第83話 小姑パミュー


 ダンジョン探索は相変わらずのろのろと進み、三日目にして地下六階にようやく到達した。

僕らを取り巻く状況も少し変化している。


 いちばん変わったのは、パミューさんたちの天幕に僕が呼ばれなくなったことだ。

それまでは食事を作って届け、おしゃべりを楽しんだりしていたのだけど、今ではエイミアさんができあがった食事を取りに来るだけになっている。

パミューさんだけでなく、エリシモさんもよそよそしくなってしまった。


「殿下たちは非常に気落ちしていてな……。君がかわいかったぶん分、落胆も大きかったようだ」


「落胆って、どうしてですか?」


「それは……、かわいい娘の婚姻のとき、父親は寂しさを感じるというだろう? それに近いものがあるんじゃないか?」


「僕が娘ですか?」


「物のたとえだよ。かわいい弟の恋人に姉が嫉妬するようなものと言った方が分わかりやすいかもしれないな」


 それならなんとなく分わかった。

ただ予想外だったのは、思っていた以上にパミューさんの嫉妬が深かったことだ。


 その日を境に、メリッサを指名する命令が激増してしまった。

危険な偵察任務や、伝令役、果てはゴミ拾いや、トイレの穴を掘る作業までさせられる始末だ。

まるでドラマに出てくる意地の悪い小姑みたいである。


 僕はなるべくメリッサを手伝ったし、メリッサも嫌な顔をせずに命令を遂行していた。

二人でやればゴミ拾いも穴掘りも、それなりに楽しかった。


 でも、そんな僕らを見たせいだろうか? 

パミューさんの態度はあからさまさらに冷たくなり、エリシモさんも表情を固くしていった。

ずれてしまった人との関係は僕の『修理』でもなおせない。

そして、わだかまりの解けないこのような状況であったが、調査隊はついに地下七階までやってきた。


 地下七階はエリシモさんの指定するルートで進んだ。

帝国によるダンジョン調査が始まる前、僕らは十日間にわたり地下七階でゴーレムを狩りまくっている。

そのせいもあって敵となるゴーレムは一体も現れていない。

おかげで進行速度は速かった。


 隠し階段を出現させるためのルートは非常に複雑だった。

普段ならほとんど行かないような場所や、同じ回廊を二周回ることさえもあったくらいだ。

そして、さんざん遠回りをして、僕らは西の隅っこまでやってきた。


「おい、この先は袋小路じゃなかったか?」


 道をおぼえ覚えるのが得意なシドが囁く。


「うん、そのはずだよ。ここは何度も来たから僕も憶えている」


 あと二十メートルも進んで右に曲がれば、行き止まりになっているはずだ。

ところが、通路の端にたどり着いた僕らの目の前に、見たこともないような下り階段が出現していた。


「こいつは驚いたな……」


「シド、今日のルートは記録してある?」


「もちろんだ。これでいつでも地下八階に行けるぜ」


 さすがはシドだ。

ことマッピングについてなら誰よりも頼りになる。

今後は地下八階で魔結晶を採取できるようになるぞ。


「黒い刃のメリッサ!」


 パミューさんがまたもやメリッサを呼び出していた。


「……」


 メリッサはもう慣れたといった感じで、無言で命令を待っている。


「下の様子を見てくるんだ」


 また嫁いびりをしているな。


「メリッサ、一緒に行こう」


 僕が声をかけるとパミューさんが激高した。


「私はメリッサに命令しているのだ!」


「だけど、今のメリッサはデザートホークスの臨時メンバーです。だから僕も一緒に行きますよ」


 そんな僕を見てオーケンが余計な口を挟む。


「おうおう、自分の女にカッコいいところを見せたいわけだ。ガキが色気づきやがって」


「仲間のためだ。指名されたのが他のメンバーだったとしても僕は一緒に行くよ」


 横目でにらみながらオーケンに言い返した。


「お姉さま、ここは二人に行かせましょう」


 エリシモさんが困った顔でもとりなそうとしてくれる。


「ふん、勝手にしろ!」


 パミューさんは不貞腐れたように言い放った。



 僕はフレキシブルスタッフを、メリッサは氷狼の剣を構えながらゆっくりと階段を下りた。

調査隊のメンバーでこの先の状況を知る者は一人もいない。

完全な未知の領域である。

どんな魔物が生息しているかもわからないので、僕たちは慎重に足を運んだ。


 調査を初めてすぐに、薄暗いダンジョンの奥から腹にこたえるような唸り声が聞こえてきた。

しかも一つではない。


「三体いる」


「うん、メリッサは右側をお願い。僕は中央を叩くよ」


「了解」


 簡単な段取りだけで僕たちは打ち合わせを終了する。

メリッサが相棒なら詳細な戦術は要らない。

戦いの中ならお互いの考えていることはすぐに通じ合ってしまうのだ。


 通路の奥から現れたのは全長が四メートルほどある四つ足のモンスターだった。

ライオンの身体に人面を持ち、尾には針が無数に生えている。


「性格の悪そうな顔だけどオーケンほどじゃないな」


「気を付けてセラ。あれはマンティコアよ」


 マンティコアと言えばかなり強力なモンスターとして知られている。

それが三体も同時に出てくるのだから地下八階は伊達じゃない。


 巨大な牙をむき出しにしたマンティコアが一足飛びに襲い掛かってきた。

尋常じゃない瞬発力だけど、それはこちらも予測していたことだ。

僕は手の中に隠していたフレキシブルスタッフを一気に伸ばし、飛びかかってきたマンティコアにカウンター攻撃を仕掛けた。


「グオッ……」


 刹那の間に伸びたスタッフはマンティコアの口の中を貫き、先端が頭の奥まで達していた。

即死である。

初見でこれを見切るのは難しかったようだ。


 実戦で使うのは初めてだったけど、予想以上に使いやすい武器かもしれない。

ちょっとオーバーキルのきらいはあるけど……。


 メリッサの方も余裕のある戦いをしていた。

氷狼の剣で二体の精霊狼を呼び出し、マンティコアの動きを足止めさせると、すかさず宙を回転しながら首を落としていた。



 最後の一体は二人で挟んで仕留めた。


「どうだった、セラ?」


「止めを刺す前にスキャンをかけてみたけど、戦闘力判定はAマイナスだったよ。こんなのがごろごろいるとしたら大変だろうね」


 僕やメリッサはともかく、一般の兵士が襲われたらひとたまりもないかもしれない。

デザートホークスでもまともに戦えるのはミレアくらいだろう。

シドやリタ、ララベルにはちょっと荷が重い。


 これからは怪我人が増えそうだ。

調査隊の中にも治癒師が何人かいるが、あの人たちだけでは追い付かなくなりそうな気がする。


「どうするの? シドたちが危ないわ」


「ドーピングをするしかないかな」


 僕の料理にはステータスをボトムアップさせる力がある。

こんなこともあろうかとビスケットタイプの簡易食糧にして作ってあったのだ。


「だけど、効果があるのは半日だけだ。しかも在庫はメンバーの分しかない」


 ここからはかなり厳しい戦いが続きそうだった。


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