パパ×悪役=∞

@eln212

第1話 始まりはいつも雨、もとい異世界〇〇



 溢れる気品と慈悲心は、清廉なる白騎士に。溢れる知性と探究心は、英明なる賢者に。



 溢れる才覚と創造力は、聡明なる暗殺者に。それぞれ受け継がれ、今まさに世界は「聖女降臨」の時を迎えようとしている。





 その日、三人の甲乙付け難い魅力ある若者・・・男手一つ(時々、女神)で育て上げた愛しい養い子たちの拝命式を前に。




 異邦の旅人(ストレンジャー)は、唯一つの望みを叶えたことに心の底から満足していた。もうすぐ自身がこの世界を去ると知っていながら、何も知らない彼等には告げないままで。





 僅かな寂寥感と誇らしさを胸に、瞳の端に涙を浮かべて成長した彼等を壇上へ見送る。




 そう・・・彼等の自身に対する思惑など一切、考えもせず。ただ、ひたすら感無量だった。









 だから、まさか彼等・・・本来ならば「悪役」を運命付けられた養い子たちに。溺愛を通り越して「偏愛」されている等とは、露ほども思わなかった。




 更なるクラスチェンジを果たした彼等が、異世界転移して実家に訪れるその時までは。





 白騎士だった彼は聖騎士に。賢者だった彼は大賢者に。暗殺者だった彼は裁定者にまで。







 それぞれの階級を最上位へと昇り詰めながら。養父だった異邦の旅人に、もう一度逢いたい・・・本当に、ただそれだけの為に。世界を飛び越える最強の特権を万能な主神より得た。









「あぁ・・・偉大にして、最愛なる我が養父上ちちうえ!再びの邂逅、誠に嬉しゅう御座います」

「やれやれ、セシル義兄にいさまは相変わらず言い回しが鬱陶しいですね・・・騎士とは皆、そうなのですか?養父とうさま、お久し振りです。お元気でしたか?」

「マリエル?お前はもう少し、これでも義兄あにであり年長者の俺に対する礼儀をだな・・・!」

「はいはい、文句なら後で幾らでも受け付けますから・・・おや?レイジがいませんね」




 まるでどこかの「王道RPG」から、そのまま抜け出て来た様な姿で。どこかにある一戸建てらしき家の玄関先に佇むセシルと呼ばれた騎士風の美青年。



 ゼニスブルー色の髪と紺碧色の瞳が美しい、所謂「異世界の青年騎士」は。養父に再び逢えた嬉しさからか、その整った容姿をひたすら綻ばせていた。





 分かり易い義兄に若干、引きつつズレた眼鏡を整えて。彼の隣に佇むのは、賢者風の美青年。マリエルと呼ばれた月白色の髪と紫苑色の瞳が美しい、所謂「異世界の青年賢者」だ。




 笑顔のセシルよりは幾分、落ち着き払った態度ではあるが。それでもふと浮かべた柔らかな微笑みの中に、マリエルの溢れるほどの敬愛の心が見て取れた。それから、もう一人。







「・・・ここにいる。養父とうさん・・・久し振り。まさか可愛い僕たちのことを忘れて、既にこちらで結婚なんてしていないよね?その時は・・・この黒百合と同じ運命を辿って貰うだけだ、お相手に」




 いつの間に背後へ回り込んだのか、全く気付かせない早業。レイジと呼ばれた暗殺者風の美青年は、職業柄その素顔を隠す為に深く被ったフード越しでも分かる美貌の持ち主。


 

 爽やかな笑顔で語り掛けてはいるが、その言葉の端々に二人以上の執着心が垣間見える。





 胸ポケットから紙細工の黒百合を取り出すと。分かり易く手の中で「ぐしゃり」と一息で潰して見せた彼の思惑は明らか。所謂「異世界の青年暗殺者」は時と場所を選ばない。




 恐らく養父限定の人懐こさ、それと同時に。養父への隠しきれない思慕と狂気ヤンデレを所々に滲ませながら。それでも、彼が見せた心からの笑顔は綺麗だった。







「ねぇ?ちょっと!今宵・・・まさかあの子たちもトール君と同じ”カミカレ”出身者?」

「月姉さん・・・何か、ごめん」

「あらまぁ・・・イケメンだらけ!私は大歓迎よ?食い扶持だけは稼いで貰いますけどね」

「さすがは腐の伝道師・・・!」




 どうやら姉弟らしき家主は、何やらひそひそと突然の訪問者の話題に花を咲かせる。



 異世界からの訪問者は、既にもう一人「トール」と言う名のイケメン居候がいる様だ。





 ちなみに本人が「あのさぁ・・・これでも俺、間違いなくイケメン神様だからね?そこの所、ちゃんと紹介宜しく!」と言うのだから、イケメン紹介で間違いないのだろう・・・多分。




 レイジは、黒髪黒目の容姿。セシルやマリエルに比べると、比較的こちら側寄り。しかし、それこそが養父に執着した何よりの理由であることを義兄二人は良く知っていた。









「それじゃ、そういうことで。これからも、末永く僕たちを愛してね・・・”ぱぁぱ”?」




 極上の笑顔で「永遠の独身」を迫る来訪者。どうやら腐女子の姉は、既に彼等の味方。



 それなりに美形は見慣れたはずの腐男子も。やはり、いつまでも推しの笑顔には弱い。

 




 ご都合主義、大いに結構!皆が幸せなら、それで良い。今だけは、神様の粋な計らいを。




 再会を素直に喜んで・・・その後のことは追々?きっとこれは、旅人が望んだ最高の結末。

















 何だか、やけにリアルな白昼夢だが・・・初っ端から、瀕死な俺の話を聞いてくれ。



 あぁ・・・目の前が霞む。何でこんなことになっているんだっけ?それすら既に朧気だ。





 こんな状況だから、急いで自己紹介させて貰うけど。俺の名前は「史狼シロウ 今宵コヨイ」は?何だって?どちらが名前か分からない!?




 だよねー!俺自身も何度も思ったわぁそれ・・・ちなみに、名字の方が本当の名前だったらどれだけ良いかと思ったもんさ。だけどこれ、姉さんと・・・大切な家族との繋がりでね。





 俺の家族は、たった一人取り残されるはずの「ルナ」姉さん・・・両親を早くに無くした俺を育ててくれた、有り難い腐の伝道師。月今宵「八月の十五夜」を意味するんだ。









「隊長!史狼隊長・・・どうか、お気を確かに!!」




 交通事故で両親を早くに亡くした史狼今宵は、防衛大を無事卒業して陸上自衛隊のエリート軍人に。まだ年若いながらレンジャー部隊にも所属、上役たちにも期待されていた。 



 後輩たちの面倒見も良かった為、多くの部下に慕われてそれなりに順調な日々を送る。





 しかし、自分自身のこと以上に他人の痛みに敏感だった為。大切な部下の一人「増田マスダ 才人サイト」がとある上役たちからパワハラを受けていると知った翌日。




 彼は迷わず「俺の大切な部下に何してくれてんスか」上役たちの会議に乗り込んで関わった全員を殴り倒すと謝らせた。お陰様で輝かしい未来はどこへやら・・・一転、無職に。





 お人好しの上司と一緒に、無職の憂き目に遭った増田は「あの!俺の実家、実は旅館を経営していまして・・・隊長さえ宜しければ、一緒に行きませんか?」笑顔で同行を願い出た。




 そこまでならよくある話。だが、この不景気で老舗旅館にまでまさかの「強盗」が乗り込んで来た。それを止めようと今宵と増田は奮闘し、何人か返り討ちにした所で・・・







 撃たれる。激昂した強盗の一人が突然、懐から取り出した銃口を増田に向けた瞬間に今宵は判断した。




 この距離で瞬時に守れるのは俺だけ、実家で殺されるだなんてあんまりじゃないか。そんな酷いことが許されて良いはず無い!それだけの判断で、身体が勝手に動いていた。







「ま、すだ・・・平気か?良かっ、た。お前が、無事なら良い痛ぁ!」

「はい・・・隊長ぉ、ごめんなさい!俺が咄嗟に動けなかったせいで」

「良い・・・謝るな。誰だって、怖い。だから、そんなに泣くなよ?」




 銃弾を真正面から受けて倒れた今宵と、彼を抱き起こしながら涙を浮かべる増田。



 それを見た旅館の従業員たちは、恐怖心を押し殺すと一斉に飛び掛かって犯人確保。





 既に警察と救急車の手配は終わり、あともう少し・・・自身の判断と応急処置が早ければ、と増田はひたすら後悔した。




 俺はどうして、こんな無能なんだ・・・結果的に優しい隊長を巻き込んで、彼の人生まで狂わせてしまった。俺さえ部下にいなければ、この人は・・・





「おかしな、こと・・・考えるなよ?これは、お前のせいじゃ、ない」

「ですが・・・俺がいなければ、貴方は隊長のままでいられたのに!」

「泣くな・・・むしろお前は、お袋さんを守れ。一人息子なんだろ?」




 老舗旅館の一人息子が何故、自衛隊に?むしろ、そちらの方が疑問だった。敷かれた運命のレールをただ歩くだけじゃなく、自身の夢を追い続けてようやく叶えた後輩。



 厳しい自衛隊の入隊資格や訓練にも負けず、ひたすら耐え続けた先がパワハラの的とは。たとえ俺が上司じゃなかったとしても、誰だって同じことをしたはずだと満足した。





 段々と霞む視線の先に、ぼんやりと不思議な光景が映っても今宵に後悔は無かった。




 ただ一つだけ心残りがあるとすれば。それは誰よりもたった一人きりの弟を愛し、慈しんで大切に育ててくれた姉「史狼シロウ ルナ」を悲しませることだった。









「かつて存在したあのヴァルハラにさえ届く程、清く美しい高潔な魂の戦士よ・・・その身を挺して信じた正義の為に生きた証よ」




 厳かに。それでいて、どこまでも慈愛に満ちた女神の言葉に。今宵は静かに聞き入った。



 もしもこれが現実であるのなら、きっと自身はもう長くないのだろう。だからこそ、女神様のお迎えが来たのだと素直に受け入れてしまえるほど。





 問いかける声があまりにも優しくて、このまま天に召されてしまうと錯覚するほどに。




 瀕死の今宵が目にした不思議な光景とは、問いかける女神を筆頭に。様々な分野の神々が、瀕死の己を取り囲んでいる・・・実に有り得ないものだった。







「もしも最後に願いが叶うのならば・・・貴方の望みは、何ですか?」




 撃たれた腹部から流れ出る血は染みとなり、せっかくの爽やかな白シャツを汚して。



 逆流した血が喉元を迫り上がれば、口端から止まらず溢れ出て血の跡を残している。





 倒れた上司を抱き抱えて叫ぶ部下、周囲を取り巻く神々と現実に生きる旅館の人々。




 薄れて行く意識の中・・・一体どちらが現実なのかと、それすら判断が付かなくなりかけながら。女神の問いかけに、どうにか息も絶え絶え反応を返した。







「ふあ・・・スゲエ、女神様?ハリウッド女優、みたいな、金髪翠眼」

「隊長・・・お気を確かに!?俺はハリウッド女優でも、金髪翠眼でもありません!」

「へへ・・・そうかぁ、俺の本当の、望みなぁ?んんー・・・あぁ、そう」

「決まりましたか?」




 残念ながら女神の言葉は、瀕死の今宵にしか届かない。泣きながら呼び掛ける増田にも、あたふたしている旅館の誰にも彼等のやり取りは分からない。



 ただ神々は厳かに在り、慈悲深い女神と瀕死の人間が交わす契約の時を見守り続ける。





 たとえ、口で言葉にはせずとも。神々ともなれば、今の彼が何を真に望んでいるのか。




 それを理解し、実行に移すことは容易い。今宵の生気を失いかけた瞳に、神々が一斉に挙手している姿が映ると。一体何事かと疑問に思いながら、僅かに残る意識を手放した。







「俺の、願いは・・・本当の、願い、は」

「隊長・・・あああ!瞳に生気が、無い」

「俺、は・・・・・・」

「隊長・・・史狼隊長おおぉ!!」




 降り注ぐ神々の祝福・・・目映い光の渦の中へと飲み込まれて行く今宵、巻き込まれた形の増田。



 その日・・・不思議な光に包まれた老舗旅館から。二人の日本人男性が、忽然と姿を消した神隠し的な出来事は一大ニュースとなり。





 二人の家族が、大いに嘆いたことは言うまでもない。本来ならば、跡継ぎになるはずだった一人息子を失った女将は泣き崩れて経営もままならず。




 そんな彼女の支えになりながら、同時に経営指南までこなす月。既に女弁護士として、大成していた姉はどんな苦境であろうとも。弟の無事を信じて、待ち続ける覚悟を決めた。

















「はっ!?うう・・・痛っ、腹がズキズキする」




 見知らぬ土地で目覚めた今宵が、最初に思ったことは「あぁ、痛くて当たり前か」そんな暢気過ぎる感想だった。



 あの時は完全なるオフ状態。防弾チョッキも、何も無い状態で真正面から撃たれたのだ。





 恐らく鍛えていない人間ならば、即死で当たり前の威力・・・?そう考えると自衛隊の厳しい訓練も、あながち間違いではないなと今更のことを思った。




 僅かながら息も絶え絶え、女神の質問に受け答えを返していたかと思うと。我ながらなかなかしぶといものだ、と自分自身に感心すらしてしまう。







「ここ・・・もしかして天国?すげー大きな樹の下だ。首が痛くなるけど、見上げてみるか・・・どれどれ?」




 柔らかな木漏れ日が降り注ぐ大木の真下から、上を見上げてみても頂上は全く見えない。



 少し下がってその全貌を視認しようとしても、やはり大木の全てを把握は出来なかった。





 どんだけデカいんだよ・・・神社にある数百年単位の大木ですら、これほどデカくないぞ?




 仕方なく視認を諦めて辺りを見渡せば。水面に太陽の光を受けて、キラキラと反射していた泉が目に入る。何気なく立ち寄れば、まるで泉に誘われる様に覗き込んでいた。







「綺麗な泉だ・・・寝覚めだし、丁度良い。とりあえず顔を洗わせて貰おう。確か、あの時・・・増田を銃弾から庇って死にかけていたはず、だよなぁ?やっぱり死んだと考えるべきか」




 そこで「死んだ」と軽く口にした途端、脳裏に浮かんだのは育ての親だった優秀な姉。



 十三歳もの大きな年の差がある彼女は、今宵が中学生に上がる頃には既に弁護士として大成。しかし、堅苦しい訳ではなく今宵曰く「腐の伝道師」で様々な分野にとても明るい。





 責任感が強く包容力があり、いつでも気遣い過ぎるのが玉に瑕。結果、付き合う男性全てに「重い」と言われて振られてしまった黒歴史を気にしている。




 交通事故で亡くなった両親に代わり、時には姉であり母でもあった月は尊敬出来る人柄。自身の選択を後悔はしていないが、姉を悲しませるのだと思えばやけに胸が痛んだ。







「はー・・・スッキリした!頭もスッキリした気がする!ん・・・な、何じゃこりゃああ!?」




 生まれながら両眼共に黒色だったはずの瞳が、今は右眼だけ黄金色に光り輝いている。



 これがもしかして「オッドアイ」って奴?不思議な現象にひたすら自身の目を疑った。





 その後、何度繰り返して泉を覗き込んでも。やっぱり、右眼は黄金のままで不似合い。




 どういうことなんだ、とあまりにも不可思議な現象に首を傾げていると。背後からゆっくりとした足取りで、草を踏みしめる音が聞こえたので振り向くと女神が微笑んでいた。







「あらまぁ・・・いくらノルナゲスト(ノルンの客人)として正式に契約したとはいえ、ここは異世界です。あまり勝手な行動をされては困りますよ、コヨイ様?」

「あ・・・す、すんません!て、あの時のハリウッド女優宜しく女神!!」

「うふふ・・・違います。私はノルンの女神、ベルザンディです。客人の望みを叶える者」

「ベルザ・・・長い!面倒だからベルで良い?良いよな?じゃあベル、状況を説明してくれ」




 男子校上がりで防衛大卒、普通の男子なら憧れる可愛い女子との「甘酸っぱい青春」を。



 一切、経験して来なかった上に姉の影響で腐男子化していた今宵は女神にも冷静だった。





 本来ならば恐らく、ハリウッド女優も真っ青な美女の登場に見惚れたり照れたりする所。




 そんな素振りは全く見せず、普通の友達感覚そのまま「名前が長いから」勝手に略称で呼び出す無礼講。それでも女神、ベルザンディは気を悪くせず笑顔で受け入れた。









「は?ここが、あの・・・”黄昏の神々の世界”だって!?」




 あまりにも信じられない女神の言葉に、今宵は唖然としながら何度も目を瞬かせた。



 あぁ・・・俺は、たとえ死んだとしても萌えが最優先なのか?月姉さん、マジでごめん!





 癒やし系の笑顔でこちらを見ている女神、今宵命名「ベル」はどこまでも穏やかな態度。




 果たして腐男子の葛藤をどこまで理解しているのか?特に引いている様子も無く、ベルは両手を合わせながら笑顔で話を続けた。





「はい!コヨイ様が大好きな乙女向けアプリゲーム”黄昏の神々”通称”カミカレ”における人間の世界・・・異世界ミッドガルズです。ただし、本来の主人公たる聖女様が訪れるより少し前の時代の」

「それって、まさか・・・もしかして!?」

「えぇ!コヨイ様の願いを叶える為・・・数多の神々の祝福を私が束ねて起こした奇跡です」

「うわー!マジか・・・俺の、本当の望み」




 瀕死の時は、言葉にすることすら叶わなかった切実な願い。才女ではあるが、ゲームやアニメも大好きな姉の影響で腐男子化した今宵はアプリゲームにも当然詳しい。



 恐らく普通の成人男性であれば、ちょっとだけプレイを悩むと思われる分野。所謂「乙女向け」のアプリですら、彼は全く躊躇わず「良いものは良い」と言い切る。





 自衛官だった頃は、女性自衛官や女性の上司のスマホへ。乙女向けのお奨めアプリを勝手にダウンロードしては「史狼君、またやったでしょ!」説教されつつ布教に努めた。




 時には女性たちと一緒になって「あのルート、マジで最高だよね~!」お互いの推しの話題で盛り上がった。ただし・・・現実で、彼女たちと恋愛が始まる気配は全く無かったが。





 その中でも特にお気に入りだったのは「黄昏の神々」と言う名の乙女向けアプリゲーム。

 壮大なストーリーでイケメンキャラも多数、しかして彼の最推しとは・・・まさかの「悪役」だった。







「絶対に報われない悪役三人・・・白騎士セシル、賢者マリエル、暗殺者レイジを幸せに!」

「はい!今なら彼等もまだ・・・悪役に染まっていない幼少期!コヨイ様のお覚悟一つで?」

「あの!どのルートでも悲惨な最後が確定している悪役たち・・・あまりのイケメンぶりに、悪役にしておくには勿体ないと。ファン投票でトップ3を独占した彼等を救えるのか!?」

「全てはこれからですね!コヨイ様の行動一つで決まります。くれぐれも選択は慎重に」




 ちなみにあまりにも作品が好き過ぎた為、今宵は何周したかすら忘れるほどやり込んだ真のマニア。



 メインキャラは勿論のこと、サブキャラから隠しルートに至るまで見事フルコンプリート済。





 何度も何度も、攻略キャラとルートを変えながらクリアする度に必ず同じことを思った。




 メインキャラやサブキャラには、それがゲームの主なテーマとはいえ「聖女の救い」があるのに。何で悪役だけはずっと辛いまま?彼等が救われるルートもあって良いはずだと。









「あ、あのさぁベル・・・一つだけ心配事があるんだけど、聞いても良いかな?」




 目覚めて女神の奇跡を聞かされてから、ずっと気掛かりだったことを意を決して問う。



 もしもこれで「確かにそうですわね!じゃあ、やっぱり辞めましょうか?」等と笑顔で言われてしまったら。





 その時、俺は一体どうすれば良い?女神の返答に怯えながら彼は勇気を振り絞る。




 たとえそうだとしても、その時は「土下座でも何でもして認めて貰おう」史狼今宵は迷わず決断する。元自衛官のエリートにしては、彼は珍しいほどプライドをかなぐり捨てることの出来る男だった。







「はい、何でしょう?私の分かる範囲で宜しければ、何なりとお聞き下さいませ」

「あの・・・俺、今流行の悪役令嬢でも無ければ?世界を救う聖女でも無いんだけど!?むしろカミングアウトして良いのか、ちょっぴり微妙な腐男子(無職)なんだけど!!」

「存じております。母親代わりだった姉君様の影響ですよね?美しき姉弟愛ですね」

「美しい、か・・・?まぁ、月姉さんの奨めた漫画やゲームに間違いは無かったけどな」




 良いですか、コヨイ様?今、この世界に必要なのは「悪役令嬢」でも「聖女」でも無く。



 奇跡を呼び寄せた「貴方様」ですよ。確信を持って断言されると、嬉しくて泣きそうになる。





 泣いたと言えば、ゲームのストーリーは当然のこと。不幸な生い立ちを持つ悪役・・・彼等の最後の場面を見ては、何度泣いたことか。最早、数え切れないほど。




 メインキャラに始まり、サブキャラに至るまでイケメンだらけ。本来の主人公は、実に分かり易い異世界転生した女子高生「聖女様」だ。所謂「逆ハーレム」状態なのである。





「このIFルートを叶える為の奇跡は、他でもないコヨイ様の切なる願いを聞き届けた神々が。本来ならば、悪役で在り続ける彼等の別の可能性を。挙手制の多数決ですが、望んで下さったが故の猶予です。よって彼等を救いたい神々の代行者として、認められた貴方様だけが世界と彼等に介入出来る唯一の存在。イレギュラーまたは”介入者”と申しましょうか」

「猶予って言い方、まるであの子たちが犯罪者の様な言われ様だが・・・そうだな、俺だけがあの三人を救えるとなれば!迷う必要なんか無かった。神々の代行者?上等じゃないか!」

「その通りです!頑張って世界をより良い方向に、三人の不幸な運命を覆しましょう!!」

「あぁ・・・そうだな、俄然やる気が出て来た!全コンプした腐男子の底力を見せてやる!悪役にはさせない!俺が大切に育てて、彼等の望む幸せな道を模索させてやる!ついでに死亡フラグは叩き折ってやる!!」




 かくして彼は、史上最強の腐男子パパ・自称ビッグダディ(ただし、未婚)と化した。まさか・・・育てたイケメン元・悪役三人組に敬愛され、悉く溺愛されてしまうとも知らずに。



 ここで冒頭に戻って頂ければ、彼等と介入者たる彼の辿る未来がお分かり頂けるはず。





 最終目標を達成しつつ、最高の結末に至るまで。それはそれは、とても険しく長く果てしない「子育て」と言う名の茨の道のりが待ち受けているのだが・・・




 今の彼等には、まだ遠い未来のお話。それではここから今宵とベル、介入者と女神の奮闘とも呼べる異世界での足跡を辿るとしよう。





「ちなみにコヨイ様が介入・・・本来あるべき世界を改革出来る猶予期間につきましては」

「教えてくれベル・・・今の俺には一体、どの程度の時間が許されている?大事なことだ」

「彼等が立派に成人して本来のお役目である悪役か、あるいはまだ見ぬ別の可能性になり。それと同時に、本来の主人公たる聖女様がこちらへ異世界転生されるまでの間だけです」

「ちょっと待て!!今、さらっと言ったけど。俺の望みが引き起こした奇跡なのに、そこ等辺はチートにしてくれない訳!?期間限定とか聞いてないんだけど!意外と世知辛いな」




 そりゃまぁ俺は、聖女じゃなくて腐男子だし?オマケに今は無職のナイナイ野郎だし!



 意図せず「韻を踏んでしまった・・・」可笑しな所で凹んだものの、気持ちを切り替えた。





 そんな今宵の気持ちを知ってか知らずか、ベルは「あらまぁ奥さん」のポーズでこちらを見ている。




 恐らくは、駄々を捏ねる子供を前にした母親の様な気持ちで彼女は冷静に諭して来た。





「コヨイ様・・・何事にも縛りは付き物です。神々の祝福とてさすがに万能ではありません」

「それもそうか・・・そんなに都合の良い話がある訳無いよなぁ?異世界転生だって奇跡で」

「あの・・・何か勘違いをされている様です。コヨイ様は、このミッドガルズに”転移”されただけ。確かに瀕死でしたが、転生はされておりませんよ?それは、正式な客人である聖女様のみの特権。コヨイ様は介入者、あくまでもイレギュラーなのですもの。ウイルス的な」

「ベル・・・俺に対して、何か言い方にトゲが無い!?いや、感謝はしておりますけどねっ!」




 てっきり主人公として異世界転生する聖女に倣い、瀕死だった自身も異世界転生したのだとばかり勘違いしていると。



 それはもう極上の笑顔を浮かべた女神から、かなり痛いしっぺ返しと暴言を食らった。





 あれええ!?ウイルス的なって何?俺って、もしかしてベルにとっちゃ病原菌扱い!?




 むしろ、女神よりも冷静に考えれば聖女にとっての障害である。何故ならば「本来の主人公よりも先に彼等と接触してしまう」訳だから、ある意味「どえらいバグ」であろう。





「ですが、私は時を司るノルン三女神の内の一柱・・・よってウルズとスクルドまで揃えば。あるいは期間を引き伸ばす奇跡も可能やもしれません。その為には姉妹の捜索も必要です」

「はぁ・・・僅かな希望が見えてきたかと思えば、叶える為に難題も付いて回るってことか」

「あまり待遇が宜しくない様で、大変申し訳御座いません。イレギュラーの貴方様を神々に頼み込んで、無理矢理!この世界へねじ込んだ不甲斐ない私をどうぞお許し下さいませ」

「もういいから!?お願い、もうやめて!まるで自分が病原菌みたいに思えて泣けて来る。聖女様、ごめんなさい!ちょっとだけお先に失礼します!恋愛のお邪魔はしません!!」




 未だ訪れるのはまだ先の聖女に宣誓した通り、今宵の願いは「悪役を悪役にさせず、幸せな未来を掴ませてあげたい」本当にこれだけだ。



 あくまでも彼等を見守る立場から、ひいては彼等の養父となって大切に育て上げたい。





 異世界転移する前も後も、残念ながら未だ恋愛には縁遠く独身のままだが。それでも彼の決意に変わりは無い。




 そこで一人、やる気に満ちていた客人を前に。女神は優しい笑顔で無茶ぶりを発揮した。









「それではコヨイ様・・・まずは、簡単にこの大人気アプリゲーム”黄昏の神々”についてご説明願います。私も支援するに辺り、復習したいと思いますのでどうぞ分かり易く簡潔に」




 何故かカメラ目線で、どこかの通販番組の様に流暢な司会進行を心懸けている女神様。



 ベル・・・一体、どこに話し掛けているんだ!?思わず鋭い突っ込みを入れたくなったが。





 それよりも彼女の無茶ぶりに振り回されて、浮かんだばかりの疑問もあっさり霧散する。




 何よりも大好きな作品を語るとあって、彼の抱えた熱量とも言うべき情熱は半端ない。小さく咳払いをすると、まずは小手調べとばかりに軽い情報から入った。







「女神の無茶ぶりキター!?まぁ、良いけど・・・ゴホン!まずはこのタイトルで分かる通り、北欧神話における”神々の黄昏=ラグナロク”が題材で元ネタだ。こらそこ、タイトルがパクリの上に安易とか言わない」

「気付いておりましたのね・・・」

「恐らく開発者はそこ等辺も、パロってるつもりだろうから気にしていないと思う」

「ええ・・・むしろ気にするべきでは?と余計な突っ込み、どうぞお許し下さいませ」




 つまり!何事も掴みが大事とばかりに、人気の北欧神話に目を付けたってことなんだ!



 笑顔で司会進行を務めたベルは思った。成る程・・・まずは売れなければ、どれだけ作品が良かろうと打ち切られてしまう。人間の世界も、実に世知辛いのですねぇ・・・?





 テレビの世界なら視聴率、漫画の世界なら販売部数、これがアプリゲームの世界なら?




 ちなみに「事前登録」の特典が豪華で期待作とされるものほど。蓋を開けて見れば、実は駄作であっさり配信終了するので気を付けましょう・・・今宵の実体験だそうな。世知辛い。







「そもそも”神様と恋に落ちる”ことがテーマだから、人間の扱いは基本的にぞんざい。だから通称”カミカレ=神彼”って訳」

「身も蓋もありませんね」

「そうなんだよ・・・オマケに”イケメン悪役三人組”と呼ばれるあの子たちは人間のカテゴリーだけど。本当は半神半人だったり、隔世遺伝のハーフエルフだったりするんだよ・・・」

「設定に無理があるのでは・・・私、その悪役三人組について!もっと詳しく知りたいです」




 何はともあれ、今回の奇跡はとても稀少な事例。本来、神々は人間の世界の物事に一切の干渉をしない様に自制している。



 それがどうして今回に限り、瀕死の人間が最後に願った有り得ない奇跡を叶えたのか? 





 恐らくその願いの根底にある感情が。己の欲望ではなく、あくまでも最推しの彼等の救済・・・決して救われることの無い「悪役への愛情」によるものだったから。 




 ベルは、少し誇らしく思いながら今宵の説明を静かに聞き入る。ちょっとだけ意地悪をしたのは、それでも腐らず奮起するなら本物だと確証を得たかった彼女なりの試練のつもり。









「じゃあまず一人目、白騎士セシルについて説明するぞ。本名:セシル=ウィリアム=マクベス。ちなみに悪役三人と勇者は、シェイクスピア関連の名前で繋がっている。彼等の”悲劇”を表現するのに丁度良いからなんだと。酷い話だよな・・・セシルは、マクベス公爵家の長男で三人の中で唯一の貴族だ。ゼニスブルー色の髪と紺碧色の瞳が美しい色男で、フレイ神の特色を濃く継いでいる。血の廃れたマクベス家では、唯一の半神半人として生を受けた恵まれた子だな。マクベス家は元々、フレイの化身が作った一族だからね。前情報だけだと、単に裕福な家に生まれた幸せなお坊ちゃんに見えるだろ?」

「ですね・・・」

「だけど現実は、真逆なんだ・・・政略結婚で冷え切った関係の両親は常に不仲。既にセシルがいたにも関わらず、父親は愛人を作って家に帰らなくなり。それによる心労が原因で、母親は元々持っていた心臓の病が悪化して病死。婿入りしていた父は、それを知るや否やすぐに愛人を新しい後妻として迎え入れた。妻の死を悲しむどころか、彼にとっては待ち望んでいた結果と言う訳だ。しかも、後に二人はカインと言う名の息子を授かる。セシルにとっては異母弟、と言う訳だが・・・これが悲劇の始まり。実の息子に家督を継がせたい継母からの壮絶な虐めが始まったんだ。使用人や誰も彼をも巻き込んでね」

「酷い・・・」




 知識としての名前だけは知っていた悪役、白騎士セシルの置かれた状況と歪んだ原因。



 今宵の様にゲームをフルコンプリートしたマニアでなくとも、思わず眉を顰めてしまうほど圧倒的に理不尽な理由による虐め。





 後妻としてマクベス公爵家に入り、ようやく待ち望んでいた我が子を授かった継母。己の立場と息子カインを溺愛する余り、歪んだ欲望に囚われた彼女の行動は実にえげつない。




 先妻の息子で本来なら家の全てを引き継ぐセシル。当然、彼女にとって邪魔者だった。







「そりゃ見るも無惨な有様さ・・・何だかんだと理由を付けては、家から追い出す為に人質として数多の家に出向させられ。当然、どの家にも継母の手が回っているから家畜の様な扱いを受ける。本来なら遊びたい多感な時期に、セシルはひたすら虐め抜かれて歪んだ訳だよ」

「そんなことって・・・あんまりです」

「オマケにあの美丈夫だから?女性はいくらでも寄り付いてくる。心も無いくせに寄り付く女が、セシルは継母の様で嫌いだった。だから使い捨てた、どんな美女でも物の様にね?」

「セシルさん・・・本当は、ただ寂しかっただけなのかもしれませんね」




 それなりの年齢になるまで虐め抜かれたセシルは、それでも耐え抜いて学業でも何でもカインより優秀な成績を修めた。



 継母の虐めを見て見ぬ振り、むしろ助長し続けた父親。亡き母が残した全てを屑な継母と父の思い通りにはさせぬ様。不屈の精神と騎士の誇りを持って、大切な家を守り続けた。





 騎士の登竜門とも呼ばれている「ローゼン騎士学院」にも、当然の様に合格すると。その美しい容姿や所作、公爵家長男と家柄の良さも相まって女性は幾らでも言い寄って来た。




 それ等全てを嫌いな継母と重ね合わせては冷たくあしらう。そんな八つ当たりの日々も飽きて来た頃「お前、女性には優しくしろ!」正面から文句を言って来た勇者と知り合う。







「それでも魔王を倒すべく育てられた、勇者一族のセオドアとだけはほんの少し友情を築けた。だけど魔王の理想に魅入られたセシルは、支配者全てを敵に回したクーデターを起こしてしまう。最後は世界の均衡を守る為に戦うセオドアと一騎打ちして・・・潔く自刃するんだ。死の間際、ほんの少しだけ嬉しそうな笑顔で”お前と、もっと話がしてみたかった・・・”そう言い残してね」

「セシルさん、何て潔くも悲しい・・・」

「そうだろ?そう思うだろ!?彼が悪役とかあまりにも悲しい!だから俺は救いたい!!」

「はい!私も改めて胸に刻みました」



                                   

 ちなみに先代勇者のアーサーは、歴代最強の勇者と誉れ高かった為。次の世代の勇者として、聖剣に選ばれたセオドアは全く自身の存在に自信が持てず鬱屈としていた。



 そんな時にこっそり勇者の隠れ里を出て、初めて出来た同世代の友人を嬉しく思わないはずが無い。都会育ちで騎士のセシルは、田舎者のセオドアにとって憧れの存在だった。





 話し上手で気遣い上手、最後まで女性に辛辣な理由は分からなかったが。世界全ての虐げられる者を救う・・・魔王の壮大な理想に魅入られた親友を王命で討ち取った勇者は泣いた。




 泣いて泣き続けて「勇者を辞める」とまで言い出した彼を立ち直らせたのは聖女。つまり、白騎士セシルは勇者セオドアの表メインルートにおける悪役の一人。







「確か・・・セオドア様は、メインキャラのお一人で。神以外では最強の勇者様でしたね?」

「その通り!表ルートと呼ばれる”魔王を倒す”ことが最終目的の場合のメインキャラ。主人公の聖女にとっては、最も傍にいる存在かな。一番、最初に仲間になるキャラだからね」

「と言うことは・・・裏ルートも存在しているのでしょうか?」

「よく気付いた!さすが女神、観察眼が鋭い」




 それこそ待っていましたとばかりに、瞳を輝かせて語り出す今宵は完全マニアの心理。



 彼のゲーム愛は知っていたつもりだが、あまりの熱量にちょっぴりベルは引いていた。





 あらまぁ、コヨイ様・・・よっぽど語りたかったのですね?どうやら大好きな乙女向けゲームを語り尽くすには、些か現実での同志が物足りなかったらしい。




 男性相手に乙女向けゲームは奨められず、かと言ってネット民で満足するのも寂しい。ようやく一緒に語れるカミカレ同志(女神だが)を得た彼は、いつも以上に饒舌だった。





「それこそがこのゲームにおける最大の醍醐味!ようやく壮大なラグナロクを巡る本当の戦いが始まる・・・訳なんだけど。それに至る為には、表ルートのコンプリートが必要なんだ」

「はぁ・・・なかなかコンプリートまでも、壮大な道のりですね?」

「だけどそこが良い!!苦労があればあるほど乗り越えた先は桃源郷!マジで感動した」

「コヨイ様は、少々マゾっ気がお有りの様で・・・アプリゲームとやらも奥深いのですね?」




 自衛隊の厳しい訓練の合間、隙間の時間を使ってプレイしたアプリゲーム。それこそ規則正しい生活は元より、早朝からの起床に始まり一糸乱れぬ敬礼と挨拶は当たり前。



 その中で僅かな心の潤いを求め、軽い気持ちで事前登録した上でプレイしてドハマり。





 何て素晴らしいゲームなんだ・・・出来れば、家庭用ゲーム機のどれかに移植して欲しい。




 でもなぁ・・・その場合、絶対に人気のサブキャラとか?その辺は、攻略出来ない様になっているはず。全て攻略出来てしまうと、元々のアプリからユーザー離れの恐れがある為。









「さて・・・ここが本当に、あのミッドガルズだとして?この場所は一体、どの辺りなんだ」




 今度はさわさわと風に揺れる葉音が、心地良い大木を女神と一緒に見上げながら。



 これが本当にアプリゲームの中だとは、到底信じられない現実感に戸惑いを覚える。





 それは当然です、とばかりにベルは告げた。この世界は、一種のパラレルワールドだと。




 元々の世界とは当然、異なる神域に存在する為。貴方様と私、本来なら存在しないはずのイレギュラーが消されずに残る。バグは普通、すぐに排除される運命ですからね?





「ここは、主神オーディン様の化身であらせられます皇帝ディアス様の治める土地・・・アヴァロン帝国のお膝元、世界樹ユグドラシルの真下です。知恵の泉ミーミルがありましたでしょ」

「知恵の泉・・・?」

「その黄金の瞳は、本来ならばディアス様のもの。全能の知恵を賜る代わりに、あの御方が差し出された捧げ物です・・・恐らく、異世界転移された貴方様への神々からの贈り物では」

「贈り物ねぇ・・・だけど本来は、ディアス様のものなんだな?それなら返すのが礼儀だろ」




 世界の中心地とまで呼ばれ、誰もが憧れるアヴァロン帝国の花の都「アヴァロン」を統治しているのは。神の世界「アースガルズ」を統治している主神オーディンの化身。



 カミカレの世界において、主神を始めとした名のある神々は。皆、一様に揃って人間の世界「ミッドガルズ」に化身を配置。それぞれの思う最善で、人間たちを見守っている。





 分かり易く言えば、その化身と勇者こそが主人公たる聖女の恋愛相手。所謂「攻略出来るメインキャラ」だ。ちなみに、攻略可能なサブキャラは様々な人種で構成されている。




 最も偉大な主神の化身なだけに、皇帝ディアスは他のどのメインキャラより豪華仕様。褐色の肌に黄金色の髪と瞳が、本来の神々しさをより際立たせている万能チートな神様だ。





「この瞳がどれだけ便利だろうと、他人のものを堂々と利用するほど落ちぶれちゃいない」

「そうですか・・・それさえあれば、恐らく異世界人である貴方様にも魔法が使えますのに」

「えっ・・・そ、そんなに便利なの!?神様の化身スゲエな!さすがメインチートキャラだ」

「ちいと・・・?良く分かりませんが、ディアス様は確かに素晴らしい支配者だと思います」




 様々な国と地域で成り立つミッドガルズ。大まかにまとめると四つの地域に分類される。アヴァロン帝国、レイズ魔法王国、パルメス騎士公国、イダヴェル共和国など。



 それぞれに特徴的な中心地として大都市が存在、アヴァロン帝国の場合は帝都アヴァロンがこれに相当する。





 本来なら悪役になるはずの彼等も、このいずれかの地域か。あるいは、地図にも載らない辺境の村などの出身者。




 最初に説明された悪役の一人、セシルの出身地は「城塞都市パルメス」で公国出身者。つまり、公爵家の彼は本来なら政治の世界に居てもおかしくない高い地位が約束されていた。







「あの御方は主神と同格の存在ですから、最大の秘匿とされているルーン魔術にも長けておりますね」




 様々な思惑を抱えながら会話を続けるベル。彼女の胸中は、深い悲しみと悪役の彼等を哀れむ想いで一杯だった。



 先程のセシルの説明を聞いた後となっては、彼等に対する勘違いを改めざるを得ない。





 きっと悪役であるからには、それなりの因果応報か自業自得と呼べる何かがあるはずと。




 今宵にはとても言えないが、ほんの少しだけ疑いを持っていた。ただし、それはあくまでも不幸な生き様を聞かされる前の話。今は、むしろ救いの手を差し伸べたいと強く思った。





「ルーン魔術!!オーディン神の唯一無二の大魔術か。確か、彼が認めた数人のみが扱うことを許されていて・・・女神スカサハ、ブリュンヒルデ等々。北欧女神の代表格ばかりだな」

「その通りです。まさしく・・・これぞ神の所業!!全てを見通す叡智、ついでに都合の悪い事象も主神の権能一つで無かったことに。ディアス様には些細な失敗すら許されない訳で」

「”ついで”で全てを無かったことにするなよ・・・だけど、それってつまりは。例えば、悪役のあの子たちに関わる全てにも使えるってことか?ズルしたりするつもりは無いけど」

「そうですね・・・あの魔術を、コヨイ様に解禁してくれたりする奇跡でもあればあるいは」




 一般的にこちらで「魔法」と呼ばれる奇跡の力と、様々な系統の「魔術」は全く別物。



 簡単に説明すると上位に相当する難解なものを魔法と呼び、個人でも使い分けが出来る身近なものが魔術と総じて使い分けられていると考えて欲しい。





 それ故、一般的に使用されるものはほぼ魔術。魔法は、神官や賢者の様な専門職が得意とする分野。言わずと知れたことだが、神々の化身においては不可能無し。




 聖女の恋のお相手ともなれば、万能で当たり前だと考えた制作者の意図かもしれない。





「よし!それならディアス様に謁見して、コレを返そう。あ、でも・・・痛かったりする?」

「いえ、本来あるべき場所に返すだけですので。泉で顔を洗った時・・・痛かったですか?」

「いや、全然?」

「ルーン魔術とは本来、そういうものです。あの泉は帝国に連なる神々の管理下にあり、認められた者以外は入れません・・・つまり?貴方様は、神々の祝福を受けている。その最もたる証と言えるでしょう」




 神々の奇跡で異世界転移したほどですし、当然と言えば当然ですが期待されていますね。



 笑顔で重責を自覚させて来る女神様には、悪意は無いがちょっとした悪戯心はある様だ。





 つい、その場のノリで「神々の代行者」なんて偉そうな立場を嬉々として受け入れたが。




 あまり性に合わないので、難しく考えず「あの子たちを助ける」それだけを目標にした。







「ですが、コヨイ様・・・ディアス様に謁見するのは、そう簡単なことではありませんよ?」




 せっかく目標に向けて邁進しようと、誓いも新たに胸に刻んでいた所でベルの困り顔。



 さすが腐っても女神様・・・憂い顔も美人だなぁ?本人に言えば間違いなく怒られる本音。





 さて・・・まずは、これからどうするか?兎にも角にも、この世界での第一歩を踏み出さないと叶えたい理想まで遠いまま。




 残念ながら今宵には、のんびり異世界生活を満喫しているだけの時間は無い。何故なら「期間限定の奇跡」であることを忘れてはならないのだ・・・ご利用は計画的に。





「あの御方は主神の化身、そしてミッドガルズにおける最も偉大な王でもあらせられます」

「だよなぁ・・・あまりのチートぶりに、目眩を起こしそうなほど神様の中の神様だもんな」

「えぇ・・・それに、滅多に拝謁も許されない王城に居られます。これをどうなされます?」

「うーん・・・王城に忍び込む、なんて真似は不審者扱いされて終わりだし。かと言ってこのままって訳にも・・・あ、そうだ!なぁベル、今は何月だ?もしかしたら何とかなるかも!」




 良いことを思い付いたとばかりに、ポンッと手を打つと。今宵は喜色満面で提案した。



 この世界の暦から個々のイベントまで。全てを知り尽くしている彼は、頼れる腐男子。





 ちなみにミッドガルズの暦は、ちょっとだけ個性的。ある意味、覚え易いとも言える。




 例えば六月なら「雨の月」と言った様に。四季を感じて貰える様な仕様になっている。



 




「成る程・・・帝国の建国祭ですね?確かにその時だけは、盛大なパレードが国中を上げて行われます。普段は決してお姿を見せない王も、馬車に乗って花の祝福の中を巡るので・・・」




 今から百年前・・・神々の世界「アースガルズ」を統治している主神オーディンは、戦乱渦巻く人間の世界「ミッドガルズ」を憂いの瞳で見つめていた。



 そこで彼の地に平和をもたらすべく「アヴァロン帝国」を築かせると。己に連なる能力を分け与えた化身ディアスを創造し、その後の世界を託した。





 主神の理想の世界を叶えるべく、化身を創造した神々が多い中。化身は作らず直接、人間の世界に興味を持って訪れた神も居る。




 その中でも、特に有名な神と言えば「雷神トール」だ。窮屈な神々の世界に飽きて、旅人気分で訪れたらしいが。その後の足取りは掴めないまま、行方不明になっている。







「そこを狙って飛び込めば良い訳だな?御前に!逃げ場がなきゃ王様だって観念するだろ」

「あの・・・私、まるで犯罪者の計画に聞こえるのですが?」

「気のせい気のせい!ふ・・・元エリート自衛官の本領発揮する時が来た!今は無職だけど」

「本当に、大丈夫でしょうか・・・?何やら嫌な予感が・・・」




 不安を隠せないノルンの女神ベルザンディ・・・今宵命名「ベル」と。彼女の客人「ノルナゲスト」として契約した元自衛官「史狼今宵」の理想を叶える旅はまだ始まったばかり。






 イケメン悪役三人組「白騎士セシル」「賢者マリエル」「暗殺者レイジ」を救う為。








 そして願わくば彼等に「至上の幸福」を届ける為。今宵とベルは、異邦の旅人(ストレンジャー)として。







 乙女向けアプリゲーム「黄昏の神々」通称「カミカレ」の世界で期間限定の改革を行う。







 いつの日か訪れるはずの、彼等の死亡フラグを絶対回避。または「叩き折る」つもりで。









 さて・・・それじゃ、早速行くとするか!世界最大の大都市、帝都アヴァロンの建国祭へ。








【追記】



 初めまして(*^^*)こんにちは、またはこんばんわ~!挨拶をどうするかで毎回、必ず悩む久夜くよれんです。ペンネームは”クレヨン”が元ネタ(小学生の頃「クレヨン王国」シリーズが好きで読んでいたので)pixivでは基本、二次創作限定でボチボチ気まぐれに活動しています。更新めっちゃ遅いけど(笑)異世界転生ものは、数あれど。主人公は基本的に万能チートな聖女さまだったり?あるいは人気の悪役令嬢だったり?するのでちょっと変化球を狙ってみた次第。可哀想な悪役がパパ(腐男子)の努力でどうにかこうにか幸せになれたら良いなぁと。可哀想な子は幸せにならなきゃアカンよね・・・今回のタイトルが某歌手さんの歌だったのは、その方達が作った「On Your Mark」が好きだから。ジブリ短編アニメ(7分)これはもう傑作ですね(〃'▽'〃)観たこと無いって方は音楽と一緒に是非どうぞ!




 これ、実は「おおかみとしちひきのこやぎ(絵本)」が私的な元ネタです。だってほら、アレって狼さんよりも子ヤギの母親の方が・・・酷くね?子供の頃に読んだ時「酷い、えげつない・・・何もここまでしなくても」狼があまりにも可哀想で泣いてしまったわ。確かに狼は子ヤギを丸呑みしたけど、殺しちゃいないぢゃん?だけど母親は・・・(つД<)・゚。何で悪役はいつも可哀想なの?救われたって、報われたって良いじゃん!!そんな気持ちで。ちなみに女神「ベル」は某有名漫画やアニメ映画のパクリじゃないですよ?えぇ本当、インディアン嘘付かない。




 あと、ゲーム好きな方は一発で分かったと思いますが(´∀`)セシルとカイン、セオドアは有名なアレ繋がり。だから作中のセシルの飼い犬は「ローザ」です(笑)他にもまだ登場しませんが、マリエルやレイジもゲーム繋がり。だってオイラ・・・ゲーム大好き人間だからね!あまりにもリアルの仕事が忙し過ぎて、今は全くプレイ出来ていないんですけどね・・・辛。あとアヴァロンもね、スクエニ繋がりであのゲームから。今宵も実は某ゲームキャラを捩っています、さて誰か分かるかな?そんなこんなで、紹介終わり!それではまた。

 ここまでの長いお付き合い、誠に有り難う御座いました^^今は時々「真・女神転生Ⅴ」でゲーム酔い中・・・声優が豪華ですね、最近のゲームは。サブキャラまで某大御所さんとか・・・


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