第90話 一時撤退


 パミューさんの行方はすぐに判明した。

大きな声で見張りの二人を怒鳴りつけていたからだ。

通路にまで怒声が響いている。

いつものように隣の部屋へ忍び込み、のぞき穴を作って部屋の中の様子を窺った。

パミューさんはロープで体を拘束されたまま椅子に座らされている。

見張りはカジンダスが二人か……。

大声で叫ぶパミューさんに対して、見張りの二人はうんざりしたような表情をしていた。


「お前たち、考え直すのなら今の内うちだぞ! 今ならお前たち二人の罪は問わん。それどころか、私を開放すれば英雄として爵位を授けてやってもいい!」


 パミューさんは一生懸命自分を逃がすように説いていたけれど、見張りの心を動かすことはできないでいるようだ。


「男爵ではどうか? なんなら領地と子爵位をくれてやるぞ!」


「黙っていろ。肉を切り裂くぞ」


 頬にピタピタとナイフを当てられ、パミューさんは息を飲呑んだ。

ナイフの先端がゆっくりとパミューさんの顔を這っていく。


「少しでも動けば、お前の顔に傷がつく。たとえそうなったところで人質としての価値は変わらんさ。。喚きたければ喚け。お前が選んでいいぞ」


「……」


 押し黙ったパミューさんの瞳から涙がこぼれた。

こんな仕打ちを受けるのは生まれて初めてのことなのだろう。


「見ろよ、あのパミュー殿下が泣いているぜ」


 二人の男はさも可笑しそうにせせら笑う。

カジンダスに馬鹿にされてもパミューさんはなにも言い返せなかった。


「解体」でロックを外すと、僕はすぐさま部屋に踏み込んだ。

特殊部隊だけあって二人の反応は速かったが、雷撃のナックルを使って意識を即座に断ち切る。

見張りは声も立てずに床に沈んだ。


「セラ!」


 縄を解いてあげるとパミューさんは僕に抱きつ着いて、オイオイと泣いた。


「怖かったのだ。心細くてもうダメかと……うえーん!」


「もう大丈夫ですよ。早くここから脱出しましょうね」


「うん……、でもまだ動けないのだ。もう少しだけこうしてセラの胸に……」


 パミューさんの瞳がうるんでいる。


「殿下、お急ぎを」


 扉の外を見張っていたエイミアさんが顔を出した。


「げっ、エイミア! い、居いた のか?」


「はあ、その、先ほどからずっと……。申し訳ございません」


「い、いや、生きていてくれたのは嬉しいのだが……、今見たことはすべて忘れろ!」


「ハッ! ただいまをもって記憶を消去いたしました!」


 絶対に嘘だ! 

まったく、こんな茶番劇に付き合っている時間はないぞ。


「さあ、お二人とも行きますよ。まずはパミューさんを安全な場所までお連れします」


「エリシモとアヴァロンを放置していくのか?」


「敵の数が多すぎるんですよ。僕とエイミアさんだけじゃ鎮圧は不可能です」


「ならばどうする?」


「地下九階で僕の仲間が待機しています。エリシモさんと戦艦の奪取は、仲間と合流してからにしましょう」


 幸いカジンダスの連中は戦艦の概要を知るために中央制御室に集まっている。

メインモニターには格納庫の様子しか映っていなかったから戦艦を脱出するのは難しくないだろう。

僕らは無人の通路を出口に向かって走った。



 戦艦の出口では兵士たちが見張りをしていた。

彼らはまだカジンダスの裏切りを知らない。


「おい、お前たち。二人ほどついて来い」


 エイミアさんが呼ぶと兵士たちは素直に入ってきた。


「なんでありましょうか大尉殿?」


「うむ、お前たちは少し休憩をとれ。そこの部屋を使っていいぞ。今のうちにタバコでも吸っておけ」


 エイミアさんが指さした部屋には椅子とテーブルが置かれていた。


「ありがとうございます!」


 喜んで部屋に入ろうとした兵士たちをエイミアさんが呼び止める。


「行く前に上着とヘルメットを脱いでいけ」


「上着とヘルメットをでありますか?」


「そうだ。つべこべ言わずにさっさと脱げ!」


「はい、承知いたしました!」


 兵隊は軍服を脱ぐと部屋の中へ駈け込んで駆け込んでいった。


 エイミアさんは通路の隅に置かれた二枚の軍服を拾い上げて、僕とパミューさんに渡してくれた。


「殿下、むさくるしい服ですがこちらを着てください。セラ君も」


 格納庫内は中央制御室のモニターで監視されている。

軍服とヘルメットを着用すれば少しは偽装できると考えたのだ。


 僕の分はかなりサイズが大きかったけど、『改造』を使って袖と丈を調整してしまった。

こうしてみると仕立てやさんとしてもやっていけそうだ。


「パミューさんはどうです。服が大きくはありませんか?」


「いや、逆にちょっときつい……」


 僕は思わず赤面してしまう。

見ると胸のところがパツンパツンでボタンが閉まらない状態だった。


「す、すぐに直します」


 自分の軍服で余った布をパミューさんの軍服に組み合わせて、チェストを少しだけ緩くしてあげた。


「これでどうでしょう?」


「うむ、だいぶ楽になったぞ」


 それでもまだ少しきつそうだな……。

タイトな軍服姿を見たせいか、パミューさんを初めて異性として意識してしまったよ……。


 バカバカバカバカ、僕のバカ。

変なことを考えている場合じゃないぞ。

危険な人間が、世界で最も強力な武器を手に入れようとしているのだ。

なんとしてもこれを阻止しなければならないこのときに、パミューさんの胸のことを気にしている場合か!


「行きましょう、急がず、慌てず、堂々とです」


 僕らはあたかも命令を受けた小隊のように、整然と格納庫を横切っていった。


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