第86話 地下10階
地下九階では魔物の襲撃がなかったので探索速度はかなり上がった。
トラップなどもすべてが押し流されてしまったようで、気にする必要はない。
水が溢れたのでモンスターたちは一つ上の地下八階に逃げたのだろう。
たまにモンスターの水死体が浮かんでいることもあったけど、こちらは逃げ遅れて溺れ死んでしまったようだった。
二時間ほどかかって、僕らは階段があるとされる地点までやってきた。
当然ながらここも水没している。
「たぶんここで間違いないわ」
エリシモさんが周囲の景色を見ながら確認していた。
「この下にロックを解除するための装置があるはずなんだけど」
「どんな装置ですか?」
「古文書には、このブックカバーをはめ込むと扉が開くとあるわ」
「では、水を何なんとかしないとダメですね」
僕が潜って扉を開くという手もあるけど、そんなことをしたら地下十階に水が流れ込んでしまう。
濁流にのみこ込まれて誰も助からないだろう。
そこで再び僕とメリッサの出番である。
「メリッサ、この区画の水を凍らせてくれないかな?」
「うん、やってみる」
ボートの上に立ったメリッサが魔法をふるい、周囲の水をすべて凍てつかせた。
調査隊はずっと氷のボートに座りっぱなしだったし、今や周りが氷で覆われているのでガチガチと歯を鳴らしながら震えている。
リタなんてフレイムソードを最弱の設定で起動し、抱きしめて暖を取っているほどだった。
辺り一面が凍ってしまうと『解体』を使って氷を削りだし、堤防を作りながら床を掘り進めた。
やがて、扉を開く装置が露出する。
「エリシモさん、装置が出てきましたよ!」
上に向かって呼びかけると、氷の階段をエリシモさんが降りて 下りてきた。
「うん、これよ。水に浸かっていたみたいだけど、壊れていないかしら?」
『スキャン』で確かめたけど問題はなさそうだ。
「平気みたいですよ。危険があるといけないので僕が開けます。エリシモさんは下がっていてください」
「お願いね」
古文書を受け取り、溝になっている部分にはめ込んだ。
金属製のブックカバーはきっちりとはまり、周囲の文字盤が光り出す。
古文書の左上の部分も光り出し、データのやら読み取り作業をしているように見える。
やがて、僕には判別できない音声が流れ出し、三重の扉が上と左右に分かれて開いた。
ついに地下十階が僕らの目の前に現れたのだ。
扉の向こう側の階段はエスカレーターで、近づくと自動的に動き出した。
初めて見る動く階段にララベルが興奮している。
「なんだこれ、おもしれーの!」
「足下に気を付けてね。黄色い線の内側に乗るんだよ。エスカレーターの周りでは遊んじゃ駄目ダメだからね」
ここは本当に異世界だろうか?
室内は近未来を描いたSF映画のようである。
明るく光る装置がびっしりと置かれ、なにがしかのインフォメーションをあらわす文字盤が各所で輝いていた。
「すごい、すごいわ! すべて古文書に書いてあった通りよ。しかもここまで完璧に保存されている遺跡なんて初めて」
エリシモさんは興奮しながら周囲を駆け巡っている。
地下十階にモンスターの気配はないけど、一人で奥へ行くのは危ない。
「待ってエリシモさん!」
追いかけようとしたらオーケンの奴に邪魔された。
「そこをどいてよ。安全確認がまだなんだから」
「必要ない」
オーケンは人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「必要ないってどういうことだよ?」
「この場所は我々の手で調査するのだ。たった今から地下十階への立ち入りを禁ずる。お前たちは地上へ戻れ」
「そんな!」
ここまで来て地上へ戻れだって?
勝手な言い草に驚いてパミューさんを見たけど、彼女もオーケンの言葉を否定しなかった。
「ここまでご苦労だった。今回の調査に協力した者には約束通りの報酬と帝国市民権を与える。後は我々に任せて地上へ戻っていてくれ」
つまり、僕らにこの地下十階を見せたくないってことだな。
最初から、ここまで案内させて帰らせる気だったわけだ。
僕はダンジョンの奥に何なにがあるか知りたくて協力したっていうのに……。
「ふう、これでやっと地上へ帰れるぜ」
「戻ったら晴れて自由の身か。お祝いにたらふく酒を飲みたいな」
「おう、近いうちにエルドラハとはおさらばするんだ。最後の思い出に酒場へ繰り出そうぜ」
他の冒険者たちは雑談を交わしながら続々と上りのエスカレーターへ乗っている。
奥へつながる通路は兵士たちによって封鎖されてしまった。
この奥には何なにがあるのだろう?
とにかくそれが気になった。
「セラ、頑張っても通してもらうことはできないぜ。俺たちも戻ろう」
シドが僕の腕を引っ張る。
僕らは冒険者たちの最後尾でエスカレーターに乗った。
手すりに手をついて振り返ると、申し訳なさそうな顔をしたパミューさんと目が合った。
この奥には帝国にとってかなり重要なものがあるに違いない……。
「シド、やっぱり僕は行ってくるよ」
「行くって、奥にか?」
「うん、だって何なにがあるのか気になるもん。だから例の物を貸して」
「まったく、お前ってやつは……」
呆れた顔をしながらも、シドは自分がかぶっ被っていたヘルメットを脱いで僕に渡してくれた。
これはターンヘルムと言って装備者の姿を見えなくすることができるアイテムだ。
ダンジョンの宝箱に入っていた賢者のプリズムという素材を使って僕が造ったものである。
これさえあれば帝国兵に気づかれることなく侵入できるに違いない。
僕は靴紐を治す直すふりをして屈み、ターンヘルムを起動させた。
「みんなは地上へ戻っていて」
「だめ、帝国が何なにを企んでいるのかが気になる」
メリッサも戻る気はないようだ。
「セラ、私たちは何なにかあったときのために階段のところで待機しているわ。みんなもそれでいいわね?」
リタの言葉に一同は頷いた。
「うん、じゃあちょっと探ってくるよ」
下りのエスカレーターに飛び移り、僕は再び地下十階へと戻っていった。
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