第78話 カジンダス


 迷宮前広場に停められたタンクの荷台で、僕は静かに出発を待っていた。

他のチームが前衛を命じられたのに対し、僕らデザートホークスは医療とバックアップに回されている。

仕事をさぼっているみたいに思われるのも嫌だったので、タンクを六台だして荷運びを申し出たというわけだ。


 睡眠不足でズキズキと痛むこめかみを押さえて『修理』を使った。

メリッサと別れてから一睡もできなかった僕は、さぞかしひどい顔をしているのだろう。


 スキルのおかげで痛みはすぐに引いたけど、気持ちは沈んだままだった。


「どうした、どんよりした面をしやがって」


 シドが僕に話しかけてくる。


「メリッサとちょっとね……」


「そういうことか。大方の察しはつくさ。黒い刃は旧グランベル王国の家臣団だからな」


 僕は昨晩のことをシドに打ち明けた。


「なるほどなあ、そいつはセラが悪い」


「どうして? シドも僕が帝国に協力するのは反対なの?」


「そうじゃねえ。悪いっていうのは、セラがすぐにメリッサを追いかけなかったことだ」


「それは……」


「セラの脚ならメリッサにだって追いつけたんじゃねえのか?」


「そうかもしれないけど」


 あの時の僕は気が動転して一歩も動けなくなっていたんだ。


「だいたいお前は八方美人過ぎるんだ。誰にでも親切にしやがって」


「そんなことないよ」


「自己認識欠乏症かっ!?」


「そんな病名はないって……」


「やかましいっ! 今度メリッサに会ったらきつく抱きしめてやれ。そんでもってブッチューと熱いキスでもしてみろ」


「えぇ……」


「なにドン引きしてんだよ? 好きなんだろう? メリッサのことが」


「それは……」


 シドはなにも言うなといった感じで僕の肩を軽く叩いた。

そして声を低くして訊ねてくる。


「ところで、黒い刃は本当に帝国のお姫さんたちを狙ってくるのか?」


「それはないと思うよ。メリッサも言ってみただけで、本気じゃないさ」


 そんなことをしてもなんにもならないのは黒い刃だってよくわかっているはずだ。


「だったらよかったぜ。もしも本気だったらメリッサは死んでいたかもしれないからな」


 シドはなにを言っているのだろう?

帝国の兵士は三百人も派遣されて来たけど、黒い刃が本気を出せば勝てない相手ではない。


「シドだってメリッサの腕は知っているだろう?」


「あれを見ろ」


 シドは僕の質問には答えず、パミューさんの周りを固めている黒い軍服を着ている一団をあごで指した。


「あいつらは?」


「帝国特殊部隊カジンダスだ」


「カジンダス……、初めて聞く名前だ」


「大昔からある部隊だぜ。まあ、歴史の表舞台に出てきたことはないけどな。どんな汚れ仕事もいとわない影の部隊さ」


「へー、さすがはシド。よくそんなことを知っていたね」


「俺の古巣だからな……」


 今、とんでもないことをサラッと言ったような……。


「シドって帝国軍人だったの!?」


「あれ、言ってなかったか?」


「初耳だよ」


 もう何年も一緒に暮らしていたというのにシドの過去のことはよく知らなかった。


「二十年も前のことさ。当時の上官と揉めちまってな……」


「それで、エルドラハに?」


「だが後悔はしていないさ。あんな部隊には未練もねえ」


 よほど嫌なことがあったに違いない、シドは吐き捨てるように言った。


「カジンダスの中央に態度のでかい男がいるだろう」


「あの背の高い人? ちょっとヤバそうな雰囲気の」


「名前はチア・オーケンだ。奴とは一回だけ一緒に仕事をしたことがある。十六歳になったばかりのガキだったってのに、とんでもなく残酷な奴でな。あいつのやり口には、こちとらションベンをちびりそうになっちまったもんさ」


「そんなにひどかったの?」


「女であろうが子どもであろうが、奴は眉ひとつ動かさず、平気な顔をして殺していたよ。しかもその当時でさえ部隊一の強さだったんだ」


「二十年前だろう、それでもシドより強かったの?」


「ああ、全盛期の俺でも奴の足元にも及ばなかったんだ。あれから奴がどんな化け物に育ったか、想像もしたくねえよ。セラ、お前が相手でも危ないかもしれねえぞ」


 シドがこれほど怯えるなんて滅多にないことだ。


「いいかセラ、奴にはできるだけ近づくな。もめ事を見ても決して関わるな」


「わかったよ……」


 伝令の兵士が出発のラッパを吹きながら走り回っている。

僕は荷台からはい出てタンクの操縦席へ乗り込んだ。

そのとき、ふわりと僕の後ろに飛び乗ってきた人がいた。


「メリッサ! よかった、出発前に君ともう一度話しておきたかったんだ」


 あまりの安心感に涙ぐんでしまいそうになるのをぐっと堪えた。


「昨日はごめんなさい」


 メリッサは気まずそうに謝ってくる。

いつも僕以外は表情が読めない彼女だけど、今日は誰が見てもわかるくらいしょんぼりしていた。


「いいんだ、メリッサの気持ちを考えれば当然のことだもん。僕の方こそごめん、偉そうに君を傷つけることを言ってしまって」


「怒ってない?」


「怒ってなんかいないさ。ひょっとしたらもう二度と口をきいてくれないんじゃないかって心配していたんだ。だからこうして来てくれて本当に嬉しいよ」


「セラにお願いがある」


「なんでも言って」


 メリッサは真っ直ぐな瞳で僕を見つめた。


「私も連れて行ってほしい。臨時でいいから私をデザートホークスに入れて」


「それは構わないけど……」


「あ、勘違いしないで、帝国の皇女の命なんか狙わない」


「じゃあどうして?」


「セラと一緒にいたいから」


 曇天模様どんてんもようの空が一気に晴れ渡るような気持ちになった。


「よかった。本当によかった。告白するとね、昨日はメリッサのことが気になって一睡もできなかったんだよ」


「私も」


 見ればメリッサも目の下にくまを作っていた。


「ちょっと触れるけどいい?」


「うん」


 僕はメリッサの頬に指を伸ばし『修理』のスキルを展開する。

顔色はすぐによくなった。


「セラと仲直りができてよかった。でも、帝国に対する憎しみが消えたわけじゃない。帝国のせいでセラと仲違なかたがいするのも馬鹿馬鹿しいと思っただけ」


「そうだね。僕らがけんかをすることなんてないんだ。よし、出発しよう」


 僕はタンクを起動してアクセルを踏み込む。

前を見るとシドも自分のタンクを操縦しながら左手を高く掲げて親指を立てていた。


 ここからでは見えないけど、どうせいつものようにニヤニヤと笑っているのだろう。


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