第79話 5秒間の戦闘
調査隊はダンジョンの中をのろのろと進んだ。
最前列を歩く冒険者たちはエルドラハ屈指のトップチームだから、討伐速度も速いし、トラップ解除もあっという間だ。
本来ならサクサク進めるはずなんだけど、いかんせん帝国兵の数が多すぎるのだ。
百人もの大所帯を狭いダンジョンに連れ込んで、パミューさんたちはなにをさせたいのだろうか?
ただ、理由もなくこんなことをしているのではないような気がする。
きっと、目的地に着いてから人員が必要なのだろう。
パミューさんは将軍位を持っているだけあってきびきびと命令を下していた。
兵士たちの練度も悪くない。
だけど、いちばん目をみはったのはカジンダスという特殊部隊だった。
彼らはダンジョンには慣れていないはずなのに、まるで一流の冒険者のように適応していた。
しかも、モンスターを相手に相当な強さを見せつけている。
おそらく戦闘力判定はBクラス以上の者がほとんどだろう。
「隊長、どうしたんですか? 普段は一番前で戦っているのに」
隊員の一人がカジンダスの隊長であるオーケンと話しているのが聞こえてきた。
「俺は人間が相手じゃないとやる気が出ないんだよ。泣き叫ばない相手は殺してもおもしろくないだろう? 四つ足のモンスターはお前らに任せるわ」
嫌な奴である。
人殺しが趣味だと自称しているようなものだ。
僕はすぐにオーケンという男が嫌いになった。
そしてひとつの予感が心に生じた。
いつか僕はこいつと衝突する、という予感だ。
シドはオーケンに近づくなと言ったけど、こればかりはどうにもならない気がする。
愛する者が惹かれ合うように、嫌い合う者のあいだにも妙な重力ってものが存在している気がするんだ。
昼時になって全体が休憩をすることになった。
朝に出発したというのに、まだ地下二階にしか到達していない。
人の数が多くなると踏破スピードはこんなにも遅くなるのかと驚いた。
冒険者がダンジョンで休憩するときは小部屋などを封鎖して安全地帯を作るのが定石だ。
だけど調査隊は総勢百五十人以上もいる。
そんなに大勢が入れる部屋はないので、いくつかの小部屋に分かれて休憩することになった。
料理人としての腕を期待されている僕はパミューさんやエリシモさんたちと同じ部屋へ来ていた。
テニスコート二面分くらいはある部屋なので、三十人くらいが休んでも広々と使えている。
契約ではお姫様たちの料理はすべて僕が作ることになっている。
要らないと言ったんだけど、パミューさんは前金で金晶やら銀晶やらをたくさんくれた。
プロの冒険者としては謝礼分の働きはするつもりだ。
ミニキッチンを搭載したタンクを開発したので、僕はそこで調理を開始した。
時間はあまりないので凝った料理は作れない。
昼は簡単にサンドイッチにしてしまおう。
スープとデザートをつければそれなりのボリュームにはなる。
食材を吟味していると、なんとあの男が近づいてきた。
オーケンである。
「お前、美味い飯を作るそうじゃないか。俺の分も作ってみろ。ただし不味かったら小指をへし折ってやるからな」
ニヤニヤと笑いながらオーケンはテーブルの上のトマトに手を伸ばしてきた。
「触らないでください。それと、あんたの食事を作る契約は結んでいませんよ」
横柄な態度にカチンときたので、つい言い返してしまった。
まさか口答えされるとは思っていなかったようで、オーケンは驚いた顔をした。
でもそれはすぐに凶暴な笑みへととって代わる。
「ほう、威勢がいいな」
「別に、料理の邪魔だから消えてくれませんか?」
「……殿下たちのお気に入りだからって図に乗るなよ」
険悪な雰囲気が小部屋の中に満ちていく。
僕らの視線が交錯した瞬間、オーケンが一歩踏み込んで裏拳を放ってきた。
予備動作のない、静から動へ一瞬にして切り替わる攻撃である。
下から振り上げる拳は鞭のようにしなって、僕の顎に襲い掛かった。
でも奴は本気ではなかった。
さすがに殺人はまずいと考えていたのだろう。
拳に殺気はこもっていなかったし、スピードも並である。
生意気な小僧を殴って
だけど攻撃を軽々と避けた僕に対して、オーケンの血は一気に沸騰してしまったようだ。
「本当に邪魔……」
吐き捨てるように言うと、奴の怒りは火に油を注ぐように加熱した。
「皇女のペット風情が俺を舐めるなよ。てめえは殿下たちの股ぐらでも舐めているのがお似合いなんだよ。そのかわいい顔をズタズタにしてやろうか?」
他には聞こえないようにオーケンは僕に毒づいた。
僕もそっと
「顔だけじゃなく、言うことも下品なんだね」
「なに……?」
「それ以上しゃべるな。お前の唾で食材が汚染される」
シドには釘を刺されたけれど、売り言葉に買い言葉ってやつ だ。
安い挑発をお値打ち価格で買ってしまった。
僕の返答にオーケンは嬉しそうに笑いながら腰から双剣を抜いた。
「元気なかわいこちゃんだ。俺が直々に
「だから、もう喋るなっての……」
剣の全長は七十センチくらいのものだろうか。
あまり長くない得物から察するに、奴は近接戦闘が得意なのだろう。
僕も傍らに置いておいた
すぐに距離をとろうと考えたのだけど、オーケンがそれを許さない。
するすると近づいてきて左右から
速いうえに重たい攻撃だ。
並の人間なら腕が痺れてしまったかもしれないけど、パワーだけなら僕だって人並み以上だ。
剣に魔力を込めて受け返し、逆に奴の剣を
そうやって追撃を止めて、今度は僕の攻撃だ。
横なぎの剣をわざと受けさせて鮫噛剣のワイヤーを伸ばした。
これにより剣は鞭の形状に切り替わり、奴が受け止めた場所を起点にして鮫の歯が体に巻きつくはずだった。
ところがオーケンは恐るべき動体視力でこれを見切り、剣をずらしてワイヤーを断ち切ってしまったのだ。
それだけではない。オーケンは同時に空いている右手の剣で僕を攻撃してくるではないか。
とっさに足で刀身を横から蹴ってこれを防いだ。
僕のブーツはデザートホークス特製の鋼板入りだ。
オーケンの剣はぽきりと折れて転がった。
部屋の床にバラバラとなった鮫の歯と折れた双剣の刃が転がっている。
わずか五秒の戦闘の結果がこれだった。
「なにをしておるか?」
騒ぎに感づいたパミューさんが僕らのところへやってきた。
「チッ、命拾いしたな、小僧」
オーケンは囁いてパミューさんの方へ向き直る。
「雇った冒険者の腕前を確認していただけですよ。わるくないワンちゃんだ。顔もかわいいし、殿下がおそばに置いておきたくなる気持ちもわかりますなあ」
「下がれ、オーケン」
「へーい、自分は他の部屋の様子を見回ってきますよ……」
オーケンはそのまま部屋を出て行ってしまった。
パミューさんは心配そうに僕を見つめた。
「いったいなにがあったのだ? まさかオーケンがセラを襲ったのか?」
「いえ、本当になんでもないですよ」
僕とオーケンに注目していた人は少なかった。
戦闘も五秒だけのことだから、なにが起きたのかわかっていない人がほとんどだ。
パミューさんもきちんとは見ていなかったようだからとぼけておくとしよう。
「奴は危険だから近づかないようにするのだぞ。私からもよく注意しておくから安心しろ」
「大丈夫ですよ、本当に。それにしてもパミューさんの部下には怖い人がいるんですね」
「あれは私の直属部隊じゃない。皇帝陛下の特命を受けて
パミューさんは
皇帝の命令はパミューさんの命令を上回る。
皇女であってもオーケンに対して自由裁量権は
どうりでオーケンの態度がでかいわけだ。
「パミューさんたちが探しているものっていったいなんなんですか?」
「それは……セラに対しても言えないのだよ」
パミューさんはごまかすように僕の頭をなでた。
そしてなにも言わずに自分の席へと戻っていく。
やっぱりこの探索には、僕たち冒険者には知らされていない秘密のなにかがあるようだった。
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