第88話 アヴァロン


 長い通路をひたすら東へ進んだ。

ただの通路じゃない。

大きな駅ではお馴染みの動く歩道が設置されている。

水平エスカレーターというのがこれの正式名称らしい。


「床が動くぞ!」


「なんだこれは? ははは、自分の歩行が速くなったみたいだ」


縮地しゅくちのスキルを得たみたいだ!」


 兵士たちは大はしゃぎだ。


 通路は真っ直ぐ続いて、二キロくらいは移動したと思う。

ここはもうエルドラハからは少し離れた場所になっているはずだ。

やがて一行の前に巨大な扉が現れた。


「着いたわ」


 前に進み出たエリシモさんが古文書をかざすと、何重ものロック機構が開く音がして正面の金属扉がスライドした。


 扉の向こうはだだっ広い空間だった。

使い古された言い方をすれば、東京ドーム六個分くらい。

天井までの高さも優に三百メートルはある。

そんな空間の中央にとてつもなく大きな物体が鎮座ましましている。

壁一面に取り付けられた照明器具の光を浴び、浮かび上がったそれの姿に声を上げそうになってしまった。

だってそこにあったのは巨大な船だったから。

いや、船という形容は間違っているかもしれない。

そもそも砂漠に船があるのはおかしい。

水なんてないんだから。


 全長は四百メートル以上あるだろう。

高さも五十メートルくらい。

巨大ではあるが全体的に平べったい印象のフォルムをしている。

これはまさに前世のSFアニメで観た宇宙戦艦じゃないか! 

まあ、これが宇宙へ行くことはないと思うけど、空へ浮かび上がることは想像がつく。


「すげえ……、すげえぜこりゃあ! 話には聞いていたが、まさか本当にあったとはな。皇帝陛下が青い顔をするわけだぜ!」


 全員が声を失う中でオーケン一人がはしゃいでいた。

オーケンが皇帝から受けた特命というのは、この戦艦の調査と確保だったわけだ。


「エリシモ、これは本当に動くのか?」


 そう質問するパミューさんは青白い顔をしている。


「ええ、システムはすべて問題なく起動しているわ。魔力が充填され次第出発も可能よ」


「空中浮遊戦艦アヴァロンか……ついに見つけたな」


 アヴァロンとはこれのことだったのか。


「魔力の充填はまだ全体の十%ほどだけど、これだけで百二十時間の運用が可能みたい」


 こんなものが帝国の手に渡ったら世界はどうなってしまうのだろう? 

戦艦の能力はまだまだ未知数だけど、とんでもないことになってしまう気がする。

まずはこれがどういうもので、どの程度の能力を有しているかを見極めることにしよう。


 エリシモさんを先頭に皇女の親衛隊とカジンダスが艦の中へと入っていく。

一般兵は外で見張りをするようだ。

僕は引き続き姿を隠したまま、こっそりと跡後をつけることにした。



 戦艦の能力は僕の予想をはるかに超えていた。

エリシモさんたちはあちこち回りながら中央制御室へ向かっていたけど、その途中には野菜プラントや工業プラント、居住区には葉を茂らせた木のある公園なんてものまで備わっていた。

前世ぶりにブランコや滑り台を見たよ。


「街をそのまま船の中へ持ってきたようだな」


 パミューさんの感想は的を射ている。

ここでは食糧生産から工業製品まで何なんでも作ることが可能なのだ。

一行は様々な部屋を視察して中央制御室に入った。


 制御室は階段状になっていて、正面には巨大なスクリーンがあり、今は格納庫の各所が映し出されている。

パミューさんたちは部屋の最上段へ移動して、艦長用の席に着いた。


 僕も中に入って話を聞こうと思ったのだが、間の悪いことに、こんなときに限ってターンヘルムの魔力が切れてしまった。

幸いこちらを振り返る人は誰もいなかったので、間一髪で扉の陰に隠れることができた。


 ターンヘルムは光属性の魔結晶である白晶を消費するのだが、白晶の予備は一粒もない。

仕方がないので部屋の外からまたのぞき穴を作って、中の様子を窺った。


 古文書を開きながら各部をチェックしているエリシモさんにパミューさんが訊ねている。


「本当に我々だけでこの巨大な戦艦を動かすことができるのか?」


「問題ないわ。私たちは命令を出すだけでいいの」


「それはどういうことだ?」


「この船は言葉を理解して、命令を遂行できるのよ。今は会話を聞かせて、アヴァロンに私たちの言語を覚えさせているところよ。地上の音声も拾っているわ。エルドラハの人々の会話を聞けば、あと十分ほどで学習は完了するはずよ」


 細かい制御はAIのようなものがやってくれるということだろう。

それにしてもすごい技術だ。

言語を学習するのに数十分で済んでしまうのか。

さすがにこの艦のすべてをスキャンしようとしたら、解析の終了に何年かかるかわからないほどだ。


「船の飛行速度や武装はどうなっておりますかな? 皇帝陛下がもっとも 最も関心を示されているのはその点です」


 今度はオーケンが質問している。


「詳細なデータは後で書面にして渡します。ざっと見た感じでは飛空艇など物の数にも入らない恐ろしい船のようだわ。扱いは厳重にしないと……」


「それほどですか?」


「ええ、これを乗っ取られれば帝国が滅びます」


 古代文明の戦艦は化け物か、それほどの性能を有しているとは……。


「ふふふ……そうかい……くふふふ……この船の能力はそこまでかい……あーはっはっはっはっはっはっ! ひぃーひっひっひっ!」


 突如、オーケンは狂ったように笑い出した。


「どうしたというのだ、オーケン?」


 パミューさんは恐怖を感じたのか、一歩後ろに足を引いている。


「いーひっひっひっ、だってよぉ、これ一隻で帝国を滅ぼせるんだろう?」


「それはもののたとえです。街を制圧するには兵士も必要でしょうし、船一隻では……」


「ああ、そういうのは俺の方がわかっているから説明しなくても結構だ。この船で帝国の飛空艇をすべて破壊し、制空権を握っちまえば後はどうにでもなる」


「貴様はなにを……」


 いぶかるパミューさんを無視してオーケンはカジンダスの面々に向き直った。


「おいお前ら、世界を手に入れてみないか?」


 こいつ、まさか……? 

慌てて飛び出そうとしたけど遅かった。

オーケンはパミューさんの首筋にナイフを突きつけて、愉悦に浸る表情で言い放った。

「俺についてくるって奴はいないか? 世界の半分をくれてやるぜ、お前たちで仲良く分ければいい」

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