第97話 結末


 外に出ると、太陽はほとんど沈みかけていた。

辺りは薄暗くなりつつあり、東の空には星々が瞬いている。

残光に照らし出された甲板には無数の死体が転がり、その間にデザートホークスの仲間たちが気怠そうに座っていた。


「みんなボロボロだね」


 血で汚れた顔に白い歯を見せてリタが苦笑する。


「そっちも終わったの?」


「ああ、オーケンは死んだよ。この船ももうすぐ落ちる」


「それじゃあ、さっさと脱出しようぜ!」


 元気よく立ち上がったララベルを連れてシルバーホーク0式の残骸へ近寄り、中からパラシュートを取り出した。


「はい、これをつけて。そうそう、バックパックみたいに背負うんだ」


「これでどうなるんだ?」


「これをつけて落ちれば自動で落下傘が開くんだ。僕特製のパラシュートだから、この高度から落ちても平気だよ」


「なるほど」


「それじゃあいくよ」


「いくって?」


「こうするの!」


 僕は腕に力を込めてララベルを船外に放り投げた。


「うぎゃあああああああ! セラのばかああああああああっ!」


 これでよし。


「次はエリシモさんのばんね」


「わ、私もあれを?」


「もちろん。着けないと死んじゃいますからね」


「そういうことではなく、私も放り投げられるということですか?」


「そっと投げますよ……」


 大急ぎでエリシモさんにもパラシュートを取り付けて、やっぱり船外に放り投げた。


「きゃああああああああ!」


 うん、無事にパラシュートは開いているな。

ララベルもエリシモさんもゆっくりと落下しているのが見える。

これなら無傷で着陸できるだろう。


「さてと、次はリタとメリッサのばんだよ」


 僕は損傷しているシルバーホーク0式の機体を甲板の端っこまで引っ張っていった。


「コックピットのシートに緊急脱出装置がついているから、それに座るんだ。まずはリタ」


「うん……」


 リタは操縦席に座ってシートベルトを締めた。

「横に赤い取っ手のついたレバーがあるだろう? それを思いっきり引っ張るんだ」


「これかな……? うわあああああああああっ!」


 シートが斜め上に射出されて、リタは飛んで行ってしまった。

パラシュートも無事に開いている。


「お次はメリッサだよ」


「だけど……」


 メリッサは不安そうな顔で僕に尋ねてきた。


「セラは大丈夫なの?」


「もちろんさ、僕とシドもすぐに脱出するよ」


 僕は笑顔で頷く。

そして後部座席の脱出装置も問題なく動き、メリッサも同じように宙を飛んで脱出していった。


 今や辺りは真っ暗だ。

今日は新月だから星が降るように輝いている。


「さてと、次は僕らのばん番なんだけどさ……」


 言いよどむ僕の耳にシドの笑い声が聞こえてきた。


「何年の付き合いだと思っているんだ? セラのことなら何でもわかるさ。もう脱出方法はないんだろう?」


「ごめん……」


 四人を逃がすのが精いっぱいだったのだ。


《ご注意ください。アヴァロンは機体の制御ができません。地上への激突までおよそ三分です》


 もうシルバーホーク0式を『修理』している時間も、素材を見つけてパラシュートを『作製』する時間も残されていない。


「しけた顔をすんなよ。俺は斥候スカウトだから夜目が利くんだぜ。セラのそんな顔は見たくない」


「うん……」


 無理に笑顔を作ってみようとしたけど、できなかった。


「諺にもあるだろう、西の空に太陽があるうちに生を楽しめ、しぼまないうちにその花を摘め、ってな。こうして振り返ってみても、そう悪くない人生だったぜ。最後の最後にセラに出会えたしな」


「大きすぎる棺桶アヴァロンも貰えたしね……」


「ちがいねえ」


 つまらないジョークだったけどシドは笑ってくれ、


 シドはポケットからゴソゴソと何なにかを取り出した。

僕がプレゼントしたスキットルである。


「ふぅ、このブランデーはやっぱりうめえや。ほれ、たまにはセラも飲んでみろ」


 シドがスキットルを投げて寄こした。

お酒なんてほとんど飲んだことはなかったけど、これで最後か。

僕も蓋をひねって琥珀色の液体を口に含んだ。


「どうだ?」


「口と喉を火傷したみたい。あ、でも、けっこう美味しいかも」


「へっへっ、そうかい。お前もいける口になるかもな。うん……なんだか、夢がかなっちまったぜ」


「夢?」


「ああ、セラが大人になったら、こうして酒を酌み交わしたいとずっと思っていた」


「シド……」


 小さいころからずっと僕の親代わりだったシド。

本当は助けてあげたいけど、もう僕にはどうしようもない。


「ごめんね、シド」


「もう謝るなよ。それよりもう一口酒をくれ」


 こんな状況になってもシドは僕を恨まないんだね。

ありがとう……。

スキットルを手渡そうと立ち上がったとき、夜のしじまをぬって声が響いた。


「闇の女王に平伏せよ!」


 あの声は!


「ミレア!」


 僕とシドは同時に叫んでいた。


「オーホッホッホ、お・ま・た・せ♡」


 沈みゆく船の甲板に赤い目のヴァンパイアが降り立った。

どうやらここまで飛んできてくれたようだ。


「いい夜ね。力がみなぎっているわ。お姉さん、今ならセラを抱きしめて月夜の遊覧飛行が楽しめそうよ」


「おい、俺を忘れるなよ」


「あら、野暮なオジサンだこと……」


「ミレア、シドも連れて行ってね」


「しょうがないなぁ。セラの頼みなら断れないわ」


 ミレアはツカツカと歩み寄ると、僕を両腕で抱きかかえた。

女の人に抱っこされるだなんて恥ずかしいけど、四の五の言っている暇はない。

もう間もなくアヴァロンは墜落してしまうのだ。


 宙に浮いたミレアがシドに呼びかける。


「今夜は特別よ。シドもいらっしゃい」


 シドも駆け寄ってミレアの脚にしがみついた。


「くすぐったいじゃない、ひげを太腿にこすりつけないで! あんたの女にチクるわよ」


「仕方ねえだろう。こうしなきゃ落ちちまうんだから」


 ミレアは黒い翼をはためかせて、アヴァロンから飛び立つ。


「どう、私ってば最高の女でしょう?」


「うん、後でレッドアイをたっぷりご馳走するよ」


「いいわね。セラの血を気持ち濃いめでお願いね」


 僕らの背後でものすごい衝突音がした。

地上に激突したアヴァロンが砂煙を上げて崩れていく。


「あーらら、落っこちちゃったわねえ」


「たぶん、あれでいいのさ」


 東の空に大きな流れ星が尾を引き、地上に目を遣れば、メリッサたちが僕らに手を振っているのが見えた。

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