第84話 地下八階
予想した通り、地下八階に進むと怪我人の数は一気に増えた。
最前線で戦う冒険者に負傷者が多い。
だが彼らは一流だけあって死人はまだ出ていない。
モンスターの攻撃を熟知しているので、急所の外し方が上手いのだ。
死者・重傷者は側面を攻撃された帝国兵士たちに多かった。
僕もは最前列で戦いたかったけど、すぐに治療の手が足りなくなってしまった。
怪我人が多すぎて、治癒師たちの手に余っているのだ。
グズグズしていれば死者は増えるばかりである。
また、ここにいる治癒師にはもげた腕をくっつけたり、欠損部位を生やしたりなんてことはできない。
必然的に僕の出番は増えてしまう。
戦闘はみんなに任せて、後方で治療に専念するしかないのだ。
地下八階の奥へ行けば行くほど、僕は治療にかかりきりになってしまった。
そんな状況の中で活躍したのは特殊部隊カジンダスの連中だ。
気に食わない奴だけどオーケンはやっぱり強い。
強力なモンスターを相手に一歩も引かず、襲い来る敵を片っ端から倒している。
皇帝の特命を受けるだけの実力があるということだ。
だけどやっぱりあいつはろくな奴じゃなかった……。
そのとき僕は負傷者の治療が一段落して、たまたまオーケンの近くで戦っていた。
僕のところからは奴の戦う姿がよ良く見えた。
オーケンはドラゴンフライを相手に双剣をふるっているところだ。
槍を持った歩兵がバックアップに回り、ドラゴンフライの動きを牽制している。
そのときだ。
いきなり現れた新手が、オーケンの真上から襲い掛かった。
すると、オーケンはあろうことか近くにいた兵士を盾として使ったのだ。
兵士の肩にドラゴンフライの爪が食い込み、む。その
「なんてことをするんだ!」
思わず抗議の声を上げる僕に、オーケンは負傷した兵士を投げて寄こした。
「俺がやられていたら、どうせこいつも死んでいたさ。こうやって役に立てたんだ、こいつにとっても名誉ってもんだぜ」
ぬけぬけととんでもないことを口走っている。
「アンタ、
『修理』で兵士を治療しながらオーケンを睨んだ。
「気に食わないのはお互い様さ。相手ならいずれしてやるぜ。お姫様達たちのいないところでな」
オーケンは悪態をつきながら行ってしまった。
地下八階で調査隊は二十四人もの死者をだした。
いずれも即死だったからだ。
負傷で済んだ人はどんなに重症でも僕が治している。
兵士たちにはとにかく急所をしっかりガードするように伝えておいた。
死にさえしなければ『修理』で何なんとかできるのだ。
大きな犠牲を払ったために調査隊の人々の間に重苦しい空気が流れていた。
地下八階はこれまでよりずっと危険な階層であることは誰の目にも明らかだったのだ。
パミューさんも暗い顔をして黙々と歩いている。
もういつもの元気はどこにもない。
小さな 影に怯える姿は見ていて痛々しいほどだ。
いまだに僕とはあまりしゃべらないけど、前のように拒否する態度はなくなっている。
少しだけ元気づけてあげたいな、そう考えて飲み物を差し入れた。
「パミューさん、水分補給をしてください。ここに特製のスポーツドリンクを作っておきました」
「セラ……」
パミューさんはスポーツドリンクが何なにかとも聞かず、ぼんやりとした顔で水筒に口をつけた。
元気が出る成分を入れておいたけど、一口だけじゃ効果がないかな?
彼女の顔色は暗いままだ。
「大丈夫ですよ。これ以上の犠牲が出ないように僕も頑張りますから」
「……セラは優しいな。冷たくした私に怒っていないのか?」
「メリッサに無茶を言うことに対しては怒っています」
気持ちははっきりと告げておいた。
「そ、それは……しょうがないだろう。セラの婚約者というあの女が憎たらしくて仕方がないのだ」
さすがは第一皇女様、清々しいまでの開き直りっぷり!
「そんなことを言わないでください」
「私はずっとセラをそばに置いておきたいのだ。誰にも渡したくない。どうしてわかってくれない?」
「パミューさんこそわかってください。僕は籠の中の鳥は嫌なんです。でも、自由にさせてくれれば、きっとパミューさんを助けてあげますよ」
「…………考えておく」
パミューさんはそう言って、もう一口水筒のスポーツドリンクを飲んだ。
そのせいだろうか、頬に赤味赤みが差したパミューさんは少しだけいつもの元気を取り戻したように見えた。
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