第89話 助かった命
カジンダスの連中は言葉を失ったが、誰もオーケンに逆らう様子をみせない。
「おいおい、今の生活に満足している奴なんて一人もいないだろうが。こいつの性能は聞いての通りだ。俺についてくれば領主や国王になれるんだぜ。なんでも好き放題だ」
「…………」
「まだ腹が決まらねえか? どんなにうまくやったところで、このまま歳をとっていずれは除隊だ。恩給で安酒を飲みながら昔の武勲を誇る未来しか俺たちにはねえんだぞ。それだって任務で死ななければの話だぜ」
「殿下を放せ!」
斬りかかった騎士を一刀のもとに返り討ちにしたオーケンが話を続ける。
「お前らだってわかっているだろう? 悲惨な兵隊の末路を。脚や腕を失くして物乞いに身を落とした同僚を何人見てきた? 今俺たちの目の前にはチャンスが転がっているんだ。権力と金が欲しくないのか? どうだ?」
カジンダスの一人が素早く剣を抜いた。
そして傍らにいた騎士の腹を刺す。
「俺は隊長についていくぜ!」
「そうこなくっちゃな。ラウム、お前には国を三つくれてやるぜ!」
こうなると他のカジンダスの反応も早かった。
すぐに武器を抜くと近くにいた親衛隊に斬りつけたのだ。
こう言っては何なんだが、パミューさんの親衛隊はカジンダスの相手ではなかった。
あっという間に切り 伏せられ、ことごとく絶命してしまう。
最後まで抵抗していたエイミアさんも腹を剣で突き刺されてその場に倒れた。
すぐに飛び出して行きたかったけど、僕はぐっと堪えた。
相手がオーケン一人なら勝てると思うが、ここにはカジンダスの腕利きが五十人もいるのだ。
さすがに僕一人では荷が重い。
万が一僕がここで倒れたらこの事件を外に伝えることもできなくなってしまうのだ。
「貴様、このようなことをしてただで済むと思っているのか!」
怒鳴りつけるパミューさんの頬をオーケンは張り手で殴りつけた。
パンッ!
乾いた音が室内に響き、パミューさんが茫然とした顔をしている。
皇女が殴られるなんて初めての経験なのだろう。
「なっ……」
「ギャーギャーうるせえんだよ! お前なんか単なる人質だぜ、古代言語のわかる第二皇女様と比べたって数段劣る人質だ。身の程を弁えろってんだよ」
「クッ……」
パミューさんは口の端から血を流しながら悔しそうにオーケンを見上げた。
「そうそう、大人しくしていろよ。そうすれば生かしておいてやるからな。誰かパミュー殿下を監禁しておけ」
二人の部下がパミューさんを連行していってしまうと、オーケンは舌なめずりしながらエリシモさんに向き直った。
「それじゃあ、この船のことをじっくりと教えてもらいましょうかね、エリシモ殿下」
オーケンはエリシモさんの肩に馴れ馴れしく手をまわし、エリシモさんは青い顔をして震えている。
「とりあえず死体を片付けろ。それが済んだらエリシモ先生の特別講義だ!」
オーケンの弾む声が、忌々しく中央制御室に響きいた。
慌ただしく人が動き出す。
くそっ、このままにはしておけないけど、とりあえず運び出された死体を確認しないと。
まだ息のある人がいるかもしれない。
死体は無造作に廊下へ放り出された。
カジンダスの奴らが去ると、僕は大慌てで親衛隊員の体を確認していく。
この人もダメか。
こっちは出血多量によるショック死だ、たぶん即死だな。
絶望で頭が痛くなってくる。
「……ぐ…………」
今、人の声が聞こえたような……。
どこだ!?
どこから聞こえた?。
もう一度何なにかサインを出してくれ。
「で……んか……」
か細い声の先に血だらけのエイミアさんが横たわっていた。
僕は弾かれたようにエイミアさんの体に取り付き、間髪を入れずに『修理』を施していく。
そして耳元でささやいた囁いた。
「絶対に大きな声を出さないでください。このまま死んだふりですよ」
「セラ……君……?」
朦朧とした声でエイミアさんが囁きかえしてくる。
幻を見ていると勘違いしているようだ。
「そう、僕ですよ。ほら、手を握ってください」
すぐに『修理』が進み、エイミアさんの手に力がこもった。
「セラ君!」
「静かに。隙を見てここを離れましょう。まずはパミューさんを探さないと」
「承知した。助かったよ、セラ君」
エイミアさんの治療が終わると他の隊員の体も確認したが、助けられる人は誰もいなかった。
カジンダスは腹が立つほどのプロフェッショナルぶりを発揮して、丁寧に止めを刺していたからだ。
エイミアさんが助かったのは、ほとんど奇跡に近かった。
「残念ですが行きましょう」
「だが、エリシモ殿下はどうする?」
「オーケンたちにとって古代言語が読めるエリシモさんは重要人物です。すぐに命を取られることはないでしょう」
「それもそうだな。よし、パミュー様を探そう」
僕らはパミューさんを探すべく動き出した。
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