第96話

「すぐに治療をするからね」

「そうはさせるか!」


 左右に動きながらオーケンはありったけの暗器を投げつけてきた。

僕とメリッサは二人掛かりで飛んできた暗器を撃ち落とす。

だけど、毒のせいでメリッサの動きはすでに鈍くなっている。

僕も人をかばいながらの戦闘でひしの一つを肩に受けてしまった。


「ぐっ……」


 不快な痛みが傷口から全身へと広がっていく。


「クククッ、どうだいカジンダスの毒は? こいつは俺のアレンジを加えた特別製だぜ。体の中を千匹の蟻が這いまわっている感覚がするだろう? あまりの痛みに、毒死する前におかしくなっちまうっていう代物さ!」


 確かにそんな感じがした。

まず耐えきれないようなむずがゆさがきて、それが痛みへと変わっていくのだ。


 オーケンは距離をとってこちらの様子を窺っている。

自分の手で止めを刺す差すつもりはないようだ。


「お前らがどんなに頑丈でもこの毒には勝てねえ。言っておくが解毒薬もないぞ。せいぜい祈るんだな」


 苦し気な表情を作って演技はしていたが、自分の毒はスキルで排除してある。

あとはメリッサのを何なんとかしないと……。

あえて苦しそうな表情を作りながらメリッサに向けて手を伸ばした。


「メリッサ、最後まで一緒だよ」


 メリッサも震える手を伸ばし、僕らの指はしっかりと絡み合った。


「うん。セラの横にいられるのは私だけだから、どこへ行くとしても、ちゃんといてあげる」


「そうだね。どんなに高く飛んだって、メリッサなら一緒にきてくれるもんね」


 僕らは手をつないだまま床に膝をつき、最後の瞬間が訪れるのを静かに待った。


「お祈りは終わったかい? 恋人同士が仲よ良く死ねるんだ、感謝してくれよ。こうしてみると、俺は恋の橋渡し役だったってわけだな。我ながら似合わない役柄だぜ」


 オーケンは双剣を構えながら慎重に僕らの方へと近づいてきた。


「セラ・ノキア、まだ意識はあるよな? お前にはさんざん煮え湯を飲まされてきたんだ。まずは女の方から殺してやる。愛する人間が無惨に切り刻まれる姿を特等席で見せてやる」


 俯いていてもオーケンの足だけはしっかりと見えた。

よし、メリッサの毒も完全に抜けたぞ。

僕とメリッサは同時に顔を上げた。


「なっ、お前ら?」


 二人の顔色がよ良くなっていたことに気づいて、オーケンは驚愕していた。

慌てて大きく後ろに飛ぶが、距離があくことは僕らが許さない。


「どうしてだ! どうして俺の毒が効かない? あれは苦心の末に作り出した特別製なんだぞ!」


「毒なら抜いたよ」


「抜いた? それはいったい……」


「お前の毒はこれまでの人生でいちばん不快だった。借りは返す」


 メリッサが氷狼の剣をふるうと、オーケンは双剣で受けた。

だが、襲い掛かる冷気に身震いしているようだ。

わずかに重心を崩したオーケンに僕は追撃を浴びせた。


「これで終わりだ!」


 手にしたフレキシブルスタッフを最大限に伸ばしてオーケンを突き上げた。

至近距離で伸びてくるスタッフは避けようもなく、先端はオーケンの腹へと食い込んでいく。


「グガッ!」


 オーケンの口から鮮血が溢れ、中央制御室の床が赤く染まっていく。

フレキシブルスタッフはオーケンの体を貫き、すぐ後ろにあったメインコンピューターまでをも破壊していた。


「俺の……世界が…………」


 焦点の合わない瞳でメインモニターを見つめながら、オーケンはこと切れていた。

モニターに映っているのは夕焼けに染まった砂漠の景色だ。

奴はなにを考えながら死んでいったのだろう? 

一瞬だけそんな疑問が頭をよぎったけど、すぐにどこかへと消えた。

所詮、興味を持てるような人間ではない。


「エリシモさん」


 床にうずくまっているエリシモさんのところへ駆け寄って傷の具合を診た。

幸い毒のついた暗器は当たっていないようで一安心だ。

首を絞められた痕を治すために「修理』を施したけど、エリシモさんの表情はすぐれ優れなかった。

ずっと緊張のし通しだったからだろう。


「お、終わったのですか?」

「はい、すべてカタがつきました。他の反逆者も今頃は仲間が討伐してくれているはずです」


 メリッサを見ると静かに頷いている。

向こうの決着がついたから、急いで僕のところへやってきてくれたのだろう。


 突然、スピーカーから声が聞こえてきた。


《中央制御装置の損傷を確認しました。機体の維持に不具合が出ています。操縦を手動に切り替えてください。繰り返します――》


 オーケンを倒すときに中央制御室の装置も破壊してしまったからだな。

計画通りである。

これでアヴァロンも墜落するに違いない。


「エリシモさん、戦艦を操縦できますか?」


「え、それは……古文書には載っているのですが、すぐというわけには……」


 よしよし、これでアヴァロンの墜落は間違いのないものになった。


「だったら逃げ出すしかなさそうですね」


《アヴァロンは機体の制御維持ができません。地上への激突までおよそ十六分です》


 あれ、思ったより時間がないな。


「あの、セラのスキルで修理することはできないのですか?」

「十六分では不可能ですよ。それよりも早く逃げましょう」

「わ、わかりました」

「立てますか?」

「私、足が震えてしまって……」

「それなら僕が負ぶっていきますよしょう」


 そう言うとエリシモさんは悲しそうにほほ笑んだ。


「大丈夫です。自分の足で歩かないと……」


 ほんの一瞬だけ、エリシモさんとメリッサの視線が交錯していた。


「時間がありません。急ぎましょう」


 警報が響き渡る船内を僕らは甲板へ向かって走り出した。

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