後に仕事が無ければ最高だったんだけどな」


「僕は今日バイト休みだから、家帰ったらぐっすり寝ま~す」


「お前ズルいぞ。帰りはお前が運転しろよ」


そう言いながら二人は車に乗り込むと、僕の家とは反対方向に向かって走っていった。




その一週間後、サヤは亡くなった。


それは僕が想像していた何十倍も辛くて、何百倍も呆気ないものだった。


「これからどうするんだ?」


彼女の葬儀の際、彼は僕に尋ねた。


「もうすぐ高校も卒業しますし、少しですがバイトで貯めていたお金もあるので、バイト先の近くのアパートに引っ越そうかと思います。ありがたいことに、よければ社員にならないかとバイト先の店長に言ってもらえているので、恐らくそこで働くことになるかと。今まで、ありがとうございました。でも、これから僕一人で大丈夫です」


「・・・そうか、わかった。何かあれば、遠慮せずにいつでも連絡するんだぞ」


「はい。ありがとうございます」


「それから、これをお願いできるか」



そう言うと、彼はお菓子の入った紙袋を僕に手渡した。


「何ですか、これ?」


「病院の方に渡してくれ。サヤがお世話になったからな」


出来ることなら、あの病院には二度と行きたくなかった。

あそこには、サヤとの思い出があまりにも多すぎる。


自分で渡しに行けばいいじゃないかとも思ったが、

「わかりました。明日にでも行ってきます」

僕はそう言うと、彼から紙袋を受け取った。


確かにバタバタしていたせいで、

サヤの担当医や看護師にきちんと挨拶が出来ていなかった。


たぶん、あそこに行くのはこれで最後になるだろう。


それほど、あの病院はサヤとの思い出が本当に多すぎる場所だから。




翌日、僕は紙袋を持って病院へ行った。


お世話になった先生や看護師、サヤと同じ病室だった人達に挨拶を済ませると、

僕は一人、彼女が大好きでよく来ていた病院の屋上へと向かった。


屋上のベンチに座り、彼女と過ごした日々を思い返していた。


彼女との楽しかった日々を思い返すと同時に、

いよいよ僕は本当に独りぼっちなんだと、そう思った。


その瞬間、なんだかとても怖くなった。


海岸でサヤと二人でいた時に感じたあの怖さと、とても似ていた。


あの時のサヤみたいに大声を出して泣くことが出来れば、少しは気も紛れたのかもしれない。


でも、中途半端に大人になっていた僕は、

自分自身のための泣き方をすっかり忘れてしまっていた。


独りぼっちは怖いけれど、

それでも一人で生きていくしかない。


あの日、サヤが引っ張った上着の裾を握りしめながら、

僕は自分にそう言い聞かせた。




するとその時、屋上の扉が開く音が聞こえた。


「よかった、こんなところにいたんだね」


そう言いながら僕のもとへ近づいてきたのは、クルクルだった。


「久しぶりだね。元気そう・・・じゃないよな」


どうして彼がこんなところにいるのだろうか?


「突然ごめんね、びっくりしたよね。実は、お兄ちゃんに話したいことが二つあるんだ。一つ目は、これは本当は黙っていようかとも思ったんだけど、やっぱりお兄ちゃんには話したほうがいいと思って。もう一つは、これはお兄ちゃんが良ければなんだけど、僕らから提案があるんだ」


「僕ら?」


「海へ行った日、僕と一緒にいた長髪の奴いたでしょ。お兄ちゃんさえ良ければ、彼と僕と三人で一緒に住まないかい?いわゆる、シェアハウスってやつだよ」


あまりに突拍子のない話に、言葉が出てこなかった。

「僕と彼、一緒に住んでるんだよ。あ、違うよ。誤解しないでね。別に僕らそういう関係じゃないから。僕、女の子が好きだし。お金がもったいないからって理由で、家賃折半して一緒に住んでるんだ。それで、二人ともお金が貯まったから、もう少し大きな部屋に引っ越そうって話をしてたんだよ。それで、せっかくならお兄ちゃんも一緒にどうかなと思って。ほら、人数多いほうが何かと楽しいでしょ?」


突然の事過ぎて、言葉が出てこなかった。

言葉は出てこなかったけど、その代わりに両目からは大粒の涙がボロボロと溢れ出てきた。


「ごめんごめん、いきなりすぎて混乱させちゃったよね。今すぐにって話じゃないし、お兄ちゃんが嫌なら嫌で全然いいから」


僕が突然泣き出したものだから、クルクルは相当動揺している様子だった。


「違うんです。全然嫌なんかじゃないです。僕も、一緒にいていいんですか?」


上手く声が出てこなかったけれど、

それでもなんとか言葉を絞り出して、カサカサの声で僕はクルクルにそう言った。


「ああ、もちろんだよ。僕もあいつも、お兄ちゃんのファンだからさ。これから、よろしくね」


クルクルは満面の笑みを浮かべながら、小っ恥ずかしそうにそう返事をした。


「・・・そういえば、話は二つあるって言ってましたよね。もう一つの話っていうのは、何なんですか?」


僕は真っ赤になった目をゴシゴシとこすりながら、クルクルに尋ねた。


「そうだった、すっかり忘れてたよ。たぶん、こっちの方がお兄ちゃんにとっては大切な話になるかと思うんだけど、実は―――」




さっきまでの、あのなんともいえない怖さは、気づけば何処かへ消えてしまっていた。


僕の心にはまだまだいくつもの穴がポッカリと開いているけれど、

それでも、当分の間はなんとか大丈夫そうだ。

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No.5【短編】When you Knock on Heaven's Door 鉄生 裕 @yu_tetuki

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