第80話 冷めきったコーヒーは美味しくない


 初日の探索は地下三階までで終了となった。


 昼間と同じように調査隊はいくつかの部屋に分かれて休息をとっている。

パミューさんたちは僕を同じ部屋にしたがったけど、仲間と一緒に寝ると言って断った。


 理由は二つある。

ひとつはカジンダスの存在だ。

あいつらは護衛任務もしているのでパミューさんたちと同じ部屋にいる。


 オーケンは根に持つタイプと見た。

昼間の決着をつけようと、夜中に僕を暗殺しようとするかもしれない。

安眠を妨害されるのは嫌なので、防御のためのトラップを自由に張れる部屋にしたかったのだ。


 もうひとつの理由は武器づくりである。

昼間の戦闘で僕の鮫噛剣は壊れてしまった。

これを修理するか、新しい武器を作り出す必要がある。

スキルを使うところを仲間以外に見られるのは嫌だったので、帝国兵がたくさんいる部屋ではやりたくなかったのだ。



 夜も更け、辺りはひっそりとしていた。

昼間の疲れで調査隊は誰もが眠っている。

起きているのは僕と入り口付近で番をしている兵隊くらいのものだ。


 そろそろ武器の修理をしようかと思っていたら、僕を訪ねてきた人がいた。

騎士たちに守られたエリシモさんだった。


「少し下がっていなさい。セラと大切な話があります」


 エリシモさんは護衛たちを遠ざけると僕の近くに座った。

いつもより距離が近い。

周りはみんな寝ているので僕らはささやくような声であいさつした。


「こんな夜更けにごめんなさい。でも、ずっとセラとゆっくりお話しできる機会がなかったから」


「遠慮はいりませんよ。僕もまだ寝るつもりはなかったので。コーヒーでもれますね」


 少しでもくつろげるようにと温かい飲み物を淹れた。

地下ダンジョンにコーヒーの芳醇な香りが広がっていく。


「これはダンジョン産のコーヒーなんですよ。僕がローストしました」


「まあ、ダンジョンでコーヒーが採れるなんて初めて聞いたわ」


 百実の聖樹からはコーヒーや茶葉だって採れるのだ。

口をつけてから、エリシモさんはさらに驚いた顔を上げる。


「名品と呼ばれるトアリガルに勝るとも劣らない味よ。豆の出来もいいけれど、セラとこんな不思議な空間で飲むせいもあるのでしょうね」


「元気にしていましたか? トゲの後遺症とかはどうです?」


 僕らは互いの近況を報告し合った。


「セラが帝都を去ってから、ずっと古文書の解読に没頭していたわ。なにかに熱中していれば、あなたがいない寂しさを忘れられたから……」


 僕はなんと返事をすればいいかわからなくて、無言でカップに口をつけた。


「ところでセラ、地上の湖のことですけど、あれはいつできたの?」


「グランダス湖ですか? うーん、ここ最近のことですね」


「そう、地下のデザートフォーミングマシンがなんらかの原因で動き出したのね」


 エリシモさんの口からデザートフォーミングマシンという単語が出てきて、驚きにカップを落としそうになってしまった。


「知っていたんですか! デザートフォーミングマシンのこと……」


「ええ、古文書の中に記載があったから」


 そうか、あの古文書にはこのダンジョンのことが詳しく書かれていたんだな。

エイミアさんは知らされていないようだったけど、お姫様たちはすべてを知っていたんだ。


「じゃあ、やっぱり帝国は聖杯を取り戻しに調査隊を派遣したんですね?」


 エリシモさんは笑顔で首を横に振った。


「違うわよ。帝国が聖杯を欲しがっていたのは事実だけど、あそこのガーディアンは鉄壁らしいの。今回派遣した調査隊の規模では破ることは不可能だわ。それに、デザートフォーミングマシンが動き出しているところをみると、すでに聖杯は使用されているはずよ。いまさら取り出すのは難しいと思うわ」


 全部バレていたのか。


「そのことがわかっているのなら、帝国の目的は一体なんなのです?」


 エリシモさんは悲しそうな顔になった。


「たとえセラでもそれを打ち明けるわけにはいかないの、ごめんなさい」


 パミューさんだけじゃなく、エリシモさんも教えてはくれないか。

直々に皇女が派遣されていること、カジンダスの存在、この二つの事実をかんがみても隠された秘密は大きいようだ。


「わかりました。でもひとつだけ確認させてください。帝国はデザートフォーミングマシンに手を出す気はないのですね」


「ええ、あれが起動したのは帝国にとってもいいことなの。帝国は後々エルドラハをアヴァロンの補給――」


 エリシモさんはハッとした顔で口をつぐんだ。

アヴァロン? 

それはなんだろう?


「ごめんなさい、今の言葉は忘れて」


 それ以上の情報は引き出せなかったけど、デザートフォーミングマシンを黙認するというのなら一安心だ。


「ところでセラ……」


 見ると、エリシモさんは切羽詰まった顔で僕のことを見つめていた。

ワタワタと手を動かしていたかと思えば、急に固まったりしている。


「どうしましたか?」


「私、……貴方に謝りたくて……」


「謝るってなにを? エリシモさんはずっと僕に親切でしたよ」


 姉のパミューさんとは大違いだ。


「お、覚えてないかしら? ほら、あれよ……キ、キスのこと……。わ、別れ際にあんなことをしてしまったから……。あの時はもう二度と会えないと思って、つい……」


 あ、思い出した。

僕のファーストキス……。

うわ、思い出したら僕まで挙動不審になってしまう。


「そ、その、覚えています。覚えていますけど、あれはなんというか、青春の一ページっていうか、素敵などきどきメモリアルっていうか……」


 僕はなにを言っているんだ!


「私、セラの気持ちも考えずに自分の気持ちだけを押し付けてしまったことがずっと心に引っかかっていて」


「そんなことは気にしなくていいです。その、僕にとって、あれはいい思い出というか……はい……」


「そう……だったら……よかった」


 僕らは同時に冷め切ったコーヒーをグッと飲み干した。

そして互いの行動を確認して苦笑してしまう。


「も、もう寝るわね。これでちょっと安心できたから」


 目を泳がせながらエリシモさんが立ち上がった。


「そうですね、。先は長いのでゆっくり休まないと。明日もたくさん歩くことになるでしょう」


 入り口までエリシモさんを見送っていく。

音を立てて扉が閉じられると、緊張が一気に抜けて大きなため息が出てしまった。

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