第2話 初めての大都会!花咲き誇る建国祭


 ノルンの女神ベルザンディと神々の力で、異世界ミッドガルズに瀕死転移された俺。史狼今宵は、二十八歳で無職の未だ独身ですが何か?



 瀕死転移って言い方・・・何か嫌だな!?しかし、神々の多数決(挙手制)で決定した奇跡とやらで?何とかギリギリ、生き残れたらしいのだから文句は言うまいよ。





 もう今更、過ぎてしまったことでくよくよ悩んでも仕方ない・・・せっかくの異世界だ!前向きに、ついでに貪欲に生きてみようか?




 本来ならば、不可能な俺の望みが叶うかもしれない・・・悪役たちの運命を変えることが。









「へぇ・・・これが”花の都”と名高い帝都アヴァロンか!凄く活気があって良い街だな?」




 爽やかな白シャツにジーパン姿の異世界人と、ふんわりとした純白のウエディングドレス姿と見間違いそうな女神。 



 異邦の旅人として降り立った人間の世界。ミッドガルズ最大の都市「帝都アヴァロン」の建国祭目当てで訪れた今宵とベル。





 二人は揃って初めて目にする出店の土産物やら、様々な人種が行き交う街中の熱気に驚いたものの。しかし、見知らぬ土地に対する不安よりもワクワクする気持ちの方が勝った。




 目的はハッキリしており「皇帝ディアスに謁見、黄金の瞳を返還する」これに尽きる。様々な不運から本人曰く”ナイナイ野郎”だが。それでも、矜持だけは年中無休で営業中。





「はい!何せここは、この世界における中心部ですから!人も物も溢れるほど豊かです」

「だなぁ?だけどさ」

「はい?」

「その影で、実は数多の違法行為が横行している事実・・・ディアスさまは御存知なのかね?」




 アヴァロンは大都市なだけに、違法行為も検挙しにくく増加しがち。他のどの地域においても、この問題は付いて回る様子。



 有志による自発的な自警団は元より、帝国内に設立された各種騎士団も警備に当たる。





 それでも取り締まりきれない暗部は、王侯貴族や奴隷商人などの収入源になっているのもまた事実。




 この世界では未だに人身売買、それに連なる奴隷制度が禁止されておらず。特に美しい亜人種や見目の良い子供は、愛玩目的で悪趣味な貴族たちに買われている。





「どうでしょう・・・支配者とは、その名の通り統べる者。全てを把握するのは難しいかと」

「だろうなぁ・・・ディアスさまの清廉潔白な人柄なら、知った途端に排除してくれそうだし」

「えぇ・・・あの御方は、正しい者の言葉なら聞き届けて下さる器の持ち主です。コヨイさま」

「とりあえず今は、それに賭けるしかないか・・・どこの馬の骨とも分からない俺の言葉でも、実際にあると知れば聞き届けて下さるはず!よし・・・まずは瞳の返還と現状改革からだな」




 決意も新たに落ち着いて話せる場所は無いかと、ふと見上げた先に街一帯を見下ろせる高台が目に入ったので足を向ける。



 街中から少し離れた場所で人も少なく、ここなら良いだろうかと白いベンチに腰掛ける。





 時折、吹き抜ける風が頬を心地良く撫でて行くと。隣に座ったベルの綺麗な金色の髪も撫でて一緒になびいた。




 目の前には、整備された噴水と主神オーディンの像。独身男と金髪美女、このシチュエーション・・・普通ならちょっと良い感じと思われそうだが、彼にその手の気遣いは無かった。









「それじゃあここで、唐突だが悪役二人目・・・賢者マリエルについて説明を行う!さぁ優秀な生徒諸君、準備は良いか?」




 どうやら語りたくてウズウズしていたらしい今宵は、思わず苦笑するベルに問いかけた。



 コヨイさまは、本当にこの世界がお好きなのですね・・・ちょっと羨ましいほどの情熱です。





 基本的に、神々は人間に関わらない。神の奇跡は、大いなる恵みであると同時に災いでもあるからだ。




 時を司るベルザンディも、本来であれば狭間の世界で「現実」の時を見守るのみ。瀕死の彼を見付けた彼女の気まぐれが、この有り得ない奇跡を起こしたのだから不思議なもの。







「本名:マリエル=シェイクスピア=ハムレット。魔法に長けた両親共に賢者、その間に生まれた一人息子で所謂サラブレッドって奴だな。珍しい先祖返りの隔世遺伝で、ハーフエルフの特徴が濃く出ている。しかも光の妖精アースリョールヴの血であるから、魔法使いの素質としては最高位。これだけでマリエルが優秀と分かるだろ?」

「そうですね、悪役とはかけ離れている感じがします」

「素質だけなら、な・・・だけど、本来の立派な両親は巨人の襲来から街を守ろうと自己犠牲が必要な大呪文を使って死亡。後に彼等は街を救った英雄扱いされるが、残されたマリエルは天涯孤独に。親の温もりが一番欲しい時期に、マリエルには本当の親がいなかったんだ」

「マリエルさん、お可哀想に・・・」




 元より「運命の女神」として生まれたベルザンディには、家族と言う概念が分からない。



 いつも一緒に居た他の二柱、ウルズやスクルドにしても。同じ存在の神ではあるが、姉妹では無い。





 だから今宵のように人間としての感情は無い・・・はず、なのだが。とても悲しそうに、苦しそうに語る彼を見ていると心が同調してしまうのだ。



 

 まるで自らが同じようにゲームをプレイして。悪役の結末を見知っているかのように錯覚してしまう。





「だけど、それだけならまだいい・・・問題はこの後。マリエルは生まれた時から天才で、だから嫉妬ややっかみの対象だった。それが優秀なマリエルの母・・・妹に嫉妬していた伯父夫婦の元に引き取られたことで悲劇は始まる。魔法学校では優秀過ぎるが故の虐めを受け、家に帰ってからも当然のように伯父夫婦の陰湿な嫌がらせが続く。どこにも居場所が無かった」

「そんな・・・優秀であることは、悪いことでもマリエルさんのせいでも無いのに?」

「それでもだ。人間ってのは、自分より優れた者をやっかむ。無いものを持つ者に激しく」

「そうだとしても、揃いも揃って酷いです!誰か一人だけでも、マリエルさんに優しくは」




 思わず両手握りこぶしで身を乗り出すベル、今宵は女神の人の良さに苦笑してしまう。



 ちなみにノルナゲストである彼には見えている女神さま、実は普通の人間には全く見えない。つまり、まるで一人芝居をしているように見えてしまう欠点がある。





 今も高台に来たばかりのバカップルには、黒髪黒目で「魔王の眷属」にしか見えない異邦人が怪しい独り言を呟いているように見えている。




 しかし、そんなことはお構いなし。今宵は聞き入るベルと一緒になって会話を続けた。





「それが、いたんだ・・・たった一人だけな?それが、マリエルにとっての運命の分かれ道」

「運命ですか?」

「どれだけ真面目に生きても、伯父夫婦に尽くしても・・・周囲からは常に、金を生む便利な道具扱い。しかも、伯父夫婦は彼に一切の施しをしなかったんだ。だから必死で働いて貯めた金や、奨学金で何とかマリエルは魔法学校を自力で卒業した。それでも優秀な彼は、卒業後は高度な魔法の研究施設から研究員に抜擢された。これでようやく、家を出て伯父夫婦から解放されると思った矢先。金の卵を手放す気が無い彼等に、就職する際の契約書を勝手に改竄された彼は思った。人間なんて皆が下らない、こんな奴等は自らの手で滅ぼしてやると。働いて得た権利の全てを、虐げた彼等が搾取出来る様に捏造したこと。これで堪忍袋の緒が完全に切れた訳だな・・・そんなある日、たまたま暴漢に絡まれていた魔王の娘セナを助ける。彼女は、魔族に珍しく人間を見下さない優しい子でな。だからマリエルは、セナの為に生きようと。敵対する魔族に味方しようと、帝都で人間全てに対するクーデターを起こした」

「そんな・・・!」




 ミッドガルズとアースガルズの狭間にある魔界。支配者として君臨する魔王ロイには、血の繋がらない義理の娘セナがいる。



 黒髪黒目のショートヘアが良く似合うお姫さまは、身分関係無く誰にでも等しく優しい。王族出身ではない元異邦人のロイのことも、義父として素直に慕い敬っている。





 先代魔王の娘として生まれ、血筋を守る為には政略結婚も仕方ないことと受け止めながら。それでも本心では、年相応の可愛らしいロマンスに憧れている普通の女の子。




 息抜きに出掛けた人間の世界で、悪漢に絡まれたセナは助けたマリエルと知り合う。彼女が人間に虐げられた彼に抱いた感情は恋ではなく。むしろ、同志のような寄り添う心。







「最後の最後、勇者セオドアに討ち取られそうになっても。マリエルはそれを良しとせず」

「何だか、セシルさんの最後と似ておりますね?」

「ただし、潔く自刃したセシルとの違いは”下らない人間どもにくれてやる首は無い!!”最後にそう残して愛すべき魔王の娘セナ、共々に爆炎魔法で廃塵と成り果てたことか・・・眼鏡の似合う理知的なイケメンなのに。実は、かなり激しい気性の持ち主だったんだな・・・」

「マリエルさん・・・天使の意味を持つ名前とは正反対で、気性の激しい御方だったのですね?見た目は月白色の髪に紫紺の瞳で、とても儚げな印象を受けますのに・・・意外ですね」




 エルフ族に生まれた者特有の色白で美しい容姿は、ハーフエルフとして生まれたマリエルにも適用される。



 最後の散り様こそ、あまりにも激しく苛烈で。彼の人間に対する憎悪と嫌悪を示していたものの。本来のエルフが持ちうる性格とは、穏やかで思慮深く心優しい者が多い。





 種族が長命なだけに中には変わり者やら、意地の悪い者だっているかもしれないが。それでも、悪役の道を進んだマリエルほど激しい性格のエルフはなかなかいない。




 ゲーム本編で語られたマリエルの幼少期、ほんの僅かな間だけだが優しい両親と過ごした幸せな日々。それを見知っていた今宵は、マリエルの隠された裏の一面も語れた。





「だけど本当のマリエルは、寂しがり屋で甘えたがりの一面も持つ良い子なんだ・・・うん」

「甘えたい盛りにご両親を失われただけでなく・・・引き取られた先でも虐げられるなんて」

「悪役への道に必要とはいえ、酷すぎるだろ?絶対に許せない・・・今度こそ助けたいんだ」

「はい!セシルさんに引き続き、マリエルさんのことも理解致しました・・・コヨイ先生?」




 大体、眼鏡の似合う理知的なエルフが悪役とか!勿体ないにも程があると思わないか?



 どうやら粗方の説明を終えて語り尽くすと、今宵は感想を求めなければ気が済まないらしい。これが所謂「マニア心」と言うもの。





 あらまぁ・・・コヨイさま、これはまた長くなりそうですね?ううん、人間の想いとは・・・作品愛とは実に面倒、いえ、奥深いものです。




 ちょっぴり本音がポロリしそうになったが、ベルはどうにか笑顔で誤魔化すことに成功。ノルンの女神は、社交的で我慢強い良く出来たお人柄・・・否、女神柄のようだ。









「さて・・・問題はどうやって、ディアスさまに謁見するかだ。うーん!さすがはアヴァロン帝国の建国祭・・・あまりにも観覧者が多すぎる。御前に出るなんて到底、無理な話だなぁ」




 するとあまりの人波に揉まれて、危うくベルと離ればなれになりかけたので。よこしまな気持ちは一切、無し。華奢で色白な女神の手を握ると、肩を抱き寄せて男らしく守った。



 これが普通の男性であれば「女神とお近付きになれるチャンス!」とばかりに鼻息を荒くしそうなものだが。そこはそれ、彼はそれなりのイケメンではあるが腐っている男子。





 ある意味、ベッドを共にして朝チュンしても。ベルは清いままでいられる自信がある。




 それはそれで、女神としては存在を完全否定・・・あるいは、完全無視されていると言うこと?ベルとしてはちょっぴり複雑だが。彼と宿屋で同室になっても、問題は無いようだ。





「えっ・・・そんな簡単に、諦めてしまわれるのですか!?コヨイさま」

「いやぁ・・・そうは言っても、こりゃ透明人間にでもならなきゃさぁ」

「アンタ・・・透明になりたいのか?まさか犯罪の為じゃねぇだろうな」

「え・・・嘘、マジか!?本物のジャックだ!!何だか感動するなぁ!」




 大好きなアプリゲーの世界で、初めて遭遇した登場人物。まさかこんな所で彼に会えるとは思わなかった、とばかりに。



 今宵としては、あまりの興奮と感動で男泣きしてしまいそうなほどに感激しているが。





 しかし、目の前のちょっぴり強面イケメンは。完全に、ドン引いてしまっている様子。




 それもそのはず、何故なら彼の本職とは・・・本名を知られる、イコール死に直結しかねない非常に特殊な職業だからだ。当然、最大の警戒心バリバリで今宵は問い詰められた。







「あぁ?おいテメエ、何で俺の本名を知っている。誰から聞いた・・・?」

「うわぁ、眼力が凄すぎ・・・さすがは暗殺者集団ケルベロスの長だなぁ」

「へぇ・・・そこまで知られているからには、覚悟の方は良いんだろうな?」

「あああ!しまっ・・・つい余計な知識をポロリした!ちょっと落ち着いて」




 問答無用で胸倉を掴まれたかと思えば、顔を覗き込まれて思わぬ接近に驚いてしまう。



 まるで品定めをしているかの様な顔色で、急激に冷えた瞳がやけに恐怖感を煽りまくる。





 心配する女神を余所に、人混みの無い裏路地に連れ込まれた今宵はいきなり命の危機に。




 懐に隠し持っていた暗器、鋭い切れ味のダガーを喉元に突き付けられると。冷えた感触がやけにリアルで涙目に。ただし、恐怖ではなく「感触まで本物!!」マニア魂の勝利。







「コヨイさま・・・彼は、確かサブキャラの攻略対象でしたね」

「隻眼の暗殺者ジャック、暗殺者集団ケルベロスの長だ。深紅の髪と濃い翡翠色の瞳が印象的だろ?ワイルドな見た目の割に、実は世話好きなオトメンの一面も人気の理由だな」

「横暴な前・長を排除したのでしたよね・・・お仲間の為に」

「その通り・・・本来のレイジが辿る道では育ての親になる」




 隻眼の暗殺者ジャックは、メインキャラではなくサブキャラの攻略対象。しかし、人気はかなり高い。色々と隠し持った設定が、乙女心を鷲掴みした典型的な例だ。 



 そのワイルドな見た目と性格、殺伐とした職業に反したオトメンの一面・・・世話好きで料理上手、気難しいがスパダリ系の頼れるギャップに萌えた乙女ユーザーは多い。





 今宵曰く「メインキャラの神さまより濃くて、ズルいお得設定盛りまくりのサブキャラ」とか。そりゃ人気出るよね・・・乙女はギャップに何より弱い生き物なんだから、だそうな。




 そんな人気者のジャックだが、基本的な所は優しいと知っている。なのでいきなり刺される、なんてことは無いだろうと「俺は情報屋だから!」思い付きで誤魔化してみた。







「ふーん・・・情報屋ねぇ?まぁ、それなら一応は納得してやるよ。それにしてもそのおかしな格好、帝都の流行なのか?だけどアンタ、発言には気を付けた方が良いぜ」




 今にも喉元のダガーで首を斬られるのではないかと、錯覚しそうなほど鋭い視線を向けていた暗殺者。



 強面イケメンのジャックは、意外にもあっさりと認めて引き下がってくれたので胸を撫で下ろす。





 ああー・・・やっぱり、間違いなくジャックだ。暗殺者集団の長とは、到底思えないほどの良い人なんだよなぁ。




 ゲーム本編でも、うっかり組織の隠れ宿へ迷い込んだ聖女に「おい・・・ここは、お前さんのようなガキが来る場所じゃねぇ」注意を促した後、見逃してくれた出会いのシーンが。





「一度は見逃すが二度は無い。本来、ここでアンタを消したって何も問題無いんだからな」

「いやー根っこが善人の君に限ってそれは無いね、断言する。君は確かに暗殺者だけど、本心から望んでのことじゃないだろ?他人の幸せこそ行動理念の君が、たまたま行き着いた答えってだけでさ」

「はぁ?何で初対面の筈なのに、全て知り尽くしていますみたいな顔してんだ?ムカつく」

「情報屋だからね、何だって知っているさ。君があらゆる隠蔽術に長けた凄腕だってことも・・・はっ!?そうか、その手があった!ジャック、初対面でいきなりだけど頼みがある」




 暗殺者を恐れず、身を乗り出して来る異邦人。明らかに帝都では異質な存在に見える。



 オマケに見たことも無い軽装で、無防備極まりないにも関わらず。何故か彼の周りには、不思議な神気があるようにも感じられる。不思議な奴だな・・・ジャックは目を瞬かせた。





 種明かしをすれば、単に人間である彼には見えていない苦労性の女神のものなのだが。




 コイツ・・・この俺を暗殺者集団ケルベロスの長と知った上で依頼して来るとは。実は見た目に反して凄い奴なのか・・・?何故かおかしな高評価に至っていた。







「んー・・・そうさなぁ?この俺に依頼するとなれば、それなりの報酬は頂かないと」




 これでビビって手を引いてくれれば御の字、とばかりに。まるで今宵の甲斐性を試すような視線を向けてくるジャック。



 あまり一般人とは、基本的に馴れ合わないことを信条としているだけに。ジャックとしては、情報屋と名乗ったこの異邦人のことも今すぐ信用するには至らない。





 しかも、何故か自身の隠し持つ奥の手「透明魔術」の存在まで知られているとなれば。




 目の前の異邦人には悪いが、いつでも寝首をかけるように。隠した刃を研ぎ澄ませておこう、と暗殺者らしい警戒心を忘れなかった。





「特にアンタが望むそれ・・・透明になる為の魔術だが、素質が無いと覚えるのは無理だ。俺の見立てでは、アンタ魔法に関する才能はからきしだな・・・魔力の欠片すら見えて来ねぇ」

「うう・・・やっぱりここら辺、異世界人の弊害があるんだろうか」

「は?異世界人・・・?」

「あ!あー・・・いや?それと同じ位、魔法の才能が無いなぁって」




 唐突に目を泳がせる今宵と、あまりに不自然な態度を訝しがるジャック。その様子を目の前で、何も出来ず見守ることしか出来ないベルは冷や冷やしていた。



 あああ・・・コヨイさま、あまりにもうっかりさん過ぎます!完全に不審者を見る目です。





 どうにかしてあげたい、でも何も出来ない歯痒さに。ベルは思わず地団駄を踏んでいた。




 何故なら、彼女は「介入者」では無い為。彼のように、気軽に話し掛けることも出来ない。今宵が彼女に願わない限りは、何事にも手を出せない制約が課せられている。





「俺がアンタに魔術をかけることなら出来る。それで目的を果たせば良いのでは?わざわざ俺から特殊な技術を買わなくても・・・隠蔽術が必要なほど、情報屋ってのは危険なのか?」

「折角の幸運を無駄にしたくない・・・次はいつ、君と出逢えるか分からないだろ?恐らくこの技術が得られるのは君からだけだ。基本的に隠者の君だから、探し出すのも難しいはず」

「あのな・・・暗殺者となんて関わらない方が身の為だぞ?いつ裏切るか分からないだろう」

「裏切らないさ!ジャックは義賊だからな?それに・・・必ず君とはまた関わることになる」




 むしろ、今宵の方にはどうしてもジャックと関わっておきたい理由がある。何故なら。



 悪役の一人、レイジの未来は暗殺者。今はまだ、養子として迎えられていないものの。





 今の内に、本来の「悪役ルート」で育ての親になるはずのジャックと懇意になっておけば。後々、今宵や彼にとって有利に働くことは間違いないと思ったからだ。




 そんな今宵の思惑を知る由もないジャックは、面倒なことになったと頭を抱えていた。







「おい・・・先に断っておくが、俺は先払いじゃないと動かねぇ。後払いは、信頼関係が出来て初めて成立するもの。まだアンタとは、出会って間もないから信頼関係は出来ていない」




 これが最後通告とばかりに、厳しい視線を向けてくるジャック。明らかに関わりを避けたがっている彼には、申し訳ないと思いつつもニヤニヤが止まらない。



 あぁ、何度見ても本物だ・・・本物のジャックだああ!やっべぇな、聖女さまじゃないけどマジで男も惚れてしまう高スペックやわぁ。

 




 男も惚れる男の中の男、頼れる僕等のジャックさま!はああ・・・まだ何も始まっていないけど!ありがとう、ベルザンディ!今だけは、ちゃんと略称せずに呼ばせて頂きます。




 今だけと言わず、いつもそうして下さい。可哀想な女神の本音が、聞こえたような気がしたが空耳か?未だ警戒しているジャックに焦れた今宵は、肩を組むと笑顔で語り掛けた。





「ええ~!そんな冷たいこと言うなよ~!全コンプした俺とジャックの仲じゃないか!!」

「一体、何の話だ!?意味が分からねぇよ!!」

「あ、ごめんごめん!ついプレイヤーの側面が」

「ぷれいやー?何だそれ、何かの隠語か何か?」




 いきなり急接近して来たかと思えば、訳の分からないことを言い出す異邦人。数多の人間を屠って来た凄腕の暗殺者と言えど、さすがに混乱して無防備になってしまう様子。



 あわわわ・・・コヨイさま、何と命知らずなことを!彼は暗殺者なんですよ!?本職のっ!





 もしもこれで彼を怒らせてあっという間に「ゲームオーバー」になったらどうします?




 最悪の状況を予想して思わず青ざめる女神を余所に、その暗殺者本人は放心状態のまま。どうやらあまりにも、予測不可能な異邦人の行動に面食らっているようだ。





「コヨイさま・・・ダメですよ?彼はあくまでもゲーム内における存在。意味不明な発言は・・・」

「分かってるって!嬉しくてつい・・・」

「ジャックさんは許してくれることも、ディアスさまには通じません・・・お気を付け下さい」

「神さまの中の神さまだもんな・・・至高の」




 スマホ画面で見ていた時ですら、あまりの豪華仕様に「神々しい、ついでに眩しい!」直視するのが難しいほどの存在感。 



 単にキラキラしているだけ?否!ディアスさまはチートイケメン神さまなだけに、何者にも理解されない「悩み多き支配者」の一面が最高なんだ。





 誰にも相談出来ない至高の地位、圧倒的な支配者としての責務と尊厳。だけど、そんな彼が聖女の前ではポロリと本音を零して不器用に甘える。これも所謂、ギャップ萌えだな?




 強気な男がふいに見せる弱音、女性は思わず「癒やしてあげたい」と思ってしまうとか。ついでに聖女は「花の十六歳」彼は「三百四十三歳」年の差萌え、もあるのだろうか?







「先払いかぁ・・・困ったなぁ、まだ金は持ち合わせていないんだ」

「アンタ無一文で俺にお願いして来たのか・・・ある意味スゲエよ」

「それほどでもぉ」

「褒めてねぇ!?」




 ここまで無防備でフレンドリーだと、まるで「本当の知り合いのようだ」と錯覚さえしそうでジャックは益々混乱した。



 とぼけた態度の今宵に毒気を抜かれた彼は、段々と警戒するのが馬鹿らしくなって来る。





 本当におかしな奴だな・・・コイツ、俺が怖くねぇのか?これでも暗殺者集団の長なんだが。



 地獄の門番である魔獣ケルベロス。その名を冠した闇の組織は、当然のように一流の者ばかりで構成されている。その長であるジャックが表に出るのは、むしろ稀なこと。





「仕方ねぇな・・・金が無いなら、品物でも良い。何か珍しいもんとか、無いのか?」

「そうだなぁ・・・珍しいかは分からないけど、こんなのはどう?それともコレか?」

「これ・・・何だ?俺ですら初めて見る代物だ。ドワーフが見たら大喜びしそうだな」

「銃だ。本来なら、鉛の弾を弾き出す武器・・・なんだけど。ごめん、これはそっくりな玩具で殺傷能力はまるで無い。せめて威嚇用?魔法が使えない俺には必需品と言う訳だ」




 自衛隊で公式に配布される銃は、当然の話だがちゃんと返還している。むしろ、今の彼が持っていたら大問題である。



 それでも思い出として傍に置いておきたかったので。お守り代わりに、今宵はかなりリアルなモデルガンを持っていた。今の所、殺傷能力は全く無いので心配ご無用。

 




 しかし、異世界で武器の一つも無い今の状況は頂けない。もしもの話、襲われたとしても撃退する方法が無い。   




 例えば、先程のジャックが誰彼構わず殺傷するタイプの人物であれば?今宵は今頃、あの世逝きで神々の奇跡も無駄になる。さすがにそれは・・・思わず銃を手に本音を吐露した。





「これが本物なら武器になるのにな」

「コヨイさま、私にお任せ下さい!」

「まさか本物仕様に出来るのか!?」

「この程度ならば、神々の奇跡を付与しつつ時間を切り取るのも難しくないかと。つまり、弾は永遠に無くならない上で本物チート仕様に出来る訳です。ふふ・・・どうです!これで私の神格を認めて頂けますか?これでも、単なる暇人のミーハー女神じゃありませんよ!」




 神々の寄越した奇跡も有限では無い。無駄遣いしないよう、最低限の奇跡を願うことに。



 まずは一つ、ジャックを雇う為の銃。金銭が無いのだから、これはどうしても必要だ。あとは、自らを守る為の武器としてもう一つ。





 姿を消して透明になれる魔術「透明魔術」は、創作者のジャックだけが唯一使える秘匿。これを彼に使って貰い、透明になることで皇帝ディアスに接近し易くなるはず。




 先程までは、単なる玩具に過ぎなかったモデルガン。今は、神々の奇跡と時を司る女神の合わせ技で「本物」しかも「弾は何度でも使用可能」まさしくチートな仕様に変化。







「へぇ?面白いな・・・どこから調達したとか、細かいことは言わねぇよ。交渉成立だな」

「よし!じゃあ宜しく頼むな、ジャック・・・俺は史狼今宵、シロウでもコヨイでも良い」

「分かった。だが、俺の本名は隠せ・・・オンブラで頼む。色々面倒なんだよこの業界は」

「あぁ!そうだな・・・悪い、つい本物に逢えた嬉しさって奴で。気を付けるよオンブラ」



 

 ジャックが偽名に使う「オンブラ」とは、イタリア語で「影」と言う意味合いがある。



 暗殺者とは闇の稼業。自らを「日陰の者」と名指す彼等は、あまり陽の下を歩かない。





 どこで誰に命を狙われるか、あるいは恨みを買っているか。そうやって、常に身の回り全てのことへと気を配るのは楽なことではない。




 死に対する鋭い嗅覚や感覚から、回避することが日常茶飯事とはいえ。彼等とて出来る限りのリスクは避けたい。どうやらジャックも、建国祭を観に来た訳では決して無いようだ。









「ふーん・・・アンタ、せっかくの恩恵を自ら手放すのか。何と言うか・・・馬鹿だな?」




 大きな祭りの熱気にあてられて、ついでにジャックの登場で興奮冷めやらぬまま。今宵は少しだけ休憩しようと思い、出店のカフェテリアに足を運んだ。



 あああ・・・本来なら、目の前に居るのは俺じゃなくて!聖女さまのはずなんだよなぁ?契約相手に疑われるのもまずいと、今宵は透明になりたい理由を隠さず話した。





 サブキャラとはいえ、攻略対象である者の前に。イレギュラーまたは介入者、あるいはベル曰く「ウイルス的な」自身がいることに、妙な罪の意識が芽生えて仕方ない。




 それでも本編であれば、既に三十七歳であるはずのジャック。どう見ても今は、それよりも過去の時代であるだけに今宵よりも年下らしい。若いって・・・本当、素晴らしいね!?





「良いんだよ!元々、この瞳はディアスさまのものなんだから。他人の持ち物で得しようなんて浅ましいこと、俺の矜持が許さない。そりゃあ、今は金も何も無いダメ野郎だけど」

「くっ!ふふ・・・だな?だけど、まぁ・・・一本筋通った男は嫌いじゃ無いぜ?なぁコヨイ」

「っ・・・ヤバい!ジャック・・・じゃない、オンブラはやっぱり格好良いなぁ。さすがは攻略対象!主人公の聖女さまがマジで羨ましい」

「は?一体、何の話だ・・・?」




 そこで無駄に力説する今宵の態度がツボに入ったのか。ジャックが初めて、年相応の笑顔らしき表情を見せたので思わず見入ってしまう。



 本編のジャックは、年齢的に頼れる大人の男って感じだけど。今は、恐らく俺より年下なだけに笑顔が可愛く見えてしまう・・・なんて、なんてあざと可愛いんだ!惚れてしまう!!





 ただし、今宵の思考はあくまでもプレイヤーとしてのユーザー目線。自らが彼とどうこうなりたいとか、その手のボーイズラブ的な願望は一切無い。




 腐男子ではあるが、自らがその枠に当てはまることに興味は無い。むしろ、他者で美形同士のイチャコラならば存分に眺めていたい願望は山ほどある。基本、脇役を望む傾向だ。





「それに・・・それほど金に困ってんなら、この街には手っ取り早く稼ぐのに丁度良いギルドがある。それなりに命懸けで良ければの話だけどよ」

「あぁ!もしかして・・・ロキが経営しているはずの?」

「何だ、知ってんのか・・・だったら登録位はしておけ」

「あはは・・・頼れる仲間でも出来たら、にしておくよ」




 まぁ、そんな都合良く「頼れる仲間」なんて出来ないもんなぁ・・・今、契約中のジャックはともかく。



 出張カフェテリアの出店には、美味しそうな料理と沢山の人の笑顔で溢れている。それを横目に「しまった・・・俺、一文無しだった」今更のことに気付くと余計に腹が減った。





 何も注文しない、と言うよりも出来ない今宵と。単に出店の食事に興味が無いのか、それとも他に仕事があるから節制しているのか?コップ一杯の水だけで済ませるジャック。




 店員は明らかに怪訝な顔付きで、何も食べず居座る不思議な男二人の来訪者に釘付け。その内、空腹の限界を迎えた今宵の腹が鳴れば。不思議な彼等には、また会話が生まれる。







「あ・・・わ、悪い!起きてから何も食べていなくてさ」

「おいおい・・・大の大人が、ガキみてぇだなぁコヨイ」

「あはは・・・面目ない」

「仕方ねぇなぁ・・・ほらよ」




 ジャックが身に纏った様々な暗器を隠すのに適した黒のマント。どこに持ち合わせていたのか、魔法のようにごそごそ奥から取り出すと。



 表情こそ無愛想で素っ気ない態度だが、明らかに手作りと分かる丁寧な包みを寄越した。





 その見た目に反したオトメンの一面・・・料理上手な彼は、経費削減と趣味を兼ねた手作り弁当を所持。




 持ち込み禁止を気にする店員の視線も気にせず、ジャックは照れ臭いのか早口で告げた。





「俺の携帯食・・・つか、手作りサンドイッチで良ければやるよ。この武器の礼ってことで」




 初めて手に入れた珍しい武器は、暗殺者のお気に召したようで。ジャックの態度も、明らかに軟化したように思えた。



 やっぱりモデルガンは、異世界でも男の浪漫ってことかな?今は武器そのものだけど。





 過去を懐かしむ気持ちで持っていただけの玩具。それがこちらで交渉道具に変わるとは。




 うーん、金さえ持っていればなぁ・・・?これじゃ単なる傍迷惑な異世界人と不審者だよ。まぁ・・・ここにいる誰も、彼がジャックで。暗殺者集団の長とは、知らないだろうけれど。





「ありがとうジ・・・じゃなかった、オンブラ!相変わらず嫁候補ナンバーワンの腕前だな」

「嫁候補・・・?」

「あぁ・・・いや、何でも無い!?」

「おかしな奴だなぁ・・・まぁいい。自画自賛する訳じゃねぇが、それなりに味は保証するぜ?こう見えて料理は嫌いじゃねぇからよ」




 喜んで手作りサンドイッチを食べ始める、嬉しそうな今宵を前に悪い気はしないのか。



 ジャックは眼帯に隠された右眼と、美しい翡翠色の左眼が印象的な風貌を綻ばせて笑う。





 おお・・・これが!本編のジャックルートで、聖女さまがメロメロになった伝説の味かぁ。




 ジャック特製の「手作りサンドイッチ」は、ツナマヨサンドに照り焼きサンドとボリュームたっぷり。女性向けではない選択にも関わらず、ベルは物欲しげに不満を漏らした。







「もうコヨイさま!お一人でズルい!私も、ジャックさんの手作りサンドイッチ食べたいです」

「そうは言ってもなぁ・・・もう食っちまった、悪い。と言うか、女神って食事するんだ?」

「しますよ!?神さまだって!普通に魔力が飢えれば!お腹は減るんです・・・サンドイッチ」

「悪かったって!運命の女神がサンドイッチ一つで大騒ぎすんなよ・・・そんなに食べたいなら今度、俺が作ってやっから!フルーツサンドでも、卵サンドでも何でも好きなものをさ」




 そうか、神さまでも腹は減るのか・・・一人で食べて、ベルに悪いことをしてしまったな。



 そこで男性向けの選択ではなく、女性向けのサンドイッチを奨めてどうにか機嫌を取る。





 さすがに女神さまともなれば、不便な人間のようにお腹が鳴ったりはしない。それでも、やはりお腹が減れば機嫌も悪くなる。




 こりゃどこかでベルが喜びそうな何か。食事でもプレゼントでも、何かしないとまずいかなぁ・・・反省していると。ジャックは、百面相する今宵を不思議そうに見ていた。





「なぁ・・・お前、さっきから何を一人でブツブツ喋ってんだ?頭ぁ、大丈夫か?」

「えっ・・・(ジャックにはベルの姿が見えていない!?そうか、人間だからな)」

「まさかとは思うが、おかしな幻覚症状でも見えてんのか?そんな状態でディアスさまに謁見は無茶じゃねぇか」

「だ、だだ、大丈夫だって!ほ、ほら!オンブラのサンドイッチがさ、あんまり美味かったもんだから!?俺も作りたくなって、つい独り言を・・・心配させてごめん、本当に大丈夫」




 少しわざとらしかったかと冷や冷やしながら、ちらりと目の前のジャックを見てみれば。



 先程までの余裕はどこへやら、あまりにも今宵の意外過ぎる反応に驚きを隠せない様子。





 じわじわ赤くなる不似合いな顔色に、何やら親心のような不思議な感情が芽生えて来る。




 うわあ・・・ジャックの照れ顔とか!マジで貴重だ。とりあえず、目に焼き付けておこう。







「そ・・・うかよ、あんなんで良ければ。その・・・レシピやろうか?透明魔術のそれとは別に。俺は基本的に出歩かねぇ、今回は仕事で出向いているだけだから。余計な世話なら・・・」

「おお!それはありがたい。さすがジャック、気遣いの男!」

「オンブラだって・・・頼むから実名は勘弁してくれ、どこで聞かれているか分からねぇ」

「ごめん・・・気を付けるよ」




 結局、何も注文せずカフェテリアを後にした二人。ただし、ジャックは今宵が「気遣いの男」と比喩した通りで店員の印象も悪くない。



 店の外に置かれたテーブルから立ち上がると。おもむろに懐から、高価そうな宝石を取り出して店長にスマートな仕草で手渡した。





 さすが一流の暗殺者・・・高価な宝石がチップ代わり!俺なんて一文無しなのに羨ましい!




 何故か、じとりとこちらを睨んで来る依頼人と共に演説会場の大広場まで辿り着いた。









「帝国の民よ・・・全ての愛しき子等よ。余は何者をも愛し、何者をも許す。神は尊き志にこそ宿り、尊き道にこそ在る。今日は素晴らしき哉、建国百年目の良き日・・・無礼講を許す」




 拍手と喝采、神の如き皇帝を讃える音楽隊に美しい踊り子たち。まるで帝国の威光は、永遠とばかりに集まった民や観光客はかつてない大規模の祭りを楽しんでいる。



 滅多に姿を現さない麗しの皇帝の登場に、更なる熱狂と興奮を見せる昼間の大広場。





 空に舞う花びらと春風に乗る甘い香りは、帝国の象徴とされる可愛らしいライラックの花。ちなみに花言葉は「愛の訪れ」「謙虚」「青春の喜び」だ。




 日本ならこの季節、きっと桜が見頃だろうなぁ・・・増田や皆と、よく花見をしたもんだ。ちょっとだけ過去を懐かしみながら、壇上で演説を続けている皇帝に目を向けた。







「はー・・・さすがは尊き御方、主神の化身だなぁ。神々しい・・・ついでにイケメン度パネエ」

「いけ・・・何だって?たまに良く分からねぇこと言うな・・・ほら、行くぞ?今が頃合いだ!」

「透明魔術は!?」

「既にかけてある」




 演説を終えた皇帝は豪華な馬車に乗り、今度は街中を音楽隊や踊り子たちと進んで行く。



 大勢の観覧者で埋め尽くされた大通りを避け、細い裏道を通ってパレードの後列から接近を試みる。





 そのまま馬車の近くまで忍び足で歩み寄ると、周囲を取り囲んでいる騎士の多さに驚く。




 いかにも屈強そうな大柄の男性騎士たちと、華奢で華やかな少女騎士たちの姿は対照的。俺が悪人なら、捕まるのは絶対に少女騎士でお願いしたい!むさ苦しい野郎騎士は問題外。





「傍に騎士団がいる・・・やっぱり、いくら祭りとはいえ。あの皇帝が一人になる訳ねぇか」

「だよなぁ・・・さて、どうするかな」

「その瞳を皇帝に返すんだよな・・・」

「あぁ!初志貫徹・・・したい、けど」




 どうにか偶然の幸運に恵まれて、ジャックの力を借りながらここまでやって来たものの。



 ここから先はどうすれば良いのか?全く持って思い付かない今宵は非常に頭を悩ませた。





 こんなに大勢の観客がいる前で、御前に飛び出したりしたら明らかに不審者だよなぁ・・・




 今更になってベルが以前「まるで犯罪者の計画」と心配していた通りになったことに。我ながら、ちょっと楽観的過ぎたかと猛省した。









「ちょっと待て・・・まずい、同業者がいるみたいだ。恐らくだが、皇帝の命を狙っている」




 歓声に掻き消されてしまいそうな街中で、暗殺者特有の研ぎ澄まされた気配を感じ取る。



 建物の陰に身を潜めながら馬車を目で追い、悪意の源がどこにいるのか索敵だけに集中。





 パレードに混じった騎士隊の中からキラリと一瞬、何かが光ったように見えたと同時に。傍に居たベルが慌てて注意を促しながら耳元で囁く。




 コヨイさま、あそこです!騎士に変装した暗殺者が・・・良いですか?私が一瞬、時を止めます。その隙に、コヨイさまは彼と一緒にあの者を御前に引きずり出して下さい!!





「暗殺!?そんな真似させるか!イケメンはそう簡単に死んじゃいかん!腐の理って奴だ」

「あ、おい!待てコヨイ、つか・・・ふの、何だって?」




 この場にいる誰もが一瞬、時を止めている中で動けるのは今宵とジャックの二人だけ。



 頼むジャック、手を貸してくれ!!いきなり訪れた奇跡、何が何だか分からなかったが。





 依頼人の願いに応えるのは、プロとして当たり前のこと。素早く判断すると、騎士に化けた暗殺者を馬車の前まで二人で運び出す。




 それと同時に止まっていた時は動き出し、今宵とジャックは手慣れた動作で拘束した。







「ぐああっ!?何だテメエ・・・放せ!一体どこから現れた!?畜生、いつの間に」

「イケメンの敵は俺の敵・・・覚悟しろ!王さまに仇なすクソ野郎はぶちのめす!」

「はぁ!?急に何を言い出すかと思えば・・・」

「言い逃れなんてさせないぞ!その似合わない変装と、毒の塗られた鏃が何よりの証拠だ!!」




 暗殺者の纏うマントの奥からボーガンを見つけ出し、ここぞとばかりに煽り立てて釈明の余地と逃げ場を無くす。



 あはは、さすがにちょっとわざとらしかったかな・・・?いくら何でも、これほどタイミング良く御前に暗殺者を引き立てるなんて真似が早々出来るはずは無い。





 それが可能だったのは、ノルンの女神の奇跡によるもの。本人曰く「単なる暇人のミーハー女神じゃありませんよ!」だそうだ。




 その場で捕らえられた暗殺者が、男性の騎士たちに引き立てられて行く最中。青ざめた顔色で震えていた少女騎士とは。まだ十四歳の最年少「赤薔薇」騎士団長ジャンヌだった。







「そんな・・・いつの間に!私たちが、常にお傍で見守っていたのに」

「まぁ・・・蛇の道は蛇ってな?本当に守りたいなら暗殺者を雇えよ」

「貴方は・・・?」

「成り行きでアレに雇われた者だ。先に断っておくが!俺たちは、捕まった野郎と関係ねぇぞ」




 あんな三流暗殺者と一緒にされてはたまらない、とばかりに眉間に皺を寄せるジャック。



 その鋭い眼差しにちょっとだけ、まだ少女のジャンヌは怯えてしまったものの。皇帝の御前で堂々と振る舞えるのだから、きっとこの方たちは悪い者ではないのだと理解した。





 実はこの少女騎士・・・ゲーム本編の未来では、聖女たる主人公のライバル的なキャラクターに育っている献身的な美女。天真爛漫な聖女とは、基本構成が真逆の存在と言える。




 聖女ほどではないものの、僅かながら聖なる力を扱える為。下手すれば、あっさり彼女に攻略相手を奪われる・・・なんて大どんでん返しも。悪役令嬢ではなく、もう一人の聖女だ。







「ほう・・・その動き、その判断力。其方、人間にしてはやけに手慣れておるな?見事だ」

「あ・・・ああ、ありがたき幸せ!!お初にお目に掛かります、麗しき皇帝ディアスさま」

「そのように畏まらずとも良い・・・今日は無礼講と言ったであろう?余の瞳を持つ者よ」

「あっ!そう、そうなんです・・・それで、どうしてもディアスさまにお返ししたくて!」




 太陽を背に煌めく黄金色の髪と瞳は美しく。小さな拍手を贈りながら、馬車から降りて来たディアスは呆然としていた今宵の前に歩み寄る。



 ゆっくりとした動作の中にも、高貴さを思わせる洗練された仕草。化身とはいえ、主神と同等の存在ともなればリスペクトして当たり前。





 すっかりディアスの放つ神々しさと、笑顔の破壊力に心酔している今宵とは対照的に。化身の隠し持った異様な圧力、本物の神気を肌で感じ取ったジャックは彼等から距離を取る。




 常にこちらを値踏みしている黄金の瞳に気付くと「こりゃ本物だな・・・」久し振りの恐怖に近い感情を抱いた。間違いなく皇帝に認識されてはまずい、と暗殺者としての勘が囁く。









「まぁ・・・落ち着け、異邦の者よ。そう急くこともあるまい?今日は建国祭、そして百年目の尊き良き日。積もる話もあろう・・・とりあえずは命の礼だ、特別に我が城へ招待しよう」




 いきなり訪れた千載一遇のチャンスに「こんなに上手く行っても良いのか?」少しだけ迷って臆していると。





 コヨイさま、何事も当たって砕けろです!骨なら、私が拾って差し上げますからねっ!






 何故か自身よりも興奮気味の女神さまに諭され、今宵は皇帝陛下の招待を受け入れた。








 ふと姿が見えないジャックに気付くと、唐突に不安が襲って来て何度も辺りを見回す。








 ジャック・・・何でいきなり消えてんだよ!?いざって時には、頼れる切り札なのに・・・!









 しかし、思い返してみればそれも仕方ないことかとため息をつく。彼との契約は「透明魔術」の技術を買うこと。それから「黄金の瞳を皇帝に返すまでの護衛」これだけだ。









 ここまで来たら腹を決めるか・・・!幸い、隣にベルはいてくれる。いざとなれば、時を止めて貰って逃げ出そう。初めて訪れた王城前、見えない未来を恐れながら足を踏み出した。








【追記】




 どうもお疲れ様でした(*^▽^*)まだまだ序盤ですが、気になるキャラクターはいたかな?今回が初登場のジャックとディアスですが、勿論のこと色々なオマージュをしております。ちゃんと見た目だけは俺得設定していますが(笑)とりあえず皆、イケメンならOKです。可愛いとイケメンは正義!そう思いませんか?ジャックはこの時、二十四歳。ディアスは三百三十歳。そりゃ神様だからの無茶ぶりやで・・・

 



 今宵の相棒と化しているノルンの女神、ベルザンディ。ですが基本は神さまでも、人間臭い所があって好感が持てるようにあえてこんな感じ(;^_^A堅苦しい女神じゃ面白くないもんね・・・たまには暴言も吐いたり、拗ねたりしてくれた方が女神らしくなくて良いかなぁと。




 それではまた!ここまでの長いお付き合い、誠に有り難う御座いました。コロナ渦が続きますが、皆さんもどうぞご自愛下さいませ。三回目の接種、行きましたか?私は先日、行ったばかり。迷わず痛かった・・・(´;д;`)ブワッ



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