第5話 言語

「グリム、俺達が話せると言ういことは俺達の居たの世界と、この世界の言葉は同じなのか。」


食事をしながらグリムに気になっていた事を聞いてみた。


『そんな訳なかろう。お主達の頭に直接話しかけているから理解できているだけじゃ。

 儂も、お主達の言葉では無く伝えようとしている意識を理解している。

 これも、儂等の魂が似ているから出来る意識の共振の様なものじゃ。

 言葉を使った会話は成り立たんよ。』


食事の後、グリムに案内されたのは書斎にある隠し部屋

ここに有るのは、グリムが人だった頃の収集品の数々が置いてあった。

転生した時、何があっても対応出来る様に準備をしていたそうだ。


『そこの棚に白い結晶があるじゃろう。それじゃ。』


綺麗な白い結晶を手に持って眺めていると


『魔道具じゃ。ここの灯りや台所のコンロも魔道具なんじゃぞ。

 それは、何か有った時の為に作っておいた光魔法を応用した儂のオリジナルじゃ。

 光魔法にある治癒の力を応用して言葉の知識を頭に刻み込む。

 さぁ、その結晶に魔力を込めてみるんじゃ。』


浩司は未だ魔力の放出ができない為、俺が言われた通り魔力を込めると結晶が輝きだした。


『そのまま、体内に取り込むイメージをするんじゃ。少しショックを受けるから気を付けるんじゃぞ。』


光が体に吸い込まれる様に輝きは無くなり結晶が崩れる。

同時に、頭に襲い掛かる大量の負荷

よろけた所を浩司に支えてもらったが、意識が遠のいていく。


******


飲み屋で飲んで一人帰る途中だった。

いつものメンバー、いつもの会話。

いつもと変わらない、週末の一コマ。

俺の目の前には、母親と娘が手をつないで歩いている。

声は聞こえないが、楽しそうな雰囲気

突然、後ろから悲鳴が聞こえてきた。

振り返るとトラックが歩道に乗り上げて来るのが見える。

先ほどの親子はトラックを見て立ち止まってしまっていた。

その親子を助ける為、横に突き飛ばそうと体が動いていた。

しかし、体に力が入りきらない。

酒を飲み過ぎた。

次の瞬間、誰かがその親子を押して、俺の体をかばおうとしてくれた。

親子は道の端にのがれ、俺達の所にトラックが突っこんできた。

俺もその人も倒れてしまい、もう避けようがなかった。

俺達の方に叫びながら手を伸ばそうとした母親を見ながら、


『助かってよかった』


そんな事を考えながら、再び意識を失った。


******


目が覚めると心配そうに覗き込む大男

浩司の側で、こうやって目覚めるのは2度目だな。


「拓ちゃん、大丈夫か?」


記憶の中で、最後に親子を押して俺をかばってくれた人


「心配かけたみたいだね。大丈夫みたいだ。

 この世界に来る直前の夢を見ていた。

 なぁ、事故の時 親子を助けて俺をかばってくれたのは浩司なのか?」


少し間が空いて浩司が答えた。


「俺が見た小柄な人が拓ちゃんなら多分そうだと思う。」


「やはりそうなんだ。ありがとう。浩司には助けられてばかりだね。」


「いや、結局助けられなかったし。それに俺は初め動くことすら出来なかったんだ。

 あの状態でとっさに行動できた拓ちゃんは凄いよ。

 ところで、腹がへってないか?何か作ってくるから、もう少し休んでろよ。」


そう言って浩司が部屋を出ていく。

天井を見上げている俺にグリムが話しかけてくる。


『魔道具を使って、こちらの言語を教えようとしたんだが、反動が大きすぎたようじゃな。

 一瞬衝撃がある程度で、倒れることは無いはずじゃったのだが。』


「これも異世界人との違いなのか。」


『そうかも知れんが原因の特定は難しいじゃろう。ところでどうじゃ、この世界の言葉は分るか?』


不思議な感覚だった。自分の知らない知識が有るという違和感。

声に出してみると、流暢な異世界語が話せていた。


『問題ない様じゃな。それにしても浩司にも心配をかけてしまった。後で話す手伝いをしてくれ。』


「分かった。所で、グリムは本当に知識だけの存在なのか。」


『どういう事じゃ』


「今まで話していて、グリムが知識だけの存在なら、こんな反応はしないと思う。

 どう考えても感情が有るだろ。人格を持っている様に思える。」


『つまり儂は、グリムそのものの人格を持っていると。』


グリムと話をしていると、浩司が食事を持って戻ってきた。

硬いパンと野菜炒め

パンは固く、野菜炒めは味が濃すぎかな。浩司自身も


「この野菜炒め、味が濃くなりすぎたな。拓ちゃんは無理して食べなくても良いよ。」


と言っていたが、浩司の気持ちが嬉しく最後まで頂いた。

浩司の言語習得は、俺が光魔法を使えるようになってから行う事にした。

俺が治癒魔法が使えるようになり、何かおきた場合でも対応が出来る様にしておきたかった。



こうして、俺と浩司、グリムの生活が始まった。

この世界は魔法を使い元の世界とは少し異なる発展を遂げているみたいだ。

明りも火もエネルギー源は魔力。魔道具が有れば十分で、森の中の1軒屋でも問題無く生活が出来ている。

ただ、生活改善を食事の他に、何とかしたいのはトイレと風呂

トイレは洋式の座るタイプだが、ボットン式。

紙はなく、特定の木の葉をクシャクシャにして柔らかくしたものを使用している。

風呂は無く、布で体を拭く位だ。

グリムの生きていた時代が300年前、現代の日本を考えると江戸時代の頃だろうか。

そう考えると、外の世界がどう発展したか否応にでも期待が広がっていく。

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